ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

閑話 彼女の黒歴史

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「あ、いたいた。この間の話さ。聞きなよ」

 ウィリアムがレオンに強引に引きずられたのは前回会ってから数日後だった。

 城下まで出るつもりはなかったが、黒の釣り鐘亭の新作のケーキがおいしいとごり押しされた。
 確かに個室がある。
 男二人で個室。可愛らしい内装の店で。

「可愛い女性と来たかった」

 心底そう思う。
 レオンの何を言ってんのという視線に目を逸らす。思い浮かんだ赤毛にちょっと動揺した。

 レオンは良くきているらしく、店員と親しげに話をし先に珈琲とケーキを受け取る。
 これで店員が個室に出入りする理由はなくなった。

「そんでさ。予算でちょっと不在が多かったんだよ。財務卿(ランカスター)が必要って言うんだからいるんだとは思ってさ。減らせるところとか頭ひねってたわけよ。ちょっと副官やら下に任せ過ぎたとは反省しているよ。
 だから、最近はたるんでるなぁと鍛えたり、後回しにしていた色々を片付けてていてね。監督不行届だったのは認める」

 座るなりまくし立てられた。
 俺悪くないとこれほど主張しなければいけない失態とはいったい?

 ウィリアムは聞きたくなかった。本気で知りたくない。

「姫様のお迎えって我々の仕事だったらしい」

「……は?」

 思いも寄らないことを言われた。
 ウィリアムは今回の婚姻について事前に通達もなかったことを思いだした。突然、現れたように思える。
 言われてみれば、誰かが国内の迎えに出ていなくてはいけない。しかし、全くそんな動きはなかった。
 近衛も黄の騎士団もいつも通り。

 そもそも姫君なんていない、みたいに。

「俺はてっきり、近衛が迎えに行ってんのかと思ってたんだわ。いつも、ちゃんと調べる俺が、ほったらかしてたってのがまずおかしい。
 そして、最近な素行が悪い連中が妙に羽振りが良くっておかしいとようやく気がついた」

「あー、聞きたくない」

「聞けよ。俺も陛下に報告あげたくない」

 レオンのいつものどこかふざけた態度がすっかり抜け落ちている。良くない兆候だとウィリアムは視線を逸らした。
 壁には可愛いハートマークが描かれている。乙女なレースとフリルの部屋が地獄に化ける。

「あの性悪女が手を回したんだとよ。わざと待遇悪く迎えるように」

「……そこまでするのか」

 性悪。
 一目見たときから、あの女嫌いとレオンは言っていたなと思い出す。絶対、視界に入らない。とか言っていたような……。
 王の運命の人なんだからと宥めては信じられないと言う顔をされた気がする。
 妙に紗がかかっている記憶に違和感を覚えた。

 彼女は少々わがまま、とは思うがそれほどだろうか。なんとなく、距離感がおかしい気もするが、可愛いらしい程度のお願いしかされた記憶がない。
 もっともウィリアムの評価はこの城に来るまでの間のことでしかない。
 城に着いてからは目にする機会はほとんどなかった。

 王の運命の人は一部では蛇蝎のごとく嫌われている。目立たないのは、一切視界にも入らないくらい避けているに過ぎない。
 とあまり人を悪く言わない従者が言っていた。彼も嫌いらしい。

「うちの姉ちゃんに似すぎて、殺意しかうかばねぇや」

 レオンとその姉は仲が悪い。とてもとても悪い。最初は、姉が可愛がられているからヤキモチかと思ったが、どうもそれだけではないようだ。
 その姉は今は王宮で侍女をしていると聞いている。

「自分の手を汚さず、人を陥れるようなヤツなど死ねばいい」

 タルトにフォークが刺さる。描かれていた可愛いウサギの顔が真っ二つだ。
 お、これかわいいじゃんと言っていた人のやることではない。
 レオンの真顔が怖い。
 表情が豊かなヤツの真顔って怖いんだなとウィリアムは思った。あまり、こんな顔されたことがない。

「おっと。俺としたことが。ま、手段は割愛するけど、知らないうちにいいように使われて、でも物的証拠もないと来たものだ。言いがかりをつけるなと一笑に付される状態」

 レオンは売られた喧嘩は買わないとなぁと楽しげに笑った。
 ……とても最近、似たような顔をみたような気がする。

「経緯はともかく、謝罪には行くんだろう?」

「部下の不手際と把握の遅れを謝罪するしかないよね。何人死ぬかな。いや、死なせてくれるかな」

 意味がわからないと言いたげなウィリアムにレオンは笑った。

「世の中には死んだ方がマシという状況もあるんだよ。ああ、あの国の王がどんなにヤバイかって言ってなかったね」

「聞きたくない」

「イエユウルを潰した。その前はシュラディ。どちらも政略結婚していたんだが、婚家での扱いがダメだったらしいな」

 どちらも小国とはいえ、ウィリアムも名を知らないほどではない。それぞれ特産品が有名だったはずだが、なんだっただろうか。
 しかし、国がなくなればそれなりに情報は出回るはずだ。いくら辺境と言える北方でも時間をかければ、たぶん、届くはず。

「ある程度はしかたないんじゃないのか」

「餓死しかけるのと塔から飛ばされる話のどこが、ある程度だって話だな」

 俺にはあんな姉しかいないから、仲の良い兄弟なんて想像でしかないけど。
 国家の威信ってヤツもあれば、謝れば許されるなんておもえないなぁとのんびり追加された。

「だから、ある程度の覚悟はした方が良い。無事で事を済ますのは、もはや無理だ」

 この魔王が目覚めるかも知れないときに、新しい火種があると。
 どちらにしろ、滅ぶんじゃないだろうか。
 レオンは魔王のことは知らないようだ。あるいは知らない振りだろうか。

