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28.雨
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「なあ、叫べよ。あいつの前でお前を殺ってやるからさ…。あいつの泣き顔が見られるか? いい気味だ…」
くくっと耳元で倫也は笑う。
ここまで来ると、何を言ってもダメだろう。
ぐっと腹に固いものが押し付けられた。それは布地を既に突き刺して、肌を軽く刺している。
本気だ。っていうか、油断した。
俺としたことが。
岳は気付かずそのまま土手を下りて行こうとする。勿論、呼ぶつもりはなかった。
嫌なのが、冗談でなく岳との思い出が、走馬灯の様に頭の中を駆け巡った事だ。
なんだよ。なんかフラグ立ってたのかよ。
俺は深く息を吐き出す。
岳、俺──。
「いいよ。お前が呼ばねぇなら、俺が呼んでやる──」
倫也が息を吸い込み声を張り上げようとした瞬間、倫也を背負い込む様にしゃがみ込み、その身体を川側の土手へと押し倒した。
+++
ふと、呼ばれた気がして、土手を下る階段を降り切る前に顔を上げた。
しかし、そこに大和の姿はない。
帰ったのだろう。
でも、また会える。
それは自分の努力次第だ。
決して望んだ道ではないが、そこに大和がいてくれるなら乗り切って行ける気がする。人としての何かを失わずにいられる気がするのだ。
あいにくの小雨も、今の岳には温かい祝福の雨に思えた。
大和はこの手の中にある。
抱きしめた時の温もりを忘れぬよう、そっと掌を握り締めた。
ふと、胸ポケットに入れた端末に目が行った。
後で連絡するとは言ったが。
声が聞きたくなった。
+++
先ほどから雨粒が大きくなってきている。
露を含んだ草花は重くしなだれて身体にかかっていた。
腹のあたりが熱い。熱くてドクリドクリと何かが流れ出ていくのが分かる。
見なくても分かる。
あいつを土手に突き飛ばした時、腹に当てられたナイフが刺さったのだ。
しゃがめば、それは刺さるだろう。
けれど、あのまま、岳を振り向かせるわけにはいかなかった。
気付けば岳は戻ってくる。そして、倫也にやられ無いにしても、何らかの怪我を負う可能性があった。それは避けたかったのだ。
その倫也はどうなったのか。
俺が引き倒した瞬間、ぐうとかなんとか言ったが。
僅かに首を巡らすが、身体が思う様に動かず、見つけ出すことができなかった。
その辺に転がってるならいいが。
とにかく、救急車か? 連絡、しねぇと。
携帯は尻のポケットだ。
てか、身体、動かねぇ。
さっきから酷く寒く感じる。それでも力を振り絞って腕を回し、尻ポケットを探り携帯を取り出す。
手が震え血にまみれたそれは、画面が良く見えなかった。目が霞む。
ああ、なんかこれって、最後って奴? こんな風に、終わるのか…。
ふと携帯が鳴った。表示は岳だ。
って、あいつ。何、すぐかけてんだよ。見かけに寄らず、ガキだな。あいつも──。
俺には言われたくないだろうが。
+++
「大和?」
『…んだよ。なに、すぐかけてんだよ』
ワンコールで大和は出た。
「いや。その…ちゃんと繋がってるか気になって。真琴が連絡先を教えてくれたからさ」
『子どもか…?』
携帯の向こうの大和が笑う。
「子どもでいい。いま、どこにいる?」
その問いに、暫くの沈黙の後。
『もうじき、アパートに着く…』
「そっか。なあ、いつか、そこに遊びにいってもいいか? 勿論、目立つような真似はしない」
『…好きにしろよ。アパートの連中、きっと、びっくりするって。岳みたいに、カッコいい奴、見たこと、ないからさ…』
「良く言う。…なあ、大和」
『…なんだ?』
「好きの上ってなんだろうな?」
『なに、乙女みたいなこと、言ってんだよ…。そんなの、決まってんだろ?』
大和の声が小さく呟くようになる。
「なんだよ。言ってみろよ」
ふっと笑って先を促せば。すうっと息を吸う音が聞こえ。
『岳…。好きだ。大好きだ。ずっと…愛してる──』
「俺もだ」
そこで通話が途切れた。
岳は通話履歴に目を落としたあと、端末を胸に仕舞う。
必ず、迎えに行く。大和。
+++
「お母さん! ここに寝てるひといるよ!」
先ほど大和の横を通り過ぎた一団だ。
子どもたちは雨脚が強くなってきたため帰ってきたらしい。母親が子供の声に笑いながら答えるが。
「ええ? 寝てるって、雨なのに寝てる訳──」
そのあと、小さな悲鳴と、騒ぎが起こる。
救急車のサイレンが聞こえたのは暫くしてのちの事だった。
+++
雨の降りしきる中、一人の女性がタクシーから降り立った。
見据えた先には、古式ゆかしい、日本家屋。女性は勝手知ったる様にその呼び鈴を鳴らし、モニターからよく見える様にきっちり正面を見た。
「潔、いるかしら? 帰っているって聞いたのだけど」
インターホンの向こうの声が動揺したのか上ずった。
