推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆

あたしとあたし

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 やる気に満ち溢れてる本日、ええと、推定4月28日目です。起きたら5月になってそうな気がして嫌ですね……。
 さて、周りを見回してみたところツイ様のところでよく見る白背景とは違う場所のようです。世界が違えば神域の感じも違うのでしょう。
 修行にやってきました。ということになっているのですが。

「おねえちゃんだれ?」

 目の前にちんまりしたあたしが存在しています。
 無邪気というより猜疑心に溢れた表情で見上げられておりましてね……。警戒心ばかりが目立つというか。若干の敵意も感じられて物騒ですね。

「あの、これ、どういうことですか?」

 思わず背後を振り返りました。挨拶もしてませんが、背後に謎の威圧感があったのです。
 いつぞやお目にかかった詩神さまがいらっしゃいました。頬に手を当てて首をかしげるしぐさがやけに人間っぽいです。

「この子を連れ帰ってもらいたいの。前、構成しなおしたときに取りこぼしたみたい」

 雑に再構成された自分の体に不安感があるのですけど……。
 ずずいっと近寄ってきた詩神様にびびって言葉は出ませんでした。音も動作もなくにょっとて生えたって感じでちょっと気持ち悪、いえいえ、違和感ありまくりです。

「この世界の系統と一致しない部分のようよ。いつの間にか、いて困っていたから持って帰って」

 詩神様は本人を前にして気を使ってくれたのか、早口でまくしたてられました。うっとりするほど美しい声で言われた言葉が浸透するまでにちょっと間が必要でした。
 持ち帰る? ちいさいあたしに視線を向ければなにしてるんだこの大人という顔をして見ています。表情が分かりやすいというより、曲がりなりにもあたしなので多少は読み取れる範囲といったところです。

「この場所には異質だから困ってるから、早く持って帰って」

「どうやって」

「さあ?」

 ものすっごい、大暴投をされたんですけど!?
 もうちょっと優しくしてくれませんか。その思いが溢れてしまったのか、詩神様は頬に充てた手を放して居住まいを正しました。

「そもそものお話をするとね」

「はい?」

「私たち、あの二年ちょっとくらい前の時とても困ったの。ただでさえ災厄の封印の一部が解けて少し荒れていたころよ。正式な手段を取らずに異界からやってこられて綻びが出て、ようやく追い詰めた災厄を取り逃したというところもあるから、貴方に友好的かというとそれほどでもないわ」

「……その節は大変申し訳ございませんでした」

「普通に紛れ込むまでは、気がつかなかったかもしれないけど、一部と言えど異界から神格を呼ぶのは良くなかったわ。
 とお説教しておきなさいと時間と空間のやつらが言ってたから、伝えたわね。私は、異界の歌を聞かせてもらえば良いわ」

 ……。
 なぜでしょうか。詩神様ににっこり笑われた気がします。それも、圧がいっぱいかかりそうな。顔が認識できないのにふしぎですね……。

「上手じゃないですけど、誠心誠意お伝えします」

 あたしの魔導師としての後ろ盾は彼女ですし、ご要望は聞く所存です。教会に奉じればいいのですかね。
 ああ、でも、微妙に来訪者(あたし)の取り合いしているのでめんどうなことに?

「良きに計らうように。それではね」

 言いたいことだけ言って彼女の姿が透けていきました。
 これ、修行というか、あたしその2を連れ帰るために呼び出されたとそういうことですね……。
 こればかりは昔のあたしを思い出さないとダメなやつですからこうなったんでしょうけど。せめて心の準備をさせていただきたいですね。

「話は終わった?」

 つまんないという顔で、それでも礼儀正しく待っていたちいさいあたし。大人びた子ならわりとある態度ではありますが、やはり違和感があります。

「ええ、お待ちいただいてありがとうございます。
 さて、行きましょうか」

「どこに?」

「貴方を拾ってくれたお兄ちゃんのところに」

 その言葉にぱっと表情が明るくなるところが、ちょろいといいますか。あたしって、と少しだけ落ち込みます。
 紆余曲折あって、今は夫になっていますよと伝えたら嫉妬で殺されそうなので言いませんが。
 今でも、夫ってと思いますし。寝顔見て、夢かなーと呟くときもなくもないですし。ものすごい照れ顔からの好きだ、は、だめでしたね。語彙力死にます。まあ、元々豊富ではございませんので、差はあまりないかもしれませんけど。