「魔女殿の取りなしに期待するしかないじゃないか」

「俺たちがいくら頑張っても、魔女殿の気持ち次第だからなぁ。死ねと言えば死ぬのが兵士ってもんだから、しかたないけどさ。無駄死にはしたくないもんだ」

 白銀の髪を持つという魔女。
 少しレオンの視線がウィリアムの上の方を見た。

「そろそろ染めた方が良いんじゃないか。根本が白い」

「そうか」

 母譲りの白銀の髪。両親から物心つく頃には隠すように言われていたが、それの意味は今も確かに教えられていない。
 面倒だと思うが、魔女と同じ色は良く思われていないのは確かだ。同じということが不敬であると。
 王家に出がちな色であるということも無関係ではないだろう。

 レオンは知っているが、王族の二人は知らない。決して教えるなと両親からは言われている。今も時々、父から確認されるほどだ。

「珈琲がうまい。嗜好品万歳。いつまで食べれるかわかんないけど、おいしいは正義」

 ウサギの顔が四分割されていた。
 可愛いが、スプラッタに変化している。

「そうだな」

 黒い釣り鐘亭は一年くらい前に出来たと聞いている。
 可愛らしい外見に怯むが、それを越えればなんとかなる。とレオンは前回主張していた。
 レオンの少し中性的な外見ならいけるかもしれないが、あきらかに男のウィリアムが入るにはとても勇気が必要だ。
 さすがに一人で来たことはないが、断らない程度には気に入っている。

「あと一個聞いておきたかったんだけどさ。いや、嘘であって、デマであって欲しいんだけど」

「なんだ」

「鮮血のように赤い髪の男が随員でいたってきいたけど、それもジニーとか言うとか」

「いるが、どうしたんだ」

 レオンが頭を抱えた。
 俺、死ぬ。とか。
 死ぬよりひどい目ってなんだろうな。とか。呟いている。

 ……ウィリアムの知るジニーという青年は、温厚そうに見える。剣を握っていた場合は別としても感情的だとは思わない。

 ただ、決して、人を寄せない。踏み込ませない彼が少年たちに対しては気を許しているように見えるのは少し奇妙な気がした。

 どうして構うのかと聞けば、故郷に弟がいて、と、長く弟自慢を聞かされたので、納得もしたものだ。

「そいつね、気を付けた方が良いというか逃げようかな。まだ会ってないならいける。きっといける」

 一国の騎士団を預かる人間の発言とは決して思えない。
 もっとも、レオンもこんなに出世するつもりはなかったようだ。実家が俺を利用するつもりで階級あげにかかっているの本気で死ぬとぼやいた事を聞いたことがある。
 レオンの実家は宰相を多く排出している。学者はもっと出ている。
 完全に頭脳労働者である。
 頑張れば功績は出来る。死ぬほどと言っても物理的に死ぬことはほとんどないだろう。

 対して、騎士団というのは基本的に現場での実績がないと出世しない。
 若くて出世したいならヤバイ現場に叩き込まれまくるという現実がそこにあった。

 レオンに、強いなら死なないと信じている、と虚ろな目で主張されたのはいつのことだったか。
 ウィリアムが出世したのは純粋に人がいなくなったからだ。

「北方は辺境すぎるから情報も回らないんだよね。きっと。もうちょっと改善したら?」

「……なぜ、悪口をいわれなきゃならんのだ」

「イエユウルで、一人でね、城に入って血で道を作って王子を救出したってのが、その男」

 その事実と本物のジニーのイメージが繋がらない。
 レオンがわざと嘘をつくことも確証がないことを言うこともない。不確かなら前置きをきちんとする。

「しかも、だ。姫君は一人で来た。文字通り一人きりで。これは間違いない。なのに、何食わぬ顔でそいつは城にいたんだろう?」

「その妹もいるな」

「……おう。兄妹とは知らなかったな」

「乳兄弟とか聞いたらしい」

「大丈夫。俺は逃げる」

 全力で逃亡宣言された。

「謝罪でも何でも顔を出したら覚えられて闇討ちされる。むしろ利用されるからと頭下げればいいの。そうなの。
 俺も被害者と言えばいいの?
 どうしたら、可愛い嫁さんと子供に囲まれる平和な家庭を築けるの?
 幼少期得られなかった幸せを享受するのそんなに難しいの?」

 黙ってウィリアムは珈琲に砂糖を入れた。一口食べたキーライムパイは酸味にバランスが偏っているので、甘いものがないとツライ。

 レオンがこうなったらしばらくぶつくさ文句を言い続けることを知っている。
 気が済んだら、黙って処理するだろう。
 やらなければいけないことを全部。いろんな事を飲み込んで。

 今度のことも王には自分の責任と報告を出すだろう。減給から処刑までのどれかなとぼやいているとおりの処分も黙って受け取る。
 さすがに牢屋や処刑と言われたら、止めようと思う。今、黄の騎士団を束ねられる男は他にいない。
 魔王の脅威を盾にとれば下げざろうえないだろう。

 あるいは。ちらりとよぎった考えを打ち消す。

 今、ウィリアムに出来ることと言えば、黙って聞いてやることと。終わったらまた珈琲でも奢ってやるくらいだ。

 そして、落ち着いた頃にはレオンを探しに来た副官が回収に来た。

「あ、これお土産」

 ウィリアムが何の気無しに受け取った資料は、あの資料室からくすねたものだった。
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