【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ

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とある公爵令息の話

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目に入れても痛くない位に可愛い妹の様子がおかしいと思ったのは、いつの頃からだろうか。

思えば、自分の幼なじみでもある『彼』と初めて顔合わせをした時からかもしれない。元々、可愛い末息子である『彼』の後ろ盾が欲しかった王妃から打診された婚約の話で。父上も溺愛する娘に大人の思惑が絡んだ婚約を無理強いするつもりはなかったのに、妹は「お家のためですから」と十歳の娘とは思えないことを言い、全てを諦めたような顔をして婚約を受けたのだった。

そんな顔をさせるつもりはなかったのに。

その日から、妹は父を『公爵様』と母のことは『公爵夫人様』と他人行儀に呼ぶようになった。理由を訊ねても、彼女は曖昧な笑みを浮かべて首を傾げるだけで。辛うじて、自分のことは『お兄様』と呼んでくれるけれど、明らかに距離ができていた。
距離というより、妹は家族に怯えているように見えた。

そもそも、あの顔合わせの前日まで、妹は本物の『王子様』とお会いできることができると普通に楽しみにしていたというのに。

婚約が決まった日から、妹はそれまで暮らしていた部屋から古い離れに移ってしまい、滅多に顔を見ることが減ってしまった。母屋の部屋はどうするのかと訊けば、数年後に両親の『本物の娘』で私にとっては『本物の妹』が来る筈だから大事に保存して欲しいと言う。そして、婚約者や両親や私からの誕生日や折々のドレスや宝石の贈り物を自分への物ではないと寂しそうに笑って母屋の部屋に仕舞い、本人は侍女のような姿で生活をしていたのだった。

勿論、両親は心配したし、自分も心配したが、妹は頑として生活を変えることはなかった。

数年後、私たちは運命の出会いを果たす。

お人形のように可愛く庇護欲をそそる可憐な男爵令嬢。彼女に私だけではなく、両親や妹の婚約者も夢中になる。実の娘のように思っていると、両親は彼女に妹の部屋を与え、手つかずだったドレスや宝石を与える。不思議なことに数年前に小さかった妹に贈ったドレスだったにも関わらず、色もデザインも彼女の身体にぴったりで。宝石すら、男爵令嬢の目と髪の色をしていて、全て彼女の為に用意されていた物に見えた。
そして、毎日のように男爵令嬢と交流していると、妹が幼い頃に言っていた通り、彼女の方が両親と私の『本物の娘』で『本物の妹』のような気がしてきたのだった。

気がつけば、妹の婚約者も元々男爵令嬢と婚約していたかのように振る舞いだす。まるで、男爵令嬢と妹の立場が入れ替わってしまったかのようだった。すっかり侍女か下女の扱いになった妹の存在を思い出すのは、男爵令嬢が妹から不当に虐められたと訴えてくる時のみで。

その度に、両親は「あの子を産んで育てて後悔している、死んで欲しい」と嘆き、妹の婚約者は「このまま婚約解消せずに泳がせて、いつか悪行の全てを掴んで処刑してやる」と幾度となく妹の婚約解消の申し出を断っては緑色の目を爛々と光らせ、私は「あんな健気で可憐な子を虐めて良心が痛まないのか」と妹を冷たい目で詰ったのだった。

良く考えれば、何かがおかしいと気付いた筈なのに。

何かおかしいことに気付いたのは、妹が階段から落ちた日のこと。

初めは妹が男爵令嬢への嫌がらせで階段から落とそうとして、失敗したものだと思っていた。意識不明になっていい気味だと思っていると、目撃者が男爵令嬢の方が妹を詰って階段から落としたと証言したのだった。
それはあり得ないと叫んだ私に対して、目撃者は不思議そうな顔をする。
その様子に焦りを感じて、今まで報告を受けていた妹の悪行やどんなに男爵令嬢が健気で可憐なことを伝えると、更に目撃者は不可解な顔をする。何かおかしなことを言っただろうかと思っていると、目撃者は「そもそも、実の両親と兄から家族扱いされていない上に、婚約者にも裏切られていた方が、そんな大胆な虐めをするでしょうか」と冷たい口調で言う。

そんなことはないと反論しようとして、ふと思い出す。

最近、妹を屋敷で見かけた覚えがないことを。

学園でも実の妹より大事な男爵令嬢を守る為に悪行を咎めに行く時にしか、妹に会ったことがない。よく考えると、実際に妹が男爵令嬢を虐めている所にも居合わせたことがないのだ。あんなに私たちは男爵令嬢にべったりだったのに。

「男爵令嬢の取り巻きの皆様は揃って婚約破棄されたそうですが、我が国は一妻多夫制ではないのにどうするおつもりですかね」と呆れたように目撃者が言うのを聞いて、冷や水を頭から掛けられたような気分になる。妹のようだと思っていたのに、男爵令嬢の為に私も先日伯爵令嬢と婚約破棄をしていたことを思い出す。あの潤んだような大きな瞳でねだられ胸にすがりつかれると、どうしてもお願いを叶えてあげたくなるのだった。

