神崎くんは残念なイケメン

松丹子

文字の大きさ
22 / 32
2章 神崎くんは残念なイケメン

22 大学、卒業

しおりを挟む
 卒論提出後はゆっくり時間があると思っていたが、早紀達と行くヨーロッパ旅行の準備をしたり、せっかくだからと遠方にある母の実家に行く計画を立てたりしていたら、あっという間に日が過ぎてしまった。
 結局、サークルメンバーで行く温泉旅行は都合がつかずお流れになって、2月下旬の追いコンで久々に集まった。
 今年の追いコンは、例年通り改修が終わったサークル棟で行われた。あと2ヶ月後には2年生になる1年生が余興をし、また次の代へと繋がっていくのをしみじみ感じる。
 ただし今年は、ちょっとだけいつもと違った。ーー題して、4年のゲリラ余興である。
 みんながそれぞれ思い思いに席について落ち着いたとき、突然ドア際にいたりんりんが電気を消した。驚きの悲鳴が挙がる中、4年の何人かが持った懐中電灯をスポットライトのように入り口へ向ける。
 相ちゃんの携帯オーディオ端末から、例の、不穏なテーマが流れる。
 入り口には、マントを纏った仮面の男ーー
「えーっ」
 3年の女子から批難の声が上がった。
 この余興、発案者はイオンである。何もしないのもつまらないと言い出したのだが、結局のところ目立ちたかったらしい。つまり、仮面の男はイオン。
 神崎くんを期待した女子からの批難の声は想定済みで、打ち合わせのときに他の男子は感心していた。「女子からの総スカン覚悟でやるとは、もはや勇者」とのことで、まず男子が大乗り気になり、女子もついつい協力せざるを得なくなった。
 とはいえ、みんなで会って打ち合わせる時間はなかったので、ある程度メッセージなどでやり取りして、あとはぶっつけ本番である。
 4年が立ち上がって壁際へ行き、相ちゃんの持つ音源の曲が切り替わって明かりがつく。
 2年前に文化祭で歌ったオペラ座の怪人の「マスカレード」を歌い上げ、相ちゃんが言った。
「1、2年のみんな。過ごした時間は短かったけど、俺達の大事なこの場所と、先輩たちから託された歴史を、これから先に繋げてくれることに感謝しています。3年のみんな。至らない先輩だったけど、今までありがとう。みんなもこれからそれぞれの道を探して行くと思うけど、その先にある新しい出会いと喜びを、心から祈っています」
 相ちゃんは本当に何でも無難にこなす。この口上に、後輩たちも何となくしんみりしていた。私たちの次の部長、副部長だったきらりんと香奈ちゃんは完全に目が潤んでいる。
「さて、副部長だったコッコからも一言」
 笑顔で相ちゃんが振り返る。うわ、いきなり振りやがった。打ち合わせになかったぞ、こんなの。
「えーと、無茶振りで驚いてますが」
 私は苦笑しながら、頭の中で言葉を探す。
「私にーー私たちにとって、このサークルは大学時代の最高に楽しい、大切な場所であり、思い出です。それを作ってくれた先輩、後輩、先生、全ての人に感謝すると共に、みんなにとっても、これからも、そういう場所で在り続けてほしいと、心から思っています。本当にありがとう」
 言いながら、さすがに目が潤んだ。悩んだり笑ったりした、色んな思い出が蘇る。
「さすが、無難にまとめましたな」
 相ちゃんがにやりと笑う。何その上から目線。
 拍手の中、それぞれ席に戻ろうとバラけはじめたとき、香奈ちゃんが抱き着いてきた。
「コッコせんぱーい!」
 ほとんど泣きながら訴えて来る。
「卒業しても会えますか?連絡してもいいですか?宇治十帖萌えについて熱く語れるのはコッコ先輩だけです!」
「ああ、そういえばそんなこともあったね……」
 私は思わず遠い目をした。宇治十帖とはご存知、源氏物語の一部を示す。ただし光源氏の死後の話であり、作者は紫式部ではないという説もある。私と同じく国文学専攻である香奈ちゃんとは、暇なときに源氏物語の登場人物について、あれこれ話していたのだ。学問的というよりは、ミーハーに。
「何それ。どんな話なの」
 神崎くんが笑った。香奈ちゃんが拳を握って答える。
「薫は大君を想いすぎてほとんど変態だとかそういう話です!」
 いや、君それ力強く言うことじゃないよ。ほら神崎くんも反応に困ってるじゃない。
 ちなみに、香奈ちゃんは中世文学、私は近代文学専攻。彼女は源氏物語を読み込むために専攻を選んでいるので、その愛は本物だ。私はあくまで趣味の範囲。
「源氏物語って、そういう話だっけ……」
 神崎くんの呟きに、私は思わず言った。
「いや、主にイケメンなダメ男に女が振り回される話」
 神崎くんがますます頭を抱えた。

