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第二十話
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「マコト、おはよう」
本当に翌朝から彼によるお迎えが始まった。
もぐもぐと朝食を食べていたら呼び鈴が鳴ったので、マコトはパンを咥えたまま玄関のドアを開けた。
そしたら金髪翠眼の恋人が立っていて、爽やかな朝の挨拶を口にしたのだ。
「おひゃようございます」
マコトは慌てて咥えていたパンをすべて食べてしまおうと、頬に詰め込む。
「ははは。そんなに慌てなくても、まだ時間はあるぞ?」
フェリックスの余裕たっぷりの笑い声を聞いて、なんとみっともない食事を見せてしまったのだろうとハッと赤くなった。
「家の中でゆっくり食べような?」
「は……はい」
冷たい風の入ってくるドアを閉めて、二人で家の中に戻った。
マコトは椅子に座ってパンの切れ端とスープの残りを食べ、彼はその向かいに座って「ふーん、ここがマコトの家か」とでも言いたげに室内を見回している。
片付けが充分じゃなかったかも、汚い部屋だと思われていないだろうかと急に不安になってくる。
自然と食べるスピードが上がる。
「先輩、出ましょう!」
食べ終わるなり、椅子から立ち上がった。
「お、行くか!」
彼はマコトの部屋の様子に何もコメントしないでくれた。
二人は共に外に出た。
「ひゃー、昨日よりもさらに積もってますね!」
「ああ、これからは積もっていく一方だぞ」
昨日よりも雪の高さが増した外の光景に、マコトは目を丸くさせた。
それこそ空を飛びでもしなければ、まともに歩けなさそうに見える。雪国の人は、一体どうやってこういった道を歩いているのだろう。
「あの、迎えにきてくれてありがとうございます先輩。いつもより早く起きなくてはいけなくて、負担になるでしょうにこうして迎えにきてもらって本当に感謝しています」
「礼なんていいのに。オレは毎朝マコトの家に来る言い訳を得られて、喜び勇んで会いにきただけだよ」
彼はグリュっちを呼び出すペン型の道具を上に掲げ、グリュっちを召喚しながら笑った。
「で、でも……」
「いいかマコト、オレはこうしてマコトと朝でも二人っきりで会えて嬉しいんだよ」
緑色の瞳が、まっすぐにマコトを見つめた。
正直な言葉に顔が熱くなる。
(僕なんかに会えて嬉しいだなんて。職場でも会えるのに)
彼が嘘をついていないことはわかる。
自分に価値を感じていなかったヒビだらけだったマコトの心を、彼の言葉一つ一つが丁寧に包帯で包み込んで治してくれるかのようだ。
不意に眦に熱いものが込み上げてきて、見えないようにさりげなく拭った。
「じゃ、乗る前にマコトはこれを着てくれ」
彼が取り出したのは厚手の、そしておそらく彼のサイズであると思われるコートだった。マコトにとっては少し大きい。
「オレのお古だけど、グリュっちに乗ったら冷えるからさ」
「は、はい、ありがとうございます!」
マコトはありがたくコートを着込んだ。
お古だというけれど、古ぼけているようには見えない。
それから……彼の匂いがした。彼の匂いに包まれ、心が安らぐのを感じた。
マコトは前に、彼はその後ろに。
いつもの体勢になると、グリュっちは大空へ飛び立った。
「ひゃ……っ!」
冷たい風が肌を刺す。
厳しい冷たさに、マコトは首を竦めた。
ぐんぐん地上が離れていく。
「少しの間、我慢していてくれよ」
後ろの彼が身体を寄せ、ぎゅっと密着する。
おかげで身体と身体が触れている部分は、暖かかった。
彼は後ろから手を伸ばし、グリュっちの手綱を操っている。
だから彼の両腕は、まるでマコトを抱き締めるかのように伸びている。
(これってほとんどハグされているのと、一緒なんじゃないかな……!?)
いままでだって、同じ体勢でグリュっちに乗ってきたのに。
急に意識して赤くなる。耳まで赤くなっていたら、彼に見られてしまうかもしれない。
唐突に意識してしまったのは、寒さのせいでいつもより密着しているからだろうか。それとも彼の匂いに包まれているせいだろうか。
(手を繋いだ。ハグっぽいこともしている。となると、次はついに……キス!?)
