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冬の間
昔のお話。
しおりを挟む「あの、膝の上から下ろしてくれませんか?」
「断る」
「そうですか……」
いちゃつくというより逃亡しないよう拘束されている感じで、膝の上にのせられております。横抱きのような感じで、靴も脱がされました。なぜか背徳感が刺激されてしまったのですけど、変な性癖が発掘されているのでしょうかね……。
あとで聞くとは確かに言われたんです。食事後の片付けまで終わらせて、リビングに行ってすぐにこの状況です。
現在、甘い空気ゼロです。尋問感ありありです。
「それで、他になにを黙っているんだ?」
エリックの呆れたような声に少しばかり怖くなります。新婚なのに、即離婚とかやですよ。いえ、なにがあっても別れるのは難しいのは知ってますけど。別居とかくらいならあり得るかもしれないじゃないですか。
「他にと言われても。
前にもお話したと思いますけど、小さいころに祖母由来の能力で、異世界を飛び回っていたらしいですよ。すぐに戻ってくるので監視していただけみたいなんです。それで十歳のころにここにきて、一週間くらい滞在したらしいですよ」
「らしい?」
「記憶をバッサリと消されたので覚えてないんですよね。こっち側でも記憶は消されているって話です。
それなのに、拾ってくれた恩人にお礼を言うようにっておかしいですよね。相手も覚えてないでしょうに。まあ、探しますけど」
朧気ながら多少は記憶の発掘はされているのですよね。ツイ様が完全に消し損ねた残りが。
ただ、背が高くて、手が冷たくて、煙草の匂いがして。そっけないようで実は優しい。該当者が多すぎるでしょうから、探すのがとっても大変です。ついでに言うと、あたしの好みの原型はここにあるのではないかと思いますね。言えませんけど。
「ふぅん?」
とてもご機嫌悪そうな言い方ですね。なにか気がつきました?
「十年はたってないなら探すのも可能かもしれないな」
「それが、時間軸が一致しているかはわからなくてですね」
考えれば考えるほど不可能任務なんですけど。
でも、両親もツイ様も不可能とは思ってないようなんですよね。もう、既に会っていて気がついていない系なんでしょうか。あるいは探すとすぐ見つかるとか。
「覚えてることは?」
「煙草の匂いを覚えています。そういえば、煙草吸う人って少ないんですか?」
「それなりにいるからよほど特徴的でないと探すことも難しいな。どういう匂い?」
「……うーん。苦いような、ミントのようなすっきりしたような、ちょっと柑橘系、ですかね」
「国内で出回っているなら、俺が吸ってるのに似てるな」
「そういえば国外の可能性もありますね……。
やっぱり、似顔絵でも描いてもらって記憶にある人を探すとかのほうがいい気がしてきましたよ」
「詐欺に引っかかるからやめたほうがいい。他には?」
「背が高かったような。手が大きかったような。と思いますけど、子供から見たら大体の男性はそうでしょうね」
「へぇ」
あきらかに声が低いんですけどっ!? な、なに? どこがご機嫌悪くなるところありました?
