期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!

83 ライフイズビューティフル!

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 すっかり父のペースに飲まれた前田は、半ば千鳥足で駅に向かって歩いていた。
「大丈夫?」
「うん……そんなに遠くないし……乗換駅も終点だし……」
 前田の目尻はほんのり赤くて、瞳はちょっとだけ潤んでいて、表情は少しだけけだるげでーー
 ここが私の部屋なら襲っちゃうのに!
 ……というのが正直なところである。
 前田は何かを思い出したように、ふふ、と笑った。
「面白い人たちだね、吉田家のみなさん」
「ごめんね、騒がしい両親で」
「里沙よりおとなしいよ」
 私はぐ、と息を喉に止めて前田の横顔を見た。
 前田はそんな視線を横目で受け止めて笑う。
「饒舌だね」
 私が言うと、
「そうかなぁ。……安心したからかも」
 言われて笑った。
「ガッチガチだったもんね。緊張しすぎ」
「そりゃ、緊張するでしょ」
 前田は言った。唇を尖らせて。
「もし、印象が悪くて別れなさい、なんて言われたらーー」
「言われたら?」
 どうするつもりなんだろう。と首を傾げる。
 前田は視線を私から足元に落として、ぽつりと言った。
「……どうしよう」
 本当に困りきったように言うので、私は思わず噴き出した。
 笑いながら、その手を改めて繋ぎ直す。
「でも、そうならなかったから、いいじゃない」
「ああ、うん。そうだね」
 前田は顔を上げて、私を見て、またちょっと首を傾げる。
「ーーいや、でも、俺がいるところでは何も言わなかっただけかも。もし、後から里沙に連絡があったりしたらーー」
「だからー。私の親よ?そんな演技できるわけないでしょう」
 前田は私の顔を見ながらまばたきをして、短く吐息をついた。
「……それもそうか」
「そうよ」
 そういうことを言われても、段々と、腹が立たなくなってきている自分に気づく。
 前田は前田。私は私。
 互いにちょっと個性的なーー複雑な形をしたピースだけれど、だからこそ、合致したときには離れにくいのだ。
 と、思っている。ちょっとだけ、願望に近いけど。
「里沙ぁ」
 前田がそんな風に、語尾を伸ばすことなんて滅多にない。きゅんとする胸を押さえて、振り向く。
 前田が照れたような、困ったような顔をしていた。
「どうしよう」
「何が?」
「……今、すごく、」
 抱きしめたい。
 耳元で囁かれて、くらっとする。
 駅に向かう道は、人通りも少なくない。
 えええ。どうしよう。
 でも、嬉しい。
 嬉しい、けどーー
 私ははっとして振り返った。
「……前田」
「何?」
「それは、また今度にしよう」
 さっと、隠れたけれど、一瞬見えた人影はきっとーー
「……お父さんとお母さんには、あとでお説教しておくから」
「え?何?何のこと?」
 前田はクエスチョンマークをいっぱい浮かべた。不機嫌になった私はその手を引いて、ぐんぐん駅へ向かって歩いて行った。

「じゃあ、また来週」
「うん」
 駅の改札前で、私は前田の手を握り直した。
「どうしたの?」
「……離れがたくなった」
 いつだって、一緒にいた後は、離れるのがつらい。
 ずっと離れずに済めばいいのに。私の帰る場所が彼であればいいのに。彼が帰ってくる場所が、私であればいいのに。
 前田は微笑んで、私の頬に片手を添えた。
「そういう、可愛いこと言わないで」
 言って、手を下ろす。
 いたずらっぽい目で周囲を見回し、
「ご両親見てるんでしょ」
「わかんないけど、そうかも」
 私は唇を尖らせる。
「いずれ、ちゃんと、迎えに来るよ」
 前田は静かに言った。
「迎えにーー?」
「うん。迎えに」
 前田の微笑みに、微笑みを返す。
「ーーうん。待ってる」
 前田の片手を両手で包んで、ちょっとだけ力を込めた。
 前田もわずかに握り返す。
「じゃあね。また、来週」
「うん。また、来週」
 改札の中に入った前田が、振り返って手を挙げた。
 私もそれに応えて手を挙げる。
 その後ろ姿を見送って、ほう、っと息を吐き出した。
 私の後ろから、数人の高校生が話しながら改札へ入っていく。
 母校の子たちだ、と私は思った。一人の子が振り向き、あれ、と目を見開く。
 あのときの。と私は思った。私が微笑むと、彼女も驚きつつ会釈を返す。
「何、知り合い?」
「知り合い、っていうかーー先輩」
「先輩?」
 そんな会話を背中で聞きながら、私は駅を後にした。
 あの子たちは、今、どんな将来を夢見ているんだろう。
 歩きながら、後輩たちに想いを馳せる。
 思い通りにならないかもしれないけど、それもそれで、楽しめればーーある意味最強、だよね。
 思って一人、笑った。
 先ほど影に隠れていた両親は、もう家に帰っているのだろう。気配は感じられなかった。
 帰ったら、お説教。
 心中で拳を固めながら、私は足早に帰路を急いだ。
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