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聖女と魔王と魔女編
身代わり 1
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side ユリア
尊大というのはこの人のためにあるとユリアはヴァージニアに対して思っていた。
甘かった。
足を組んで偉そうに座っているところが、ほんとうに絵になる。冷ややかな視線が自分に注がれていなければジニーとの差異をさがす遊びに興じたい。むろん、現実逃避である。
よく似た兄妹と言われているが、表情や態度での違いは激しい。あるいは、意図的にそう役割を演じていた。
次兄のアイザック様は俺様という言葉がお似合い。
困り切った顔のオスカーの顔が見えているけど、ちょっと拝まれたのはなんだろうか。あの人、手に負えないんだってなんだと。読唇術なんて覚えてもいいことなんてない。
ユリアは逃亡しそうになる魂を捕まえている。
「それで、何が不満だというんだ。我が妹は」
「いや、その、設定無理、ですよぉ。二日は頑張りました。今日も頑張ります。でももう限界ですぅ」
「そうだな。それじゃあ兄様が可愛いニンジンちゃんなんていいだしそうだ」
真顔で言わないでくれと切実にユリアは思う。いっそバカにしてほしいくらい。おまえは言うことを聞けばいいと押さえつけもしないのに俺様とはいったい。
「そうはいっても代役としてジニーが置いていったんだから仕方なかろう。
俺は急いでいるし、楽しいことを待てと言われるのは嫌だ」
「戦闘狂(バトルジャンキー)」
「一人でいかない分、配慮していたつもりだったが置いていくことにする」
「うひぃ。や、やめてください。悪かったですよ。
でも、姫様の真似事はむりですって。黙って大人しくしている以上のことはやめさせてください」
「俺が指示したわけじゃない」
アイザックは手順書と書かれた紙をひらひらと振ってみせる。
疲れて眠りこけていたユリアを放置して、ヴァージニアは行方をくらませたのは二日前。狂乱したのはユリアだけで、オスカーは大人しかったと思ったらと呆れていた。そして、アイザックのみにそれを知らせた。つまりは、彼女の不在はこの三人しか知らない。
一人人員が減っていたが、それは別の用事を言いつけたと処理されてしまった。ユリアも別行動とされていて、表面上は何の問題もなかった。
ヴァージニアはユリアにただの張りぼてではなく、ちゃんと女王様をすべしと課題を出してきた。それがその手順書である。慰問も兼ねていると微笑んで手を振る仕事やその町や村の責任者との会談など多岐にわたる。
内容はほとんど微笑んで頷いて、慰めておけという雑極まりない指示だった。カウンセラーにでもなった気分で対処したら? と投げやりに書かれていてユリアはキレるかと思った。
ユリアは王都に戻ったらどころか、次にあったらこの仕事辞めてやると息まいている。
「わかったわかった。我が妹は体調不良で馬車にいる、これでいいだろ。会談も遠慮してもらう」
面倒そうにアイザックは話をそう切り上げた。
ユリアは意外に思ったが、そうでもなかった。その結果得られのは時間だ。つまり北方の砦に早くつける。
利害が一致したと言っていいか微妙ではあるが、少なくともユリアの負担は減るはずだ。
「ジニー殿はどちらに?」
「一日くらい先行している程度だ。急げば間に合うが意味はないな」
「姫様、捕まえてくださいよ」
「結果は変わらん」
「ううっ。ジニーに甘やかされて慰めてもらえるなら頑張れるのに」
「……一応聞くが、あれはいいのか?」
「治る気がしないので、もういいです」
「何か問題でもありますか?」
オスカーとアイザックは示し合わせたように首を横に振った。びくっとしたような態度にユリアは少し首をかしげる。
低く問いかけるユリアの声が二人の男を威圧したのだが、本人は無自覚だった。
「さて、俺のほうも課題を残されたんだ。妹の癖に兄をこき使おうとは」
そう言いながらもとても嬉しそうなのはなぜだろうか。
ユリアは寒気がするなと両腕をさすった。
「では、二日後くらいにあおう」
「へ?」
先行しないって、置いてかないってさっき言ったっ! とユリアが騒ぐ前に悪いなと頭を撫でられた。
