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心配をかけた京島には、家に帰ってからすぐに「もう一度付き合うことになった」とメッセージを送った。それはすぐに既読になり、一分もたたない内に「良かったな。おめでとう」と返信がくる。それだけで、京島がずっと俺たちを気にかけてくれてたことが伝わってきた。
朝、いつもの交差点に行くと、茅野が立っていた。
二人で並んで歩く。別れた後も二人で歩くことはあったけど、その時とは目に入る景色まで違って見える。
「もう一回付けてくれたんだな」
茅野は弾んだ声で俺の鞄についたストラップを触った。
「トーゼン」
俺が茅野の耳で囁くと、見惚れるほど綺麗な顔で笑った。これは、こいつが俺だけに見せる顔。
ぎゅう、と心臓が締め付けられる。告白する前は、いっそ苦しいぐらいに膨らんだ気持ちを吐き出せば、少しは楽になるかもしれないと思っていた。でも違った。むしろそれはほんのり甘い痛みになって、もっと俺を苛むのだ。
教室で、直りきってない茅野の寝ぐせをいじる。どこかぼんやりしているこの男は、こういう抜けたところがある。
「そんなに近付いていいのか? 付き合ってるの、隠したいんだろ?」
「いや、もういいかと思って」
「……そうか。嬉しい」
前から茅野は隠す気がなさそうだった。俺が嫌がっていただけで。こういう部分でも、俺もこいつを傷つけてきたのかもしれない。
「千尋、茅野君。おはよー!」
元気な声の主は藤崎だ。俺は茅野の髪から手を離す。
「おはよう、藤崎さん」
「はよ」
「ねぇ、千尋。ボーリング……」
藤崎が言いたいことは予想がついていた。俺は即答する。
「行かない」
えー、と不満そうな声を出し、藤崎は唇を突き出した。隣の茅野は既にいつもの無表情になって、俺たちの会話を聞いている。
「てかもう俺、いるから。相手」
「はぁ!? うそ、マジで? そうなの? 誰?」
「こいつ」
俺は茅野の肩を引き寄せて言った。茅野は目を真ん丸にして、次に狼狽えた。
「あっ、朝賀っ」
「えぇーーー!!?」
一呼吸置いて、ばかでかい藤崎の声が教室に響いた。既に登校していた奴らの視線が集まる。藤崎がクラスメイトに「あっ、ごめん、何でもないよ」と取り繕った。
「……まぁそういうことだから、もう俺に紹介とかすんなよ」
「千尋……! 茅野君と……? えっ、えっ……、マジ?」
さすがの藤崎も大声で話していい話題ではないと思ったのか、小声で問いかけてきた。こいつのこういうところが、少々ウザイところがあっても友達を続けられる部分でもある。
「大マジだ」
「そうなの。いや、びっくり。うわーーー。おめでとう。奈央には悪いけど、なんか嬉しい……。なんだろう、この感じ。私、あんたを応援するわ。あれ、茅野君、大丈夫?」
俺たちが小声でこそこそ話している横で、茅野は固まって停止していた。隠すのはやめようとは言っていたが、こんな風に暴露するとは思わなかったのだろう。
「うん、俺は大丈夫……。動揺してるだけ」
「えっ、ちょっと待って。まさか千尋に無理やり迫られて、とかじゃないよね」
「んな訳あるか!」
あんまりな疑いに、俺が反射的に返す。茅野は堪えきれずに笑い出した。
「はははっ。ちがう。そんなことない。……でも、ずっと思ってたけど、藤崎さんは、朝賀と仲良いね」
「へっ」
「妬けるな。朝賀は俺のだからね」
「うっ、うん! 分かった。安心して、茅野君。わたし、千尋にそういう気持ちは一切ないから」
藤崎がなぜか顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首をふる。
「おい、藤崎。あんま言いふらすなよ。妹にも言うな。面倒くさいから」
「分かってるよ。はぁー。朝から良いもん見たわ、ありがとう」
いい。いいわ、王子のデレ。とか言いながら、藤崎は戻っていく。俺は茅野が見せた明確な嫉妬で心臓が騒がしい。
なんだ、さっきの。妬けるって言ったか? 藤崎に?
