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その風の音は
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手紙が来た。
速達と書いてあったが、届いたのは消印に書いてある日付の一か月後だった。少しばかりよれよれで、ロナはその長いその旅程に思いを馳せた。
「すみません。他の荷物に紛れてしまったらしく」
その手紙を持ってきた配達員がぺこぺこと頭を下げていた。まだ年若く見えるので、嫌な役目を押し付けられたのかもしれない。
グノー家は貴族のすみっこぐらしだが、一応仮にも貴族なので、一般国民からすれば偉い人の範囲内に入る。
「悪いが、相手にも連絡を入れておいてもらいたい。
意図的に遅らせているわけではないとわからないだろう?
これは娘の婚約がかかった手紙でね? わかるね?」
夫であるラウルの意地の悪い言い方にロナは眉をひそめた。配達員は末端でしかない。ぺこぺこと頭を下げるしかできない。そもそも悪いのはこの配達員ではない。ちょっと、と肘でつつくと肩をすくめていた。
「そちらはすでにお伝えしています」
大変申し訳ございませんでしたと手土産を置いて配達員は帰って行った。
「趣味の悪い」
「商人相手では威圧的にかかるんだから多少の意趣返しくらいいいだろう?」
「そう言ってもね」
「王都の銘菓ゼリンじゃないか」
ロナの言葉を軽く流してラウルはさっそく手土産の包み紙を開けていた。王都在住のものに王都銘菓を詫びで持ってくる。用意した者の雑さなのか、場数を踏んでいないからおいしいものをと純粋に思ったのかは微妙なところだ。
「これ、好きなんだ」
夫の好みを知っていた、ということもあり得る。
ロナはふわふわした蒸し菓子に視線を落とした。入手困難な季節限定だった。
手紙を見るのはお茶を飲んでからでいいだろう。いまさら数時間で困る用件でもない。ロナはテーブルの上を片付けて、お茶の用意をする。
「さて、良き返事だといいが」
そうして開いた手紙は一枚だけだった。
「随分とまあ、威圧的な」
ラウルは呆れたように呟く。その後にロナにも渡す。確かに、筆致も硬く、文字も淡々とした印象だ。
「でも、何か変ではありますね」
「ん?」
「署名がない。
足りてないのでは?」
「うむ……。悪さしているのがあっちにもいるってことかな?」
「そうかもしれませんよ」
「めんどうな」
ラウルが額に手を当ててしまったのはロナにもわかる。
こちらもおくったはずの手紙に必要なものが入っていなかった。それまで付き合いもなかったのでと簡単な経緯説明を書いていたのだが、棚の隙間に落ちていた。それに気がついたのはつい一週間ほど前。
つまり結婚の打診だけ送り付けたことになる。
それと同じようにこの手紙にも足りていないものがある。
「良き隣人さん。
お婿さん嫌ですか?」
ふわりとカーテンが揺れた。
勝手に羽ペンが動いて文字を書く。
『うみのは、過保護。
絶対! 絶対に! あの場所から出したりしない。だから、破談がいい』
絶対がかなり強調された文字だった。ここ大事といわんばかりに文字の下に二重線も引いている。
二人は思わず顔を見合わせた。領土に在住の大事なご隣人である精霊は、友好範囲が広く薄くを信条としている。どこからともなくふらっとやってきてふらっと去っていく風らしく。
「……そんな仲悪い方いましたっけ」
『大喧嘩している』
ロナには全く分からない。結婚して数十年。それほど大荒れになった話は聞いたことがない。ラウルも首をかしげていた。
『ウェルがうみにいったとき』
「あなたの弟って、ほんっとに! ろくなことしませんわねっ!」
思わずロナはそう声をあげた。ラウルの弟は自由過ぎて世界を渡り歩く冒険者(自称)である。面倒事に首を突っ込んでは、ちょっと兄さんと声をかけてくる。
おまえなぁと言いながらも何かしらしてやる兄も悪い。ある意味夫婦喧嘩の元凶。
「ご、ごめん。
そっか、そっちのほうの……。それは気がつかなかったな。でもいい縁なんだよ」