 ぼんやりと回想にふけっていたあたしを子供のあたしが引っ張っています。

「あたし、あーちゃん、お姉ちゃんは?」

「アーテル」

 魔導師としての名乗りが正しいかはわかりません。この世界が認識できなかった部分というなら、祖母の血として受け継いだ部分でしょう。祖母、人じゃないみたいなんで。四分の一人外。父が半分人外というのは、なんとなーく納得する浮世離れさなのですが。あの人、感覚で魔法を使うタイプ。力業をしそうな母のほうが理詰めでやっていくほうに思えます。おそらく母のほうが、エリックと相性がいいと思ますね。
 相性が良すぎて、やばいもの作り出そうで怖いのであまり交流してほしくないのが本音です。

 この四分の一。
 どうやって一緒になるんでしょうね? 下手すると喰われる側なのですけど。

「ま、この迷路を抜けましょうか」

 いつのまにやら周りの風景が変わっています。小高い丘に二人でいて、ふもとに行くにつれ生垣が発生しています。大きなお城にありそうな生垣迷路です。

「うん」

 あたしとあたしは手を取ってふもとに降りていくことにしました。


 もう一人のあたし、あーちゃん(仮)は寡黙でした。人見知りか、警戒心の高さからかもしれない。そう思いつつ沈黙のままに迷路膠着中です。
 あたしもどこから話を切り出したものかと困った結果黙っているのです。大人なんだから自分から切り出すべきなのでしょうけど。

 お兄ちゃんことエリックの話題は避けたいのです。色々駄々洩れして拗ねられそうな予感がします。
 自分のこととなると既視感があるのではないかと思って言い出しにくく、この空間のことは全く分からない。
 詰んでます。

「……同じところをくるくるしている気がする」

「へ? あ、そうですね。いっそ、生垣ぶった切っていきましょうか?」

「魔導師がなに言ってるの?」

 言外に頭脳労働者がなに言ってんのと聞こえた気がします。あ、うん。あたしも当地に染まってますね。ここはひとつうろ覚えの右手だか、左手の法則に頼ることにしましょう。片手を生垣に添っていけば出口に出られる算段がつきます。
 たぶん。

 たぶん、になってしまうのは、ここが普通の空間ではないので別条件がついている可能性があるからです。何かしないと出られない系だったら手こずりそうなのですよね。

 これなら定期的にエリックに呼んでもらう算段をつけておくべきでした。いや、でも、感づかれたら私の自我ちょいと危機を迎えそうですね。

「お姉ちゃんは、お兄ちゃんとどういう知り合い?」

「同門で、師匠は別ですね。師匠とお兄ちゃんが兄弟弟子の関係になります。
 付き合いは一年くらいでしょうか」

 嘘ではございませんよ。ほんとに一年未満の出来事ですし。出会って二か月くらいで結婚してるとか嘘だろと自分でも思ってますけど。

「ふぅん? 信用されてるのね」

「そうだといいのですけど。
 なにか、道ができてますね……」

 思わず顔を見合わせてしまいました。これ、もしかして、会話しなきゃいけないルールですか? それも個人的なものを。

「物は試しです。質問を相互にしていきましょうか」

「わかった」

 こくんとあーちゃんはうなずきました。

 さて、お互いに探り探りな質問タイムはなかなかに思うように進みませんでした。道ができたり行き止まりになったりと第二条件が存在するようなのです。
 やはり、好きな食べ物や家族構成、好きなこと、嫌いなこというのは、いまいちのようです。
 なぜなら、回答がほぼ一緒だから。いやぁ、昔からあたしはあたしですね。というべきなのか、子供の姿でも同じ感覚を所有しているのかもしれないということなのか。

