推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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……という夢を見たんだ。2

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「お、おかしくない!? どこ行っても誰もでてこないっ」

 喚く声が耳に響く。子供特有の甲高さが、耳障りだった。真夜中に廊下中に響いているはずなのに誰も出てこない。異常であるということは、言われるまでもない。
 先ほどループから抜け出したと思えば、再び同じものに嵌ったようだ。

 半透明の幽霊は周りを漂うだけで、なにかをしてくる気配はない。問題は、スケルトンやゾンビなどと称されたもの。
 近づくと手を伸ばしてくる。思うよりも動作が素早かった。少なくとも子供よりは、早い。
 試しに近づけば、触れてもいないのに服の一部が腐食した。肌の一部もひりひりしている気がする。
 寝起きの普通のパジャマでなければ、と思うが今更である。

「最初にやられる定番の配役ーっ! いやーっ!」

「うるさくするなら、下ろす」

 あまりにも苛立ってきたので、彼が冷ややかに宣言すれば少女は黙った。

「ごめんなさい」

 消え入りそうな声には彼は返答しなかった。

「解呪(トーリ)」

 一瞬の光が散らばり、廊下の終わりが見えた。
 魔法的ななにかが関与しているのは間違いない。そして、それはとても強い。廊下の終わりが揺らぎ、すぐに消えかかる。

「空間、ねじってる? まさか」

 少女の独り言のような呟きが妙に残った。

 廊下の果てに最初の部屋があったのは都合が良かった。慌てて駆け込み鍵をかける。
 寝ている者への配慮の欠ける行為だとは思うが、そんな余裕はなかった。

 しかし、室内は静かなものだった。いつもはある程度、寝言だのいびきだの聞こえて来ることがあるのだが、無音に近い。
 外の扉を弄るような音も聞こえない。

 最初から、おかしかったと今更気がつく。人の気配に敏感なはずの戦闘職が、少女の侵入に気がつかないわけはない。
 あれこれごそごそとしていれば、誰かが迷惑そうな顔で起き出してくるだろう。その上、嫌味の一つ二つ飛んでくる。

「疲れた」

 とりあえず、ベッドの端に彼女を置いた。

「うぎゃっ」

 非難がましそうに見られたが、ここまでどうにか落とさずにきたことを自分で褒めたい。
 そのまま、彼が横に転がると心配そうにのぞき込まれた。

「疲れただけだ。体の中の魔素が残ってない」

「だ、大丈夫じゃないっ! えっと、補給は?」

「時間経過」

 久しぶりに使い切った感があった。身体強化というのはそれほど燃費が良くない。その上、少しの底上げで済まなかったのだから仕方ない。
 魔導師のすることではまったくない。少女のことなど知らないとどこかに放り投げてきたほうが、らしい気もした。

 だが、泣き出しそうな顔を見ているとどうでも良くなる。少女の手触りの良い髪を撫でた。

「怪我とか」

「はい?」

「ないよな」

「ありませんっ! そういうとこ大好きですっ」

「あのな。騒ぐな。それから、なにかあったら、起こせ」

「はいっ!」

 わかってないだろう。張り切ったような返事になにかを返す気力もない。ただひたすらに眠かった。

「なに、さわいでんだよ」

 眠そうな声でユウリに問いかけられた。起き出したのは彼だけのようだった。やはり気配に敏感なはずの近衛出身の二人が、ぴくりともしないのは不審に思えた。

「そ、そそとぉ、ダメ。ゾンビもゴーストもスケルトがいるぅ」

「は? 夢でも見たってわけでもなさそうな? なにか、ごりごり言って……」

「ひぃっ!」

「……聞こえない。ユウリも脅かすな」

 ぎゅっと抱きつかれると言うより乗っかられたような感じに一瞬息が詰まる。
 薄く目を開ければ青ざめている。それを見れば責める気もないが、早くどいて欲しい。

「あうっ、ごめんなさいっ」

 慌てたような声が遠ざかる。子供とは言え、軽いとは言えない。言ったら、責められるだろうが、事実だ。抱えるのは幼児まで。次からは身体強化をさせて自力で何とかしてもらう。

「おつかれさま。おやすみなさい」

 もう一度、彼を心配そうにのぞき込んで。上掛けさえもかけてくるかいがいしさはとても子供のような気がしない。
 弟がいてねとあたしがお世話するのと誇らしげに言っていたことをふと思い出す。

 優しく頭を撫でられたのは、子供ころ以来だなとふと思い出した。

「夢無き安らかな闇に」

 謡うような声が記憶に残っていた。




「こら、居眠りするな」

 頭をなにかで叩かれた。
 優しかったような余韻も霧散する。機嫌が悪くなろうものだ。
 視線を向ければ、ユウリがひるんだように数歩下がった。ここは、どこだっただろうか。ふと周りを見回しても、いない。

「どうしたんだい?」

「子供が」

 いたような気がした。いや、あれは夢で。小さな手が、撫でた場所に思わず触れる。嬉しそうな顔が、誰かに重なりそうで消えた。
 妙な夢。

「いや、なんでもない」

 そう、ここはユウリの執務室として使用している部屋だ。どこかの宿の中ではない。外は暗いが、雨が降り出しそうなだけであって、夜ではない。
 ローゼが心配そうな表情でこちらを伺っていた。なにか喧嘩でもするのではないかと思われていることにおかしさを感じる。それほどいつも言い合っているわけではないはずだ。
 今は室内にはユウリとローゼしかいないようだった。いつもはもう少し人がいる。

 座り心地の良い椅子でも寝てしまうと体が軋むような気がする。日頃の活動量を越えている日々は疲労が蓄積していた。
 もっともそれを言っても改善される気もしないから言わないが。

