君の恋人

risashy

文字の大きさ
2 / 22

しおりを挟む


 茅野の部屋は蒸し暑かった。クーラーをかけてもじわりと汗がにじむ。

「クーラーの調子よくないんだ。悪いな」
「いいよ、別に」

 茅野が部屋の窓を開けて、二人で並んで座った。鞄から教科書やノートを取り出し、茅野の苦手な数学を教えてやる。俺たちはこうやって親しくなった。


 同じ陸上部。同じ学年。同じクラス。でも俺たちは碌に話したことがなかった。
 テストの結果が悪い奴は大会に出さないと、突然顧問が言い出して。数学が苦手な茅野は真っ青になって俺に頼みに来た。

「朝賀。頼む。俺に数学を教えてくれ」

 確かに俺は数学が得意だ。だからって友達でもない茅野に勉強を教えるのは気が進まなかった。
 しぶしぶ。しかたなく。部活の後、授業の休憩時間に、教えてやった。でも、その時間が増えれば増えるほど、俺が勝手に定義していた茅野の姿はどんどん崩れていった。
 こいつは口下手なだけ。何と言えばいいか分からないから黙ってしまうだけ。他人を見下しているわけではない。実はちょっと天然で、受け答えがどこかずれている。基本的に素直で、努力家で、笑うとかわいい。
 到底、同性の友人に抱くようなものじゃない感情が俺のなかに芽生えたのは、ほどなくのことだった。


 ノートを見るために伏せた長い長いまつ毛が、頬に影をつくる。丸く整った額。すっとのびた鼻梁。こいつを形作るすべてがきれいだ。

「朝賀、この問いなんだけど……」

 落ち着いた声も好きだ。朝賀、とお前が俺を呼ぶ声が。

 勝手に手が、体が動きそうになる。どんどんと、際限なく膨らむ気持ち。距離がなくなるまでお前に近づきたい。思うままに、俺の気持ちをぶちまけたい。お前に触って、もういっそ、滅茶苦茶にしてやりたい。
 親友だから、こいつの特別でいられるんだ。だから、それ以上を望むな。そう必死で押しとどめる。俺の自制心はいつまでもつだろう。この気持ちはどこまで大きくなるのだろう。

 壊れたクーラーから出る風は生ぬるくて、さっき茅野が出してくれた麦茶のグラスはもう汗をかいている。俺の頬にもぽた、と汗がつたう。
 茅野も汗をかいている。ぐい、と肩で頬の汗をぬぐって、俺を見た。

「あっつい。今日寝られるかな」
「夜はもう少し涼しいだろ。扇風機でも回せよ」
「あぁ俺、汗臭いよな。着替えようかな」
「別に、お前は臭くねぇよ。俺の方がやばい」
「いや、前から思ってたけど、朝賀っていい匂いだよな」

 そんなことを言って、俺の胸辺りに顔を近づけてくる。俺の気も知らず、そのまま俺の顔を見上げ、ほら、何でだろう、柔軟剤かな。朝賀は汗だくでもいい匂いだ、なんて言い始める。
 そんな筈がないだろ。馬鹿かお前。そう言いたいのに、言葉が出ない。

 そういうお前の言動一つで、俺の心臓は締め付けられて、うまく呼吸もできなくなるんだ。助けてくれよ、茅野。お前のせいだ。お前のせいで、息ができない。人は息ができないと死んでしまうだろ。

 気が付くと、俺は茅野の手を握っていた。体が自然に動いていた。

「好きだ」

 茅野の手を掴む力が、強くなる。
 言った。言ってしまった。伝えようと思ったんじゃない。もう溢れてしまったんだ。あまりに大きくなった気持ちが苦しくて。
 茅野は大きな目を更に見開いて、固まっている。戸惑うように目線を揺らし、それでも俺を見ていた。
 好きという言葉は、他に取り違えようもなく、こいつに伝わっているに違いない。

 数秒か、数分か……、分からないけれど、ひどく長く感じた沈黙の後で、ようやく茅野の唇が動いた。

「考えたことなかった」

 気持ち悪いとか、嫌だとか、困るとか、嬉しいとか。そういう反応じゃなくて、茅野から伝わる感情は動揺だった。

 打算も計算もなく、ただ零れてしまった言葉だ。すごく好きだと思って、口走った言葉。もうこの気持ちを体の中に留めておけなかった。出してしまった言葉は、どうあがいても戻すことはできない。
 でも、今日抑えられても、きっともう無理だった。いつか俺は必ず言ってしまっただろう。萎むこともなく、ただ膨らむだけの気持ちだったから。
 きれいな茅野の瞳が俺を映している。

「恋愛対象として、ってこと?」
「……あぁ」
「朝賀は、男が好きなのか?」
「違う。でも、多分茅野だから好きになった」

 明らかに、茅野は困っていた。
 答えは分かりきっている。聞くまでもない。
 俺は茅野から手を離し、鞄を持って、立ち上がった。

「ごめんな」
「えっ、朝賀!」

 後ろで俺を呼ぶ声が聞こえる。俺は茅野の家から逃げ出した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

一寸光陰
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

ランドセルの王子様(仮)

万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。 ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。 親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

もしも願いが叶うなら、あの頃にかえりたい

マカリ
BL
幼馴染だった親友が、突然『サヨナラ』も言わずに、引っ越してしまった高校三年の夏。 しばらく、落ち込んでいたが、大学受験の忙しさが気を紛らわせ、いつの間にか『過去』の事になっていた。 社会人になり、そんなことがあったのも忘れていた、ある日の事。 新しい取引先の担当者が、偶然にもその幼馴染で…… あの夏の日々が蘇る。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

処理中です...