忙しい男

菅井群青

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番外編

お疲れ様

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 里美は大きく溜息をつく。今日は日曜日だ。レザークラフトの予約もあったが、会社の異動シーズンで贈り物を探す客が多いからだろうか、店は朝から大忙しだった。

「肩が痛い、腰が痛い……お腹空いた……」

 里美は最後の力を振り絞りアパートへと到着した。店を出る前に憲司には連絡をしていた。日曜日は憲司の会社が休みだ……恐らく晩御飯を作って待っていてくれているだろう。アパートのドアの前に立つと出汁と醤油のいい香りがする。鼻から目一杯香りを吸うと我が家に帰ってきた実感が湧く。

 あぁ、落ち着くなぁ……。

 玄関を開けると台所から憲司が顔を覗かせる。いつも自分が付けている茶色のエプロンを憲司が付けると別の物に見える。私と目が合うと憲司がふわっと微笑んだ。癒しの微笑みだ。大切な人が笑うとつられて笑う。きっとみんな同じだろう。

「おう、おかえりーお疲れ様!」

 あぁ、落ち着く……落ち着くなぁ……。うん。

 出汁の香りと対等にわたり合える憲司の「おかえり」はすごい。マイナスイオンって人からも出るのかな。里美は部屋着に着替えるとすぐに台所に行き配膳を手伝う。

「あと、この小皿持っていくの?」

「うん、お願い」

 二人で机の上におかずが盛られた皿を置いていく。今晩、憲司の渾身の一品は筑前煮だ。この匂いが玄関前の私を癒してくれたものの正体だった。

「憲司、これ美味しいね」

「あ、それね。遼さんにこの間コツを教わったんだ」

 憲司はたまに遼と酒を酌み交わすようになった。遼さんは酒が強い方ではないのでいつも後半は二人でコーラを飲みながら色々な話をしている。
 私達はあれから菊田家に遊びに行くことが多くなった。どこか互いに縁を感じているのだと思う。

 ご飯を食べ終わると里美は片付けを始める。憲司はその間に風呂へと向かった。憲司がシャワーを浴びて洗面台の前に立つと鏡ごしに見慣れない物があることに気付く。ドライヤースタンドに髪のゴムが引っかけられていた。水玉の布地に黒の丸い塊が付いていた。思わずそれを手に取って見る。

 黒のぼんぼり──?

「なぁ、里美、これ紗英さんとこからもらったやつ?」

「ん? あ、そうそう瑠璃ちゃんが作ったみたい、すごいよね」

 瑠璃ちゃんは遼さんに似て器用だ。私のために水玉のシュシュをプレゼントしてくれた。ただ、上に乗っている丸くて黒い塊はよく分からなかった。
 お礼の電話の時に瑠璃ちゃん本人に聞いてみると元気な声で「ダンゴムシ!」と言っていた。紗英さんと遼さんが後ろで爆笑する声が聞こえて余計に笑ってしまった。

 素敵だ……本当に素敵な家族だと思う。

 憲司と入れ替わるように里美がシャワーを浴びると里美の髪を憲司が乾かす。自分で乾かす時は長く感じるが、憲司にしてもらう時は本当に時が経つのが早く感じる。地肌に触れる憲司の指が心地よい──。


「憲司……」

「ん?」

「ありがとう」

「うん……どういたしまして」

 ドライヤーが終わると憲司は里美の頰に触れ、軽くキスをする。里美の表情を見てクスッと笑う。

「……物足りないの?」

 憲司は里美の手を引きベッドに連れていく。

「ほら、おいで」

 そのまま憲司の胸の中に埋もれる。

 あぁ……落ち着くなぁ……。

「甘えん坊だな」

 憲司は笑ってもう一度キスをした。二人はそのまま愛し合った。憲司は里美を強く抱きしめると里美は憲司の愛に応えた。

 二人は手を取り合い眠りについた。
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