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否定はしません
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異世界生活37日目です。
久しぶりに怪しい格好で町を訪れました。やあ、門番の人と手を振ってしまうくらいには今日は浮かれてます。
デートです。デート気分とかではありません。事実です。
変な笑いが出てきそうなので顔がほとんど見えないのが良いことだと思います。
ジャスパーにやれやれと言いたげに見られましたが、仕方ありません。
実のところ、昨日から機嫌が良すぎて不気味などとユウリに言われましたが、そんなの気にしません。
ご機嫌にベリーパイもどきを作ったりもしますよ。
ちなみにあのあとゲイルさんは爆睡し、クルス様も出かける話を聞いてとても迷ってから部屋に戻っちゃったりしましたけどね。
結果的にユウリと二人でしたが、まあ、あたしも家事というか色々ありますのでほぼ、放置でした。
その間、リビングに置いてある蔵書を読んでいたようですけどね。恋愛小説から学術書まで豊富に揃ってます。ユウリが新刊があるとかなんとか言ってましたので、クルス様もなにか買ってたんでしょうか。
それはさておき、今日は魔導協会と教会に顔を見せておくという任務があります。
いきなり王都で顔あわせというわけにはいかないのでしょう。写真もない世界なので、似顔絵くらいは描かれるそうです。おそらく、魔導協会のほうでやるとのこと。
「あれ、嫁さん連れてきたの?」
「用事があってな」
……否定しないんですね。
「否定しない……」
門番の人も衝撃を受けております。いや、びっくりするなら聞かない方が良いのでは。からかうようなつもりだったんでしょうけどね。
今日もきっちりフードを被って眼鏡をしています。マスクもマフラーも拒否したので、以前よりは不審者度が下がっているはずです。
怪しい人なのは仕方ありません。
ユウリが、なにか逆に中身覗きたくなる感じと不吉な事を言ってました。隠し過ぎもダメだと言うことでしょうけど。
「場合によって泊まっていく。それから魔導協会に使いを頼みたい」
先日の魔導協会での拘束時間を考えれば、そう簡単に帰してくれるとは思えないそうで。そのためにゲイルさんのお家の鍵も借りてきました。
ゲイルさんがもの言いたげな顔してましたけどね。他人のお家ですし、怒られるようなことはしないつもりです。……自信はあまりありません。
魔導協会は後で行くらしいのですが、先に連絡だけはしておくそうです。目的の人が外出している可能性も微妙にあるそうなので。
「へ? あ、ああ。わかった。気を付けてな」
門番さんははっとしたようにそういって、手紙を受け取ってくれました。会計はあとでまとめてするシステムなのだそうですよ。
ジャスパーもあとでね。と手を振ると早く行けと言わんばかりに頭を揺らされました。なにか、あたしの世話をしなければならないとでも思ってるんでしょうか。
その間にクルス様に先に行かれてしまって、門番さんには少し頭を下げてからおいかけます。
「待ってください」
「遅い」
差し出された手を当たり前のように握るのが、とても嬉しいです。迷子防止とか言い訳はいりません。
「教会があるのは少し治安が良くないから離れないように」
これには黙って肯きます。
さて、今日の目標は新婚さんは否定しないことですっ! ええ、事実ですからね。
それに腕に抱きついたりしてもいいですよねっ! 離れませんので。
「浮かれてるのはわかった。揉め事は起こさないでくれ」
おや。疲れたように言われてしまいましたね。腕にかけた手をわざわざつなぎ直されました。にぎにぎしたら微妙に眉を下げて見られました。ああ、浮かれすぎですか。
お仕事ですものね。すこし反省します。
前回は全く近よりもしなかった区画に教会はありました。教会なんて町の中心にありそうですが、やや外れています。数十年前にある商家から地上げにあって移転したと身も蓋もない理由だそうですよ。
地上げしたところには魔導協会が現在は立っています。なお、元々やらかした商家はぶっ潰されました。
