推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

文字の大きさ
59 / 263

眠り姫3

しおりを挟む
 ナポリタンはあっさりとなくなり、あたしの夕食はひとり分のパンケーキとなりました。罪深いハチミツ掛けです。
 ユウリがすごい顔で見てきましたけど、無視です。無視。

 あー、おいしー。

「あのくらい、俺でも作るぞ」

「わかった。修行する」

 ユウリに変なやる気を出されても困るんですけど。ユウリにメシマズ設定はありませんでしたが、そういえば、ローゼの方にはありましたね。何をつくっても謎物体になるって言う。コメントしがたい味とかなんとか。

 自分で作った方が良い気がします。

「厨房が大荒れだな」

 人ごとのように言ってますけど、クルス様が原因だと思いますよ?

「湯も冷めただろうし、さっさといって、寝ろ」

 クルス様はあくびを始めたユウリに雑に促してます。あたしも同様のことを言葉は違いますが言われる事はあります。
 ……クルス様にとってあたしはどこに入ってるんでしょうね? わからないというより追及して知りたくないのですが、気にならないわけでもない矛盾。

「わかったよ。じゃ、おやすみ。そのまま部屋に戻るから」

 ひらひらと手を振ってユウリは立ち上がりました。
 なにか、クルス様にごにょごにょ言ってから去って行きましたけど。
 当のクルス様は眉間にしわが寄ってますね。言い返さなかったけど、不満ではあったというところでしょうか。

 何か余計な事言ってないといいのですが。

 あたしも眠い気もしますし、片付けてから部屋にもどりましょうか。なんだかこのまま、ここにいる方が不安です。

 今日一日で色々ありすぎました。
 主人公がやってきただけでお腹いっぱいですが、なぞのものに侵食されかけたり、作り替えられたり。

「アーテル」

 クルス様に小さく呼ばれました。ユウリに呼ばれても何とも思わなかったんですが、すごく、どきりとしました。

「ユウリがいるときはディレイでいい。少し、困ってただろ」

 人数が増えると困りますよね。二人なら実はそんなに困らないという……。照れますけど、呼んではいたんですよ。なにかこう、二人で照れているようなこそばゆいなにかとかありましたけど。
 照れますよ。呼ばれるのも。呼ぶのも。

「わかりました」

 さて、片付けをしましょうかね。
 軽く洗い物も済ませ、コンロ周りなどを少し綺麗にしてから、少し迷ってお湯を沸かしました。
 本当は部屋に戻った方がいいと思うんです。

 今は一緒にいない方が良いのでしょう。

 許容量はとっくにオーバーして、理性も死んじゃうとか言ってます。ぎりぎりなんとか、やり過ごした感がすごいです。キスされたとかあり得ないんですけどっ! と今でも頭の片隅でごにょごにょ言ってます。よくわかんなかったと悔しがってるなにかが、本当にもう度し難いです。

 ユウリが居たからなんとなく、保ったんですけど、二人きりでは保ちません。即落ちです。2コマもいりません。

 それでも、残っておこうかなと思うのはクルス様がちょっと不安定そうに見えるからです。思い返せば、ユウリが来てからずっとそうだったみたいです。

 あたしがユウリに興味を持つのではないかと思ってるみたいなんですよね。さらについていくのではないかとまで考えていそうなのです。
 あり得ないですが、聞かれてもいないことを言うわけにもいきません。

 その予測も根拠がないわけでもなく、ユウリには色々前例がありますからね……。有力な魔導師見習い紹介したら惚れられるとか、知り合いの傭兵紹介したら惚れられるとかそういうのが。クルス様はそこら辺で、女性を紹介してはならないと理解したらしく、以降、そんな事はなかったのですが。

 魔導師見習いの方が兄弟弟子で、傭兵の方が結構仲の良い人だったようなので、巻き込まれはしてましたね……。
 主にローゼに突っかかっていくのを止める役で。こう考えるとローゼも大変ですね。空気ヒロインとか思ってごめんなさい。
 いえ、場合によりヒロインよりヒロインしているユウリがいたもので……。

 まあ、そんなわけで、クルス様ですらユウリに会わせたら惚れるんじゃないか? という疑惑が渦巻くのはわかるんですが。

 うん。
 ないな。
 全くこれっぽっちも恋愛的気持ちはないですね。ユウリに対してはやっぱり主人公という気持ちです。なにかカテゴライズするなら餌付け出来そうな弟キャラってところです。
 対象外。