後頭部を殴られたような気分で、屋敷に帰る。

意識のないまま先に戻っている筈の妹のことを母に訊くと、彼女は忌々しげな顔で「自業自得よ」と言い放つ。そして、いつの間にか来ていた男爵令嬢の肩を抱くと、美味しいお菓子とお茶を用意してあるからといそいそとサロンへ連れて行ってしまう。

いつもの見慣れた光景なのに、今更ながらに歪な気がしてくる。

妹はどうしていると執事に訊けば、彼は驚いたように目を見開く。

意識不明のまま離れのお部屋に運ばれましたと答える執事に、医者は何と言っていると訊けば彼は首を傾げる。言い様がない不安に駆られながらもう一度訊けば、「男爵令嬢を襲うような娘は、このまま死ねばいいと奥様が仰ったので医者は呼んでいません」と、執事は目を伏せて酷く言いにくそうに答えた。どことなく、声に責めるような色が混じっているのは気のせいだろうか。
慌てて執事に医者を呼ぶように伝え、妹がいる筈の離れへ急ぐ。
離れで妹が使っていたのは、使用人の部屋で。最低限の家具しかない殺風景な部屋には、教科書と筆記道具の他は制服と侍女のお仕着せしかなかった。
愕然としていると、一人だけついていた妹の侍女が「お嬢様は、学園へ登校されている以外の時間は、当家の侍女として生活されていました」と恨みがましい目を向けてくる。
誕生日等にドレスやアクセサリーを贈っていた筈だがと呟けば、旦那様も奥様も坊ちゃまもお嬢様の誕生日にプレゼントを贈る位なら全てその分を男爵令嬢に渡せと仰っておりましたと侍女は淡々と答える。

何でそんなことをしてしまったのだろうかと、まるで夢から覚めたように思う。

その場で立ち尽くしていると医者がやってきて、部屋から追い出されてしまう。ふらふらと母屋へ戻れば、男爵令嬢と両親の楽しそうな声が聞こえてくる。実の娘が意識不明なのに、何故あんなに楽しそうにはしゃげるのだろうか。少し前まで妹が死んでも構わないと思っていた自分を棚に上げて思う。何かが変だ、何かが変だ、何かが変だ。でも、何が変なのか解らない。

サロンへ行くと、両親と談笑していた男爵令嬢がにこりと笑う。処刑する手間が省けそうですねと儚げな声が聞こえて、背筋がぞくりと震える。何か、おぞましいものを見てしまった気分。しかし、両親はそうは思わなかったらしい。いっそのこと処刑されて方が良かったのにとか、万が一目が覚めてしまったら死ぬより苦しい拷問を加えてから処刑しましょうと嬉々とした様子で男爵令嬢に提案する。

和気藹々として何でそんなおぞましい会話ができるのだろうと思っていると、花束を持った妹の婚約者が案内されてくる。妹への見舞いなのだろうかと思っていると、彼は男爵令嬢に花束を渡す。そして、自分の婚約者が酷い目に合わせたことを謝罪し、絶対にあの悪女を追い詰めて償わせると男爵令嬢に誓いを立てる。その姿は、傍から見ても麗しい一枚の絵のようだった。

男爵令嬢が陶器のように滑らかで白い頬を薄く朱に染め頷くと、妹の婚約者は彼女の首元に目を止める。首元には珍しい意匠の首飾りが掛けられていたが、一部壊れているように見えた。妹の婚約者は不快そうに眉ねを寄せると、名前を口にも出したくないあの婚約者が壊したのかと険しい声出言う。男爵令嬢は一瞬驚いた顔をした後、悲しそう顔をして頷く。

私のような身分の者が持つべきじゃないと無理矢理と男爵令嬢が下を向くと、妹の婚約者は悔しそうに唇を噛みしめ拳を握る。君とずっと一緒にいるべきだったと妹の婚約者が後悔に満ちた声を出した時、パリンパリンパリンと男爵令嬢の首元を飾っていたアクセサリーの宝石が割れる。

次の瞬間、サロンに母の悲鳴が広がったのだった。

結論から言えば、男爵令嬢は彼女の家に伝わる魅了の効果がある首飾りを使っていたらしい。今は失われてしまった技術で、石の数だけの人数を魅了に掛けることができたそうだ。あまりに酷使されすぎて壊れてしまったようですけどねというのは、専門家の話で。石が割れてしまったから、私たちは正気に戻ることができたのだった。

とは言え、男爵令嬢に魅了されていた間の行為は学園内で冷ややか見られていたらしく、私たちは取り返しのつかない状態になっていた。一度、地に落ちた評判は、挽回するのは困難を極めたのだった。
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