推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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冬の間

手紙がきました。

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 ついに、やってきてしまいました。
 分厚い親書が。

 そんな今日は92日目の朝です。おはようございます。何事もなく朝です。今日もお一人様のベッドです。
 最低三日、できるなら一週間程度大人しくしているように言われているので。色々含みを持たせた言われ方をしたので、自重している次第です。

 ……まあ、いまいち、踏み込めずもだもだしているのもありますけど。ほぼ、そっちが理由ですけど。

 そ、それはともかく。
 お手紙です。

 その手紙は朝起きたらそこにずっとありましたと言わんばかりに机の上にありました。メールではなく、本当にお手紙です。
 お手紙送受信用のポストはまだ製作途中で放棄しつつあります。魔道具作りは向いてないまではいかないですけど、気長に修行が必要と言われました。
 だから、ツイ様が頑張って届けてくれたんでしょうね。

 送り先を見れば実家からです。
 つ、つまり、両親から、エリック宛のお手紙なのです。なにが書かれているか確認したい衝動に駆られます。しませんけど。誘惑に悶える前に机に置きなおしましょう。

 取り急ぎ、ツイ様にお礼の連絡を送って気を紛らわせましょうか。。
 それにしても、これ、どういうタイミングで渡せばいいんでしょう? 朝食の席でいいでしょうか……。手元にあるとなにか誘惑に負けそうですし。

 そわそわしながら、着替えをしていればツイ様から返信が届きました。早いですね……。いつもは数日も開くことがあったんですが。
 業務連絡的に結婚情報誌を送りたいんだけど、どうする? とだけ返ってきました。なんでしょうね? 一応、異世界いるはずなのに向こうの現実が迫ってくるって。

 とりあえず、手紙を手に下に降りることにしました。ダイニングテーブルに手紙を置いてから、洗面所で身支度を整えます。
 今日の朝食は何にしようかなとぼんやり考えながらキッチンに向かうのは、同じようでちょっと違います。
 エリックが寝ぼけたように、部屋の外の様子を見に来ないんですよね。その結果、朝きっちりと着替えた後しか遭遇しません。
 うーん。鎖骨……。残念ですが、別の機会にめでることにしましょう。
 え、変態っぽい? 今更じゃないですか。

 キッチンで朝食の準備をしていると扉の開く音が聞こえました。
 ダイニングのほうを見れば微妙に眠そうな顔をしたエリックがいました。今日はちょっと早かったかもしれませんけど。

「おはようございます」

「おはよう」

 前は挨拶すれば微妙な表情されていましたけど、今は普通に挨拶が返されるという。べつにいいんですけどね。いいんですけど、と言いながら理由が気になるんですよ。
 あの頃のあれはいったい?

 普通に色々準備を手伝ってくれるのは同じなのですが。
 やっぱり、新婚っぽい。
 いえ、新婚でしたね……。え? ほんとなの? と未だに思うくらいですけど。ちらちらと様子を見ていれば、怪訝そうな表情を向けられました。
 何か言われる前に用意を終えてしまいましょう。
 ベッドで枕抱えて転がりたい気持ちなんて漏れちゃいけません。あーもー、平常心、どこかに売ってませんかね? そろそろ在庫切れなんですよ。

 朝食を並べて、暖かい飲み物を用意し終えて椅子に座るころには平常心があるような気がしてます。
 ちょっと沈黙が多めの朝食は、昨日とも同じなんですよね。夕食ともなれば、わりと早めに切り上げて部屋に戻っちゃうっていう……。

 間合いをはかり損ねて、少し遠い。

「以前、話していた手紙が来たのですけど。渡してもよいですか?」

 食後に手紙の件を切り出します。残りのお茶を飲んでいたエリックがむせてます。
 ……間が悪かったのは少々反省します。

「もらう」

 少し涙目で可愛いなぁと現実逃避を試みながら、手紙を渡しました。ミッションコンプリートなんですが、中身が気になるのですよね。
 じっと見ていれば苦笑されました。

「気になるじゃないですか」

「それはわかるが、見せるのはだめだからな」

「わかってますって」

 少し、考え込まれてその場で封を開けたのはエリックなりの妥協点だったのでしょうね。目の前で読まれるのもちょっと。見えないところで読まれても悶えそうなので、どっちでもあたし的にはぐああっという感じで……。
 封筒の中からさらに二通手紙が出てきたのはちょっと予想外でした。