「もうちょっと踏み込んだことが必要かもしれませんね。とはいってもあたしから聞きたいことってあまりないのですよね」

「んー」

 あーちゃんは考え込んでいますね。
 昔のあたしに興味がないというより、恥ずかしい黒歴史が埋まってそうで聞きたくないというやつです。あと、知らないシリアスが埋まってますし。

「じゃあ、お姉ちゃんは今が楽しい?」

「多少の苦労は否めませんが、まあまあ、楽しくやってますよ。
 あの店長の元の苦労とは比べ物になりませんし」

 なにより店長はエリックではありません。実はあれも人ではないと言われて納得するレベルで人格破綻してます。

「てんちょー?」

「会わないほうがいい生物です。
 例えば、お店の人手が足りないと連勤させ、たまの休日に呼び出しをし、時間外労働をさせる鬼畜です」

「なんのお仕事してたの?」

「飲食店のコックです。ついでにウェイトレスとバイト管理してました。金払いは良くても使うあてもなく溜まっていく残高に……。あ」

 思い出しました。あたしの貯金、どうなってるんでしょう? 本気で使う暇がなく、溜めるままだったので結構残っているはずですが。
 
 エオリア異聞は漫画でして、キャラクターグッズもそんなになかったんですよ。保存用布教用愛読用と三冊ずつそろえてもたかがしれています。薄い本も通販が主体でしかもニッチなので供給が不足気味でして。
 自分で供給できればよかったのでしょうが、暇がない。
 最近、アニメ化と聞いていますので活性化されたでしょうかね。ちょっと、いや、かなりうらやましいです。一時的に帰省できないでしょうか。

「残高がどうしたの?」

「貯金そのままにしちゃってたの思い出したんですよ。
 出来ることなら推しに貢ぎたい」

「推しって?」

「あーえーとー。好きな人?」

 十年くらい前には推しとは言わなかったような気もしますし、子供だから知らないということもあり得ます。

「貢ぐの? それって相手の迷惑にならない?」

「ぐっ。な、ならない方法で考えますよ」

 欲望に任せてあれこれしてはよくないですよね。子供の曇りなき眼がちょっと痛い。過去のあたし、まだ、ピュアです。

「ふぅん? ねぇ、お姉ちゃんの好きな人って?」

「優しいけど、誤解されやすい上に特別に弁解とかもしないので、かなり不器用なタイプではないかと。あと、マッドサイエンティスト気質。作れるからと倫理的に問題があるものを作っちゃうほう」

「趣味が悪いのでは?」

「では、好ましいところを並べていけばいいんですか?」

「え?」

「本人が聞き及ぶことがないのであれば、有り余る好きを訴えてもよいですよね!」

 ちょっとカチンときたところもあり、多少の自棄はありましたね!

「例えば、ちょっと照れたように笑うところとか、本格的に照れると顔を見られたくないと背けたり隠したりするところとか可愛いですよね。
 いつもは大胆なくせに、ちょっと好きとか言うのにものすっごい照れてためらっちゃう当たりどうなのかなと思いますけど、あれも良きですよ。
 あと、手! あの骨ばっている手で煙草挟んでいるところなんて色気漂ってますね。気だるそうな咥えたばことかもう、だめです。
 自分のことには無頓着なのにあたしのことになるとあれこれ世話を焼きたがるというのも、なんかくすぐったい気がします。
 それから」

 げんなりした表情のあーちゃんには気がついていましたが、それからもたっぷり語らせていただきましたよ。

「もういい、わかった。
 うん。お兄ちゃんは任せる。未来のあたしがこんななんて……」

「それなりに楽しくやってきましたよ。
 だから、今度は、彼に楽しくやってもらわなければいけないと思います。そのためにも死亡フラグをへし折る覚悟で」

「うん。がんばろう」

 あたしたちはぐっと握手を交わします。そして、気がつけば迷路がなくなっていました。

「心配させるから、帰りましょう」

「うん。あれで心配性なの反則な気がする」

「ねー」

 くすくすと笑いながら、光のあるほうへ歩いていきます。遠いけど、確かに聞こえる呼ぶ声を頼りに。

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