推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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喧嘩でもした?

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「喧嘩でもした?」

 ユウリに突然言われた異世界生活39日目です。
 首をかしげるあたしになにか言いづらそうにしています。

 おやつでもねだりに来たのかと思ったのですが、違ったようです。
 もうちょっとでお昼ですし、つまみ食いの線も有りだとは思いますけど。今日はユウリの全力のアピールによる唐揚げです。塩からあげは、自信がありませんね。やはり醤油の開発が先決でしょうか。
 何の気なしに昨日聞いたらゲイルさんも知ってましたよ。醤油。幻の調味料として。
 なんか、幾度となく失敗して別な調味料が発生してきた歴史があるらしいです。こうなってくると酵母とかの問題な気がしますね。

 ユウリは何か困ったように下味をつけている鶏肉を見ています。生姜っぽいものがあったので入れてみましたが、良い仕事をしてくれるでしょうか。

「早く揚げないの?」

「下味はきちんとつけます。時間が必要です」

 ユウリはえーとか何とか言いながら立ち去る気配はありません。未だにいると言うことはなにか言うことがあるんでしょうか?
 それとも揚げるまで、熱々を食べるまでいるんでしょうか?

「まだ出来ませんよ? それから喧嘩なんてしてませんって」

「うーん。そっちの様子が気になるとか言い訳してきたけど。
 なんとなく、よそよそしいっての? 少し距離感があるってのかな。気になる」

「そりゃあ、ありますよ。寂しいとかツライとか言い出して、引き留めないような距離感」

「……そ、そー」

 引きつったような顔をされたのは納得がいきません。
 安全な距離ってのはありませんけどね。どこかこう、このまま引きこもりしようぜっ! と軽いノリで実行しそうになります。
 まあ、要するに正気じゃないってところです。

「ユウリが困るでしょう?」

「困ると言うか、悪い方に全力で転がっていく気がする」

「でしょう?」

 うっかり誤解されて、悪い魔法使いと言われ、なぜかあたしを救出するとかいうねじ曲がった事が発生しそうな気がします。それもなぜか、ユウリと恋仲にされてるんですよ。見ようによってはユウリだけが追い出されたように見えますからね。

 ここフェザーの町ではそんなねじ曲がり方しないでしょうけど、それはこの一帯が魔導師に対して友好的だから、ということで。他は違うということなので。王都ならさらに歪みそうなことらしいですね。

 これから行く王都は排斥主義者が多いということで魔導師は住みにくいそうですよ。それでも住んでる猛者しかいないので魔窟になっているとか……。
 それも隠して住んでいるんじゃなくて、堂々と住んでいるのが大多数と言われればその猛者振りがわかる気がします。
 王都の魔導協会支部には行かないようにと言われる理由はそれなりにあったようです。

「それなら、仕方ないのかな。
 地味に機嫌が悪いから少しばかり機嫌をとって欲しいのと、明日か明後日には迎えが来そうだって」

「通信機でもあるんですか?」

「領主が持っているみたいだよ。さっき使いがやってきた。それで、明日の昼くらいには出て町に一泊してからご帰還だそうだ。ああ、俺の休暇が一週間で終わっていく……。半月はいけると思った」

「なぜ、あの状況でいけると思ったのかわかりません。そもそもどうやって王都を抜けてきたんです?」

「ん? そりゃどこかの駄神のお力で。完全なる消失事件」

 警備責任者の皆様が無事かどうかちょっと心配です。いきなり痕跡なく英雄がいなくなるって恐怖以外のなにものではないわけで。
 ユウリはそんなこと考えてなさそうなんですよね。その件に関してはローゼに叱っていただきましょう。
 ここでものすごく落ち込まれても面倒ですし。そういうのは恋人が慰める仕事。

「そうですか。それにしても明日って思ったより早かったと言うべきか、遅かったと言うべきか……」

「ま、色々もらったしなんか考えておくよ。ちなみに銀髪と金髪、どっちが好き?」

「え。どちらかと言えば、銀髪」

「おーけー」

 何でしょう。この言いようのない不安。ユウリが思いついたなんかが問題を発生させそうな予感がします。
 本人に言っても無駄なので、誰に言っておけばいいんでしょう。
 それともあとでこれかと項垂れればいいんでしょうか。

「あっちでの俺って外面と猫を全力で被っているから笑わないように。ローゼとかひどくて、神妙な顔しているかと思ったらあとで笑ってるんだもの」

 それは、わかるような……。素がこれで、何を格好つけているのかとギャップに爆笑しそうです。気をつけましょう。

「善処します」

「あと、俺個人ではなく、英雄としては中立ってことでよろしく。一方に肩を入れるとめんどくさい。
 それから魔導協会も教会も俺のこと良く思ってないから、少々敵対的発言をするかもしれないけど、気にしないでいい。それは、俺の責任でアーテルちゃんは関係ない」

