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配達3
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「それ以前にしばらく出てこないだろう?」
ゲイルさんに指摘されるまで気がつきませんでした。
そうでした。むしろ、今、籠もる感じになってます。
……パイが、おいしくできましたね。フライパンでもパイ生地は焼けました。
原材料の調達が出来たので、昨日からちまちまと折ってはしまい折ってしまいとやってましたので、層もきちんと出来ました。リンゴもくたくたになるまで煮たので良い感じです。
あー、おいしーなー。
こうなるとオーブンが欲しいですね。いれる場所も置く場所もありませんけど。コンロ下のあたりをぶち抜けばとか考え出したりするのが嫌です。
「あれ、ここもオーブンあるの?」
「ありませんよ」
「だよな。買ったら?」
パイを食べながらゲイルさんがあっさり言います。
ここはあたしの家ではありません。勝手に設置もできませんし、そもそも購入自体が困難です。
買ってもらうというのも違う気がしますし。
困ってクルス様をみれば首を横に振られました。
「家主に相談しないと設置できそうにない」
「面倒だな。そうだった」
「どなたの所有なのですか?」
そう言えば、全く気にしてませんでした。それもどうなんだと思いますけど。
「師匠。次は、リリーが継ぐのか?」
「一門の管理にしたいけど、手続きが面倒な上に管理人選べなくなるから悩ましいとか言ってた。代理人は今はリリーだから聞いておく」
「ついでに直しておきたいところもある。設備費の予算があるとか聞いたがあれは?」
「それも見積もり出してからだな。古いから解読手伝えよ。ジェウ式とか苦手なんだ」
……あれ? 買うことになってます?
ゲイルさんに今度の配達でカタログを持たせると言われて思わず肯きますが、あれ?
いいのでしょうか?
「リリーの実家は金持ちだから大丈夫、大丈夫」
不安を覚えたあたしにゲイルさんは安請け合いします。
ゲイルさんは親族だから気楽なんでしょうか。クルス様も気にした風でもありませんし、いいのですかね?
……リリーさんにあとで聞いておこうと思います。魔動具のノートは稼働してますし。
「それなら良いのですけど」
急にゲイルさんは無言になりました。……パイの攻略は無言になる瞬間があります。主にぱらぱらに崩れたあととかに。
「おいしい。こんなのいつも食べてんの? うちの子になる?」
「なりませんよ。今日は特別です」
ゲイルさんがさっくり勧誘してきます。同じ台詞、泊まった日にリリーさんからも言われましたからね。お店出しましょうよとか言い出して少し困りました。自分が食べたいだけじゃないですか。
「特別?」
クルス様が不思議そうに聞いてきます。
ああ、そう言えばベリーのパイが好きとか言っていたような気がしますね。
「次はベリーが手に入った時ですかね。このパイは酸味があるリンゴじゃないとおいしくないんです」
リンゴがそのまま食べるにはちょっと酸っぱかったので、煮てみたのが最初の動機ですから。パイ生地の材料自体は粉とバター、卵黄、塩、水などで揃えるのに問題はありません。怪しい料理本の配合を参考にしたことは黙ってますけど。
おいしければよいのです。
「じゃあ、作る時呼んで。いや、持ってくる」
「来るな」
……クルス様が嫌そうなので、大変困ります。あたしは明言を避け曖昧に笑ってごまかしてみましたけど。
たぶん、来るんじゃないかなって思います。
「それにしても褒めもしない男に作っても楽し……」
「それはとても照れるので、今はちょっと」
やや早口に遮っておきました。人前でとかされたら羞恥度が跳ね上がります。そうでなくてもうにゃうにゃと返答するくらいなので。
ゲイルさんの生暖かい視線が痛いです。
……クルス様の方なんて見れませんよ。
「おまえらいつもこんなん?」
無言でした。
あたしも何を言っていいのかわかりません。ゲイルさんに呆れられた感はありますよね……。
「いいけどさ。今日泊まっていくって言ってたよな?」
「はい、聞いてましたからちゃんと片付けましたよ」
配達に時間を合わせるとすぐに帰らなきゃいけないとかで、家の様子もみたいからとお泊まりだとかなんとか。
実態はリリーさんの育った家が見たかったというオチがついてますけど。
リリーさん本人はあまり来たくないらしく近いのに来たことがなかったらしいです。
「それは良かった。部屋がないからとかなんとか言われたらどうしようかと思った」
その場合にはリビングで寝ていただくことになりましたね。思ったより快適ですよ。あのソファ。
「さて、お嬢さんはこのあと、部屋に戻ってもらえるかな?」
急にゲイルさんに言われて首をかしげました。
食べ終わってはいたのですが、まだやることあるんですけど。
「魔動具関連の調査するんだが、家自体に組み込まれてる大型のものから始める。
あれは完全に壊れてから直すのは難しいからなんだが、家中に呪式が出てくるんだ。あれはうるさいし、うっかり何か口ずさんだら大変なことになる」
「わかりました」
それは困りますね。では、大人しく部屋で本でも読んでいましょう。
お茶の片付けなどはしようと思ったのですが、ゲイルさんがやってくれるというのでお願いしました。
あたしが部屋を出ようとしたとき、クルス様も呼び止められていたので、なにか話があったんでしょうけど……。
「無視していいんですか?」
一緒に出てきてはダメな気がしますよ。扉を閉める音が聞こえました。
「すぐに済む」
「そうですか。では、後ほど」
あたしは部屋に戻ろうと思ったのです。
「な、なんですかっ!」
「大きな声出すなよ。俺が嫌味言われる」
一歩踏み出す前にクルス様に捕獲されました。
他に言いようがあるような気がしますが、なにかそれが一番感覚として近いです。
部屋に戻ろうと背を向けていた無防備なところを襲うとかなんですかっ!