 二つを見比べているエリックの眉を寄せられました。

「こっちが読めない」

「へ? あ、えーと。
 開封条件が整っていないため、開けられません?」

 え? なにそれ。
 ツイ様聞いてませんよ?

「魔法の痕跡がある。面白いな」

 もう一通のほうは問題なく開けられるようです。
 こっちのほうが薄いですね。

「なんて?」

「迷惑をかけると思うが、頼むと」

 その一文だけとは到底思えません。じーっと見てもそれ以上の情報はやってきません。エリックが困ったように手紙を戻しています。

「なんだか信用されているように思えるんだが、どんなふうに伝えたんだ?」

「え? いや、そのぅ。聞きます?」

 そこ、突っ込まれると困ります。
 家族にもエリックが好みのど真ん中で、推しだとばれたからなんて言いたくないのです。たぶん、本編も履修済で大体の性格も把握されているであろうなんてことは。
 それでなにかを察したのか、聞かないときっぱりと断られました。
 呆れたように見られたのは気のせいではないでしょうね。重すぎる愛で申し訳ないとは思いますよ。

「それで、こっちのほうは何か聞いているのか?」

「いえ、全然。開封条件ってなんでしょう?」

「さあな」

 封筒を透かして見てもヒントすらありません。見ていても開けられるわけでもないので、そのまま仕舞い込まれるでしょうね。
 今のところ必要なものではない、ということですか。あるいは、日本との連載のタイムラグがあってあちらは知っていてもこっちは知らない件についてとか。

「返信はどうします?」

「こっちで勝手にする」

 あらら。断られてしまいましたよ。まあ、手元にあったら中身を見たい誘惑に駆られるので良いのですけど。
 やっぱり、あたしの知らないところで、ツイ様とコンタクト取ってますね。ツイ様が余計な事言ってないといいのですが。

 そこはあまり信用ならないんですよね……。確認するのも墓穴を掘るような気がしますし。
 頭を悩ませていても結論は出ないので、この話は一応おしまいにしますけどね。

 朝食のお片付けをして、冷蔵庫の中身を確認しておきます。ちょっと心もとないですね。

「配達って今もしてもらってるんでしたっけ?」

「継続はしていたはずだが、次はいつだったか……」

 ゲイルさんは大事な引継ぎをしていきませんでしたね。予定では明後日くらいには帰るので、買い物に出るか、配達に期待するかなんですけど。

「在庫的には今日、明日って感じですけど。家まできてくれるんでしたっけ?」

 そう聞けばエリックがあたしの後ろから冷蔵庫の中を覗き込んでいます。近い近いと悲鳴にも似た声が漏れないように口を引き結んでおきますよ。
 近くから薄っすらと煙草の匂いがしてくるとより一層意識されてドキドキしてきますね。

「そういえばそう言ってたな」

 そうなったのは途中から取りに行くのめんどくさいとゲイルさんが言い出してですね。そういうことになりました。一応、あたしは顔を合わせないことになっています。ただ、配達のお兄さんとは教会で会ったので意味なさそうなんですけど。

 やる気のない偽装工作とかやめませんかね? めんどくさいです。

「呼び鈴が鳴っても出ないように」

「出ませんよ。さすがに反省してますから」

 うっかり出て、ユウリと遭遇した日が遠いことのような気がしますけど。あれは怖かったですね。その気もないのに口説かれるかと思えば、尋問されるという……。あれはツイ様が悪い。
 エリックに少し疑うように見られた気がしますけど、きっと気のせいです。
 そんな子供みたいなことしない、と思いますよ。不可抗力の場合はのぞきますが。