「そうですか」

 色々微妙なところあるんですね。
 そういえば、戦後処理が終わらないとか言ってましたっけ? それで遊び歩いていいんでしょうか。
 それとも逃亡するほどしんどかったんでしょうか。

 逃げたんじゃないかなぁと思いますけどね。全部放り投げる前に一時撤退はありといえば有りです。ただし、根回しくらいしなさいと思いますね。
 周りが大変です。

「まあ、それでも、全て引き上げないくらいには、信用が残っているのがましなんだよな」

「なにしたんです?」

「俺個人というより、目隠しされて情報取捨選択をしないことを叱られた感じ。
 魔導師の待遇とか神官の扱いとかそういうの。見える範囲がまともでもその外は問題があった。気がつくのが遅かったから、被害がね」

「全てを知れというのは無理なんじゃないでしょうか」

「そーだね。でも、伝えようとしたのを遮断されていたのは、俺の失態。良いことしか伝えようとしないってのを見抜くのは、若造に無理ゲーすぎるとか言いたいけど」

 ユウリはそう言って肩をすくめます。
 なんというか主人公、重いもの背負わされてます。

「というわけで王都の空気は最悪だから。その上で来訪者を嫁にするゲームとか始めないで欲しい」

「それは知りませんよ。それより早く、ローゼとなにか決着つけてください」

「ん。そりゃあもう、即やるよ。大丈夫、教会に金積んでごり押しするから」

 ……。
 ああ、教会がお金に弱いことばれてますよ。まあ、悪用しているわけではないので、いいのでしょうけど。
 いや、悪用、ですかね。

「アーテルちゃんは、不安にならない?」

「なにを?」

「んー、あいつ、わりと好感度が高い。ただし、無自覚。俺が片付くとふと気がつく優良物件って感じ」

「は? ふざけてますね。悪いですが、あたしのなので渡しませんよ。喧嘩売ってきますよ」

「……うん、想定を越えて好戦的だった。いつもどこか線引きしてたようだったから」

「でも、まあ、それでディレイが幸せになれるんだったら、手は引きますよ。裏技を駆使しても」

 したくないですけど。
 口にしただけで胸が痛いです。うん、でも、まあ、目標は推しの幸せですので。そんな時は、いらんとか邪魔とか思われたくないところもありますし、見苦しくなく去りたいところです。

 必要なら深層にでも潜って、説得くらいしてきます。許可を無効にだってさせますよ。
 お望みならば。

「え、な、なんでそんな極端なの」

「そうですねぇ、あたしは推しの幸せを願っていますので、あたし自身のは二の次と申しますか」

 ユウリの何とも言えない表情にすこしばかりめげます。ええ、少々気持ち悪い気もしますよね。わかってる。
 だからなにも言わないでっ!
 心底へこみそうですよ。

「あいつは、アーテルちゃんが楽しい方が嬉しいと思うから、そこは積極的に追及したら?」

「そうだと良いんですけどね」

 軽く聞こえたと思いたいですけど。

「さて、唐揚げを揚げていきますので、離れてください。痛いですよ?」

 油が飛んでいかない鍋の上に置くあの網、誰か作ってくれないでしょうかね?
 ユウリがつまみ食いを越えたつまみ食いをするという事件はありましたが、なんとなく、昼食は過ぎていきました。
 なんでしょうね。この日常感。馴染み過ぎじゃありませんか?
 ちょっと前までは二人だったはずなんですが。

 と思ったのに後片付けのあとにダイニングを覗けば、エリックだけが残っていました。手元に数冊本が積んであります。
 ……確か、ゲイルさんにお茶とか言われた気がするんですけど?

「魔動具(おもちゃ)につられてユウリはどこか連れ出された」

「じゃあ、どこに持っていけばいいんでしょうね? もったいないので」

「置いておけばあとで飲むだろ」

 かわいそうなお茶はキッチンにもどしておきましょう。なんとなく向かい側に座ったのはちょっと警戒したからです。
 自分の理性ってヤツを信用出来ません。思惑を越えて大逃亡をされては、大惨事です。

「それ、なんですか?」

「約束の本。残りは部屋に置いてあるから、読むなら持っていっていい」

 執事探偵セバスですか。一巻と最新刊が置いてありまして。

「……似てる」

 最新刊はきらっきらしている中性的美執事がムチなんぞ持っております。一巻はシルエットで、古典的気むずかしい探偵を思わせます。
 最近、こういう感じの絵を見たような気がしますけど。

 挿絵などをぱらぱらと見ていれば、視線を感じました。まあ、これはあとで楽しみましょう。一旦、本を横に置きました。

「ユウリから聞いた?」

「ええ。その」

「なんだ?」

「あたしがいないからって、目移りしちゃ駄目ですよ」

 ユウリが余計な事を言うから気になってきたじゃないですか。なんですか、そのヤキモチ焼きます、よみたいなのは。
 重たくないんですっ! ちょっとした軽口なんです。

 ものすごく、凝視されたのがいたたまれません。あ、調子に乗りました? そ、そうですか。謝罪でもしたほうがいいいやつ?
 え、な、なにかいってくださいっ!!

