Take On Me

マン太

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18.病院へ

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「明日、病院に行く」

 それから、数週間ほど経ったある日。
 夕食を取りながら、たけるが俺に向けてそう口にした。
 既に抜糸が済んだ為、家事全般は俺の手に戻って来ている。
 今日の献立は麻婆豆腐に、もやしのナムルに、豆腐と水菜のサラダシラス掛け。豆腐が被っているのは気にしてはいけない。

「へぇ。って、なんでまた? 検査でもすんのか?」

 俺の頬は抜糸が済み白いテープが貼られているが、これも数週間後にはしなくていいそうだ。跡はやはり残って、うっすら白い線が左の頬を縦に走っている。
 これでは漫画で見るやくざ者だと笑ったが、岳も亜貴あきもただ渋い顔をしてみせただけだった。

 岳は元より、亜貴が笑う訳無いか…。

「いいや。俺の父親ちちおやに会いに行く。お前に一言礼を言いたいそうだ」

「へ? 俺? ってそんなのいいって!」

「大和。それは断らない方が賢明だぞ」

 いつの間にか、ここで夕食を取るのが当たり前になりつつある真琴まことがそう口にした。すると横から亜貴も。

「父さんのそういうの、断らない方がいいって。拗ねるから。こじらすと面倒だよ?」

「拗ねるって…」

 俺が言葉を失うと岳が。

「それは大袈裟だけどな。せっかくの申し出なんだ。断らないでやって欲しい。ついでに大事な亜貴の世話をしてくれている奴の顔を拝みたいんだとさ」

 『拝む』の言外に、寄りつく虫なら排除してやると言う、ただならぬ気配を感じたが、俺の中にやましさは微塵もない。
 俺は頷くと。

「わかった…。でも、俺、何も作法とか知らないぞ? 仁義とか切るんだろ?」

 その言葉にリビングの空気が一瞬固まる。岳は呆気に取られていたが、気を取り直して。

「…お前、ヤクザ映画の影響を受けすぎだ」

 眉間にしわを寄せた岳の傍らでは、真琴が肩を揺らして笑いをこらえている。亜貴もあきれ返りつつ。

「大和。それって、いつ時代の話し? っとに、大和って世間ずれしてるよね?」

「なんだ? 寄ってたかって! そんなの知る訳ねぇだろ?」

 怒り出す俺を岳はなだめると。

「別に普通でいいんだ。明日は真琴の運転で病院まで行く。亜貴、登下校はまきふじがつくからそのつもりでな」

「分かった」

 亜貴は何処かつまらなそうにそう返す。

 しかし。そうは言ってもヤクザの親分。『こんにちは~! はじめましてっ!』で、済むのだろうか?

「…本当に仁義、切らなくていいんだな?」

 再度確認すれば、岳はぽかんとして俺を見つめた後。

「…いや。どうせならやってもらってもいいんだぜ? …可愛くて悶死しそうだな」

「は?」

 俺が聞き返せば、

「大和君。それは岳が喜ぶだけだな。止めておいた方がいい」

 真琴は首をふりつつ制止した。
 亜貴はそんな様子に口先を尖らせながら。

「なんか、そっちの方が楽しそう。俺だって父さんの顔、そろそろ見たいのにな」

「当分はだめだ。この件が落ち着けば幾らでも会っていい」

「分かってるって。言っただけ」

 岳の言葉に素直に引き下がるが、ちらと俺に視線が向けられたのに気付く。それは頬の上を滑って逸らされた。
 まだまだ襲われる危険があるのだ。まして組長の周りなど危険極まりないのだろう。

「それじゃあ、明日はよろしくな」

「おう…」

 岳の父親と言っても、鴎澤おうさわ組の組長で。

 どんな人なんだろう?

 見定められそうな予感に、その夜、緊張してろくに寝た気がしなかった。

+++

 その日は快晴だった。
 久しぶりの外出となる。最後に出たのは、あの襲われた日だ。あれから街の景色は春を過ぎ、夏の気配が漂ってきていた。

 そろそろ梅雨時期かな?