どうしても勝手に顔がにやけてしまうのが止められず、俺は手で口元を隠す。
「お前、藤崎なんかに妬くなよ……」
「そんなこと言われても仕方ないだろ。俺はずっと妬いてた。夏祭りの子にも、藤崎さんにも、京島にも。だって俺はお前のこと苗字で呼んでるのに」
そんなことを言って眉間に皺を寄せる茅野がちょっと可愛すぎて困った。ここは学校だ。教室で、しかもクラスメイトがたくさんいて、朝で。どう考えても茅野に触れない。
「……別にお前も名前で呼べばいいじゃん」
「うーん……そうだな。それもいいんだけど……」
そこで茅野は悪戯っ子のような目で俺を見上げた。
「朝賀が呼べよ。俺の下の名前。怜って」
「はっ……」
「よく考えたらお前が下の名前で呼ぶ奴っていないもんな。それが俺だったら嬉しい」
確かに俺が下の名前で呼ぶのは妹ぐらいだ。何となく、誰に対しても苗字で呼んでいる。しかし恋人のささやかな願いに応えるべく、俺は何とか声を出した。
「……怜」
やばい。なんかやばい。照れが天元突破して、もう茅野の顔が見られない。言い慣れない二つの音。でもそれは茅野を表す大切で美しい響き。
初の名前呼びに悶えていると、バシっと突然頭に衝撃がきた。教科書で叩かれたらしい。誰だ、と見上げた先には京島が立っていた。ものすごく呆れた表情をしている。
「お前らなぁ。時と場所を考えろ。朝っぱらからイチャイチャしやがって」
「はぁ!?」
イチャイチャしているつもりなんて全くない。むしろ我慢している。別に触ったわけでもないのに、何言ってんだ。
「ったく。お前らの距離感バグは今に始まったことじゃないけどな」
自重しろよ。そう言いながらも京島の顔は本当に嬉しそうだった。
◇
本当の意味で通じ合っても、茅野のちょっとした言動で息もできなくなるのは今も変わらない。でも茅野と離れたら、途端に目に映るものが色をなくし、つまらなく思えてしまうということも知った。息ができても、それでは生きている甲斐がない。まったく恋というものは難儀なものだ。
通学路の脇に植えられた街路樹が色づき、その葉を落とし始めている。落ち葉を見上げ「きれいだな」と笑う恋しい人。れい、と呼びかければ、その綺麗な瞳を俺に見せてくれる。
「なぁ朝賀。俺はお前の良い恋人になれているか?」
「うん。お前以上の恋人はいないよ」
そんな馬鹿みたいな問いを俺たちはきっと繰り返すのだろう。きっと何度も。
朝、いつもの交差点に行くと、茅野が立っていた。
二人で並んで歩く。別れた後も二人で歩くことはあったけど、その時とは目に入る景色まで違って見える。
「もう一回付けてくれたんだな」
茅野は弾んだ声で俺の鞄についたストラップを触った。
「トーゼン」
俺が茅野の耳で囁くと、見惚れるほど綺麗な顔で笑った。これは、こいつが俺だけに見せる顔。
ぎゅう、と心臓が締め付けられる。告白する前は、いっそ苦しいぐらいに膨らんだ気持ちを吐き出せば、少しは楽になるかもしれないと思っていた。でも違った。むしろそれはほんのり甘い痛みになって、もっと俺を苛むのだ。
教室で、直りきってない茅野の寝ぐせをいじる。どこかぼんやりしているこの男は、こういう抜けたところがある。
「そんなに近付いていいのか? 付き合ってるの、隠したいんだろ?」
「いや、もういいかと思って」
「……そうか。嬉しい」
前から茅野は隠す気がなさそうだった。俺が嫌がっていただけで。こういう部分でも、俺もこいつを傷つけてきたのかもしれない。
「千尋、茅野君。おはよー!」
元気な声の主は藤崎だ。俺は茅野の髪から手を離す。
「おはよう、藤崎さん」
「はよ」
「ねぇ、千尋。ボーリング……」
藤崎が言いたいことは予想がついていた。俺は即答する。
「行かない」
えー、と不満そうな声を出し、藤崎は唇を突き出した。隣の茅野は既にいつもの無表情になって、俺たちの会話を聞いている。
「てかもう俺、いるから。相手」
「はぁ!? うそ、マジで? そうなの? 誰?」
「こいつ」
俺は茅野の肩を引き寄せて言った。茅野は目を真ん丸にして、次に狼狽えた。
「あっ、朝賀っ」
「えぇーーー!!?」
一呼吸置いて、ばかでかい藤崎の声が教室に響いた。既に登校していた奴らの視線が集まる。藤崎がクラスメイトに「あっ、ごめん、何でもないよ」と取り繕った。
