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第二十四話
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季節は真冬だ。
それは即ち、フェリックスの誕生日が刻一刻と近づいてきていることを示している。
(どうしよう、何も思いつかない……!)
何をプレゼントすれば彼が喜ぶのか、まるで思いつかなかった。
彼にはとても素敵なペンダントをプレゼントしてもらった。
同じくらい素敵な物を贈らなければと思ってしまう。
だがマコトの財布の中身には限界があるし、貴族である彼ならば高価なものには慣れているだろう。
どうすればいいというのか。
マコトの頭が解決法を導き出すことはできなかった。
「どうしたんだマコト、元気なさそうじゃねえか」
受付を担当していたマコトは、かけられた言葉に顔を上げた。
途端に視界に入るのは、睨みつけてくる赤と青のオッドアイ。
「あ、カイン……くん」
貴重なマコトの友人であるカインがそこにいた。
今日も彼は半袖だが、流石にマフラーを首に巻きつけている。
マコトは彼のことを「カインくん」と呼ぶようになっていた。
「どうしたんだ、まさか誰かに虐められたのか」
「ち、違います!」
そのとき、マコトは閃いた。
自分の頭では思いつかない。
ならば、他の人の助けを借りるしかないじゃないかと。
「あのう、実は相談がありまして……」
「へえ? 乗ってやるよ」
仕事時間中に相談に乗ってもらうわけにもいかないので、少し待ってもらってお昼休みに相談に乗ってもらうことにした。
カインの時間を使わせてしまい、マコトは恐縮しながら感謝した。
「お昼ご飯は僕が奢りますね。相談に乗ってもらうお礼です」
「別に俺は昼飯を買う金くらい持っているが、奢られるのは友達っぽいから許してやる」
彼はふんぞり返って、お昼ご飯を買うことを許可してくれた。
いつものようにバーンドを買い、彼に手渡した。
二人は広場のベンチに並んで座り、バーンドを食べ始めた。
「それで相談っていうのは?
「実はフェリックス先輩の誕生日がもうすぐなんですけど、何をプレゼントすればいいかわからなくって……」
マコトはここ最近の悩み事を吐露した。
「なーんだ、そんなことか。マコトを虐めるやつがいたわけじゃないんだな、よかった」
「く、くだらない相談ですみません……!」
「そういう意味じゃねえよ、馬鹿」
カインはぷいっとそっぽを向いてしまった。
けれど、話を聞く気があるのは伝わってくる。彼は優しい人なのだ。
「センパイって奴のことがまだ好きなんだな。関係は……どうなったんだよ」
「それが、カインくんのおかげで無事に……こ、恋人同士になれました!」
恋人ができるのが初めてなら、恋人ができた報告をするのも初めてだ。
とても気恥ずかしかった。
「ふーん」
そっぽを向いているカインが、一度乱暴に顔を腕で拭った。
それからこちらを向いた。
「とにかく、そいつへの誕生日プレゼントを何にすればいいかわかんないんだろ?」
「はい、そうです」
「なら簡単だ、直接そいつに聞けばいいだろう。何をもらえば喜ぶのかって」
「え、ええ!?」
彼の提案は、マコトの発想にはないものだった。
「でも、プレゼントっていうのは相手のことを想って自分の頭で考えてこそ価値があるものでは……?」
「自分の頭で考えて何も浮かばなかったんだろ?」
「そ、それはそうなんですけど……」
「直接聞いてそれをプレゼントしても、センパイって奴は喜んでくれるよ、マコトのくれたものなんだからな。喜ばなかったらぶっ飛ばす」
「ええ!」
彼の発言はときどき過激なことがあって、びっくりしてしまう。
「だいたい、センパイって奴はマコトにプレゼントするときに中身を内緒にしていたのかよ?」
「ええーと、それは内緒ではなかったような……」
あらかじめカーバンクルの宝石を装飾品に加工して贈ってもらうことは決まっていた。
ペンダントになるとは知らなかったけれど、内緒だったわけではない。