 頭を撫でられて離れていくのに少しホッとします。何かざわざわして落ち着かないのですよね。薄氷を踏むみたいに。落ちてしまいたいのか、乗り越えたいのかわからないのですけど。

「今日はどうする?」

「えっと、本読みながらゆっくりしようかなと」

 台所周りは片付いてますし、冷蔵庫にあったベリーでジャムは作りました。ついでにパイの下準備もしてあります。でも、ゲイルさんが戻ってくる前に焼いちゃうと拗ねられそうな予感がして焼いてません。
 オーブン自体は試運転をかねて野菜やソーセージを天板に詰めて焼いてみました。思ったより火力が強かったので、じっくりとお付き合いしないと上手には使えそうにありません。
 自分の荷物は片付けてありますし、手紙の返事もちょいちょい書いてはいるんですが煮詰まってきてますから。
 少なくとも午前中はお休みします。本調子ではないと言われているところもありますし。

「わかった」

 機嫌よさそうに言われましたけど、なぜでしょうね?
 という回答はすぐに出ました。

 最低限の家事を済ませて、お茶の準備などをしてリビングのソファーに陣取って三十分くらいでしょうか。
 扉が開く音に顔を上げれば、エリックがいました。まあ、他に人がいないので当たり前ですけどね。
 何冊か持っていることから本を読む気でやってきたのだと思いますけど。前と同じようにソファに座っています。
 特に何も言わずにぱらりと本をめくってみたんですが。数ページもめくらずに諦めました。

 なんか近い。というか接触しているというか。
 本読む気はあまりなくて、それを口実に側でくっついていたいとか、そういうやつですかね? 気になって視線を向ければ機嫌よさそうです。そして、気がつかないうちに下ろしていた髪を弄ばれてました。
 咎めるよう軽く睨んでも気にした風もなく、髪にキスを落としてますけど。

 いや、それはあたし本体にしてほし……。いえ、取り乱しました。

「お好きですね」

「この手触りは癖になる」

「そーですか」

 あたしのどこかがお気に召していただいたのであればそれはそれでよいんですけど。ものすっごい気が散るんですよね。
 諦めてぱたりと本を閉じて膝の上に置きます。ローテーブルに置かないのはささやかな抵抗です。
 その結果、両サイドを編み込みされて、後ろも結われたんですけど。指先がくすぐったくて動くたびに動かないと言われる拷問じみたやつでした。最後には動いたらお仕置きとか言われて。
 なにそれ。
 興味ある。

 とか口に出しそうになりました。ええ、困った顔を死守しましたとも。

「手紙は送っておいた」

 あたしの髪を散々弄んで気が済んだのか、さらっとそんなことを言われました。
 重さも全くない普通の言い方に拍子抜けしましたね。まあ、確かに悩みそうにはないと思いますけど。それにしたって。

「早くないですか?」

「それほど難しくはない」

 どういう意味でとればいいんでしょう。

「アリカが師匠に言ったように、俺も大事にすると伝えるだけだからな」

 ……。

 息してます? 心臓はばくばくしてるので、生存はしてます。してますよね? 夢とかじゃないですよね?
 な、なんですか。
 その、愛しいものでもみるような視線はっ! あきらかに甘い声が、耳に刺さってますよ。え、死ぬの? 今日はあたしの命日なの?

「大事にします」

 ぎゅっと両手でエリックの右手を握って宣言します。
 うん、推しが尊い。
 先ほどまで読んでいた本が膝から落ちましたが、後で拾います。すまぬ。タイミングというものが世の中にありましてね。

 今、良いウェーブが来てるんです!
 なんとなく間合いを掴み損ねている日々にさようならですよっ! ほら、約束のっ! 期待のっ! ご褒美タイムですっ!!!

 すこしためらったように抱き寄せられて、エリックの匂いがすると変態的思考にふけっていたのが悪かったんでしょうか。

 りんごーん! りんごーん!

 ……いい雰囲気を無常に破壊される音が響き渡りました。
 うん。そういえば、配達がありましたね。これだけは無視できないやつです。
 無念……。
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