「……まぁそういうことだから、もう俺に紹介とかすんなよ」
「千尋……! 茅野君と……? えっ、えっ……、マジ?」
さすがの藤崎も大声で話していい話題ではないと思ったのか、小声で問いかけてきた。こいつのこういうところが、少々ウザイところがあっても友達を続けられる部分でもある。
「大マジだ」
「そうなの。いや、びっくり。うわーーー。おめでとう。奈央には悪いけど、なんか嬉しい……。なんだろう、この感じ。私、あんたを応援するわ。あれ、茅野君、大丈夫?」
俺たちが小声でこそこそ話している横で、茅野は固まって停止していた。隠すのはやめようとは言っていたが、こんな風に暴露するとは思わなかったのだろう。
「うん、俺は大丈夫……。動揺してるだけ」
「えっ、ちょっと待って。まさか千尋に無理やり迫られて、とかじゃないよね」
「んな訳あるか!」
あんまりな疑いに、俺が反射的に返す。茅野は堪えきれずに笑い出した。
「はははっ。ちがう。そんなことない。……でも、ずっと思ってたけど、藤崎さんは、朝賀と仲良いね」
「へっ」
「妬けるな。朝賀は俺のだからね」
「うっ、うん! 分かった。安心して、茅野君。わたし、千尋にそういう気持ちは一切ないから」
藤崎がなぜか顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首をふる。
「おい、藤崎。あんま言いふらすなよ。妹にも言うな。面倒くさいから」
「分かってるよ。はぁー。朝から良いもん見たわ、ありがとう」
いい。いいわ、王子のデレ。とか言いながら、藤崎は戻っていく。俺は茅野が見せた明確な嫉妬で心臓が騒がしい。
なんだ、さっきの。妬けるって言ったか? 藤崎に?
どうしても勝手に顔がにやけてしまうのが止められず、俺は手で口元を隠す。
「お前、藤崎なんかに妬くなよ……」
「そんなこと言われても仕方ないだろ。俺はずっと妬いてた。夏祭りの子にも、藤崎さんにも、京島にも。だって俺はお前のこと苗字で呼んでるのに」
そんなことを言って眉間に皺を寄せる茅野がちょっと可愛すぎて困った。ここは学校だ。教室で、しかもクラスメイトがたくさんいて、朝で。どう考えても茅野に触れない。
「……別にお前も名前で呼べばいいじゃん」
「うーん……そうだな。それもいいんだけど……」
そこで茅野は悪戯っ子のような目で俺を見上げた。
「朝賀が呼べよ。俺の下の名前。怜って」
「はっ……」
「よく考えたらお前が下の名前で呼ぶ奴っていないもんな。それが俺だったら嬉しい」
確かに俺が下の名前で呼ぶのは妹ぐらいだ。何となく、誰に対しても苗字で呼んでいる。しかし恋人のささやかな願いに応えるべく、俺は何とか声を出した。
「……怜」
やばい。なんかやばい。照れが天元突破して、もう茅野の顔が見られない。言い慣れない二つの音。でもそれは茅野を表す大切で美しい響き。
初の名前呼びに悶えていると、バシっと突然頭に衝撃がきた。教科書で叩かれたらしい。誰だ、と見上げた先には京島が立っていた。ものすごく呆れた表情をしている。
「お前らなぁ。時と場所を考えろ。朝っぱらからイチャイチャしやがって」
「はぁ!?」
イチャイチャしているつもりなんて全くない。むしろ我慢している。別に触ったわけでもないのに、何言ってんだ。
「ったく。お前らの距離感バグは今に始まったことじゃないけどな」
自重しろよ。そう言いながらも京島の顔は本当に嬉しそうだった。
◇
本当の意味で通じ合っても、茅野のちょっとした言動で息もできなくなるのは今も変わらない。でも茅野と離れたら、途端に目に映るものが色をなくし、つまらなく思えてしまうということも知った。息ができても、それでは生きている甲斐がない。まったく恋というものは難儀なものだ。
通学路の脇に植えられた街路樹が色づき、その葉を落とし始めている。落ち葉を見上げ「きれいだな」と笑う恋しい人。れい、と呼びかければ、その綺麗な瞳を俺に見せてくれる。
「なぁ朝賀。俺はお前の良い恋人になれているか?」
「うん。お前以上の恋人はいないよ」
そんな馬鹿みたいな問いを俺たちはきっと繰り返すのだろう。きっと何度も。
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