「ない」

 かなり待ってから大変簡潔に返答をいただきました。ええ、なんでしょうね。圧を感じると言いますか、失言だったのでしょうか。
 沈黙が重たいです。

 ……わ、話題っ!
 ものすごく焦っていきますね。

 なお、焦っているのはあたしだけのようです……。
 エリックは少しばかり考えこまれているようでした。それは頬杖をついて、目を伏せるような仕草で。
 そうでなければあごに手を当てたりしてます。

 見られることに敏感ではないのか観賞しても気がつかれないような気がしています。知ってて知らんぷりしている可能性も捨てがたいですが。

 目があって、少し驚いたようで、でも、すぐに目元が緩んで小さく笑まれるのが、とても好きです。特別感があると言いますか。嬉しそうに、見えるから。

「なに?」

「好きだなぁって」

 ……漏れてはいけないところが漏れました。
 ぱちぱちと瞬かれるのが、なにか心をえぐられる気がします。突然すぎましたね。数秒前の言葉を取り戻したいっ!

「ありがとう?」

 少し困惑されたようです。
 それが少しばかり切ない気がします。まあ、突然でしたからね。いいんですけど。でもいっそスルーしてほしかったですね……。

 別の言葉が欲しかったと少しばかり思っていることに自分でも動揺しています。
 それを怪訝そうな顔で見られるのもちょっといたたまれません。そんな変な顔してましたかね?

「新しいの煎れてきますね」

 そんなことを言ってその場を離れましょう。飲み物が半分以上残っているのに怪しいですけど、何か言い出してしまう前に距離はとりたいです。

 キッチンでもう一度、お湯を温めます。一度に全部は使わなかったので、すぐに沸きます。
 沸騰直後とかのお湯が必要な飲み物でもないので、再び沸かして使っても問題はありません。

「ひゃっ」

 問題があったのは、別のことで。

「な、なんですかっ!」

「傷ついた顔だった。なにが、嫌だったんだ?」

 見えないところに行けばいいと思って油断していました。あたしの背後をとられました。ぎゅっと抱きしめてくるのが、かなり落ち着きませんっ!

「そんなことないですよ。普通ですって」

 嘘ですけどね。
 ふぅん? と小さく言われて、でも、離してはくれません。

「どこまでしたら、教えてくれるかな?」

 は?
 と思っているうちに、はもってっ! はもって!
 耳食べないでくださいっ!

「やぁだ」

 甘えきった声に絶望します。なんです、これ。自分でも聞いた事ないような声じゃないですかっ!

 やけに甘ったるい声でかわいいとか言わないでくださいっ! ものすっごい危険な感じじゃないですか。その中にひっそり怒りにも似たものを感じます。

 ど、どこを囓ろうとしてますかっ! ぎゃーっ! か。かわいくない悲鳴は口からでなかったのが幸いです。
 なんかあれな声はもう、死にたい。
 羞恥心で死ねます。
 言っても言わなくてもっ!

「い、いいますっ!」

 こんなの即落ちですよっ!
 死ぬ、本気で殺しにかかってる……。
 あ、まって、理性も意識も自制心も帰ってきてっ! ああ、むりって良い笑顔で去ってかないでっ!
 俺の出番とか、欲望がいらんこと言い始めますっ! おまえは帰れ。

「好きって返ってこないのが、すこぉし、嫌だったんです。すこしですっ! 気にしないでください」

 欲張りでわがままなやつなのでっ!
 色々はぴたりと止まったのですが、気持ち強めになった抱擁に困ります。

「悪かった」

 ものすごく気にしますよね。だから、言いたくなかったんですよ。
 後悔の滲んだ声に痛みすら覚えますね。
 もっときちんと隠せたら良かったんです。精進します。

「力の及ぶ限り、守りたいと思う。今は、それでもいいか?」

「それで駄目って贅沢ですよ。今までのままでもあたしには十分です」

 ここで安易に好きだとか言い出されなくてほっとした気もします。それはそれでちょっとがっかりしそうな気がしたんですよ。
 わがままですけどね。

「反論はいりませんよ?」

 今は余計な事を言い出しそうな口は、塞いでおくことにしました。
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