……なんでしょうね。物理で、という気がするのは気のせいでしょうか。
魔導協会も戻すよと言ったらしいんですけど、今の場所が都合が良いということでこうなってるそうで。
知らないで見ると魔導協会が町を牛耳っているように見えます。そして、魔導協会の支部の場所を通っていながら説明してなかったんですね。クルス様。
指摘しても問題ある? とでも言いたげに首をかしげられました。まあ、以前は用がなかったのでいいのですけど。
そして、目の前を通るのに手紙をお使いさせるという。なにか入ったら揉めるとでも思ってるんでしょうか。
建物の前よりも少し離れて歩いているところが警戒心を感じますね。
そこを過ぎたあたりは以前買い物したところより下町感が強いですね。ごちゃごちゃしていると言いますか。あちら側はお行儀が良かったのですね。少し治安が良くないと言われたのもわかるような気がします。
スリが出ましたからね。クルス様が捕まえて、今、困惑顔でどうしようと言われてます。
あたしに聞かれても。
「離せよっ!」
薄汚れたを通り越してますね。まだ声変わりもしてない少年のようです。
ひっそり、子供のスリっているんだ、みたいなカルチャーショックを受けてます。大人ならいるかもとは思ってましたけどね。以前来たときも路上生活してそうな子供を見なかったのでよりギャップを感じます。
でも、なんでここによく来るはずのクルス様も困ってるんでしょうね?
「いつもは子供なんてことはないんですか?」
「教会が面倒見てるから、そこまでするのはない。露天でくすねる程度はあるが、だいたいはお仕置きされるな」
「教会なんてなんもしてないしっ!」
「よそ者か。流れてくるとか何とか言っていたような気がする。この教会は子供には手厚い保護を与えている」
「そうなんですか?」
子供には、と言うところが気になりますが。
「フェザーの場合、教会長が力を入れているから困っている子供は少ない方だ」
じたばたする子供をいなしながら説明してくれます。
「ただ、十五になったら容赦なく見捨てていくから善し悪しはある」
「……そうですね」
確かに子供には、優しいですね。いったいどういう教義なんでしょう。
「いくつだ」
「十四」
なかなか賢い子供ですね。
「教会に連れて行くか」
まあ、行く先ですから。なお、この場合、衛兵とかにつきだしても意味がないそうです。説教からの無償奉仕という名で三食と寝床提供の教会に送られるので。
大人は残念ですが、牢屋行きからの強制労働だそうです。食事は出されますが意図的なメシマズ(強制)でかなり不評とのこと。
なお、この世界の大人は15才から。ただし、実際に大人扱いされるようになるのはその数年後らしいですね。
そんな話をしつつクルス様はどこから取り出したのか、紐を少年の手首に結んでました。迷子防止みたいですが、逃亡防止でしょうね。一定距離を離れるととても痛いと真面目に説明してました。
「……魔導師?」
「俺も、彼女も、そうだ」
少年は青ざめてましたね。怖くないですよ。たぶんね。
そこからは大人しくついてきました。
クルス様の説明によれば教会が孤児や困窮した子供相手に手をさしのべるのは余裕というわけではなく、ランダムに配置される魔導師の資質のせいらしいです。魔導協会と国からの依頼という形で素質ある者を回収している結果そうなっていると。
魔導師の資質がある良い家の者だけを選んでいてはダメなのは、過去の実績を重んじているそうです。不幸な生い立ちの世の中を恨んでいる魔導師とか、教育のされていない善悪のない魔導師とかに手を焼いた過去があるんだそうですよ。
おとぎ話で語られる魔法使いというのはこの時期のことのようですが。
まあ、それでも魔導師が捻くれていくのはなぜでしょうかね? そっと見上げればどうしたのかと言いたげな視線が返ってきて、撃沈しました。
こういう細かいところもわかるようになってますね。無意味に手をにぎにぎしてしまいますよ。
教会は遠くないのですが、とちゅうでぐーと音が聞こえてきました。
音源は少年でした。
存在を忘れてませんよ。時々向けられる呆れたような視線がとても痛いですからね。