フェリックスにプレゼントしてもらった大事なペンダントはいまもきちんと首から提げて、服の下に隠している。
「それでマコトは嬉しかったんだろ? なら、マコトが何をプレゼントしたらいいか直接聞いても大丈夫だって」
「そうですかね」
同じことを返すだけなのだから、問題はないはず。
なのに、自信が持てなかった。
「ところで俺も聞きたいことがあるんだけど。この間の白づくめの奴はなんなんだよ」
どうやらカインはグラントリアスのことが気になっているようだ。
いい意味で気になっているのであればいいな、とマコトは祈った。
「ああ、あれは……えっと……」
カインから投げかけられた問いに、マコトは戸惑った。
何をどう説明すればいいだろう。彼が王太子であることを自分が勝手に説明してしまっていいのだろうか。
「えっと、フェリックス先輩のお兄さんだよ!」
結局、マコトは事実を隠して嘘ではない説明をするに留めた。
「へえ、センパイって奴に兄がいたのか。それじゃあ、そいつにセンパイって奴の好きなものを聞いたらどうだ?」
「なるほど。でも、好きなときに会えるわけでもないですし……」
グラントリアスにフェリックスの好きな物を聞けば、答えが返ってくるかもしれない。
プレゼントを選ぶ参考になるだろう。
しかし、相手は王太子だ。まさか好きな物を聞くためだけに王太子を呼び出すわけにもいかない。
「でもちょうどあそこにいるぞ」
「え!?」
仰天してカインの指さした方向を見ると、本当に白づくめの男が歩いているのが見えた。
ギルドの方向に歩いていっている。ギルドに向かう途中なのだろう。
こんな偶然があるとは。噂をすれば影とはこのことか。
「おーい!」
カインが手を大きく振って、グラントリアスに呼びかける。
グラントリアスはこちらに気づいたようで、仮面をつけた顔がこちらを向いた。
「こっち来いよ!」
「ええ……!」
グラントリアスを呼びつけるカインに、マコトは内心でひやひやする。
王太子を呼びつけるなんて。
でもカインは彼が王太子だと知らないのだから、仕方がない。責任があるとすれば、それは彼が王太子であることを教えなかったマコトにある。
グラントリアスは小走りで駆け寄ってきてくれた。
心なしか仮面の下は嬉しそうな笑顔を浮かべている気がする。
「マコトくん、それに君はこの間の!」
目の前まできた彼は、やはり嬉しそうだった。
王太子を走らせてまで呼びつけてしまったことが申し訳なくて、マコトはベンチから立ち上がった。カインはベンチに座ったまま、バーンドをもぐもぐと頬張っている。
「君にもう一度会いたいと思っていたんだ。今日はそのためにギルドに向かうところだったんだよ。まさかこんなところで会えるなんて」
グラントリアスはカインに声をかけた。
「あ、俺に?」
カインは怪訝な顔になり、頬張っていたバーンドをごっくんと飲み込んだ。
「君がどうしているか、何故だか気になってしまってね」
「なんだそりゃ、変な奴」
カインは鋭い視線でグラントリアスを睨みつける。
だが、「変な奴」という単語が出たということは好意を感じている証……だとマコトは勝手に思っている。
「どうか君の名前を教えてもらえないだろうか」
「はあー? なんで俺の名前を教えなくちゃいけないんだよ。それに他人に名前聞くときは、まず自分から名乗れよ」
ぞんざいな口調で王太子相手に礼儀を説くカインにハラハラしながらも、同時に仲良くなってほしいなとマコトは祈る。
「たしかにそうだ、すまない。私はグラントリアスという。君の名は?」
「グラン……なんだって? 名前長すぎ、お前なんかグランで充分だ」
「ひええ」
相手が王太子であることに気がつかないばかりか、不遜すぎる物言いのカインに思わず小さな悲鳴が出た。マコトが発した変な声に、幸いにして二人とも気がつかなかったようだ。
「……カイン。俺の名はカインだ」
「カイン、そうかカインか! とても素敵な名だと思う」
「ケッ」
そっぽを向いたカインの横顔は、気のせいでなければ桃色に染まっているように見えた。