 お手荒いに席を立った私は、戻ってくる廊下でさがちゃんと出くわした。さがちゃんはぱっと顔を輝かせて私に言った。
「コッコ先輩。公務員、合格おめでとうございます!」
 私は微笑んで、ありがとう、と応えた。
「さすがです」
 さがちゃんはあまりお酒が得意ではないのだが、結構飲んだらしい。だいぶ目元が赤くなっていた。
「運がよかっただけだよ」
 私が言うと、さがちゃんはそんなことないです、と首を振った。
「たとえ運だとしても、それも実力のうちです」
 いつも、さがちゃんは力強く私を肯定してくれる。
「俺、コッコ先輩のこと尊敬してます。コッコ先輩に会えて、ほんとよかったです」
 私はできるだけ丁寧に、ありがとう、と言った。
 宴会場になった部屋のドアが開き、出てきた神崎くんが私たちに気づいた。
「えーと……。ごめん、邪魔した?」
 気まずそうに神崎くんが言う。私は首を振ったが、さがちゃんは否定も肯定もしなかった。微笑んだまま、神崎くんと入れ代わりに部屋へ戻っていく。あれ?さっき出て来たんじゃないのかな。部屋の外に用事があったんじゃないのかしら。
 神崎くんは、その小柄な背中を見送ってから、苦笑した。
「悪いことしちゃったかな」
 小さく呟いて、私に向き直る。
「いい子だよね」
「さがちゃんのこと?うん、そうだね」
 神崎くんは複雑な表情で続けた。
「優しくて、よく人を見てる。結構、精神的には成熟してるかも」
「そうかもね」
 神崎くんが私の表情を観察しているのを感じた。一体何だろう。
 そう思ったとき、神崎くんは深々と嘆息した。
「どうかした?」
 私が問うと、神崎くんは苦笑して答えた。
「鈴木さんって、割と天然だよね」
 私は思わず眉を寄せた。実は全く言われたことがない訳ではない。よく分からないけど。いや、よく分からないから天然と言われるのか。
 私たちの姿が見えたのか、ゆかりちゃんが廊下に出てきた。私は表情が引き攣らないよう、細心の注意を払う。
「コッコ先輩、さっきの挨拶、素敵でした」
 その後サークルに全く顔を出さないまま、追いコンに来たゆかりちゃんが、一番会いたかった人は誰か。--なんて、考える必要もなかった。
 邪魔者は適当に退散しようと思いながら、ありがとう、と言う。
「先輩でも泣きそうになったりするんですね。ちょっと新鮮でした。就職、市役所だそうですね。公務員って安定もしてるし、結婚してもしなくても、何かと安心ですよね。頑張ってください」
 誉められてるんだか馬鹿にされてるんだかわかんないけど、全く悪気なさそうな笑顔で言っているところを見ると、本人は誉めてるつもりなんだろう。
 さすがに引き攣った笑顔でありがとうと言いかけたとき、神崎くんがぴしりと言った。
「柏原さん。悪気はないのかもしれないけど、君の言葉は時々すごく不躾だよ。横で聞いていても、不愉快だ」
 ゆかりちゃんが大きな目を見開いて驚いている。私も驚いて身動きできなくなった。神崎くんがそんなに厳しい台詞を口にするのを初めて聞いた。
 ゆかりちゃんの見開いた目が、だんだん潤んできた。私はどうしたものかと神崎くんとゆかりちゃんの顔を見比べたが、神崎くんがいつもの穏やかな声音で私に言った。
「鈴木さん、戻ろう。サリーちゃんが探してたんだよ」
 その表情も、いつも通り穏やかだ。私は戸惑いを隠せないまま、神崎くんについて部屋に入って行った。
 その後、ゆかりちゃんは先に帰ったのか、知らない内にいなくなっていた。
 他の子たちも特段話題にしないまま、追いコンは賑やかに閉会の時間に近づく。
「鈴木さん、気にしてるでしょ」
 神崎くんがわざわざ私の近くにやって来て、焼酎の水割りを飲みながら苦笑した。
 私は赤ワインを口に運びながら目線を下げる。