少年に視線を向けても何でもないような顔をしてますけどね。再び、ぐーと聞こえてきます。中々の大物をお腹に飼ってますね。仕方ありません。
「あれ、買ってください」
裾を引いてクルス様においしそうな焼き菓子をおねだりします。うん、そこのお腹鳴らした子ではなく、あたしが食べたいのですよ。
クルス様があたしと少年を見比べてため息をつかれました。
フード越しに頭をぽんぽんされたんですが、どういう意味でしょうか。手なずけるつもりはないですよ。
「……ありがとう」
半分あげれば少年にふてくされたように言われました。
クルス様はちょっと面白くなさそうな顔してたので、にっこり笑ってお礼を言っておきました。別にとかなんとか言いながら口元を抑えていたので、それなりに効果はあったようです。
「姉ちゃん、すごいな」
少年にぼそっと言われたので意味ありげにウィンクしておきました。ユウリ見てたらしてみたくなったというしょうもない理由で練習したのは秘密です。
少年を赤くさせたかったわけでも、クルス様をもう一回不機嫌にさせたかったわけでもなかったのですけどね。
今後は自重します。それにしても今のあたしは怪しい不審者のはずで、何か効果的なはずはないのですがおかしいですね。
さて、教会に着きました。
煉瓦の塀で囲まれたお屋敷のようです。あたしが教会と聞いて想像するものとちょっと違いました。
広めなロビーと受付の様子はどちらかと言えばお役所に近い感じですね。入ってすぐ礼拝堂とかはないみたいですね。人は少ないのはお昼に近い時間になってきているせいでしょうか。それでもちらちら見られてます。
クルス様は受付で呼び鈴のようなものを鳴らしました。確かにご用の方は鳴らしてくださいと書いてあります。
そのまましばらく待っていると奥から黒衣の女性がやってきます。一人ではなく、三人ほどの少年少女があとからついてきていますね。
「ディレイさんでしたっけ? エルアですか?」
「ああ。不在か?」
「いますけど、取り込み中で。その子供は?」
「スリ、未遂」
「あらら。最近多いんですよね。溢れてます。おかげですぐ資金難になるので大口の寄付はいつでも受け付けています!」
彼女は笑顔で寄付を迫ってきました。クルス様もちょっとたじろいでましたね。
その横で流れ作業のように少年は他の子供たちに連行されていきました。慣れてます。離れる前に最初に結んでいた紐を切ってましたが、あれ、実はなんでもない紐だったらしいですよ。
ただの脅し。そんなのに一々魔法を使うのは面倒だとか言ってました。まあ、確かになにも聞こえませんでしたね。
少年がぽかんと口を開けていましたね。
「教会に勤めているカリナと申します。魔導師の方にお名前を聞くのは失礼かと思いますが、よろしければ教えていただけますか?」
急にあたしに矛先が向いてきてちょっとびっくりしました。
「アーテルです。その、よろしくお願いします」
半分くらいクルス様の影に隠れたのは好奇心いっぱいという表情のせいです。根掘り葉掘り聞かれそうな予感がします。ああ、この町の人、好奇心旺盛で噂好きでしたね。先ほどからちらちらと見られているのも悪意はなさそうなので、この延長線上でしょう。
それにカリナさんって色んな噂が集まりそうな教会の人ということは。
「言いふらすな」
まあ、釘を刺すことになりますね。
カリナさんににんまりと笑われたのでそれは失策だったと思います……。
「不調な魔動具もありますので、今日はお時間あります? ありますよね。エルアには孤児院の方に来るように伝えますから」
「ない」
「そんな事言わず、あ、昼食はお済みですか? 今日は良い煮込みですよ。ふふっ焼きたてのパンも来るはずなのですっ!」
昼食と引き替えに働けと言われている気しかしません。あるいは、言いふらさないから働けとか。脅されているでしょうか。
クルス様の弱ったという表情が珍しいですね。なんでしょう、このもやもやした気持ち。
「お手伝いはいつでも大歓迎!」
なぜか、あたしの手をとられたんですけど。
きらきらした目に嫌な予感しかしません。
「じゃあ、お借りしますね」
は? え?
