Take On Me

マン太

文字の大きさ
40 / 43

(おまけ) その後 ー行きたい場所ー

しおりを挟む
「ふぅ~、本当、いい湯だったぁ」

 風呂から上がって、浴衣の胸元を寛げながら縁側に座る。足を下ろして、ぶらぶらさせていると、涼やかな風が頬を撫でて行った。
 春の匂いも香る頃。
 漸く時間が出来たからと、仕事の合間を縫って、岳と共に海の側にある温泉地へとやって来たのだ。
 離れの一棟貸しとなっているそこは、まるで暮らすように過ごせるのがいい。打ち水された庭は小さいながらもよく手入れが行き届いていた。
 先に上がっていた岳が麦茶を差し出して来る。

「ほら。飲めよ」

「あんがと」

 自分の分も手にして、俺の隣に胡座をかく。グラスの中の氷が涼し気な音を立てた。

「こういうのもいいな。行きたい所はないか聞いたら、温泉って言うから、ちょっと驚いたけどな?」

 もっと、アクティブなイベント事に行きたいと言うと思ったらしい。俺は麦茶を一気にあおると、空になったグラスを置いて。

「夢だったんだって。こうやってのんびり広いお風呂に浸かって、日がな一日、ぼうっと過ごすのがさ。前のアパートじゃ、殆どシャワーで済ませてたし。近所の銭湯に月に数回、行くのが至福の時でさ…」

 昔を思い出し目を細める。なんせ、狭いアパート暮らしで、家族ででかけた事など一度もなく。
 母親も俺を産んでからずっと働き詰めで。父親は言わずもがな。馬や船の為なら何も厭わず遠出していたが。
 唯一の贅沢が銭湯の広い湯船で。
 それがこんなふうに一棟、貸し切りで満喫できるとは。

「夢のようだ…。てか、夢じゃねぇよな?」

 俺は傍らの岳を仰ぎ見る。岳は飲んでいた麦茶を脇へ置くと。

「夢じゃないな…」

 そう言って身体を屈めて頬に手を添わせて来る。あ、と思った時にはキスされていた。
 麦茶を脇に置いた時点で、ん? とは思ったが。
 
「…な。夢じゃないだろ?」

「お、おう…」

 唇を少し離し、まるで少女漫画にでてくる主人公の相手役モテモテ男子の様に、にこりと笑みを浮かべて覗き込んでくる。
 それでも、そこに大人の色気が漂うのは少女漫画にはない事だろう。
 それに、あろうことか、俺の頬に触れていないもう一方の手が、いつの間にか浴衣の裾から滑り込み、腿辺りに触れている。
 少女漫画には──勿論ない。

 こ、これは。そう言うパターンか…。

 期待していなかった訳じゃない。けれど、それがいつ仕掛けられるかわからず。すっかり油断していたのだ。

「なぁ。今更だけど、岳は…、俺に触って、楽しいのか?」

「楽しくなかったら触らないだろうな? 犬や猫だって可愛いから撫でて触るだろう? それで相手が気持ち良さそうなら、嬉しくなる…」

 んんん! っと、そこは、ちょっと──!

 お湯から上ったばかりの岳の手が、俺の敏感でデリケートな部分へ触れてきて、思わず息が上がる。

「嫌だったら、触る訳ない…」

 耳元に唇を寄せてそう囁くと、すっかり俺の身体を自分の膝の上に抱き上げてしまう。

 ああ、もう。どうにでもなれ! …だな。

 煽る岳に俺も応えるように腕を伸ばし、その首に絡めキスを求める。

「…積極的だな? 大和はそういうスイッチが入ると結構、大胆になるよな…? 俺としては大歓迎だが。いったい、何処にあるんだ? そのスイッチ」

 額を合わせるようにして岳が尋ねて来るが。

「…教えねぇ」

 そう言って俺からキスをする。岳の唇が笑みを象った。

 岳と過ごす時間は、俺の中で一番、好きな時間だ。
 食事をしていても、くだらない話しをしていても、こうして抱き合っていても。
 どんな時も掛け替えがなく。一番、輝いている時間。

「大和…」

「ん…?」

 鼻先に軽いキスが落とされ。

「これから、沢山でかけて遠出して。思い出作ろうな? お前がまた行きたいと思える場所、作ろう…」

 それは、俺にはない場所で。
 昔の、岳とこうなる以前の俺なら、きっと行きたい場所を幾つも上げただろう。

 ──でも。今は俺は岳さえいてくれるなら、それで充分で。

「岳がいる場所が、俺の行きたい所だ。…だから、一緒に沢山、出かけよう」

 一緒でなければ意味がない。行きたいとは思わない。

 岳は目を瞠った後。

「わかった…」

 参ったと言う様な笑みを浮かべ。
 すっかり浴衣のはだけた俺を、ギュッと抱き締めた。


ー了ー
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

ワルモノ

亜衣藍
BL
西暦1988年、昭和の最後の年となる63年、15歳の少年は一人東京へ降り立った……! 後に『傾国の美女』と讃えられるようになる美貌の青年、御堂聖の物語です。 今作は、15歳の聖少年が、極道の世界へ飛び込む切っ掛けとなる話です。 舞台は昭和末期!  時事ネタも交えた意欲作となっております。 ありきたりなBLでは物足りないという方は、是非お立ち寄りください。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

処理中です...