ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おまけ

閑話 魔女はつぶやく。

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※おうちにかえりたい編終了直後くらいの話です。

 そういえば、といって差し出された紙を魔女は受け取った。
 先日、王冠をその頭にのせたばかりの友人はすました顔でグラスを揺らしている。なんだこれと視線を落として、書かれた文面に目を瞬かせる。

「いや、請求書って」

「知らないけど、請求書なの?」

「契約不履行による、ペナルティ込みって。逆に感謝して欲しいくらいだよ」

 魔女はポイっと放り投げて、燃やした。室内での発火に彼女が嫌そうな顔をしたのを笑う。

「あと三通もらったわ」

「……それを燃やしても?」

「別にただの紙なんだから同じものが来るわね」

 魔女は沈黙して、グラスの中身を煽った。今日のワインは赤で喉に渋みが残って後悔する。どうせなら白いほうでやればよかったと。
 魔女はつまみとして用意されたチーズを口に放り込みその相性を堪能する。

 正面から呆れたような視線を感じてはいるが、気にしない。魔女を呼びつけたのは彼女で、さらにもてなしとして用意されていたのだから堪能して良いはずだ。

「契約って?」

 無作法とわざということもなく、彼女はそれを問うことにしたようだ。
 魔女は少し迷う。言うべきことも言わないこともある。

「うーん。もういいかな。魔物投入時期は、もうちょっと別で城下に入れる予定だったんだ。そういう約束してた」

「全然違ったわね」

「そーだね。ウィリアムとどちらにするか結構、悩んだんだよ。ぎりぎりの連絡の理由は納得いただけた?」

「変な気はするけど、いいことにするわ」

 彼女はそこを深く聞く気は元々なかったようだった。それに関わったものについて、避けている自覚はなさそうだ。
 元々、いなかったみたいに振舞う。

 そうしなければならないと言わんばかりで、見ているほうがはらはらしてくる。

「お友達、ってのは大事にしたいものだよ」

 どこか、面白がるように魔女は嗤う。





 いつもより早めに酒宴を切り上げて、街中をふらつくことにした。その街の様子は前の王の時代と変わりないと魔女には思えた。王が変わったといっても下々にはあまり関係ないと思っているように。
 確かに雰囲気は変わってはいるが、それでも、まだ揺らいではいない。波紋のように揺れるのはこの先のことだ。

「人の世はめんどくさいな」

 小さくつぶやいた。平和でも乱世でも、もめごとはある。権力の取り合いなどいつものことに過ぎない。
 王冠を彼女に乗せたのは、ほかの誰にも渡したくも自分でかぶりたくもなかったからだ。

 ほんの少し前まではそんなこと考えてもいなかった。
 あの男が悪い。さっさと自分一人が退場して、済まそうとしたのが悪い。

 魔女が彼に会ったのは偶然だった。たまたま飲みに来ていた店でおごられた。その後はそれなりに張られていたのだろう。
 わかっていて散々おごらせた。
 いつか、貸しを返せと言われるだろうと思いながらもつき合った。それがこんなことになるとは思ってもみなかったが。

「それにしたって請求書ってひどい」

 散々、おごって、約束してこれでは確かに文句の一つも言いたくなるだろうとは思うが。送りつけてきたのはあの卵に似た男であろうか。
 あの胡散臭い男ではないのは確かだ。
 意識はあるが動けそうもないと遠くから見た。のぞき見くらいは魔女には容易い。言えば嫌そうな顔をされるので、ほかの誰かに言ったことはない。
 特技のぞき見ってと魔女本人も思っている。

 通いなれた道を通り、いつもの店の前で立ち止まって、今日はやめることにした。
 この店で、知ってしまったから、こうなったのだ。

 彼は酒を飲むと少し、隙が出来る。知っているからあまり飲まないし、飲んでもそれほど度を超すことはない。
 最後にあったときに面白がって中身を入れ替えたのが発端だ。
 酒に弱いと言うわけでもないからいいかと思ったのだ。

 倒れるほどの強いものではなく、口当たりの良い果実酒を割らなかった程度。普通ならちょっと酔っぱらうくらいだろう。
 彼はなにか変だぞという顔はしたものの指摘はされなかった。

 何の気無しに彼女のことを聞いた。
 どういう話の流れでだったのかもなにを聞いたかも覚えていない。

 彼はそれにしずかに笑みを浮かべただけでなにも答えなかった。

 魔女は変だと直感する。善し悪しはともかくとして、何かしらの答えは言うのだ。言えないなら言えないとはっきり断る。
 解答を避けるように質問返しもあった。ともかく、魔女に沈黙は無意味と思っている節があった。
 確かにそうだけど。興味を引かれる。

 常にない態度を出すくらいには酔っている。

 思い返せば、一度も話題に出したことがない。お互い彼女について話をする機会というものがそもそもなかった。
 王城に出入りしている以上、ふたりの面識がない、とは思わないが近しいとも思っていなかった。
 目的が、真っ向から対立している。

 お互い、真意を隠して誰かと一緒にいるとは思えないのだが。

「元気にしている?」

「さあ、もうお会いすることもないでしょう」

 素っ気ないとも言う言葉。
 違和感しかない。

 気落ちしているように伏せられた目が、落ち着きなく揺らされるグラスが、開きかけて失われた言葉が。

 あれ、もしかして、いや、まさか。

「出来ることなど、遠くで祈るくらいでしょう」

 そんな事さえも何で嬉しそうに言うんだ。
 魔女は思わず口をついて出そうになった。無意識で、無自覚のこれを指摘してはいけない。そんな気がする。
 慌てて酔い覚ましにグラスの中身を変えた。慌てすぎて味を偽装するのを忘れて、その苦さに気がつかれる。

「……なんか、しました?」

「酔っ払いに酔い覚まし。いい仕事をした」

 魔女が胸を張ってそう主張すると胡散臭そうに見られたが、魔女的には間違っていない。最初に酔わせたということを言っていないだけだ。

「じゃ、また今度ね」

 そのあとに迂闊なことを言う前にそそくさと帰ることにしたのだ。その後、会っていない。

「人の世はめんどくさい」

 もし、あのときに会わなければ、彼の望みを叶えただろう。

 ただ、血縁上の父親のやりようにも腹が立ってはいたのだ。我々はものではない。

 兄さんもこまったわねと言う先代はもういない。記録の中に溶けてしまった。気持ちも覚えているだろうけれど、それを解凍することはない。

 私は、私だ。誰かになんかならない。

「まあ、あとで感謝してもらうようにその分、護ってあげようかね」
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