「悪い。シスターに言うことを聞かせるのは俺には無理だ」
はあ!?
久しぶりに怪しい格好で町を訪れました。やあ、門番の人と手を振ってしまうくらいには今日は浮かれてます。
デートです。デート気分とかではありません。事実です。
変な笑いが出てきそうなので顔がほとんど見えないのが良いことだと思います。
ジャスパーにやれやれと言いたげに見られましたが、仕方ありません。
実のところ、昨日から機嫌が良すぎて不気味などとユウリに言われましたが、そんなの気にしません。
ご機嫌にベリーパイもどきを作ったりもしますよ。
ちなみにあのあとゲイルさんは爆睡し、クルス様も出かける話を聞いてとても迷ってから部屋に戻っちゃったりしましたけどね。
結果的にユウリと二人でしたが、まあ、あたしも家事というか色々ありますのでほぼ、放置でした。
その間、リビングに置いてある蔵書を読んでいたようですけどね。恋愛小説から学術書まで豊富に揃ってます。ユウリが新刊があるとかなんとか言ってましたので、クルス様もなにか買ってたんでしょうか。
それはさておき、今日は魔導協会と教会に顔を見せておくという任務があります。
いきなり王都で顔あわせというわけにはいかないのでしょう。写真もない世界なので、似顔絵くらいは描かれるそうです。おそらく、魔導協会のほうでやるとのこと。
「あれ、嫁さん連れてきたの?」
「用事があってな」
……否定しないんですね。
「否定しない……」
門番の人も衝撃を受けております。いや、びっくりするなら聞かない方が良いのでは。からかうようなつもりだったんでしょうけどね。
今日もきっちりフードを被って眼鏡をしています。マスクもマフラーも拒否したので、以前よりは不審者度が下がっているはずです。
怪しい人なのは仕方ありません。
ユウリが、なにか逆に中身覗きたくなる感じと不吉な事を言ってました。隠し過ぎもダメだと言うことでしょうけど。
「場合によって泊まっていく。それから魔導協会に使いを頼みたい」
先日の魔導協会での拘束時間を考えれば、そう簡単に帰してくれるとは思えないそうで。そのためにゲイルさんのお家の鍵も借りてきました。
ゲイルさんがもの言いたげな顔してましたけどね。他人のお家ですし、怒られるようなことはしないつもりです。……自信はあまりありません。
魔導協会は後で行くらしいのですが、先に連絡だけはしておくそうです。目的の人が外出している可能性も微妙にあるそうなので。
「へ? あ、ああ。わかった。気を付けてな」
門番さんははっとしたようにそういって、手紙を受け取ってくれました。会計はあとでまとめてするシステムなのだそうですよ。
ジャスパーもあとでね。と手を振ると早く行けと言わんばかりに頭を揺らされました。なにか、あたしの世話をしなければならないとでも思ってるんでしょうか。
その間にクルス様に先に行かれてしまって、門番さんには少し頭を下げてからおいかけます。
「待ってください」
「遅い」
差し出された手を当たり前のように握るのが、とても嬉しいです。迷子防止とか言い訳はいりません。
「教会があるのは少し治安が良くないから離れないように」
これには黙って肯きます。
さて、今日の目標は新婚さんは否定しないことですっ! ええ、事実ですからね。
それに腕に抱きついたりしてもいいですよねっ! 離れませんので。
「浮かれてるのはわかった。揉め事は起こさないでくれ」
おや。疲れたように言われてしまいましたね。腕にかけた手をわざわざつなぎ直されました。にぎにぎしたら微妙に眉を下げて見られました。ああ、浮かれすぎですか。
お仕事ですものね。すこし反省します。
前回は全く近よりもしなかった区画に教会はありました。教会なんて町の中心にありそうですが、やや外れています。数十年前にある商家から地上げにあって移転したと身も蓋もない理由だそうですよ。
地上げしたところには魔導協会が現在は立っています。なお、元々やらかした商家はぶっ潰されました。
……なんでしょうね。物理で、という気がするのは気のせいでしょうか。
魔導協会も戻すよと言ったらしいんですけど、今の場所が都合が良いということでこうなってるそうで。