 クルス様とは全然違うんですよね。

 ということを聞かれもせずに力説するわけにもいきません。
 いっそ、聞いて貰った方がいいような気がします。

「いつまで、沸かしてるんだ?」

「ひゃっ」

 背後からの声にびくりとしました。確かにヤカンはコポコポいって水蒸気を出してます。それも盛大に。
 どれほどぼんやり考えていたのでしょうか。

 クルス様に当たり前のようにコンロの火を消されました。火は出てないんですけどなんだか火を消すとか言いたくなりますよね。長年の習慣は消えないと言いますか。

 ヤカンは火を消してもまだコポコポいってます。苦情を申し述べているようです。
 持ち手すらあつくて持てそうにありません。確か鍋つかみがあったと思ったのですが、どこでしょうね……。

「えっと、鍋つかみ……」

 探す振りをして、少し離れようと思いました。やっぱりですね、近すぎます。意識しないとかないですよ。
 残るのは無謀な挑戦だった気がします。
 理性がちょっと逃げだしそうになってますよ。なんですか、そのこの隙にぎゅっと抱きつきたいとかなんとか……。やめなさい。
 上目遣いはけっこういける、とかいいだすのやめてーっ!

「こっち」

「あ、ありがとうございます」

「準備もしてないのに、どうするわけ?」

 ……ずっとぼんやりしてたのがバレバレじゃないですか。その上、逃げようとかしていたのも見透かされてますよね。理由はわからないと思いますけど、思いたいですけどっ!

「あはは」

 笑って誤魔化せば、すごく冷たい目で見られました……。今までなかったので、ちょっとショックです。

「やるから、座ってる」

「はい」

 大人しく、言われるままに椅子に座りました。ええ、今から部屋に戻りたいと逃げ腰だったりもします。
 理性、息してる? 大丈夫?

 いつもと同じようで、がしゃんと音がしたので、クルス様も少々、動揺されているようですけど。
 色々大丈夫?

 準備はそれほど時間がかかるものでもないのですぐにお茶をいれてくれたのですけど。

「ありがとうございます」

 クルス様のマグカップが変わってます。さっきの音は割りましたかね?
 そして、両方とも同じ匂いのお茶が入っていました。どちらの趣味にも合わせず、ノーマルな香ばしい匂いのするお茶です。

「ユウリが迷惑をかけた」

「いえ、本人が謝ったのでもういいですよ。それにエリックが謝るような話でもありません」

「元はと言えば、報告を忘れたところから始まったからな。責任はないわけでもない」

 なんだかんだ言って甘いんですよね。ユウリがつけあがるはずです。ああ、もう、本当に腹が立ちますね。
 なんですか、好きなんですか。そうなんですかっ!
 ……いえ、取り乱しました。仲が良いっていうのとは違うんでしょうけどね。臨時の相棒ではあるのですよね。妬ましい。

「なぜ、そんなに急に機嫌が悪くなったんだ」

「理由はありますが、言いたくはありません」

 クルス様に戸惑ったような顔をされるのは貴重ですが、それでチャラにはなりません。
 ユウリにはさっさとお帰りいただきたいものです。

「あたしも迷惑をかけました。ごめんなさい」

 意図はしていなかったのですが、急に発動させたのは確かです。あの弟もどきに言われたままに見た結果なので、反省しています。
 あれは楽しい方を優先させるヤツです。次からは疑ってかかることにします。

 役得もないでもなかったですし……。いえ、あんな事故みたいなのではなくてですね、意識があるときになにかこう、良い感じにして……。

 なぜ思い出すのでしょうね。

「魔動具が壊れたまま他のものをすぐに用意しなかったのも悪かったから、気にするな」

 ……いやその無理じゃないですかね。
 焦ると妙に早口になる癖ありますよね。クルス様って。その話題、触れたくないってバレバレですよ。
 さらに口元を押さえて、視線を逸らされると破壊力があるといいますか。意識されてるなぁとこちらもどきどきしてきます。

 気まずいですね。
 あたしの一方的な好きだけが、ばれているのも落ち着きません。推測くらいしてたと思いますし、バレバレであったのでしょうけど、口にはしていないかったこと。
 それを確実に、そうだと知られるのはもう随分な違いがあると思います。

 精神的負荷はかなりのものを感じます。

 嫌がられてはいない、ということは良いのですけど。なにごともなく一緒に住んでられますかね?

 少しばかり、難しくなったような気がしますよ。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

ついてない日に異世界へ

波間柏
恋愛
残業し帰る為にドアを開ければ…。 ここ数日ついてない日を送っていた夏は、これからも厄日が続くのか? それとも…。 心身共に疲れている会社員と俺様な領主の話。

【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...