Take On Me

マン太

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20.波乱

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 残された俺は仕方なく、部下に促されるまま病室へ戻った。中へ入るとおや? ときよしの眉が上がる。

「どうした? たけるに何かあったか?」

 さすが察しがいい。

「えっと、なんか真琴まことさんに何かあったみたいで…。何も言わずにここにいろって言って、行っちゃいました」

 俺は頭を掻きつつ、離れた場所に立っていれば。

「こっちに来て座るといい。遠慮はいらない。岳も暫くは戻ってこないだろう」

「は、はい…」

 勧められては断るわけにもいかない。
 おずおずとベッドサイドに置かれた椅子を引くと、そこへ腰かけた。

 いったい、何があったのか。

 岳の硬い表情から、いいことではないのは確かだ。

 もしかして、真琴さんが襲われたのか?

 以前、真琴も武術を習っていると聞いたことがある。その点は心配はないのだろうが、物騒な世界だ。岳が行っても、銃でも出されれば太刀打ちできないのではないか。
 まんじりともせず落ち着かない気持ちでそこに座っていると、

「心配か?」

 はっとして潔を見る。眼差しは穏やかだ。目元は岳に似ていなくもない。

「はい…。真琴さんに何かあったのかなって。岳も一人で行って、大丈夫かなって…。て言って、俺が行っても出来る事は何もないですが…」

 というか、行った所で邪魔になるだけだろう。だから、岳もここで待てと言ったのだ。
 
 でも、心配だ。

 すると、俺の気持ちを察した潔が。

「岳も洲崎すざきも大丈夫だ。二人ともそれなりに場数は踏んでいる。所で君もなにかやっていると聞いたが。ふじにも習っているんだろう?」

「あ、はい。格闘技を少しかじったくらいで。藤に教えてもらっている護身術もまだ全然なんですけど…」

 へへっと笑うと、潔の目元が綻んだ。

「藤も筋がいいと言っていた。岳は君を傍に置きたいようだが、君自身はどうなんだ?」

「えっと…」

 取り繕っても仕方ない。俺は岳に伝えそびれた思いを素直に口にした。

「俺は…このまま家政婦が終わって、岳たちと離れるのは嫌だなって思ってます。楽しいんです。俺、父親と二人暮らしだったんですけど、あまり家族らしくはなくて…。でも、岳の所にきて、皆で食卓囲んでわいわいやって。なんかそれが楽しくて、いいなって。このまま続いたらなって…」

「そうか…」

 潔の眼差しは優しい。

「そうしたら、岳に亜貴の成人後も一緒にいたいって言われて…。俺も…そうしたいなと。岳といると落ち着くって言うのか、ずっと一緒にいられたら楽しいだろうなって。って、返事はまだなんですが…」

 正直、照れくさい。なぜ岳の父にこうもペラペラ話してしまっているのか。後で岳が知ったら怒りそうだ。

 なんだろう。話し易いんだよな。

 そう言う所は、岳とよく似ていると思う。

「あいつ…。しかし、大和君は本当に岳に好かれているんだな? そして君も岳を大事に思ってくれている。互いに思い合っているのか…。喜ばしい事だな」

「は、はは」

 改めて言われると、何かこそばゆい気もするが、それは事実で。
 すると、潔がふと戸口に鋭い視線を向けた。

「ああ。いかんな…。もう少し話したい所だが、どうやらお客さんだ。大和君、君はなにもせず大人しくしていなさい」

「へ?」

 俺が戸口を振り返ったのと同時、ドアが乱暴に開かれ、白衣を身に着けた男が現れた。
 医師ではない。それは、見覚えのありすぎる男だった。アッシュグレーのメッシュの入った髪。至る所に開けられたピアス。
 くすの弟、倫也ともやだ。
 その手には銃が握られ銃口がこちらに向けられている。
 開いたドアの向こう、その足元には伸びた警備の男二人の姿があった。

「やあ。鴎澤さん、久しぶり。変装してるけど分かるかな? 兄貴がいつも世話になってるね…」

正嗣まさつぐの弟、倫也だろう?」

「御名答!」
 
 倫也は笑う。

 この男…。

 あの時、自分にナイフを突きつけた時の冷たい笑みが脳裏をかすめる。今と同じ顔をしていた。

「あれ? 子供がいる。て、あの時の奴か。なんでこんな所にいる? …ああ、岳のお供か」

「何しに来た?」

 俺が低い声音で問えば、倫也はヘラリと笑って。

「大事なお話しをしにな? 関係ねぇガキは引っ込んでろよ…」

 俺の肩を掴み、横へ押しやると、銃口を潔に向けながら。

「なあ、あんた。俺の兄貴に跡を任せるってここで約束してくんねぇか? そしたら、この銃は引っ込めるてやるよ」

「お前には関係のないことだ。馬鹿なオモチャは懐に閉まって、家に帰れ」

 潔は腕を組むと目を閉じた。はなから倫也を相手にする気はないらしい。倫也はフフンと鼻で笑った後。

「少し痛い目に遭わないと分からない様だな?」

 カチリと銃の安全装置を外す。

「あの洲崎って男も、岳も今頃下でいっぱいいっぱいだ。助けを待っても来ないぜ? 腕の一本や二本、撃った所で死にはしねぇだろ?」

「ふざけんなっ!」

 俺はいい加減、頭にきてそう言い放つと、潔の前に立ちはだかった。しかし、すぐに潔が止めに入る。

「大和君は関係ない。ここから出ていきなさい」

「でも…!」

 明らかにこいつは潔をやるつもりだ。それを分かっていて出ていくことなどできない。

「行きなさい」

 潔の口調は厳しくなる。その言葉に俺は唇を噛みしめ、倫也を睨みつける。

 下にいる岳の為にも、なんとかこの場を切り抜けなければ。

 事に潔を撃たせるわけにはいかない。その為に藤に護身術を習ったのだ。

 その成果をみせてやる。

 俺は倫也と対峙した。
 話しなど通じる相手ではないと分かっているが、気を逸らす事くらい出来るだろう。その隙を狙うつもりだ。

「下で岳たちが騒いでいるなら、警察だって直に来る。そいつを使えばあんただってただじゃすまないぞ。だいたい人の命をなんだと思ってる? 気に食わないからって危害を加えたってなんの解決にもならな──」