 岳に雇われたのが秋の最中だったのだから、半年以上が経っていた。
 けれど、色々あわただしくそんな気はちっともしていない。あっという間のこの季節だ。
 若葉がそよぐ街路樹を目にしながら、俺の隣、後部座席に座る岳にちらと目を向けた。
 岳はいつも通りのビシッとスーツを着こなし、それは運転する真琴も同じだった。家族に会うというより、取引先の重役にでも会うと言った風情。
 俺はかしこまった服を持っていないため──家政婦として雇われた時に持ち込んだ荷物はなく、今身に着けている者はすべて雇われてから買ってもらったものばかりだ──亜貴のお下がりの、青地の生地に白の薄いストライプの入ったシャツを着ている。
 若干袖の長さが合わず、余計に自身が小柄に見える様で哀しさを覚えたが、文句は言っていられない。

「大和って、何着てもオーバーサイズだよね? 兄さん、わざとそう言うの買ってきてんのかな?」

 今朝、亜貴の部屋にシャツを借りに行くと、そう言われた。

 俺の服は岳が買ってきてくれていたのか。

 オーバーサイズだろうが、支給される服に文句は言えない。
 というか、着せられているだけでましだと思っている。質がいいのは分かっていたが。

「確かに少しだぼっとしてるとは思ってたけど…。そうなのか?」

「兄さんの趣味だね。大和、可愛いから」

「か、かわいい?」

 聞き返せば亜貴はふんと鼻先で笑った後。

「兄さんがかわいいもの好きって、聞いた?」

「あ、ああ…」

「兄さんの部屋にぬいぐるみあるの、知ってるよね?」

「ああ。あるな、あのくたびれた奴」

 例のスタンド下を陣取る奴だ。

「コツメカワウソ。あれ大和に似てるんだよね」

 それは岳にも以前、言われたことがある。
 古びたぬいぐるみはコツメカワウソで、大和はあのぬいぐるみだと。

「似てる……」

 亜貴の言葉にはたとする。
 今まで岳に同じだと言われ、この野郎くらいで深く考えていなかったが、よくよく考えてみれば、あれは岳のライナスの毛布なのだ。

 それって──。

 ないと困る存在。

『側にいて欲しい』

 そう口にした岳の思い。
 不意に自分に向けられた思いの深さに気づき、ぶわっと頬が熱くなった。

「兄さん、昔っからそうだった。可愛いものに目がなくて…。って大和?」

「な、なんでもないっ」

 俺は急いで亜貴の差し出したシャツに袖を通した。

+++

 車窓の外、緑の木立の中を、通学、通勤途中の人々が行き交う。
 俺は同年齢の男性陣から見ると小柄な方だ。
 シャツが大きいのも、普段着る服がオーバーサイズになっているのも、結局俺が小柄だと言う事実を突きつけてくる。
 そういうコンプレックスもあって、ムエタイやらボクシングを進んで教わったのだが。
 今も藤に護身術を習っている。これはだいぶ上達してきたが、まだまだ藤を唸らせるには至っていない。
 せめて、体型をカバーできるくらいは強くなりたい。小柄イコール守られる側の構図はなんとしても避けたいのだ。
 同じ小柄の牧なら分かってくれるだろう。
 ただ、牧は風貌が一昔前とは言え、俄然威力を放っている。そこへ行くと俺は──言わずもがな。
 流石にスキンヘッドにして、眉毛をそるような奇行には走れない。

 どうせなら、金髪にでもしてみっか?

 そうすれば、岳達よりは目立って、的くらいにはなるかもしれない。

 って、発想がなんだかヤクザになってるな…。

 まあ、要は役にたちたいんだよな。

 ただの家政婦ではなく。
 モブキャラにも意地はあるのだ。せめて主人公を陰で守る素敵キャラになりたいのだ。

 道のりは遠いけどな…。

 そうこうしていれば、病院に着いたようだった。入口から車を進め玄関アプローチに真琴が車をつける。

「先に降りて行っていてくれ。車を駐車場に入れてくる。大和、タケをよろしく」

「ふ? へ、お、おう! がってん!」

 病室までの間、岳を警護してくれと言っているのだ。

「…お前は。どっか時代がかってるよな?」

 岳は苦笑しながら真琴が開いたドアから降り立つ。俺も慌てて反対側のドアから下りた。
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