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ドーナツには罪がない
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「アーテルちゃん。俺ね、ドーナツ食べたいな。砂糖じゃりじゃりしてそうなの」
ユウリはそんな宣言をしました。
この程度で勘弁してやらぁということでしょうか。おやつくらいは作ってもいいですけど。
キッチンに素知らぬ顔でついてこようとしたクルス様は案の定、引き留められましたね。あたしも油使うときにはいて欲しくはありません。出火の危機はよろしくないですし。
そういえば、お茶の一つも出してませんでした。
二人分、先に用意しておきます。
「仲良くやってくださいよ?」
二人分、イヤな顔をされました。
おやおや。
本当はイーストの入ってるふかふかなものも食べたいんですが、酵母は売ってませんでした。自力で製作はしたことがないのでちょっとデンジャラス過ぎます。
それに日数もかかりますし。発酵の魔法とかないでしょうかね。
今日作ったのはホットケーキミックスでつくったようなドーナツです。
あたしはあまりドーナツに興味がなかったようで、作り方を記憶していませんでした。チートなのだろうかと頭を悩ませる異常な記憶力を発揮しているというのに、全くさっぱり出てきませんでした。かろうじてあったのがホットケーキミックスの裏書きのようなもの。
ホットケーキのレシピからドーナツに転用するという謎の手間がかかります。
揚げ物はほどほどに時間がかかりました。
向こう側を気にしていますが、意外なほど静かです。
思ったより多くなってしまって、お皿に山ができました。つい魔が差して、アメリカンドックもどきも作ってしまいました。
まあ、ユウリなら食べそうですね。あたしはそれを見てるだけで胸焼けがしそうな気もします。
気をつけてテーブルまで運べば、じっとユウリに見られました。
「こういうのじゃなかったんですか?」
「ディレイ、あれはどうかと思うぞ」
あれって?
クルス様は露骨に視線を避けていきます。ユウリは手振りで首を示してきますが。なにか。
ありましたね。痕残ったじゃないですか。
作業に邪魔で髪を一時的に結んだから見えたんでしょう。
お皿をテーブルの上にのせて髪をほどきます。どこかに埋まってしまいたくなるくらい恥ずかしいのはなぜでしょうかね。
何でもない顔をして、取り皿を用意している間にドーナツの皿はユウリが抱え込んでました。
「いただきますくらい、言ったらどうです?」
とりあえず、ドーナツを咥えているユウリに物申したいです。
もごもご言われましたけど、口に入っているうちに話をしないと。
幸せそうな顔をしているユウリを見ているとどうでも良くなってきました。作り手としては、おいしそうに食べてくれれば多少の無礼は許しましょう。
あたしはクルス様の隣りに座りました。
うーん、ドーナツは0カロリー理論とかぶちかまして食べる誘惑が……。
「懐かしの味。やっぱりさ、ゴハンやおやつ作るお仕事しない?」
「いいですよ」
いまでは拒否する理由もないですからね。ユウリと親しく見えても、人妻ですし。なにかねじ込まれることはないでしょう。
クルス様も一個くらいは食べますかね? 一つお皿にのせておきましょう。寝起きでドーナツは重い気がしますけどね。
ドーナツには罪はないのであたしは一つだけ味見とか称して食べることにしましょう。うーん、スクワットとか頑張ればいいんでしょうか。
センスがないと爆笑された記憶があるんですよね……。ラジオ体操の方がマシな気がします。
「なんつったの?」
「はい? いいですよって。給料弾んでくださいね」
あれ? なんか隣から冷気が漂っているような。
「旅に同行ってかたちですよね? 旅行なんてあまりしたことないので楽しそうです」
なにか認識間違ってました?
首をかしげると気まずそうに二人分、顔を背けられました。どういう勘違いをされたんでしょうかね?