「……大丈夫か?」
「な、なんか、なんか、びくんってなった。なにあれ」
「あの殺気直撃でその反応。鈍いっていいな」
オスカーの青ざめた顔色でユリアはよほどのことらしいと察する。体が硬直して、全く動けなくなったというのも異常ではある。
「あれはめんどくさいこと言われる前に気絶でもさせとくかという意図だろ」
「人外だ人外だと思ってるけど、本気であの人たち人なの?」
「安心しろ。本人たちも首をかしげてるから」
オスカーは全然、少しも、安心できないことを言う。
ユリアはぐってりとテーブルに突っ伏した。遠い祖先に神がいたというのは虚構ではない。神の血は薄まることもなく、その姿も力も残していた。人の身に耐えうる分だけ、その性質を表に出している。
アイザックは武に極振りした結果の戦闘狂である。治るような性質ではない。二番目の兄様は血を求めるような感じとヴァージニアが言うのもわかる。
「いったい何をちらつかせればあんな対応になるの?」
「取り逃がした先代の、いや、先々代? の王様見つけたんだそうだ。
先代のほうは予定通り、逃亡してるはずだ。そっちに接触させたくはないそうだから確保お願いと」
「……ズタボロなら治せるけど、破片は無理よ?」
「アイザック様の理性がどこまで残っているか、期待しよう」
それって期待できないってことじゃないかとはユリアも言えなかった。世の中にはコトダマというものがある。それを治すのは、ユリアの仕事だ。きちんと原型を留めているものをどうにかしたほうが心にやさしい。
「ひどかったら説教していいかしら」
「正座させて説教でよくないか?」
王族並べて仁王立ちで説教。
ユリアは自分で想像して、げんなりした。それくらいだったら、ジニーにわがままたっぷりの一日デートで決まりだ。
「よしがんばろう」
「やる気が出たのはいいことだ」
オスカーは容赦なく本日の行程を読み上げていった。
「逃げていい?」
「ダメ」
いっそ薬でも盛るか。とユリアが怪しいことを考えているのがばれたのか、薬品を遠ざけられる二日間を過ごすことになった。
「お兄様、わかってらっしゃいますよね?」
二日後、アイザックを出迎えたユリアは、約束を破ったときの嫁くらい怖かったと後々証言したという。
尊大というのはこの人のためにあるとユリアはヴァージニアに対して思っていた。
甘かった。
足を組んで偉そうに座っているところが、ほんとうに絵になる。冷ややかな視線が自分に注がれていなければジニーとの差異をさがす遊びに興じたい。むろん、現実逃避である。
よく似た兄妹と言われているが、表情や態度での違いは激しい。あるいは、意図的にそう役割を演じていた。
次兄のアイザック様は俺様という言葉がお似合い。
困り切った顔のオスカーの顔が見えているけど、ちょっと拝まれたのはなんだろうか。あの人、手に負えないんだってなんだと。読唇術なんて覚えてもいいことなんてない。
ユリアは逃亡しそうになる魂を捕まえている。
「それで、何が不満だというんだ。我が妹は」
「いや、その、設定無理、ですよぉ。二日は頑張りました。今日も頑張ります。でももう限界ですぅ」
「そうだな。それじゃあ兄様が可愛いニンジンちゃんなんていいだしそうだ」
真顔で言わないでくれと切実にユリアは思う。いっそバカにしてほしいくらい。おまえは言うことを聞けばいいと押さえつけもしないのに俺様とはいったい。
「そうはいっても代役としてジニーが置いていったんだから仕方なかろう。
俺は急いでいるし、楽しいことを待てと言われるのは嫌だ」
「戦闘狂(バトルジャンキー)」
「一人でいかない分、配慮していたつもりだったが置いていくことにする」
「うひぃ。や、やめてください。悪かったですよ。
でも、姫様の真似事はむりですって。黙って大人しくしている以上のことはやめさせてください」
「俺が指示したわけじゃない」
アイザックは手順書と書かれた紙をひらひらと振ってみせる。
疲れて眠りこけていたユリアを放置して、ヴァージニアは行方をくらませたのは二日前。狂乱したのはユリアだけで、オスカーは大人しかったと思ったらと呆れていた。そして、アイザックのみにそれを知らせた。つまりは、彼女の不在はこの三人しか知らない。