「俺が勝手に言ったんだから、気にしなくていいんだよ。元々思ってたことだし」
 私は何も言わず目の前のチーズを頬張った。
「ーー俺のこと、嫌な奴って思った?」
 神崎くんが静かに言った、その声に怯えのような何かを感じて、私は慌てて顔を上げ、神崎くんを見た。
「まさか。神崎くんは私のこと、庇ってくれたんでしょ。思わないよ、そんなこと」
 私は言って、自分の気持ちを整理しながら続けた。
「そうじゃなくてーー神崎くんに言わせるくらいなら、自分で言えばよかった、って思って」
「何で?」
「だって、そういうキツイ台詞ってーー言う方も、傷つくじゃない」
 神崎くんは柔らかく微笑んだ。優しすぎるその目に、思わず泣きそうになる。神崎くんは笑った。
「そういう顔、あんまり人前でしちゃダメだよ。特に男の前では」
 その言葉に眉を寄せて首を傾げると、神崎くんは続けて言った。
「鈴木さんが、実はものすごく繊細で、心優しい子だってこと、みんなに分かっちゃうから」
 私は思わず赤くなった。そういう風に見られたことがなかったから。
 でも、一つ、気づいたことがある。
「……もしかして、私たちがいつも早紀にしてたことも、同じだったのかな」
 私たちは早紀を守っているつもりだったけど、早紀も、自分の問題を自力で解決できない自分が、嫌になったりしていたかもしれない。
「喜ばせたいと思った人を傷つけたことはーー私も、変わらないのかも」
 神崎くんは苦笑した。
「大切な気づきではあるけど、それは考えすぎじゃないかな」
 少し離れたところにいる早紀を見ながら言う。
「だって、早紀ちゃんは鈴木さんとサリーちゃんを、大切な友達だと思ってるんだから」
 その視線を追ってたどり着いた早紀の目が私と合う。早紀は微笑んで、何?と言いたげに首を傾げた。
 私は微笑み返して、何でもない、と首を振る。早紀がまたにこりとした。
「ありがとう」
 私は言った。神崎くんがきょとんとする。
「あのとき、私を助けてくれて」
 神崎くんは照れたように微笑んだ。
「どういたしまして」

 そして、3月。私たちは大学を卒業した。
 それぞれが進んでいく先に、何があるかはわからない。でも、一緒に過ごした時間がこれからの支えになりますように。
 そう心から祈りながら、キャンパスを去ったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

Bravissima!

葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと 俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター 過去を乗り越え 互いに寄り添い いつしか最高のパートナーとなる 『Bravissima!俺の女神』 ゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜ 過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。 互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。 ✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧ 木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生 如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター 高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

処理中です...