知らないで見ると魔導協会が町を牛耳っているように見えます。そして、魔導協会の支部の場所を通っていながら説明してなかったんですね。クルス様。
指摘しても問題ある? とでも言いたげに首をかしげられました。まあ、以前は用がなかったのでいいのですけど。
そして、目の前を通るのに手紙をお使いさせるという。なにか入ったら揉めるとでも思ってるんでしょうか。
建物の前よりも少し離れて歩いているところが警戒心を感じますね。
そこを過ぎたあたりは以前買い物したところより下町感が強いですね。ごちゃごちゃしていると言いますか。あちら側はお行儀が良かったのですね。少し治安が良くないと言われたのもわかるような気がします。
スリが出ましたからね。クルス様が捕まえて、今、困惑顔でどうしようと言われてます。
あたしに聞かれても。
「離せよっ!」
薄汚れたを通り越してますね。まだ声変わりもしてない少年のようです。
ひっそり、子供のスリっているんだ、みたいなカルチャーショックを受けてます。大人ならいるかもとは思ってましたけどね。以前来たときも路上生活してそうな子供を見なかったのでよりギャップを感じます。
でも、なんでここによく来るはずのクルス様も困ってるんでしょうね?
「いつもは子供なんてことはないんですか?」
「教会が面倒見てるから、そこまでするのはない。露天でくすねる程度はあるが、だいたいはお仕置きされるな」
「教会なんてなんもしてないしっ!」
「よそ者か。流れてくるとか何とか言っていたような気がする。この教会は子供には手厚い保護を与えている」
「そうなんですか?」
子供には、と言うところが気になりますが。
「フェザーの場合、教会長が力を入れているから困っている子供は少ない方だ」
じたばたする子供をいなしながら説明してくれます。
「ただ、十五になったら容赦なく見捨てていくから善し悪しはある」
「……そうですね」
確かに子供には、優しいですね。いったいどういう教義なんでしょう。
「いくつだ」
「十四」
なかなか賢い子供ですね。
「教会に連れて行くか」
まあ、行く先ですから。なお、この場合、衛兵とかにつきだしても意味がないそうです。説教からの無償奉仕という名で三食と寝床提供の教会に送られるので。
大人は残念ですが、牢屋行きからの強制労働だそうです。食事は出されますが意図的なメシマズ(強制)でかなり不評とのこと。
なお、この世界の大人は15才から。ただし、実際に大人扱いされるようになるのはその数年後らしいですね。
そんな話をしつつクルス様はどこから取り出したのか、紐を少年の手首に結んでました。迷子防止みたいですが、逃亡防止でしょうね。一定距離を離れるととても痛いと真面目に説明してました。
「……魔導師?」
「俺も、彼女も、そうだ」
少年は青ざめてましたね。怖くないですよ。たぶんね。
そこからは大人しくついてきました。
クルス様の説明によれば教会が孤児や困窮した子供相手に手をさしのべるのは余裕というわけではなく、ランダムに配置される魔導師の資質のせいらしいです。魔導協会と国からの依頼という形で素質ある者を回収している結果そうなっていると。
魔導師の資質がある良い家の者だけを選んでいてはダメなのは、過去の実績を重んじているそうです。不幸な生い立ちの世の中を恨んでいる魔導師とか、教育のされていない善悪のない魔導師とかに手を焼いた過去があるんだそうですよ。
おとぎ話で語られる魔法使いというのはこの時期のことのようですが。
まあ、それでも魔導師が捻くれていくのはなぜでしょうかね? そっと見上げればどうしたのかと言いたげな視線が返ってきて、撃沈しました。
こういう細かいところもわかるようになってますね。無意味に手をにぎにぎしてしまいますよ。
教会は遠くないのですが、とちゅうでぐーと音が聞こえてきました。
音源は少年でした。
存在を忘れてませんよ。時々向けられる呆れたような視線がとても痛いですからね。
少年に視線を向けても何でもないような顔をしてますけどね。再び、ぐーと聞こえてきます。中々の大物をお腹に飼ってますね。仕方ありません。