「君がつけてくれたグランという愛称も斬新だね。これからは是非グランと呼んでくれ!」
「うるさいうるさい。そんなことより、マコトがお前に聞きたいことがあるんだってよ」
顎でしゃくってマコトを指し示し、カインは話を振ってくれた。
「カインくんとの会話にすっかり夢中になってしまった、すまない! マコトくん、君の話を聞こう」
「ええーと、そのぉ……」
いまの話の流れで自分なんかの下らない相談に乗ってもらうのが、申し訳ない。
マコトは恐縮しながら、フェリックスの誕生日プレゼントに悩んでいることを説明した。
「フェリックスへの誕生日プレゼントか……私は香水作りが趣味だから、毎年自分で調香した香水を送っているよ」
「あ、そういえばお兄さんに香水もらったって言ってました」
王族らしいなんとも雅なプレゼントだと頷く。
だが到底参考にできそうにない。マコトには調香なんてできない。
「贈り物なら、革製品がいいと思うよ。マコトくんからプレゼントされれば、フェリックスは喜んで大事に使うだろうね」
「革……」
革製品は、長年使いこんでいくうちに人間の手の脂が染み込んで趣深い色合いに変じるという。
前の世界でも革製品はプレゼントの定番だった。
もしも両親が生きていれば、初任給で革製品のなにかをプレゼントしたかもしれない。
「でも革製品ってどんなものがあるんでしょうか……」
前の世界のアイテムを思い浮かべてもカバンか靴ぐらいしか思い浮かばないのに、この世界の革製品にどんなものがあるかなどわかるわけがない。
「なら俺と一緒に革細工屋に行こうぜ! ついでにそこで予約もしちまえばいい!」
カインが弾む声で提案してくれた。
「それならば、私はオススメの店を紹介しよう」
と、グラントリアスも笑いかけてくれた。
みんながマコトに協力してくれている。
「みなさん、ありがとうございます……!」
感謝の念が極まり、視界が潤んだ。
「どんな他愛もないことでも、いつでも俺に相談しろよ! 俺たち友達なんだからな!」
「そうだよマコトくん、私たちはもう友人同士だ」
どさくさに紛れてグラントリアスまで友人だと主張してきた。
けれども、ありがたかった。
「カインくん、グラントリアスさん、ありがとうございます!」
次の休日。
マコトは、カインと一緒にグラントリアスが紹介してくれた革細工店へと向かった。
完全オーダーメイドの店だ。値は張ることになるが、フェリックスのためならば貯金をいくらか崩してもいいとマコトは思っていた。
店には見本品が並んでいる。
前と世界と同じようなカバンや靴。
それからこの世界らしい革の袋。金貨などを入れておく、この世界のお財布だ。紐も革で作られ、麻の袋とは高級感が段違いだ。
変わったものだと、魔法の杖を入れておくためのケースなんてものもあった。
「お財布はもう立派なものを持っているし……」
もう何度もフェリックスに奢ってもらっているので、彼がお財布に困っていないことは知っている。
「一体何がいいんだろう……」
数々の見本品を前に、マコトは困り果てる。
「やっぱ、よく使うものを贈りたいよな」
「はい、そうです。先輩が毎日使う物を贈って、それで使えてもらえたら幸せです」
カインの言葉に、マコトは頷く。
「ソイツが毎日使う物をよく考えてみるといいんじゃないのか?」
「毎日、使う物……」
カインのアドバイス通り、マコトは頭を働かせてみた。
「うーん、うーん……あ!」
一つだけ、マコトの脳内に閃いた考えがあった。
「思いつきました、プレゼントしたいもの!」
「よし、なら早速注文しようぜ」
「はい!」
マコトは店の主人に、作ってもらいたいものを細かく説明した。
そういった物品を注文する人は何人かいるようで、注文はスムーズに進んだ。
フェリックスの誕生日までに完成が間に合うそうだ。
こうしてマコトは無事誕生日プレゼントを決めることができたのだった。
それは即ち、フェリックスの誕生日が刻一刻と近づいてきていることを示している。
(どうしよう、何も思いつかない……!)