二人は順調に距離を縮めていっている。
この流れならば、近いうちに彼とキスをする流れになったりするのだろうか。
想像をして、頭の中がお祭り騒ぎのパニックになった。
今度こそ間違いなく、耳まで真っ赤になった。どうか彼にバレないでほしいと願う。
「マコト」
「ひゃっ!」
突然名前を呼ばれ、動揺のあまり変な声が出てしまった。
「寒いかもしれないけど、下見てみろよ」
「へ……?」
言われてみて、マコトは下を見下ろした。
王都が、純白に染まっていた。
家々の屋根に雪が積もり、上から見ると一面が銀世界だった。
日の光を受けて、雪がキラキラと光を照り返す。
まるで街全体が銀細工のミニチュアのようだ。
「わあ、綺麗ですね……!」
「どうしてだろうな。いままで雪なんてうんざりするだけのものだったはずなのに、マコトと一緒だと綺麗に見える」
耳元に降る彼の声が優しい。
自分の存在は、彼の好きなものも増やすことができているのだろうか。
それなら嬉しいな、と思った。
「僕の名字……ユキシタって、雪の下っていう意味なんですよ」
なんて、不意に日本語の意味を教えてあげたくなった。
「へえ、知らなかった。じゃあマコトのファミリーネームって、春を表してるんだな」
「え?」
「雪の下に埋もれているものといったら、春に芽吹く新芽だろう?」
「そんな風に考えてみたこと、ありませんでした」
単純に雪がつくから冬を連想していた。
寒くてカラカラに乾いていて、閉ざされた冬を。
「芽を出すそのときに備えて、いまは雪の下で耐えているんだ」
「……っ」
彼の優しい言葉に、辛かった過去ごと労わられたような気がした――――こうしてマコトは自分の名字と、冬が好きになった。
「明日、お休みですよね。ショッピングデート、楽しみです」
「楽しみににしていてくれて嬉しいな。マコトに似合うものを買おうな」
明日は休日。デート。
そしてもしかすれば、キスをすることになるかもしれない日。
なんて、楽しみなんだろう。
本当に翌朝から彼によるお迎えが始まった。
もぐもぐと朝食を食べていたら呼び鈴が鳴ったので、マコトはパンを咥えたまま玄関のドアを開けた。
そしたら金髪翠眼の恋人が立っていて、爽やかな朝の挨拶を口にしたのだ。
「おひゃようございます」
マコトは慌てて咥えていたパンをすべて食べてしまおうと、頬に詰め込む。
「ははは。そんなに慌てなくても、まだ時間はあるぞ?」
フェリックスの余裕たっぷりの笑い声を聞いて、なんとみっともない食事を見せてしまったのだろうとハッと赤くなった。
「家の中でゆっくり食べような?」
「は……はい」
冷たい風の入ってくるドアを閉めて、二人で家の中に戻った。
マコトは椅子に座ってパンの切れ端とスープの残りを食べ、彼はその向かいに座って「ふーん、ここがマコトの家か」とでも言いたげに室内を見回している。
片付けが充分じゃなかったかも、汚い部屋だと思われていないだろうかと急に不安になってくる。
自然と食べるスピードが上がる。
「先輩、出ましょう!」
食べ終わるなり、椅子から立ち上がった。
「お、行くか!」
彼はマコトの部屋の様子に何もコメントしないでくれた。
二人は共に外に出た。
「ひゃー、昨日よりもさらに積もってますね!」
「ああ、これからは積もっていく一方だぞ」
昨日よりも雪の高さが増した外の光景に、マコトは目を丸くさせた。
それこそ空を飛びでもしなければ、まともに歩けなさそうに見える。雪国の人は、一体どうやってこういった道を歩いているのだろう。
「あの、迎えにきてくれてありがとうございます先輩。いつもより早く起きなくてはいけなくて、負担になるでしょうにこうして迎えにきてもらって本当に感謝しています」
「礼なんていいのに。オレは毎朝マコトの家に来る言い訳を得られて、喜び勇んで会いにきただけだよ」
彼はグリュっちを呼び出すペン型の道具を上に掲げ、グリュっちを召喚しながら笑った。
「で、でも……」
「いいかマコト、オレはこうしてマコトと朝でも二人っきりで会えて嬉しいんだよ」