後ろから抱きしめられていると言うより逃げないように捕獲されたのです。
あたしの慌てぶりに笑う声が耳元で聞こえてきます。
ものすっごく楽しそうですねっ!
なんなんですか。こういうことに抵抗ないんですかっ!
「どうしたものかな」
一段と低い声が不穏です。ぞわぞわしますね。
とてもいけないことをしている気がします。
「照れるって言うから、あとで言おうと思っていただけなんだが」
「そ、それなら普通に言ってください」
「言う前にいなくなりそうだったから、つい」
……つい、で捕獲せんでください。なにか半分くらい魂が抜けてる気がします。刺激強すぎです。
温度とかやばいですって。
「わかりましたから、離してください」
「はいはい。おいしかったよ。次も楽しみにしてる」
ものすごく、甘く聞こえたんですよね……。
耳元とかダメだと思います。腰砕けですよ。頑張って平気そうな顔しますけどね。顔が赤いのは仕方ないです。諦めました。
解放はすぐされたのですけど、慌ててばたばたと逃げ出しました。幸いと言いますかクルス様にも止められもせずに自分の部屋まで戻れました。
ばたりと扉を閉めてそのままへたりこんでしまいました。
とんでもない負荷を感じます。
現実逃避して、本を読むつもりが上の空でじたばたするという不毛な時間を過ごすことになりました。
……本当に、現実に存在する推しというのは……。
ゲイルさんに指摘されるまで気がつきませんでした。
そうでした。むしろ、今、籠もる感じになってます。
……パイが、おいしくできましたね。フライパンでもパイ生地は焼けました。
原材料の調達が出来たので、昨日からちまちまと折ってはしまい折ってしまいとやってましたので、層もきちんと出来ました。リンゴもくたくたになるまで煮たので良い感じです。
あー、おいしーなー。
こうなるとオーブンが欲しいですね。いれる場所も置く場所もありませんけど。コンロ下のあたりをぶち抜けばとか考え出したりするのが嫌です。
「あれ、ここもオーブンあるの?」
「ありませんよ」
「だよな。買ったら?」
パイを食べながらゲイルさんがあっさり言います。
ここはあたしの家ではありません。勝手に設置もできませんし、そもそも購入自体が困難です。
買ってもらうというのも違う気がしますし。
困ってクルス様をみれば首を横に振られました。
「家主に相談しないと設置できそうにない」
「面倒だな。そうだった」
「どなたの所有なのですか?」
そう言えば、全く気にしてませんでした。それもどうなんだと思いますけど。
「師匠。次は、リリーが継ぐのか?」
「一門の管理にしたいけど、手続きが面倒な上に管理人選べなくなるから悩ましいとか言ってた。代理人は今はリリーだから聞いておく」
「ついでに直しておきたいところもある。設備費の予算があるとか聞いたがあれは?」
「それも見積もり出してからだな。古いから解読手伝えよ。ジェウ式とか苦手なんだ」
……あれ? 買うことになってます?
ゲイルさんに今度の配達でカタログを持たせると言われて思わず肯きますが、あれ?
いいのでしょうか?
「リリーの実家は金持ちだから大丈夫、大丈夫」
不安を覚えたあたしにゲイルさんは安請け合いします。
ゲイルさんは親族だから気楽なんでしょうか。クルス様も気にした風でもありませんし、いいのですかね?