『お、お待ちください。直ぐ開けますっ』
女性はふうと小さく息をついた。
「昔とちっとも変わらない。と思ったけど、だいぶガタが来てるわね。主と同じかしら?」
綺麗に整えた指先を口元に添えた。
くくっと耳元で倫也は笑う。
ここまで来ると、何を言ってもダメだろう。
ぐっと腹に固いものが押し付けられた。それは布地を既に突き刺して、肌を軽く刺している。
本気だ。っていうか、油断した。
俺としたことが。
岳は気付かずそのまま土手を下りて行こうとする。勿論、呼ぶつもりはなかった。
嫌なのが、冗談でなく岳との思い出が、走馬灯の様に頭の中を駆け巡った事だ。
なんだよ。なんかフラグ立ってたのかよ。
俺は深く息を吐き出す。
岳、俺──。
「いいよ。お前が呼ばねぇなら、俺が呼んでやる──」
倫也が息を吸い込み声を張り上げようとした瞬間、倫也を背負い込む様にしゃがみ込み、その身体を川側の土手へと押し倒した。
+++
ふと、呼ばれた気がして、土手を下る階段を降り切る前に顔を上げた。
しかし、そこに大和の姿はない。
帰ったのだろう。
でも、また会える。
それは自分の努力次第だ。
決して望んだ道ではないが、そこに大和がいてくれるなら乗り切って行ける気がする。人としての何かを失わずにいられる気がするのだ。
あいにくの小雨も、今の岳には温かい祝福の雨に思えた。
大和はこの手の中にある。
抱きしめた時の温もりを忘れぬよう、そっと掌を握り締めた。
ふと、胸ポケットに入れた端末に目が行った。
後で連絡するとは言ったが。
声が聞きたくなった。
+++
先ほどから雨粒が大きくなってきている。
露を含んだ草花は重くしなだれて身体にかかっていた。
腹のあたりが熱い。熱くてドクリドクリと何かが流れ出ていくのが分かる。
見なくても分かる。
あいつを土手に突き飛ばした時、腹に当てられたナイフが刺さったのだ。
しゃがめば、それは刺さるだろう。
けれど、あのまま、岳を振り向かせるわけにはいかなかった。
気付けば岳は戻ってくる。そして、倫也にやられ無いにしても、何らかの怪我を負う可能性があった。それは避けたかったのだ。
その倫也はどうなったのか。
俺が引き倒した瞬間、ぐうとかなんとか言ったが。
僅かに首を巡らすが、身体が思う様に動かず、見つけ出すことができなかった。
その辺に転がってるならいいが。
とにかく、救急車か? 連絡、しねぇと。
携帯は尻のポケットだ。
てか、身体、動かねぇ。
さっきから酷く寒く感じる。それでも力を振り絞って腕を回し、尻ポケットを探り携帯を取り出す。
手が震え血にまみれたそれは、画面が良く見えなかった。目が霞む。
ああ、なんかこれって、最後って奴? こんな風に、終わるのか…。
ふと携帯が鳴った。表示は岳だ。
って、あいつ。何、すぐかけてんだよ。見かけに寄らず、ガキだな。あいつも──。
俺には言われたくないだろうが。
+++
「大和?」
『…んだよ。なに、すぐかけてんだよ』
ワンコールで大和は出た。
「いや。その…ちゃんと繋がってるか気になって。真琴が連絡先を教えてくれたからさ」
『子どもか…?』
携帯の向こうの大和が笑う。
「子どもでいい。いま、どこにいる?」
その問いに、暫くの沈黙の後。
『もうじき、アパートに着く…』
「そっか。なあ、いつか、そこに遊びにいってもいいか? 勿論、目立つような真似はしない」
『…好きにしろよ。アパートの連中、きっと、びっくりするって。岳みたいに、カッコいい奴、見たこと、ないからさ…』
「良く言う。…なあ、大和」
『…なんだ?』
「好きの上ってなんだろうな?」
『なに、乙女みたいなこと、言ってんだよ…。そんなの、決まってんだろ?』
大和の声が小さく呟くようになる。
「なんだよ。言ってみろよ」
ふっと笑って先を促せば。すうっと息を吸う音が聞こえ。
『岳…。好きだ。大好きだ。ずっと…愛してる──』
「俺もだ」
そこで通話が途切れた。
岳は通話履歴に目を落としたあと、端末を胸に仕舞う。
必ず、迎えに行く。大和。
+++
「お母さん! ここに寝てるひといるよ!」
先ほど大和の横を通り過ぎた一団だ。
子どもたちは雨脚が強くなってきたため帰ってきたらしい。母親が子供の声に笑いながら答えるが。
「ええ? 寝てるって、雨なのに寝てる訳──」
そのあと、小さな悲鳴と、騒ぎが起こる。
救急車のサイレンが聞こえたのは暫くしてのちの事だった。
+++
雨の降りしきる中、一人の女性がタクシーから降り立った。
見据えた先には、古式ゆかしい、日本家屋。女性は勝手知ったる様にその呼び鈴を鳴らし、モニターからよく見える様にきっちり正面を見た。
「潔、いるかしら? 帰っているって聞いたのだけど」
インターホンの向こうの声が動揺したのか上ずった。
『お、お待ちください。直ぐ開けますっ』
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