「あれ、買ってください」
裾を引いてクルス様においしそうな焼き菓子をおねだりします。うん、そこのお腹鳴らした子ではなく、あたしが食べたいのですよ。
クルス様があたしと少年を見比べてため息をつかれました。
フード越しに頭をぽんぽんされたんですが、どういう意味でしょうか。手なずけるつもりはないですよ。
「……ありがとう」
半分あげれば少年にふてくされたように言われました。
クルス様はちょっと面白くなさそうな顔してたので、にっこり笑ってお礼を言っておきました。別にとかなんとか言いながら口元を抑えていたので、それなりに効果はあったようです。
「姉ちゃん、すごいな」
少年にぼそっと言われたので意味ありげにウィンクしておきました。ユウリ見てたらしてみたくなったというしょうもない理由で練習したのは秘密です。
少年を赤くさせたかったわけでも、クルス様をもう一回不機嫌にさせたかったわけでもなかったのですけどね。
今後は自重します。それにしても今のあたしは怪しい不審者のはずで、何か効果的なはずはないのですがおかしいですね。
さて、教会に着きました。
煉瓦の塀で囲まれたお屋敷のようです。あたしが教会と聞いて想像するものとちょっと違いました。
広めなロビーと受付の様子はどちらかと言えばお役所に近い感じですね。入ってすぐ礼拝堂とかはないみたいですね。人は少ないのはお昼に近い時間になってきているせいでしょうか。それでもちらちら見られてます。
クルス様は受付で呼び鈴のようなものを鳴らしました。確かにご用の方は鳴らしてくださいと書いてあります。
そのまましばらく待っていると奥から黒衣の女性がやってきます。一人ではなく、三人ほどの少年少女があとからついてきていますね。
「ディレイさんでしたっけ? エルアですか?」
「ああ。不在か?」
「いますけど、取り込み中で。その子供は?」
「スリ、未遂」
「あらら。最近多いんですよね。溢れてます。おかげですぐ資金難になるので大口の寄付はいつでも受け付けています!」
彼女は笑顔で寄付を迫ってきました。クルス様もちょっとたじろいでましたね。
その横で流れ作業のように少年は他の子供たちに連行されていきました。慣れてます。離れる前に最初に結んでいた紐を切ってましたが、あれ、実はなんでもない紐だったらしいですよ。
ただの脅し。そんなのに一々魔法を使うのは面倒だとか言ってました。まあ、確かになにも聞こえませんでしたね。
少年がぽかんと口を開けていましたね。
「教会に勤めているカリナと申します。魔導師の方にお名前を聞くのは失礼かと思いますが、よろしければ教えていただけますか?」
急にあたしに矛先が向いてきてちょっとびっくりしました。
「アーテルです。その、よろしくお願いします」
半分くらいクルス様の影に隠れたのは好奇心いっぱいという表情のせいです。根掘り葉掘り聞かれそうな予感がします。ああ、この町の人、好奇心旺盛で噂好きでしたね。先ほどからちらちらと見られているのも悪意はなさそうなので、この延長線上でしょう。
それにカリナさんって色んな噂が集まりそうな教会の人ということは。
「言いふらすな」
まあ、釘を刺すことになりますね。
カリナさんににんまりと笑われたのでそれは失策だったと思います……。
「不調な魔動具もありますので、今日はお時間あります? ありますよね。エルアには孤児院の方に来るように伝えますから」
「ない」
「そんな事言わず、あ、昼食はお済みですか? 今日は良い煮込みですよ。ふふっ焼きたてのパンも来るはずなのですっ!」
昼食と引き替えに働けと言われている気しかしません。あるいは、言いふらさないから働けとか。脅されているでしょうか。
クルス様の弱ったという表情が珍しいですね。なんでしょう、このもやもやした気持ち。
「お手伝いはいつでも大歓迎!」
なぜか、あたしの手をとられたんですけど。
きらきらした目に嫌な予感しかしません。
「じゃあ、お借りしますね」
は? え?
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