推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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約束したような?

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 異世界生活35日目です。
 気分爽快、とはいかないのは外は曇りだからですね。以前、曇りが増えてくるといわれたとおりにどんよりとした天気です。

 いつものように着替えをして、階下に降ります。身支度を調えて、キッチンにいけばユウリがいました。
 腰に手を当てて湯上がり牛乳みたいに、水を飲んでます。残念ながら牛乳は料理用にしかとってませんので、使われると困ることは既に通達済みです。飲んでたら、怒りますね。

「はやいですね」

「ん。これから朝の鍛錬。鈍るからさ」

 思ったより早起きだったんですね。
 飲んでいたコップを軽くゆすいでひっくり返していくあたり、少しは慣れたようです。初日にクルス様に嫌味言われてましたものね。
 まあ、戻ってからも同じ事をすることはないと思いますけど。立場的に。

「朝、なに食べます?」

「にく」

「ウィンナーくらいで我慢してください。塊肉、いいですよね。煮込みたいです。ビールとか入れて無心に数時間ぐつぐつしたい」

「……微妙にストレスたまってない?」

「思い出せないことが引っかかってまして。寝起きってほんっとにダメなんですよ。寝ぼけているときとか、熱が出そうな時って本当にやらかすらしいのに誰もやったこと教えてくれない」

 本当に不可解です。
 ユウリは何とも言えない顔であたしを見てましたけど。

「もしかして、昨日?」

「なにか知ってるんですか?」

「見る気はなかったんだ。偶然」

「なにをみたんですか?」

 明後日の方角をみながらこう言われました。

「あー、なんつーの、いってらっしゃいのちゅーっていうの?」

 どこにしたのかと聞きたくないといいますか。あ、思い出してきましたよ。


 確かに寝ぼけていました。
 目をこすりつつパジャマのまま見送りに出てましたね。すでに玄関を出るところだったので、それを追いかけて。

「いってらっしゃい」

「いってくる。ちゃんと留守番しているように」

 それが新婚さんごっこみたいでちょっと楽しくなってきて。

「忘れ物です」

 とか言って、服の裾なんて掴んじゃって。

「屈んでください」

 少しだけ背伸びして、頬にちゅっとしました。そう、確かに、しましたね。にへらっと締まりなく笑った気もします。

 そのままぎゅっと抱きしめられて。

「早く帰って来てくださいね」

 お土産とかなんとかそのとき聞いたんだと思うんですよね。
 ものすごい曖昧ですけど。それからなにか約束したような? 記憶が大変曖昧です。
 きっと、理性とか自制心とか死んでましたね。意識は息してなかったのは確実です。


「死にたい。いつも自制しているのにっ」

「死にたいって。いつも自制して、あれなんだ……」

 なにか言いたげですね。ユウリをぎろりと睨みましたけど、全く効いてない気がします。

「忘れてください。死にたい」

「アレ憶えてないとか凶悪。ちらっと見ただけで幸せそうというかなんというか」

 全部は憶えてないんですよ。虚ろな目になりますよね。ハイライトが死にます。いったいなにを約束したんでしょうか。

 確認するのが怖いです。

 無謀なことをおねだりしたんじゃないかとそんな気さえしてきます。

「後悔のないようにしなよ」

 そう言われても後悔しかない気がします。
 外に行くというユウリを見送ってため息をつきます。そういえば、朝、会うと思ったんですけどまだクルス様を見かけてませんね。

「おはようございます」

 扉が閉まる音に気がついてキッチンから顔を出せばゲイルさんでした。眠たげですね。

「……あからさまにがっかりした顔しない。まえよりひどい」

「え、そうでした? 無意識でしたが、すみません」

「遅くまでつきあわされたから朝は出てこないかもな。
 それとここ、師匠が来たら開けることにした」

 ここと言ってある床の場所をとんとんと足で叩きます。ちょっとだけ音が違うのがわかります。ここから地下倉庫へ降りれるんですね。ちゃんとした場所を教えてもらったのは初めてでした。

「どうして?」

「閉じた当人が来るって言うんだから、あけさせる。中身なんて怖くて見たくない」

 わかります。
 二十年ものとかいわれると怖いです。
 いっそいろんなものが、ミイラ化しているとかならいいんですけど。そこ掃除して使えるのという問題もありまして。
 そこ掃除するのあたしですか、みたいな問題も……。便利魔法を所望します。

 ゲイルさんにお茶やテーブルのセットを頼み、ウィンナーをゆでます。オムレツばかりで飽きてきたような気もするのですが、目玉焼きをするにはタマゴが大きい気もするんですよね。半分にすれば良いんでしょうか。でも黄身が割れるのは嫌なんですよね。お皿に残るともったいない気がしてきます。
 半熟と完熟の隙間を狙っていきましょう。

 冷蔵庫の中身が想定より減っています。昨日の分はそんなに注文してなかったんですよね。その前に余ったので。なかなか宅配というものは難しいです。
 今回は人数が増えた分、色々消費が激しい気がします。主にユウリが食べますからね。お腹がすいたとか言われるとつい、うっかり、与えてしまうという……。職業病でしょうか。

「お昼は食べていきますか?」

 ゲイルさんに確認します。彼は食材の都合で聞いたとは思ってないでしょうけどね。

「いや、朝のうちに帰る。戸締まりはしたが、心配になってきた」

「では、お気を付けて」

 そっけない言い方になってしまいました。見送るとかそんな単語は今は余計なことを思い出させるといいますか。

「次はくるときはしばらくいることになるが、遊び道具は色々あるから楽しめるな」

 ……遊びってはっきり言いましたね。この人も籠もる願望があるんでしょうか。

「長時間籠もってるとリリーさんに言いつけますからね」

「わかってるって」

 絶対、わかってないヤツです。あからさまに生活の質落としてやりましょうか。

「大事なことなのでお伝えしますが、洗濯はご自分でどうぞ」

「お、おう。そこはちゃんとするよ」

 なにかびびられたんですが、冷気とか出してませんよ。ただ、そうですね、お父さん邪魔なんですけど感はあった気がします。
 まあ、お父さんと言うには年が近い気はします。初めて見た時の目測を誤ったといいますか。白髪じゃなくてまだらな髪らしいので。変な所が異世界っぽいです。おでこは後退しているので若くはないのでしょうけど。

 朝食の準備が出来た頃にはユウリも戻ってきたのですが。

「起こしに行かないの?」

「お疲れなのでしょうから、そっとしときますよ」

 ユウリに不思議そうに言われましたが、クルス様の部屋に勝手に入るのは抵抗があります。起こすなんて大義名分があっても、です。

 ひとり分を残しておくのは可哀想な気がしますけどね。残ったらお昼にでも食べればいいのです。

「それが、いつまで寝てるの、と言われる日がくる」

 しみじみとゲイルさんが言ってました。言われたんですね。というか言われてるんですね。既婚者ですから、重みがあります。
 まあ、リリーさんは最初から容赦なく起こしそうな印象があるんですけど。起こして、構いなさい、みたいなところが。

「もう言われてるんだけど」

「それがいつか、とっとと起きて、から、起きると冷たい視線を向けられる……」

 ……休日のお父さんみたいですね。うちの父も同じように扱われたときがありましたよ。
 ユウリが恐れおののいてます。マジでと言いたげにあたしを見ますが、あたしだって経験ありませんよ。
 そっと目を逸らして。

「個人差があります」

 安心出来ないことを宣言しておきましょうか。
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