『もう取られるのやだ。やだったらやだ!』
駄々っ子のような物言いに二人はため息をついた。
「それでは仕方ありません。
我が家はここで断絶してしまいますね。あたらしい領主が良い人だといいのですが」
『養子とれば』
「侯爵家の後継者を取るわけにもいきませんし、異国で暮らしていたものを連れてくるのも可哀想ではありませんか。
べつに、うちは、困りません」
『ほんとうに、連れてきてくれる?』
かなりの間を空けてその言葉は書かれた。
「婿にはきちんと来ていただきます」
『そ、それなら、いい。約束を違えたら』
「承知してますよ」
『わかった。海のにも話しておく』
「大嵐にはしないでくださいね?」
返答はなく、ただ、風が吹き抜けただけだった。
それから間もなく、もう一通手紙が届いた。
手紙の不足があった謝罪と再度の打診。
「……ふむ。
もう一度抜けがあったと思うかね?」
「なさそうですわね。
女に継がせられないと考えているのかしら」
「どうかなぁ。
まあ、クレア一人に背負わせんでもいいだろう。権限分割。そのほうが都合よかろうよ」
たしかに、それは譲歩でもあるが、都合もよい。一人で抱え込まなくてもよいという意味でも、一人で学ばなくてもいいという意味でも。
領主としての教育を受けていないものが、今から継ぐために学ばされるのだ。分担したほうがまだ楽だろうし、苦楽を共にしたほうが絆も深まるだろう。
ロナも結婚当初は訳が分からないことばかりで一緒に右往左往したものだ。その時に一緒に困ってくれたから今も一緒にいるのだとロナは思っている。
「邪魔はされている感じはするから、直接会いに行くよ。
一緒にいくかい?」
「……そうね。一回くらいは見に行ってもいいかもね」
面業事ばかりの義弟が魅せられた海というものを。
「楽しみだな。
いざ行かん、冒険の海へ」
速達と書いてあったが、届いたのは消印に書いてある日付の一か月後だった。少しばかりよれよれで、ロナはその長いその旅程に思いを馳せた。
「すみません。他の荷物に紛れてしまったらしく」
その手紙を持ってきた配達員がぺこぺこと頭を下げていた。まだ年若く見えるので、嫌な役目を押し付けられたのかもしれない。
グノー家は貴族のすみっこぐらしだが、一応仮にも貴族なので、一般国民からすれば偉い人の範囲内に入る。
「悪いが、相手にも連絡を入れておいてもらいたい。
意図的に遅らせているわけではないとわからないだろう?
これは娘の婚約がかかった手紙でね? わかるね?」
夫であるラウルの意地の悪い言い方にロナは眉をひそめた。配達員は末端でしかない。ぺこぺこと頭を下げるしかできない。そもそも悪いのはこの配達員ではない。ちょっと、と肘でつつくと肩をすくめていた。
「そちらはすでにお伝えしています」
大変申し訳ございませんでしたと手土産を置いて配達員は帰って行った。
「趣味の悪い」
「商人相手では威圧的にかかるんだから多少の意趣返しくらいいいだろう?」
「そう言ってもね」
「王都の銘菓ゼリンじゃないか」
ロナの言葉を軽く流してラウルはさっそく手土産の包み紙を開けていた。王都在住のものに王都銘菓を詫びで持ってくる。用意した者の雑さなのか、場数を踏んでいないからおいしいものをと純粋に思ったのかは微妙なところだ。
「これ、好きなんだ」
夫の好みを知っていた、ということもあり得る。
ロナはふわふわした蒸し菓子に視線を落とした。入手困難な季節限定だった。
手紙を見るのはお茶を飲んでからでいいだろう。いまさら数時間で困る用件でもない。ロナはテーブルの上を片付けて、お茶の用意をする。
「さて、良き返事だといいが」
そうして開いた手紙は一枚だけだった。
「随分とまあ、威圧的な」
ラウルは呆れたように呟く。その後にロナにも渡す。確かに、筆致も硬く、文字も淡々とした印象だ。
「でも、何か変ではありますね」
「ん?」
「署名がない。
足りてないのでは?」
「うむ……。悪さしているのがあっちにもいるってことかな?」
「そうかもしれませんよ」
「めんどうな」
ラウルが額に手を当ててしまったのはロナにもわかる。