「それは二人で決めて。僕は歓迎するけどね。ローゼに是非とも料理を仕込んで。謎物体から焦げた食べられるものまでは改善して欲しい」
「……そ、それはどうなんですかね」
ローゼは設定、メシマズ、なわけですし。いえ、現実なら改善できるんですかね? あそこだけ時空が歪んでいる気がします。
「無理なこと言うな」
「なんだよ。死活問題なのっ! 僕が作るとか他の人が作れば何にも問題ないのに、なんであれだけ自信満々なのかわからないっ!」
あー、そーですねー。
以外に相づちの打ちようがありません。
そんな事言いながらユウリはもぎゅもぎゅとドーナツ食べているのであまり困っているように見えませんけど。
「リスとかハムスターとか齧歯類みたいな頬袋」
「んー?」
「詰まりますよ?」
「ひゃいじょっ……」
「ダメじゃないですか」
慌ててお水を汲んできて差し出せば、ごくごくと飲み干しています。さすがにお茶はまだ熱いでしょうし。
死ぬとか言っているユウリはどんな顔して英雄として振る舞っているんでしょうね。知ってますけど、同じとは到底思えないくらいのキャラ崩壊です。
「ほっとけばいいじゃないか」
クルス様は眠そうにあくびしてます。頬杖ついていて可愛いですね。
「……僕のことさ、手のかかる弟とでも思ってない?」
「実弟はここまで手がかかりませんし、甘えもしませんね」
彼女とうまくやってんでしょうかね。愚弟。
「会いたくない?」
「弟にですか? ないですね。用がなければ連絡も寄越さない不義理者ですよ。ほっとけば年単位で会いませんね」
同性なら違ったかもしれませんけど、うちは兄と弟なので。あの頃は可愛かったというよりあの頃からふてぶてしかった、です。
姉ちゃん、うざい、などとはよく言われましたが。
うるさい妹とも言われましたが。
シスコンもブラコンも我が家では幻想でした。
「仲が悪かったわけ?」
「どうなんでしょうね。友人には仲が良いなどと言われてましたけど」
そして、兄や弟の友人にいかにあたしが可愛くないかについて力説された気がします。納得がいきません。
でも、まあ、あたしも友人たちの兄弟が格好いいと言われて、だらしない奴らだと力説していた気もするので、お互い様でしょうか。
ただ、まあ、一生あえないとなると思う所はあるのですが。
永劫あえないらしい甥っ子にはとても未練があります。あとでと言わず、ぷにぷにほっぺを堪能してくるべきでした。全力でデレる用意はあったんですが。
友人もいましたけどね。仕事忙しいとなると半年に一回くらいしか会わなくなって、定期連絡と愚痴が飛び交うばかり。
結婚とか子供がとか言い出す年頃にもなっていて疎遠にもなります。そうでなければ、戦力として期待されるからか忙しいんですよね。
まあ、こちらも一生会わないと言われると言うべき事があったような気がしてはいます。
どこぞの神もどきを捕まえて早く連絡手段を構築させたいところです。ここにいる限りは干渉してこれないらしいのが困りますね。
もそもそとドーナツを口に入れている間にはなにもしゃべらなくて良いのがいいです。
「故郷の姉ちゃんには時々会いたくは……ならないな。なんか、うるさく言われそう」
「でしょう? そんなものです」
さて、黙ってしまったクルス様をどうしましょうか。さっきから何か言いたげな視線は感じます。
意識して家族の話題などを出したことはないんですが、ふと口をついて出てくることはありまして。
興味のないようなあっさりとした返答が多かったように思います。あるいは困ったような感じも。
「大丈夫ですよ」
念押しのように、そういうのは少し不審な気がしますけど。他にどういうのがよいのでしょうか。まさか、向こう側で工作済みで、しかも好きな人を追いかけてなんて言えません。
いや、いつかは言うことになりそうですけど。ああ、家になんて書いて送ったものでしょうかね。
きちんと捕まえましたので。
あるいは捕まってしまったので。
ご安心ください?
ユウリはそんな宣言をしました。
この程度で勘弁してやらぁということでしょうか。おやつくらいは作ってもいいですけど。
キッチンに素知らぬ顔でついてこようとしたクルス様は案の定、引き留められましたね。あたしも油使うときにはいて欲しくはありません。出火の危機はよろしくないですし。
そういえば、お茶の一つも出してませんでした。
二人分、先に用意しておきます。
「仲良くやってくださいよ?」
二人分、イヤな顔をされました。
おやおや。
本当はイーストの入ってるふかふかなものも食べたいんですが、酵母は売ってませんでした。自力で製作はしたことがないのでちょっとデンジャラス過ぎます。
それに日数もかかりますし。発酵の魔法とかないでしょうかね。
今日作ったのはホットケーキミックスでつくったようなドーナツです。
あたしはあまりドーナツに興味がなかったようで、作り方を記憶していませんでした。チートなのだろうかと頭を悩ませる異常な記憶力を発揮しているというのに、全くさっぱり出てきませんでした。かろうじてあったのがホットケーキミックスの裏書きのようなもの。
ホットケーキのレシピからドーナツに転用するという謎の手間がかかります。
揚げ物はほどほどに時間がかかりました。
向こう側を気にしていますが、意外なほど静かです。
思ったより多くなってしまって、お皿に山ができました。つい魔が差して、アメリカンドックもどきも作ってしまいました。
まあ、ユウリなら食べそうですね。あたしはそれを見てるだけで胸焼けがしそうな気もします。
気をつけてテーブルまで運べば、じっとユウリに見られました。
「こういうのじゃなかったんですか?」
「ディレイ、あれはどうかと思うぞ」
あれって?