一人人員が減っていたが、それは別の用事を言いつけたと処理されてしまった。ユリアも別行動とされていて、表面上は何の問題もなかった。
ヴァージニアはユリアにただの張りぼてではなく、ちゃんと女王様をすべしと課題を出してきた。それがその手順書である。慰問も兼ねていると微笑んで手を振る仕事やその町や村の責任者との会談など多岐にわたる。
内容はほとんど微笑んで頷いて、慰めておけという雑極まりない指示だった。カウンセラーにでもなった気分で対処したら? と投げやりに書かれていてユリアはキレるかと思った。
ユリアは王都に戻ったらどころか、次にあったらこの仕事辞めてやると息まいている。
「わかったわかった。我が妹は体調不良で馬車にいる、これでいいだろ。会談も遠慮してもらう」
面倒そうにアイザックは話をそう切り上げた。
ユリアは意外に思ったが、そうでもなかった。その結果得られのは時間だ。つまり北方の砦に早くつける。
利害が一致したと言っていいか微妙ではあるが、少なくともユリアの負担は減るはずだ。
「ジニー殿はどちらに?」
「一日くらい先行している程度だ。急げば間に合うが意味はないな」
「姫様、捕まえてくださいよ」
「結果は変わらん」
「ううっ。ジニーに甘やかされて慰めてもらえるなら頑張れるのに」
「……一応聞くが、あれはいいのか?」
「治る気がしないので、もういいです」
「何か問題でもありますか?」
オスカーとアイザックは示し合わせたように首を横に振った。びくっとしたような態度にユリアは少し首をかしげる。
低く問いかけるユリアの声が二人の男を威圧したのだが、本人は無自覚だった。
「さて、俺のほうも課題を残されたんだ。妹の癖に兄をこき使おうとは」
そう言いながらもとても嬉しそうなのはなぜだろうか。
ユリアは寒気がするなと両腕をさすった。
「では、二日後くらいにあおう」
「へ?」
先行しないって、置いてかないってさっき言ったっ! とユリアが騒ぐ前に悪いなと頭を撫でられた。
「……大丈夫か?」
「な、なんか、なんか、びくんってなった。なにあれ」
「あの殺気直撃でその反応。鈍いっていいな」
オスカーの青ざめた顔色でユリアはよほどのことらしいと察する。体が硬直して、全く動けなくなったというのも異常ではある。
「あれはめんどくさいこと言われる前に気絶でもさせとくかという意図だろ」
「人外だ人外だと思ってるけど、本気であの人たち人なの?」
「安心しろ。本人たちも首をかしげてるから」
オスカーは全然、少しも、安心できないことを言う。
ユリアはぐってりとテーブルに突っ伏した。遠い祖先に神がいたというのは虚構ではない。神の血は薄まることもなく、その姿も力も残していた。人の身に耐えうる分だけ、その性質を表に出している。
アイザックは武に極振りした結果の戦闘狂である。治るような性質ではない。二番目の兄様は血を求めるような感じとヴァージニアが言うのもわかる。
「いったい何をちらつかせればあんな対応になるの?」
「取り逃がした先代の、いや、先々代? の王様見つけたんだそうだ。
先代のほうは予定通り、逃亡してるはずだ。そっちに接触させたくはないそうだから確保お願いと」
「……ズタボロなら治せるけど、破片は無理よ?」
「アイザック様の理性がどこまで残っているか、期待しよう」
それって期待できないってことじゃないかとはユリアも言えなかった。世の中にはコトダマというものがある。それを治すのは、ユリアの仕事だ。きちんと原型を留めているものをどうにかしたほうが心にやさしい。
「ひどかったら説教していいかしら」
「正座させて説教でよくないか?」
王族並べて仁王立ちで説教。
ユリアは自分で想像して、げんなりした。それくらいだったら、ジニーにわがままたっぷりの一日デートで決まりだ。
「よしがんばろう」
「やる気が出たのはいいことだ」
オスカーは容赦なく本日の行程を読み上げていった。
「逃げていい?」
「ダメ」
いっそ薬でも盛るか。とユリアが怪しいことを考えているのがばれたのか、薬品を遠ざけられる二日間を過ごすことになった。
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