こちらもおくったはずの手紙に必要なものが入っていなかった。それまで付き合いもなかったのでと簡単な経緯説明を書いていたのだが、棚の隙間に落ちていた。それに気がついたのはつい一週間ほど前。
つまり結婚の打診だけ送り付けたことになる。
それと同じようにこの手紙にも足りていないものがある。
「良き隣人さん。
お婿さん嫌ですか?」
ふわりとカーテンが揺れた。
勝手に羽ペンが動いて文字を書く。
『うみのは、過保護。
絶対! 絶対に! あの場所から出したりしない。だから、破談がいい』
絶対がかなり強調された文字だった。ここ大事といわんばかりに文字の下に二重線も引いている。
二人は思わず顔を見合わせた。領土に在住の大事なご隣人である精霊は、友好範囲が広く薄くを信条としている。どこからともなくふらっとやってきてふらっと去っていく風らしく。
「……そんな仲悪い方いましたっけ」
『大喧嘩している』
ロナには全く分からない。結婚して数十年。それほど大荒れになった話は聞いたことがない。ラウルも首をかしげていた。
『ウェルがうみにいったとき』
「あなたの弟って、ほんっとに! ろくなことしませんわねっ!」
思わずロナはそう声をあげた。ラウルの弟は自由過ぎて世界を渡り歩く冒険者(自称)である。面倒事に首を突っ込んでは、ちょっと兄さんと声をかけてくる。
おまえなぁと言いながらも何かしらしてやる兄も悪い。ある意味夫婦喧嘩の元凶。
「ご、ごめん。
そっか、そっちのほうの……。それは気がつかなかったな。でもいい縁なんだよ」
『もう取られるのやだ。やだったらやだ!』
駄々っ子のような物言いに二人はため息をついた。
「それでは仕方ありません。
我が家はここで断絶してしまいますね。あたらしい領主が良い人だといいのですが」
『養子とれば』
「侯爵家の後継者を取るわけにもいきませんし、異国で暮らしていたものを連れてくるのも可哀想ではありませんか。
べつに、うちは、困りません」
『ほんとうに、連れてきてくれる?』
かなりの間を空けてその言葉は書かれた。
「婿にはきちんと来ていただきます」
『そ、それなら、いい。約束を違えたら』
「承知してますよ」
『わかった。海のにも話しておく』
「大嵐にはしないでくださいね?」
返答はなく、ただ、風が吹き抜けただけだった。
それから間もなく、もう一通手紙が届いた。
手紙の不足があった謝罪と再度の打診。
「……ふむ。
もう一度抜けがあったと思うかね?」
「なさそうですわね。
女に継がせられないと考えているのかしら」
「どうかなぁ。
まあ、クレア一人に背負わせんでもいいだろう。権限分割。そのほうが都合よかろうよ」
たしかに、それは譲歩でもあるが、都合もよい。一人で抱え込まなくてもよいという意味でも、一人で学ばなくてもいいという意味でも。
領主としての教育を受けていないものが、今から継ぐために学ばされるのだ。分担したほうがまだ楽だろうし、苦楽を共にしたほうが絆も深まるだろう。
ロナも結婚当初は訳が分からないことばかりで一緒に右往左往したものだ。その時に一緒に困ってくれたから今も一緒にいるのだとロナは思っている。
「邪魔はされている感じはするから、直接会いに行くよ。
一緒にいくかい?」
「……そうね。一回くらいは見に行ってもいいかもね」
面業事ばかりの義弟が魅せられた海というものを。
「楽しみだな。
いざ行かん、冒険の海へ」
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おすすめから一気読みしました( *´艸`)
IFの続きはあるのでしょうか?
気になる感じで終わっていましたので…
もしあるなら楽しみにしています!✨
完結なんですね〜お疲れ様です。
昔は職人と言われる世界は何故か男性が突出してることが多いですよね、ケーキ作ったり、手芸をしたりすると子供の頃は男らしくない!とか言われたりして制限されたり…でも好きならいいじゃないですか、やりたい事やれる時代になって良かったなと思います。
もう少し続きが読みたいなと思いました。読ませていただきありがとうございます😊