クルス様は露骨に視線を避けていきます。ユウリは手振りで首を示してきますが。なにか。
ありましたね。痕残ったじゃないですか。
作業に邪魔で髪を一時的に結んだから見えたんでしょう。
お皿をテーブルの上にのせて髪をほどきます。どこかに埋まってしまいたくなるくらい恥ずかしいのはなぜでしょうかね。
何でもない顔をして、取り皿を用意している間にドーナツの皿はユウリが抱え込んでました。
「いただきますくらい、言ったらどうです?」
とりあえず、ドーナツを咥えているユウリに物申したいです。
もごもご言われましたけど、口に入っているうちに話をしないと。
幸せそうな顔をしているユウリを見ているとどうでも良くなってきました。作り手としては、おいしそうに食べてくれれば多少の無礼は許しましょう。
あたしはクルス様の隣りに座りました。
うーん、ドーナツは0カロリー理論とかぶちかまして食べる誘惑が……。
「懐かしの味。やっぱりさ、ゴハンやおやつ作るお仕事しない?」
「いいですよ」
いまでは拒否する理由もないですからね。ユウリと親しく見えても、人妻ですし。なにかねじ込まれることはないでしょう。
クルス様も一個くらいは食べますかね? 一つお皿にのせておきましょう。寝起きでドーナツは重い気がしますけどね。
ドーナツには罪はないのであたしは一つだけ味見とか称して食べることにしましょう。うーん、スクワットとか頑張ればいいんでしょうか。
センスがないと爆笑された記憶があるんですよね……。ラジオ体操の方がマシな気がします。
「なんつったの?」
「はい? いいですよって。給料弾んでくださいね」
あれ? なんか隣から冷気が漂っているような。
「旅に同行ってかたちですよね? 旅行なんてあまりしたことないので楽しそうです」
なにか認識間違ってました?
首をかしげると気まずそうに二人分、顔を背けられました。どういう勘違いをされたんでしょうかね?
「それは二人で決めて。僕は歓迎するけどね。ローゼに是非とも料理を仕込んで。謎物体から焦げた食べられるものまでは改善して欲しい」
「……そ、それはどうなんですかね」
ローゼは設定、メシマズ、なわけですし。いえ、現実なら改善できるんですかね? あそこだけ時空が歪んでいる気がします。
「無理なこと言うな」
「なんだよ。死活問題なのっ! 僕が作るとか他の人が作れば何にも問題ないのに、なんであれだけ自信満々なのかわからないっ!」
あー、そーですねー。
以外に相づちの打ちようがありません。
そんな事言いながらユウリはもぎゅもぎゅとドーナツ食べているのであまり困っているように見えませんけど。
「リスとかハムスターとか齧歯類みたいな頬袋」
「んー?」
「詰まりますよ?」
「ひゃいじょっ……」
「ダメじゃないですか」
慌ててお水を汲んできて差し出せば、ごくごくと飲み干しています。さすがにお茶はまだ熱いでしょうし。
死ぬとか言っているユウリはどんな顔して英雄として振る舞っているんでしょうね。知ってますけど、同じとは到底思えないくらいのキャラ崩壊です。
「ほっとけばいいじゃないか」
クルス様は眠そうにあくびしてます。頬杖ついていて可愛いですね。
「……僕のことさ、手のかかる弟とでも思ってない?」
「実弟はここまで手がかかりませんし、甘えもしませんね」
彼女とうまくやってんでしょうかね。愚弟。
「会いたくない?」
「弟にですか? ないですね。用がなければ連絡も寄越さない不義理者ですよ。ほっとけば年単位で会いませんね」
同性なら違ったかもしれませんけど、うちは兄と弟なので。あの頃は可愛かったというよりあの頃からふてぶてしかった、です。
姉ちゃん、うざい、などとはよく言われましたが。
うるさい妹とも言われましたが。
シスコンもブラコンも我が家では幻想でした。
「仲が悪かったわけ?」
「どうなんでしょうね。友人には仲が良いなどと言われてましたけど」
そして、兄や弟の友人にいかにあたしが可愛くないかについて力説された気がします。納得がいきません。
でも、まあ、あたしも友人たちの兄弟が格好いいと言われて、だらしない奴らだと力説していた気もするので、お互い様でしょうか。
ただ、まあ、一生あえないとなると思う所はあるのですが。
永劫あえないらしい甥っ子にはとても未練があります。あとでと言わず、ぷにぷにほっぺを堪能してくるべきでした。全力でデレる用意はあったんですが。
友人もいましたけどね。仕事忙しいとなると半年に一回くらいしか会わなくなって、定期連絡と愚痴が飛び交うばかり。
結婚とか子供がとか言い出す年頃にもなっていて疎遠にもなります。そうでなければ、戦力として期待されるからか忙しいんですよね。
まあ、こちらも一生会わないと言われると言うべき事があったような気がしてはいます。
どこぞの神もどきを捕まえて早く連絡手段を構築させたいところです。ここにいる限りは干渉してこれないらしいのが困りますね。
もそもそとドーナツを口に入れている間にはなにもしゃべらなくて良いのがいいです。
「故郷の姉ちゃんには時々会いたくは……ならないな。なんか、うるさく言われそう」
「でしょう? そんなものです」
さて、黙ってしまったクルス様をどうしましょうか。さっきから何か言いたげな視線は感じます。
意識して家族の話題などを出したことはないんですが、ふと口をついて出てくることはありまして。
興味のないようなあっさりとした返答が多かったように思います。あるいは困ったような感じも。
「大丈夫ですよ」
念押しのように、そういうのは少し不審な気がしますけど。他にどういうのがよいのでしょうか。まさか、向こう側で工作済みで、しかも好きな人を追いかけてなんて言えません。
いや、いつかは言うことになりそうですけど。ああ、家になんて書いて送ったものでしょうかね。
きちんと捕まえましたので。
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