【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希

文字の大きさ
8 / 76
第一章

しおりを挟む
「先程は庇っていただきありがとうございました」
「礼を言われるようなことは一切していない」
「え……?」

エドガーは澄んだ翡翠色の瞳をアイリーンへ向けた。初対面のエドガーがアイリーンにプロポーズするなど、天地がひっくり返ってもありえないことだ。 
恐らく正義感の強いエドガーは顔の傷を揶揄されるアイリーンを見ていられず、不器用でその場しのぎながらも救いの手を差し伸べてくれた。アイリーンはそう考えていた。

「庇った覚えは一切ない。だが、クルムド子爵の実の娘ではない義妹に好き勝手されているあなたをみて憤りを覚えたのは確かだ。あなたの仮面を外して素顔を晒したときの邪悪な表情は今思い出しても腹が立って仕方がない」

 エドガーは冷徹に言いきった。凄まじい怒りが眉のあたりに這っている。

「クルムド子爵家の嫡女はあなただ。義妹に蔑まれることなどあってはならない!」

次第に興奮気味になっていくエドガーの姿をアイリーンは好意的に捕らえた。辛辣なその言葉がアイリーンに向けたものではないと気付いたからだ。エドガーの言葉はまるでアイリーンの代弁のようだった。

「アイリーン嬢、あなたの噂は小耳に挟んだことがある。社交界デビューを控えていた絶世の美女が突如消えてしまったと。重病を患っているという話もあったが、本当か? その理由を聞かせてほしい」

 エドガーの真剣な表情から飛び出した『絶世の美女』という言葉が少しだけおかしい。エドガーの生真面目さにアイリーンの心はほっこりとあたたかくなる。

「もちろん、言いたくないこともあるだろう。それなら……――」
「実は、社交界デビューの直前に顔に傷を負い、父はわたしを屋敷に閉じ込めました。父は誰よりも世間体を気にする人でしたので人目に触れさせるのが嫌だったのでしょう。現に、傷モノになった娘など恥ずかしくて外に出せないと何度も言われました」
「……そうだったのか。その傷はどうして?」

 アイリーンは五年前の出来事を思い返していた。あの日、アイリーンはいつものように近くの街へ買い物に出かけた。その帰り道に複数の男たちにさらわれそうになっている少女がいることに気が付いたのだ。十歳ほどだろうか。少女は艶やかな黒髪を綺麗に結い、花柄の可憐なワンピースを着ていた。その身なりから良家の令嬢であることがすぐに見て取れた。

 四人の大男に口を塞がれて引きずられていた。涙目になりながらジタバタと抵抗する少女は、そのままズルズルと暗い路地のほうへと引っ張られていく。アイリーンは持っていた荷物を放り出して駆け出した。

「誰か! 誰かきて!」

 アイリーンは大声を上げながら走った。男たちに追いつき「その子を離して!」と力の限り叫んだ。男達はアイリーンのあまりの美くしさに怯んだ。
アイリーンのように可憐で美しい女性を見たことがなかったのかもしれない。少女の口を塞いでいた頬に十字傷のある屈強な男が信じられないというように目を見開いて、頬をだらしなく緩ませる。その一瞬の隙をついて少女は男の腕を逃れてアイリーンの方へ駆け出した。

「マズい、逃げられた!」

 十字傷の男が短く叫び、少女を制止しようと短刀を手に追いかける。

「そいつを離せ!」

 アイリーンは飛び込んできた少女を守るようにギュッと抱きしめたとき、短刀が振り下ろされた。その刃先はアイリーンの左目を抉った。鈍い痛みと同時にぼたぼたとお気に入りのワンピースに滴り落ちる血。少女が「お姉さん!」と涙ながらに叫んだ。

「あっ……そんな……」

 頬に十字傷のある男は動揺して声を震わせていた。やがて騒ぎを知り路地裏に助けがやってきて、男たちはそのまま散り散りに逃げて行った。アイリーンは助けに来てくれた人間に少女を託し、そのまま意識を失った。その出来事をキッカケに、アイリーンは傷モノとなった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...