緑色の瞳が、まっすぐにマコトを見つめた。
正直な言葉に顔が熱くなる。
(僕なんかに会えて嬉しいだなんて。職場でも会えるのに)
彼が嘘をついていないことはわかる。
自分に価値を感じていなかったヒビだらけだったマコトの心を、彼の言葉一つ一つが丁寧に包帯で包み込んで治してくれるかのようだ。
不意に眦に熱いものが込み上げてきて、見えないようにさりげなく拭った。
「じゃ、乗る前にマコトはこれを着てくれ」
彼が取り出したのは厚手の、そしておそらく彼のサイズであると思われるコートだった。マコトにとっては少し大きい。
「オレのお古だけど、グリュっちに乗ったら冷えるからさ」
「は、はい、ありがとうございます!」
マコトはありがたくコートを着込んだ。
お古だというけれど、古ぼけているようには見えない。
それから……彼の匂いがした。彼の匂いに包まれ、心が安らぐのを感じた。
マコトは前に、彼はその後ろに。
いつもの体勢になると、グリュっちは大空へ飛び立った。
「ひゃ……っ!」
冷たい風が肌を刺す。
厳しい冷たさに、マコトは首を竦めた。
ぐんぐん地上が離れていく。
「少しの間、我慢していてくれよ」
後ろの彼が身体を寄せ、ぎゅっと密着する。
おかげで身体と身体が触れている部分は、暖かかった。
彼は後ろから手を伸ばし、グリュっちの手綱を操っている。
だから彼の両腕は、まるでマコトを抱き締めるかのように伸びている。
(これってほとんどハグされているのと、一緒なんじゃないかな……!?)
いままでだって、同じ体勢でグリュっちに乗ってきたのに。
急に意識して赤くなる。耳まで赤くなっていたら、彼に見られてしまうかもしれない。
唐突に意識してしまったのは、寒さのせいでいつもより密着しているからだろうか。それとも彼の匂いに包まれているせいだろうか。
(手を繋いだ。ハグっぽいこともしている。となると、次はついに……キス!?)
二人は順調に距離を縮めていっている。
この流れならば、近いうちに彼とキスをする流れになったりするのだろうか。
想像をして、頭の中がお祭り騒ぎのパニックになった。
今度こそ間違いなく、耳まで真っ赤になった。どうか彼にバレないでほしいと願う。
「マコト」
「ひゃっ!」
突然名前を呼ばれ、動揺のあまり変な声が出てしまった。
「寒いかもしれないけど、下見てみろよ」
「へ……?」
言われてみて、マコトは下を見下ろした。
王都が、純白に染まっていた。
家々の屋根に雪が積もり、上から見ると一面が銀世界だった。
日の光を受けて、雪がキラキラと光を照り返す。
まるで街全体が銀細工のミニチュアのようだ。
「わあ、綺麗ですね……!」
「どうしてだろうな。いままで雪なんてうんざりするだけのものだったはずなのに、マコトと一緒だと綺麗に見える」
耳元に降る彼の声が優しい。
自分の存在は、彼の好きなものも増やすことができているのだろうか。
それなら嬉しいな、と思った。
「僕の名字……ユキシタって、雪の下っていう意味なんですよ」
なんて、不意に日本語の意味を教えてあげたくなった。
「へえ、知らなかった。じゃあマコトのファミリーネームって、春を表してるんだな」
「え?」
「雪の下に埋もれているものといったら、春に芽吹く新芽だろう?」
「そんな風に考えてみたこと、ありませんでした」
単純に雪がつくから冬を連想していた。
寒くてカラカラに乾いていて、閉ざされた冬を。
「芽を出すそのときに備えて、いまは雪の下で耐えているんだ」
「……っ」
彼の優しい言葉に、辛かった過去ごと労わられたような気がした――――こうしてマコトは自分の名字と、冬が好きになった。
「明日、お休みですよね。ショッピングデート、楽しみです」
「楽しみににしていてくれて嬉しいな。マコトに似合うものを買おうな」
明日は休日。デート。
そしてもしかすれば、キスをすることになるかもしれない日。
なんて、楽しみなんだろう。
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