それでもぎゅーっと手を握られるとどうしていいのかわからなくなります。痛くはないのですけど、無意識に縋られているようで。
「探したくない」
「いや、両親からも言われているので形だけでも探しますよ」
「そいつのほうがいいとか言いだすんじゃないか?」
「……そ、そういう心配ですか」
ユウリの時と同じ雰囲気を感じますよ。治ったわけじゃないんですよね。あれ。思いのほか根深いというか。
王都の時には一度も感じなかったんですよ。克服まではいかないにしてもある程度の信用は得たと思ったんですけど。
「ありませんよ。
子供のころのことですし、相手ももう年上なので」
「時間軸が同じではないということは今から近い時間の可能性もある」
……。
そういうところは冷静ですね。ものっすっごい過去の可能性もありますけど。だったら探せとも言わないでしょうし。
「アリカの両親はともかく、ツイ様は知っているんじゃないのか?」
「知ってて教えてくれない人です。にやにや笑って鑑賞する派です」
「……そうか」
その点はなぜか納得いただいたようです。
……そういえば、気になるところはあるのですよね。ツイ様の言動って。
「前に、ツイ様が約束って言ってましたけど、なにかしたんですか?」
曲りなりにも神々に連なるものなので、きちんとした約束は大事にするはずです。理由なく一方的に破棄はしないと思います。たぶん。
ざっくりとした口約束だの、色々読み違えられる約束の類は怪しいんですけど。
「というか、以前からお付き合いあったんですか?」
「ない。ただ、忘れたことすら忘れたとか言われたな。それから、喧嘩を売ったとか」
「はい?」
「それぐらいのことをやって、忘れているというのはなにかはあったんだろうな」
そう言って少し考え込むようにエリックは黙ったんですけど。
ツイ様、あれでも人では太刀打ちできないほどの存在なので、喧嘩を売ってよく生きてたなと思うところです。たぶん、エリックもそれは承知しているでしょう。
それを許されて、約束などをするほどのことってなんでしょうね? 確かに妙に気にかけている風ではあるんですよ。ユウリ関連とかでしょうかね。あのあたりでのアフターフォローとかしていたらしいですし。
ほどほどに長い沈黙。あたしは暇を持て余してエリックをじっと観察してしまいましたよ。至近距離のまじめな顔というのは、それはそれで良きものです。
しばらくして、エリックが口にした言葉は意外なものでした。
「……ユウリが、妙なことを言っていた。なんでも二年近く前の一部の記憶が欠落していると。それも一人だけではなくて。俺も覚えてない」
……。
え。そっち!?
確かにユウリからは聞いたんですよ。記憶にないって。それなのに本編にはあった話で。おかしいとは思いましたけど、他の人も忘れているなら可能性はありますかね?
それなら想定を超えて、恩人が簡単に見つかりそうで頭が痛いです。むしろ、早めに相談していれば即解決していた問題だった件について。
完全にあたしの悪いところですね……。ツイ様も両親もあれほど言ってたんだから、先に片付ければいいものを後回しにしたから。
「それってどこの記憶なんでしょう?」
「確か、山奥の温泉?」
と、いうことはあの温泉回に出没で最終回答?
いや、でもあれの内容って。
山奥の温泉宿で、夜に一人一人減っていくというホラー展開。そこに説明もなくいる謎の少女。最終的に魔道具が悪さをして、問題のあったそれを破壊して終了という話です。謎の少女は実はこの世界のものではなくて、帰れなかったところを魔道具を壊して帰ったとかいう……。
ん?
んんっ!?
まさかの謎の少女があたし!?
動揺が隠し切れません。
慌てるあたしにエリックが向ける視線が、今度はなんだ、と言いたげで痛いですっ! 激痛ですっ!
いえいえ、違うはずです。きっと違う。
あれはきっとフィクションです。作者の都合で追加された要素にすぎません。きっとそうですっ! 作者の妄想です。お色気追加のなんかってやつですよ。
きっとそうなんですってば。だから、ユウリも知らないんですって。
そのほうが見つからない人を探すことよりましな気がします。
……だってもしそうだったら、あたしは、クルス様と何かを約束して消えたはずなんです。あの頃のあたしときたら生意気で、ませてまして。
なにを言うかなんて想像がつきます。ものすごく、懐いてたんですよ。
きっと、大人になったら結婚して、です。
間違いありません。現在に続く好みへ思いを馳せれば、初恋偉大と遠い目をしますね……。完全に今まで無意識に引きずってるじゃないですか。
両親がしぶといだの、相手に申し訳ない的な主張をされたのも合点がいきます。
「きっと、ちがいますねっ」
ですが、きらっきらの笑顔で言い切ることにしました。
それ現実として受け止められません。拒否します。思い出せないんだもの仕方ないじゃない。
「なかったことにしようとしてないか?」
「嫌な予感がします。思い出さないほうが幸せです」
あたしの心の平穏のために、なかったことにしたいのです。
「現地に行ってみればわかるだろう。春になったらこの地に住む契約は終了予定だから、旅行でも行こう」
「へ?」
「なんというのかな。新婚旅行ってやつ?」
な、なんか、すごい詳しくなってません? 気のせいじゃないですよね?
じっと疑いの眼差しを向ければついっと視線をそらされました。
「領地にもいかねばなりませんし、そのついでで行きましょうか。
ゾンビもゴーストもスケルトンもいないといいんですけど」
そうぼやけばエリックに笑われてしまいましたけどね。結構本気のトラウマなんですよ。
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