何をプレゼントすれば彼が喜ぶのか、まるで思いつかなかった。
彼にはとても素敵なペンダントをプレゼントしてもらった。
同じくらい素敵な物を贈らなければと思ってしまう。
だがマコトの財布の中身には限界があるし、貴族である彼ならば高価なものには慣れているだろう。
どうすればいいというのか。
マコトの頭が解決法を導き出すことはできなかった。
「どうしたんだマコト、元気なさそうじゃねえか」
受付を担当していたマコトは、かけられた言葉に顔を上げた。
途端に視界に入るのは、睨みつけてくる赤と青のオッドアイ。
「あ、カイン……くん」
貴重なマコトの友人であるカインがそこにいた。
今日も彼は半袖だが、流石にマフラーを首に巻きつけている。
マコトは彼のことを「カインくん」と呼ぶようになっていた。
「どうしたんだ、まさか誰かに虐められたのか」
「ち、違います!」
そのとき、マコトは閃いた。
自分の頭では思いつかない。
ならば、他の人の助けを借りるしかないじゃないかと。
「あのう、実は相談がありまして……」
「へえ? 乗ってやるよ」
仕事時間中に相談に乗ってもらうわけにもいかないので、少し待ってもらってお昼休みに相談に乗ってもらうことにした。
カインの時間を使わせてしまい、マコトは恐縮しながら感謝した。
「お昼ご飯は僕が奢りますね。相談に乗ってもらうお礼です」
「別に俺は昼飯を買う金くらい持っているが、奢られるのは友達っぽいから許してやる」
彼はふんぞり返って、お昼ご飯を買うことを許可してくれた。
いつものようにバーンドを買い、彼に手渡した。
二人は広場のベンチに並んで座り、バーンドを食べ始めた。
「それで相談っていうのは?
「実はフェリックス先輩の誕生日がもうすぐなんですけど、何をプレゼントすればいいかわからなくって……」
マコトはここ最近の悩み事を吐露した。
「なーんだ、そんなことか。マコトを虐めるやつがいたわけじゃないんだな、よかった」
「く、くだらない相談ですみません……!」
「そういう意味じゃねえよ、馬鹿」
カインはぷいっとそっぽを向いてしまった。
けれど、話を聞く気があるのは伝わってくる。彼は優しい人なのだ。
「センパイって奴のことがまだ好きなんだな。関係は……どうなったんだよ」
「それが、カインくんのおかげで無事に……こ、恋人同士になれました!」
恋人ができるのが初めてなら、恋人ができた報告をするのも初めてだ。
とても気恥ずかしかった。
「ふーん」
そっぽを向いているカインが、一度乱暴に顔を腕で拭った。
それからこちらを向いた。
「とにかく、そいつへの誕生日プレゼントを何にすればいいかわかんないんだろ?」
「はい、そうです」
「なら簡単だ、直接そいつに聞けばいいだろう。何をもらえば喜ぶのかって」
「え、ええ!?」
彼の提案は、マコトの発想にはないものだった。
「でも、プレゼントっていうのは相手のことを想って自分の頭で考えてこそ価値があるものでは……?」
「自分の頭で考えて何も浮かばなかったんだろ?」
「そ、それはそうなんですけど……」
「直接聞いてそれをプレゼントしても、センパイって奴は喜んでくれるよ、マコトのくれたものなんだからな。喜ばなかったらぶっ飛ばす」
「ええ!」
彼の発言はときどき過激なことがあって、びっくりしてしまう。
「だいたい、センパイって奴はマコトにプレゼントするときに中身を内緒にしていたのかよ?」
「ええーと、それは内緒ではなかったような……」
あらかじめカーバンクルの宝石を装飾品に加工して贈ってもらうことは決まっていた。
ペンダントになるとは知らなかったけれど、内緒だったわけではない。
フェリックスにプレゼントしてもらった大事なペンダントはいまもきちんと首から提げて、服の下に隠している。
「それでマコトは嬉しかったんだろ? なら、マコトが何をプレゼントしたらいいか直接聞いても大丈夫だって」