 最初は少しずつ、人が減っていった。来訪者の歓迎が想定を越えて規模が大きくなっていった事情があるのだろう。しかし、自分への監視を減らすためにユウリが後押しした可能性も否めない。

 そうでもなければ、あれほど簡単に城を抜け出し、教会で申請をすることもできない。どのくらい積んで教会を黙らせたのか詳細は知りたくなかった。
 ユウリは貯金なくなっちゃったと悪びれなく言ってローゼの怒りをかっていた。
 それとは全く別に国に申請する書類も許可を出させている。
 どんな弱みを握ったのか、賄賂でも送ったのか、脅したのか、とは思うが、聞かない。

 知らない方が良いということは多い。何かあったときに頼られるのは正直面倒だ。

「その、さ。起こしたには理由が、あるんだよ」

 黙り込んでいる彼の様子をうかがうようにユウリが視線を投げかけてくる。怒ってない? とでも聞きたそうな様子は、まるでいたずらがばれた子供のようだ。

「なにか、あったのか?」

「そ-。起こしたのはさ、変な話、さっき聞いたから」

 ほっとしたようにユウリは手近な椅子に逆に座る。背もたれの上に肘を乗せて首をかしげていた。
 なお、この部屋は妙に椅子が多い。机はユウリが使うものがあるだけのように見えて、組み立て式のものがいくつも置いてある。
 椅子の肘置きに渡すような板も置いてある。その上で簡易な書き物が出来るようにご丁寧にインク壺を置くくぼみさえあった。

 簡易的に仕事机になるように。今は誰も使っていない。

「なんか、アーテルちゃん、まだいるみたい。今日の昼には屋敷に戻るって聞いたんだよね。変更とか知ってる?」

「聞いてないが、確かにいる」

「なぜ、わかるっ!」

「俺の魔導具をやった。あれには置き忘れてもある場所を教えてくれる機能がついている。たぶん、滞在先の部屋に残しているんだろう」

 高価な魔導具にはひっそり仕込まれている機能がある。知らない方が多いそれは、忘れ物探知という。
 要はどこかに置き忘れてもどこにあるか方角だけ知らせてくれるもの。
 魔導師が武装に使うマントやコート類はかなり高価な魔導具と言える。それ一枚で一般人の年収を超えることも珍しくない。それをどこかに置き忘れなどしたらと思うとぞっとする。

 彼女にあげたものはあまり使っていないものだったので、機能をあまり憶えていなかった。幸い、忘れ物探知は入っていたので好都合だった。
 それを意図して渡したわけではないが、なんとなく教えていない。

「ああ、魔導具、高価だもの。無くしたらショックどころじゃないわ」

 ローゼは特に違和感を持たなかったようだ。ユウリは疑わしげに見てくる。
 悪い事をしてはいないはずが、とても後ろめたい。本人には言えないことが増えていく。言い忘れたとでも言えば、少し困ったような顔で許してくれそうな気もするが。

 ローゼはぽんといいことを思いついたように手を打った。

「そうだわ。ユウリにもその便利機能だけの魔導具作ってくれないかしら?」

「え? 俺、監視されんの?」

「逃げ出さなければ、必要ないわね」

「いらないからなっ!」

「使うには一定以上高価であること、紛失すると困ることが起きることなど条件がついている。機能上、本人以外、探知のキーワードは使えない」

「残念」

 なぜかユウリからさらに疑惑のまなざしを向けられた気がする。
 言い訳すれば墓穴を掘る気がしたので、無視することにした。

「あれ? どうして、魔導具あげたの? 知り合い?」

 素朴な疑問、といったようにローゼに問われる。

「同門で、兄弟弟子の弟子。使わないのがあったから、渡しただけだ」

「だからリリーさんと一緒だったのね。……あれ? すごく大事そうにしてたわよ。そんな雑に渡した感じなの?」

「……独立するとき師匠からもらったものだから、とは伝えたからじゃないか」

「それ、大事なものじゃない。使わないって言ったって人にあげるモノじゃないわよ」

「モノはモノだ。それが、守ってくれるなら執着する意味は無い」

「……あ、うん、そう。ん? も、もしや」

 ローゼが焦ったような表情になるのは気がかりだったが。手元に視線を感じたが、それがなにを意味していたのかはわからない。特になにももっていないはずだった。

「それで、どうするんだ?」

「うーん。
 想定を越えて早い。これは僕のがなくても、考えていたんだと思うよ。気長に構えて誰かにとられるのは不快と考えもあるだろうし。
 陛下は、国内にいるなら誰でもよいと思ってるっぽいんだよね。敵対だけは絶対避けたい、というご意志ではあるけど、良縁が敵対行為とは思ってないんだよ。困ったよね」

 なにを悠長なことをと言うべきかもしれないが、その件に関してはできることはない。
 ただ、いつ、手遅れだったと気がつくかというところだろう。その後については、大荒れだろうと人ごとのように思う。
 別に、うるさくなればどこへ行ってもいい。彼女は望まないだろうが、それを聞く気はない。

「彼女が来る前に未婚の男性、上から順番に紹介されてるって聞いたのよね。だから、すぐに相手は見つかるんじゃないかって。昨日の今日で、それはないと思うんだけど」

「ここまで露骨にするとは、切羽詰まってるなぁ」

「おまえのせいだろうが」

「じゃ、どうする? 別の格好で、会ってくる?」

「いや、今日はいい」

「へ?」

「雨の日は良くない」

 嫌な事を思い出す。
 不思議そうな二人にそれ以上、言う気はなかった。

 窓の外はもう、水滴がつくくらいの雨だった。
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