ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

お茶会 後編

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 お茶会の舞台は中庭だった。

 建物の構造上、中庭がある。四角の中にもう一つ小さな四角がある形だ。
 籠城時に活用するために作られたのではないだろうか。木立はまばらで、お茶をするには向いていない。

 隠れる気も隠す気もない立地。
 正しく、見せ物である。
 先にきちんと愛人、改め聖女様ご本人がいた。侍女もきちんとお茶の用意をしている。しかし、お茶会に護衛も五人とか過剰じゃないだろうか。彼らもジャックやジニーほどではないけど見目は良いな。

「ごきげんよう」

 私の方が地位が上でも相手の方が王の寵愛があるというめんどくさい状況でのお茶会なので、お招きがどうとか言う気はない。
 普通に挨拶から始めればいい。

 薄い微笑みでの挨拶は彼女にはどう見えたのかはわからない。びくっとしたので、何か迫力があったのかもしれない。

「ようこそ。どうぞ、お座りください」

 表面上の笑顔を交わす。
 自信に溢れた表情だわね。手に入ったのかしら。欲しかったものは。問いかけたい気持ちがうずく。

 今日は様子見だからと自分に言い聞かせて微笑みを維持する。

「ありがとう」

 勧められるままに椅子に座った。
 椅子の数は四つ。
 私と彼女とあとは誰?

「陛下にも声をおかけしたのですけど、お忙しいのですって」

 聖女様は残念そうに言う。
 普通、事前調整しないと時間は作れない。だから、来ないとわかって、突然誘ったんだろう。

 もう一人は程なく現れた。

 眼鏡とか嫌がらせか。

 誰も得をしない人選だ。

 彼も断りたいだろうにこれを放置するとどうなるかわからないから見届けに来たところだろう。
 いっそ放置すればいいのに。

 その後ろにレオンの顔を見つけて納得した。ウィルのかわりに護衛にでもつかされたのだろう。こんな狙ってくれと言わんばかりの立地のお茶会なんて危険極まりない。

 そんな事を考えながらほっとしたような笑顔を見せる。

 眼鏡が笑みを返してくるのはわかる。なんで、レオンが驚いたように眉あげてるんだ。私は今は可憐なお姫様なんです。

「ようこそおいでくださいました」

「お招きありがとうございます」

 冷静に考えれば兄王の妃の二人とお茶する王弟という図だ。
 胃が痛くなりそうだ。
 よい話になる要素が一つもない。
 嫌がらせでするには最高の条件である。

 眼鏡に少しばかり同情したような視線も送っておくか。好感度アップは一日にしてならずと言っていたし。

 同じような視線を返されて小さく笑う。
 その結果、聖女様が睨んでくるわけで。

 王に大事にされている聖女様がやけに熱心に見ているのはいかがなものだろうか。
 兄弟を侍らしたいのだろうか。

 まだお茶の一杯も飲んでいないうちから、じっと見て喧嘩を売られるのも嫌だと視線を外す。

「姫様」

 小さく声をかけられて振り向く。
 私の給仕はユリアがやる手はずになっている。毒味をするという彼女を説き伏せて毒味無しで挑んでいる。
 弱い毒くらいなら飲まされて慣れている。

 逆にユリアにはお茶の方に毒を盛る方をお願いしている。引きつった顔で了承された。
 断っても良かったのよ? どうしても従わなければならない契約ではないのだから。

 遅効性の腹痛を起こすだけの毒。ちょっとした嫌がらせくらい良いじゃない。
 私は毒消しを飲み済みだ。

 明日の朝、お腹が痛くなると良い。
 二人ともなのかと目線で問われたので、笑顔で肯いた。仲良く痛くなるといい。

 一瞬、げんなりした表情を無表情まで戻すとお茶をいれる作業に戻った。他の侍女たちをさりげなく遠ざけるのは修行の成果だろうか。

「故郷のお茶をお持ちしましたの。良い香りがして、暖かい気持ちになれます」

 さて、主催は聖女様ではあるが、この場で一番立場が上なのは私だ。私が持ってきたお茶が飲めないって事はないわよね? と圧力をかける立場である。

 断られたら、面子を潰されたと逃げ帰る予定である。

 好感度なんて気にしなくてい良い立場は気楽だ。

「……いただきますわ」

 ぐっと言葉に詰まったものの聖女は飲む選択をする。

「良い香りですね」

 目元を緩めて眼鏡は全く疑うこともなく口にした。いや、ちょっとは気にして欲しいんだけど。後ろのお付きの人も焦ってるよ。
 レオンが止めるかと思ったんだけど、彼はユリアの方を見ていた。小競り合いではないが、小さく言い争いしているものね……。
 ああ、エリンとかいう侍女もいたのか。