「そうですかね」
同じことを返すだけなのだから、問題はないはず。
なのに、自信が持てなかった。
「ところで俺も聞きたいことがあるんだけど。この間の白づくめの奴はなんなんだよ」
どうやらカインはグラントリアスのことが気になっているようだ。
いい意味で気になっているのであればいいな、とマコトは祈った。
「ああ、あれは……えっと……」
カインから投げかけられた問いに、マコトは戸惑った。
何をどう説明すればいいだろう。彼が王太子であることを自分が勝手に説明してしまっていいのだろうか。
「えっと、フェリックス先輩のお兄さんだよ!」
結局、マコトは事実を隠して嘘ではない説明をするに留めた。
「へえ、センパイって奴に兄がいたのか。それじゃあ、そいつにセンパイって奴の好きなものを聞いたらどうだ?」
「なるほど。でも、好きなときに会えるわけでもないですし……」
グラントリアスにフェリックスの好きな物を聞けば、答えが返ってくるかもしれない。
プレゼントを選ぶ参考になるだろう。
しかし、相手は王太子だ。まさか好きな物を聞くためだけに王太子を呼び出すわけにもいかない。
「でもちょうどあそこにいるぞ」
「え!?」
仰天してカインの指さした方向を見ると、本当に白づくめの男が歩いているのが見えた。
ギルドの方向に歩いていっている。ギルドに向かう途中なのだろう。
こんな偶然があるとは。噂をすれば影とはこのことか。
「おーい!」
カインが手を大きく振って、グラントリアスに呼びかける。
グラントリアスはこちらに気づいたようで、仮面をつけた顔がこちらを向いた。
「こっち来いよ!」
「ええ……!」
グラントリアスを呼びつけるカインに、マコトは内心でひやひやする。
王太子を呼びつけるなんて。
でもカインは彼が王太子だと知らないのだから、仕方がない。責任があるとすれば、それは彼が王太子であることを教えなかったマコトにある。
グラントリアスは小走りで駆け寄ってきてくれた。
心なしか仮面の下は嬉しそうな笑顔を浮かべている気がする。
「マコトくん、それに君はこの間の!」
目の前まできた彼は、やはり嬉しそうだった。
王太子を走らせてまで呼びつけてしまったことが申し訳なくて、マコトはベンチから立ち上がった。カインはベンチに座ったまま、バーンドをもぐもぐと頬張っている。
「君にもう一度会いたいと思っていたんだ。今日はそのためにギルドに向かうところだったんだよ。まさかこんなところで会えるなんて」
グラントリアスはカインに声をかけた。
「あ、俺に?」
カインは怪訝な顔になり、頬張っていたバーンドをごっくんと飲み込んだ。
「君がどうしているか、何故だか気になってしまってね」
「なんだそりゃ、変な奴」
カインは鋭い視線でグラントリアスを睨みつける。
だが、「変な奴」という単語が出たということは好意を感じている証……だとマコトは勝手に思っている。
「どうか君の名前を教えてもらえないだろうか」
「はあー? なんで俺の名前を教えなくちゃいけないんだよ。それに他人に名前聞くときは、まず自分から名乗れよ」
ぞんざいな口調で王太子相手に礼儀を説くカインにハラハラしながらも、同時に仲良くなってほしいなとマコトは祈る。
「たしかにそうだ、すまない。私はグラントリアスという。君の名は?」
「グラン……なんだって? 名前長すぎ、お前なんかグランで充分だ」
「ひええ」
相手が王太子であることに気がつかないばかりか、不遜すぎる物言いのカインに思わず小さな悲鳴が出た。マコトが発した変な声に、幸いにして二人とも気がつかなかったようだ。
「……カイン。俺の名はカインだ」
「カイン、そうかカインか! とても素敵な名だと思う」
「ケッ」
そっぽを向いたカインの横顔は、気のせいでなければ桃色に染まっているように見えた。
「君がつけてくれたグランという愛称も斬新だね。これからは是非グランと呼んでくれ!」