……リリーさんにあとで聞いておこうと思います。魔動具のノートは稼働してますし。
「それなら良いのですけど」
急にゲイルさんは無言になりました。……パイの攻略は無言になる瞬間があります。主にぱらぱらに崩れたあととかに。
「おいしい。こんなのいつも食べてんの? うちの子になる?」
「なりませんよ。今日は特別です」
ゲイルさんがさっくり勧誘してきます。同じ台詞、泊まった日にリリーさんからも言われましたからね。お店出しましょうよとか言い出して少し困りました。自分が食べたいだけじゃないですか。
「特別?」
クルス様が不思議そうに聞いてきます。
ああ、そう言えばベリーのパイが好きとか言っていたような気がしますね。
「次はベリーが手に入った時ですかね。このパイは酸味があるリンゴじゃないとおいしくないんです」
リンゴがそのまま食べるにはちょっと酸っぱかったので、煮てみたのが最初の動機ですから。パイ生地の材料自体は粉とバター、卵黄、塩、水などで揃えるのに問題はありません。怪しい料理本の配合を参考にしたことは黙ってますけど。
おいしければよいのです。
「じゃあ、作る時呼んで。いや、持ってくる」
「来るな」
……クルス様が嫌そうなので、大変困ります。あたしは明言を避け曖昧に笑ってごまかしてみましたけど。
たぶん、来るんじゃないかなって思います。
「それにしても褒めもしない男に作っても楽し……」
「それはとても照れるので、今はちょっと」
やや早口に遮っておきました。人前でとかされたら羞恥度が跳ね上がります。そうでなくてもうにゃうにゃと返答するくらいなので。
ゲイルさんの生暖かい視線が痛いです。
……クルス様の方なんて見れませんよ。
「おまえらいつもこんなん?」
無言でした。
あたしも何を言っていいのかわかりません。ゲイルさんに呆れられた感はありますよね……。
「いいけどさ。今日泊まっていくって言ってたよな?」
「はい、聞いてましたからちゃんと片付けましたよ」
配達に時間を合わせるとすぐに帰らなきゃいけないとかで、家の様子もみたいからとお泊まりだとかなんとか。
実態はリリーさんの育った家が見たかったというオチがついてますけど。
リリーさん本人はあまり来たくないらしく近いのに来たことがなかったらしいです。
「それは良かった。部屋がないからとかなんとか言われたらどうしようかと思った」
その場合にはリビングで寝ていただくことになりましたね。思ったより快適ですよ。あのソファ。
「さて、お嬢さんはこのあと、部屋に戻ってもらえるかな?」
急にゲイルさんに言われて首をかしげました。
食べ終わってはいたのですが、まだやることあるんですけど。
「魔動具関連の調査するんだが、家自体に組み込まれてる大型のものから始める。
あれは完全に壊れてから直すのは難しいからなんだが、家中に呪式が出てくるんだ。あれはうるさいし、うっかり何か口ずさんだら大変なことになる」
「わかりました」
それは困りますね。では、大人しく部屋で本でも読んでいましょう。
お茶の片付けなどはしようと思ったのですが、ゲイルさんがやってくれるというのでお願いしました。
あたしが部屋を出ようとしたとき、クルス様も呼び止められていたので、なにか話があったんでしょうけど……。
「無視していいんですか?」
一緒に出てきてはダメな気がしますよ。扉を閉める音が聞こえました。
「すぐに済む」
「そうですか。では、後ほど」
あたしは部屋に戻ろうと思ったのです。
「な、なんですかっ!」
「大きな声出すなよ。俺が嫌味言われる」
一歩踏み出す前にクルス様に捕獲されました。
他に言いようがあるような気がしますが、なにかそれが一番感覚として近いです。
部屋に戻ろうと背を向けていた無防備なところを襲うとかなんですかっ!
後ろから抱きしめられていると言うより逃げないように捕獲されたのです。
あたしの慌てぶりに笑う声が耳元で聞こえてきます。
ものすっごく楽しそうですねっ!
なんなんですか。こういうことに抵抗ないんですかっ!
「どうしたものかな」
一段と低い声が不穏です。ぞわぞわしますね。
とてもいけないことをしている気がします。
「照れるって言うから、あとで言おうと思っていただけなんだが」
「そ、それなら普通に言ってください」
「言う前にいなくなりそうだったから、つい」
……つい、で捕獲せんでください。なにか半分くらい魂が抜けてる気がします。刺激強すぎです。
温度とかやばいですって。
「わかりましたから、離してください」
「はいはい。おいしかったよ。次も楽しみにしてる」
ものすごく、甘く聞こえたんですよね……。
耳元とかダメだと思います。腰砕けですよ。頑張って平気そうな顔しますけどね。顔が赤いのは仕方ないです。諦めました。
解放はすぐされたのですけど、慌ててばたばたと逃げ出しました。幸いと言いますかクルス様にも止められもせずに自分の部屋まで戻れました。
ばたりと扉を閉めてそのままへたりこんでしまいました。
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現実逃避して、本を読むつもりが上の空でじたばたするという不毛な時間を過ごすことになりました。
……本当に、現実に存在する推しというのは……。
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