 言いかけた俺の側頭部を、倫也は唐突に銃身で打ち据えてきた。

「っ!」

「大和君!」

 強烈な衝撃と共に床に投げ飛ばされる。目の前に星が飛ぶ経験をこの時初めてした。

「…その目。嫌だったんだよなぁ。お前、亜貴じゃなかったんだって? ったく。よくよく邪魔してくれるな? もっと無残な傷跡、つけてやろうか?」

 側頭部を押さえて蹲る俺の肩を、倫也が蹴る。

「っ!」

 肩ごと踏みつけられ床に突っ伏した。押さえていた手にはぬるりとしたものがついている。出血したのだろう。
 俺は必死で藤から教わった護身術を、頭の中で反芻していた。

 銃を持った相手と対峙した時はどうするか。

 今、うつ伏せる俺の目の前には、自分を踏みつけていない一方の倫也の足があった。

「お前、岳の所に雇われてるって? お気に入りだって聞いたぜ? あいつともうやったのか?」

「うっせぇっ…」

 俺はニヤつく倫也を睨みつける。こいつの口車には乗らず、ただ冷静に隙が出来る瞬間を見計らっていた。

「あいつがそっちだってのも、人気の理由だってな。どうせ端から食ってんだろ。そんなろくでもねぇ奴が上に立つより、兄貴の方が数倍マシってもんだ。なあ、父親のあんただってそう思うだろう?」

 銃口が潔に向けられる。

「私は未だかつて息子をろくでもないと思った事はない。二人共、自慢の息子だ。それは、正嗣まさつぐも同じ。組の後継は誰がなってもいいと思っていた。だが、ここでお前が銃を使えば確実に正嗣の後継の話は無くなる。…岳が来る前なら、私の一存で今回の件はなかった事に出来る。銃を閉まって去れ」

「ハ、ハハ…! そんな出任せ、信じると思ってんのか? お前は兄貴をただ飼い殺しにしていいように利用してるだけだっ! 後継になんて思ってもいねぇ癖に!」

 グッと引き金にかけた指に力が込められた。
 俺は咄嗟に踏み付けていた倫也の足を跳ね除け、思い切り目の前の足首に飛びつき、引き倒しにかかった。

「っ!?」

 流石に鍛えているらしく、簡単には横転しなかったが、突然の攻撃にバランスを崩した。
 そこへ間髪入れずに手にしていた銃を手ごと握りこみ、急所を蹴り上げ、手首をひねり上げた。倫也は溜まらず銃を取り落とす。

「クッソ! このガキ…!」

 床に落ちた銃を、手が届かないよう蹴り飛ばした所で、倫也の容赦ない拳が背中に振り下ろされ、床に昏倒した。息ができなくなる。

「っ……」

 倫也は懐からナイフを取り出す。

「お前、死ね!」

「止めろ!」

 潔がベッドから飛び降り、俺との間に立つ。
 そのタイミングで誰が押したのか、火災報知器が鳴りだし、天井からシャワーの様に水が噴き出した。
 看護師達の声と足音がする。と同時に聞き覚えのある声。

「大和! 親父!」

 岳の声だ。

「くそ!」

 倫也は俺と潔、廊下を走ってこちらに向かってくる岳を見比べ、結局逃げることを選択したらしい。
 丁度部屋にたどり着いた岳に襲いかかった。

「っ!」

 岳は突き出されたナイフを咄嗟にかわし、素早く倫也の利き手側へ入り込むと、その腕を打ち据えた。倫也はナイフを取り落とす。

「チッ!」

 しかし、倫也が立ったその先には、先程、蹴り飛ばしたはずの銃が転がっていた。

 マズい。

「たけ…っ! 銃──」

 岳はその声に素早く反応し、銃に手を伸ばしかけた倫也の足を蹴り上げた。

「ッ!」

 衝撃で横転する。
 伸ばした指があと一歩届かず、倫也の手は空を切った。
 しかし、その先、開け放たれたドアの向こうに、騒ぎに駆けつけた看護士が立った。

「キャアッ!」

「戻れ!」

 岳が危険を察知して指示を出すのと、倫也が再び銃を手にしたのが同時。
 振り向きざま、一発の銃声が響く。

「くっ…!」

 グラリと蹌踉めいたのは、岳だった。左の肩口から血が滲み出している。
 それを見て、一気に頭に血が昇った。
 背中の痛みなど頭にない。伏していた床から身体を起こし、ニ発目を放とうとした倫也の足めがけ体当たりする。

「なに?!」

 銃を撃つことだけに集中していた倫也は、不意をつかれ銃を取り落とした。

「あちらですっ!」

 新たな人の声に顔を向ければ、看護師に先導される警官の姿が見えた。

「クソッ! 覚えてろっ!」

 倫也は使い古されたありがちな捨てゼリフを残し、慌てて部屋を飛び出す。
 そのまま、駆けつけた警察ともみ合いながらも、振り切り外へと飛び出していった。
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