 ……というか、無表情すぎて怖いんだけど。本当に、無、ってかんじで。

 視線をそらしてお茶を口に含む。

 ユリアのいれてくれたお茶はちょっと雑味がある。まだまだ、修行が必要だ。ただし、毒の味はきっちり消してくるから良い雑味なのかもしれないけれど。

「あら、おいしい」

 聖女様が意外という表情だったけど。
 王弟にはこちらにわかるように苦笑された。味の違いがわかったらしい。

「ジンジャー」

 小さく彼女を呼ぶ。

「次はお任せして」

「はい」

 ユリアは神妙な顔で返答していたが、あとで、だから言ったじゃないですかっ! と怒られそうだ。
 目的は達したのでいいじゃないと言い返してもしばらくはご機嫌悪いんだろうなぁ。

 ジャックは私の後ろに控えている。その隣にユリアが立ったが、少し離れすぎてはいないかね。
 相変わらずどころか悪化してないか。原因はジャックの方にあるとは言え、公的場所では取り繕っていただきたい。

「妃殿下は専任の護衛を今日はお連れではないの?」

 誰のことだろうか。ジャックはいるし、オスカーはそんなに目立って連れ歩いていない。
 うーん。ジニーでいいのか?

「ええ、城内ですもの。不要でしょう?」

 ジニーが必要ならおまえらの落ち度だからなと言っている。彼女の護衛が嫌そうに眉を寄せた。意味がわかったんだろう。
 聖女様本人はわかっていないみたいだけど。

「素敵な方だとお聞きしたのですけど」

「どうでしょう? ずっと一緒だったのでわかりませんわ」

 私に私の感想を聞かれていると同義だ。なんとも答えずらい。

 しかし、いきなり男の話か。見目の良い男が好きなのかな。
 ……うん、好きだな。私も観賞するのは好きだ。

 近寄ると色々問題が見えてくるけど、見るだけなら。生憎、顔の良い男がみんななにかを拗らせているので、恋とかないわと思うけど。

「侍女たちもお話をしたいと言ってますのに、兵舎ばかりにいると」

「鍛錬が騎士の勤めですわ。強くなければ、なにも守れません」

 強さだけで守れるとも言わないけど。踏みにじられるほど弱いのも困るんだ。

「そう思われませんか、殿下」

「ウィリアムと同じ事を言いますね」

 それは部下の意見であり、個人の意見は言わないのはどうかなぁ。

「ウィリアム? ああ、殿下がお連れになっている近衛の方ですわね。今日は違う方のようですけど」

 ……近衛?
 青の将軍、ではなかったか?

「今日はどうされたのです?」

「休みなのですよ。風邪を引いたと」

 いないはずだ。
 困惑がちょっとは滲んでしまったらしい。レオンが黙っててと言うように唇に人差し指をあてた。すぐに何事もなかったように無表情に戻った。……理由はわからないけど、ぴりぴりしているっぽい。

「どうしましたか?」

 眼鏡に問われて困った。貴方の頭上を越えて視線で会話していたと言うわけにもいかない。
 表情に困ったら曖昧に笑うことにしている。明確な答えを出さないのに相手にとって良い方にとられがちだ。

 聖女様との会話は眼鏡にお任せして、そっとお茶菓子をつまんだ。
 見たことのないお菓子だ。この国特有のものだろうか。色が可愛いなと思ったのが間違いだった。

「……うっ」

 甘いメレンゲにジャムを挟んだもので、胸焼けしそうなほど甘い。ばきって音したよ。どんだけ堅いの? その上、じゃりじゃりするとか。

「どうしたのですか?」

 聖女様はにこりと笑っているのに、全く目が笑っていない。なにかのトラップだったの?
 意味がわからないわ。

「ふぅん? 良くできたとおもったのだけど」

 そう言って彼女もつまむ。
 眼鏡は私の反応を見て別の焼き菓子を選んでいた。それはよい選択ですね……。
 優雅にお茶を傾けるよりがぶ飲みしたい。そんな気持ちを抑えて少しずつ飲む。

「再現は難しいかな」

 ぼそっと呟かれた言葉も意図的だ。
 こちらの様子をうかがっている。

 うーん。
 どこか違和感がある。
 何かを彼女は試した。そこまでは想像出来た。
 しかし、その設問も結果も私にはわからない。このお菓子に何があったのだろうか。人に出せるほどおいしくはないな。

 兄様の方が、繊細でこだわりと執念をもって作っていた。心ときめくのスイートポテトとか。魅惑のとろけるプリンとか。

 よくわからないままにお茶会は表面上は穏便に終了した。
 おそらく、誰の予想にも反していただろう。良い事なのに胸騒ぎしか残さなかった。

 ちなみに毒はきちんときいたようだ。こちらにも医者が診察に来たので。きちんと調子が悪いふりをしておいた。

 薬が超絶にまずかったので後悔したけど。

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