君の恋人

risashy

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「お兄ちゃん、お祭りなのにその服で行くの」
「あぁ、そうだけど」
「えー。女の子も一緒なんでしょ。浴衣着なよ」
「ほっとけ」

 リビングを通る俺に、妹がありえなーい、と不満げな声を出す。
 なんで祭りに女子がいることを知っているんだ、お前は。藤崎か。藤崎だろうな。あいつしかいない。俺の妹と藤崎の妹は仲が良い。だからこいつは頻繁に藤崎の家にも行っている。そしてあいつは何でも妹に喋る。
 妹を無視して俺がリビングを出ようとすると、なぜか扉の前で姉ちゃんが浴衣を持って俺を待ち構えていた。

「千尋。着替えるよ」

 有無を言わさない様子の姉。この時点で俺はもう負けている。姉という生き物は強いのだ。弟は姉に従う。これは一種の摂理である。
 ため息をついて、俺は渋々浴衣に着替えると、姉ちゃんに髪の毛までセットされた。めちゃくちゃ気合いを入れてる奴みたいだが、仕方ない。俺はようやく家を出て、祭りに出かけた。


 待ち合わせ場所に行くと、すでに他のメンバーが揃っていた。姉ちゃんに浴衣に着替えさせられたせいで、俺が一番遅かった。少し小走りで合流する。
 俺に気付いた京島が手を振った。

「千尋、来たか! おっ、浴衣着てる!」
「遅れたか、ごめん」
「いや、別に遅刻じゃないから大丈夫」
「おー、朝賀じゃん。珍しっ」

 京島の他に、田中と村井がいた。こいつらは教室でよく駄弁るメンバーだ。そして藤崎と、知らない女の子が三人。その中の一人が写真の子だった。女の子は四人とも浴衣姿で涼しげだ。京島と田中は普段着だが、村井が浴衣だったので俺は少しホッとした。

 自己紹介が始まった。写真の子は三上みかみ奈央なおというらしい。目線が合うと、はにかむように笑った。俺も一応笑顔を返す。

 とりあえず出店で何か買って食べようということになり、移動を始める。俺が京島と喋っていると、藤崎が寄って来て、写真の子——三上と話せと言う。振り返って彼女を見ると、三上は俺をじっと見ていた。
 田中と村井はそれぞれ女の子と二人で話している。何だこれは。合コンかよ。藤崎の勢いに押され、俺は仕方なしに三上と並んだ。

「……ども。初めまして」
「ふふ。何かごめんね。理沙が気を遣ってくれたみたいで」

 理沙というのは藤崎のことだ。図星であるが、俺は一応、いや、別にそういう訳じゃないけど、などと答える。
 三上は白地に青の柄が入った浴衣を着ていた。その青を見て、茅野の瞳を思い出す。

 あいつ、今頃どうしてんのかなぁ。
 今日部活は午前練だった。茅野とも休憩で少し話したけど、何となく、あいつと祭りの話はしづらい。付き合っていたときに、祭りの話をしていたからだ。今日京島と夏祭りに行くことも、あいつには言えなかった。

「千尋君?」

 突然三上から下の名前で呼ばれ、驚いて「えっ」と声を出してしまう。そもそも何でこの子は俺の下の名前を知ってるんだ。俺は自己紹介のときも下の名前なんて言ってないのに。

「俺の名前、知ってんの?」
「理沙が千尋って呼んでたから……ごめん、駄目だった?」
「いや、別にいいけど……」

 初対面の女の子に下の名前を呼ばれるとは思わなかったが、別に呼び名なんて何でもいい。三上は良かったぁ、と笑って、また話し始めた。藤崎の話、塾の話、今流行っているドラマの話。

 大人しそうな外見だが、結構喋るタイプらしい。茅野とは大違いだ。あいつは見た目通り静かな奴だから、俺が喋ることの方が多かったな。でもちゃんと話は聞いていて、じっと俺の顔を見て、小さく頷いたり、あの青みがかった目を細めたりして、ほんの少し反応を返していた。それが、ものすごく可愛かった。そうやって俺の話に小さく反応する茅野も好きだけど、あいつの穏やかな優しい声も好きだから、茅野が話し始めると俺は嬉しくなった。ずっとあいつの声を聞いていたかった。

「……だから、びっくりしたよ」

 まずい、また茅野のことを考えてしまって、全然話を聞いてなかった。

「え? ごめん、何て?」
「千尋君の実物は写真より格好いいって言ったの」
「……あ、あぁ。何か、ありがとう」

 こんなに直球で褒められると、さすがに照れる。こういうとき何て返すのが正解なんだろう。三上はニコッと笑った。

「私の事は奈央でいいよ」
「無理。それは、なんか恥ずいわ」
「えー、大丈夫だよ」

 一般的に、可愛い子なんだろう。モテるタイプだろうな、と冷静に思う。俺にばっか話しかけるんじゃなく、他の奴とも話せばいいのに。


 地域の大きなイベントでもある夏祭りなので、会場はたくさんの人で溢れていた。
 並んだ出店で適当に食べものを買う。俺は唐揚げ。三上はいちご飴を買っていた。花火が見える場所に移動したところでようやく俺は三上から離れ、京島の隣に行けた。

「おー、どうよ、千尋。あの子可愛い子じゃん」
「いや、別に……ていうか、可愛いと思うんならお前が喋れよ」
「はは。つまりナシってことか」
「……京島だって藤崎だけと喋っても仕方ないだろ」
「俺と藤崎は幹事みたいなもんだからなぁ」

 さっき買った唐揚げをつまみながら、こそこそと喋る。京島はポテトを買ったらしい。
 後ろでは俺と京島抜きのメンバーで何やら盛り上がっている声が聞こえる。そろそろ花火が上がる時間だ。

「まぁ、急に切り替えは難しいかぁ。千尋は一途っぽいし」
「いや、でもありがとな。誘ってくれて」

 ヒュー、ドン。夜空に花が咲き、同時に歓声があがる。ドン、ドン。大きい花。小さい花。弧を描いて打ちあがり、その欠片がぱらぱらと地面に落ちる。おぉー、と京島が声をあげた。
 素直に綺麗だと思う。夜空を彩る大輪の花。茅野がいてもいなくても、花火は綺麗なものだ。
 ぼーっと空を見ていると、いつの間にか隣に三上が来ていた。

「千尋君、花火きれいだね」
「あぁ……」

 茅野ときたら、どんなだっただろう。二人きりで見る花火。この光が茅野を照らす様を想像する。白い肌がさぞ映えるだろう。俺はきっと、花火よりもあいつを見てしまう。それがバレないように、たまに夜空を見上げ、でかいのが上がった、綺麗だな、なんて二人で語り合うのだ。きっと、もうそれだけで俺は満たされるのだろう。


 不毛だ。
 どこにいても、誰といても、すぐに茅野のことを考えてしまう。
 末期症状だ。もはや手の付けようがない。
 俺は相変わらず茅野が好きで、好きで、仕方がないのだ。自明の理というやつだ。あいつには友達になろうなんて言っておきながら、俺は最初からこの気持ちを放り投げるつもりなんて、さらさらないのだから。

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