「うるさいうるさい。そんなことより、マコトがお前に聞きたいことがあるんだってよ」
顎でしゃくってマコトを指し示し、カインは話を振ってくれた。
「カインくんとの会話にすっかり夢中になってしまった、すまない! マコトくん、君の話を聞こう」
「ええーと、そのぉ……」
いまの話の流れで自分なんかの下らない相談に乗ってもらうのが、申し訳ない。
マコトは恐縮しながら、フェリックスの誕生日プレゼントに悩んでいることを説明した。
「フェリックスへの誕生日プレゼントか……私は香水作りが趣味だから、毎年自分で調香した香水を送っているよ」
「あ、そういえばお兄さんに香水もらったって言ってました」
王族らしいなんとも雅なプレゼントだと頷く。
だが到底参考にできそうにない。マコトには調香なんてできない。
「贈り物なら、革製品がいいと思うよ。マコトくんからプレゼントされれば、フェリックスは喜んで大事に使うだろうね」
「革……」
革製品は、長年使いこんでいくうちに人間の手の脂が染み込んで趣深い色合いに変じるという。
前の世界でも革製品はプレゼントの定番だった。
もしも両親が生きていれば、初任給で革製品のなにかをプレゼントしたかもしれない。
「でも革製品ってどんなものがあるんでしょうか……」
前の世界のアイテムを思い浮かべてもカバンか靴ぐらいしか思い浮かばないのに、この世界の革製品にどんなものがあるかなどわかるわけがない。
「なら俺と一緒に革細工屋に行こうぜ! ついでにそこで予約もしちまえばいい!」
カインが弾む声で提案してくれた。
「それならば、私はオススメの店を紹介しよう」
と、グラントリアスも笑いかけてくれた。
みんながマコトに協力してくれている。
「みなさん、ありがとうございます……!」
感謝の念が極まり、視界が潤んだ。
「どんな他愛もないことでも、いつでも俺に相談しろよ! 俺たち友達なんだからな!」
「そうだよマコトくん、私たちはもう友人同士だ」
どさくさに紛れてグラントリアスまで友人だと主張してきた。
けれども、ありがたかった。
「カインくん、グラントリアスさん、ありがとうございます!」
次の休日。
マコトは、カインと一緒にグラントリアスが紹介してくれた革細工店へと向かった。
完全オーダーメイドの店だ。値は張ることになるが、フェリックスのためならば貯金をいくらか崩してもいいとマコトは思っていた。
店には見本品が並んでいる。
前と世界と同じようなカバンや靴。
それからこの世界らしい革の袋。金貨などを入れておく、この世界のお財布だ。紐も革で作られ、麻の袋とは高級感が段違いだ。
変わったものだと、魔法の杖を入れておくためのケースなんてものもあった。
「お財布はもう立派なものを持っているし……」
もう何度もフェリックスに奢ってもらっているので、彼がお財布に困っていないことは知っている。
「一体何がいいんだろう……」
数々の見本品を前に、マコトは困り果てる。
「やっぱ、よく使うものを贈りたいよな」
「はい、そうです。先輩が毎日使う物を贈って、それで使えてもらえたら幸せです」
カインの言葉に、マコトは頷く。
「ソイツが毎日使う物をよく考えてみるといいんじゃないのか?」
「毎日、使う物……」
カインのアドバイス通り、マコトは頭を働かせてみた。
「うーん、うーん……あ!」
一つだけ、マコトの脳内に閃いた考えがあった。
「思いつきました、プレゼントしたいもの!」
「よし、なら早速注文しようぜ」
「はい!」
マコトは店の主人に、作ってもらいたいものを細かく説明した。
そういった物品を注文する人は何人かいるようで、注文はスムーズに進んだ。
フェリックスの誕生日までに完成が間に合うそうだ。
こうしてマコトは無事誕生日プレゼントを決めることができたのだった。
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