25 / 77
25. 不器用。
しおりを挟む
高級感漂うブティックに、相澤和真と三峰汐音はいた。二人とも、上質のスーツを着て大きな鏡の前に立たされている。
「いいわね。気に入ったわ」
汐音のネクタイを整え満足そうに微笑んだのは、年齢不詳の美しい女だった。艶やかな長い黒髪をかき上げながら汐音から少し離れ、全身を眺める。
「ねえ、私のブランドの専属モデルにならない?」
細い腰に手を当て、不適な笑みを浮かべているのは、和真の母の相澤梨紗だ。どうやら気に入ったのは、服ではなく汐音自身だったようだ。
「有難いお誘いですが、お断りいたします」
汐音は爽やかな笑みを浮かべて梨紗の誘いをやんわりと断った。いつもこの調子で女達の誘いも断っている。有難いと口では言っているが、本当にそう思っているかどうかも不明だ。
一方の梨紗は、誘いを断わられたことなど今までになかったのだろう、僅かに瞠目している。
「……あら、若い時はどんなチャンスも掴みにいくものよ。チャンスの神様は前髪しかないんだから」
「見たのかよ。っていうか、前髪しかないって……」
『どんな髪型だよ』とボヤキながら和真は窮屈そうにネクタイを緩める。不機嫌な事を隠そうともしない和真へ梨紗は視線を向けた。
「……ヨーロッパのことわざよ。チャンスは通り過ぎてから掴もうとしても、掴めないって事」
「なるほど……」
妙に納得しているのは汐音だった。
「気が変わったら、いつでも連絡をくれたらいいわ」
再び汐音に視線を戻した梨紗は、自分の名刺を強引に持たせる。
「ありがとうございます」
意外な事に、汐音は梨紗の名刺を素直に受け取っていた。
「君は何を着ても見栄えがするけれど、このスーツが一番似合っているわね。ネクタイもこれでいいわ」
「本当に良いスーツですね。ですが、僕には高価すぎます」
「あら、心配しないで、君が着ている物全部をプレゼントするわ。さっきからずっと不貞腐れている愚息に付き添ってパーティーに行ってくれるのだもの」
「貰っておけよ」
和真の声に、汐音が顔を向ける。
「……おまえに、似合ってる」
それだけ言うと、和真は汐音に背を向け、店内の隅に置かれている椅子に腰を下ろした。汐音は微笑む。
「では、お言葉に甘えて、有難く頂戴いたします。ありがとうございます」
汐音は梨紗に向き直り、深々と頭を下げた。あれほど不敵にさえ見えていた梨紗の表情が打って変わって神妙なものに変わる。
「……和真をお願いね」
その声は小さく汐音にしか聞こえない。汐音が顔を上げた。綺麗にアイラインで縁取られた目が薄茶色の瞳をまっすぐに見つめていた。
「何があっても和真さんのお側におります」
汐音は誓うように梨紗に告げる。梨紗は頷くと、自分の息子のところへと向かった。すでに彼女の表情は元の自信に満ちたものに戻っていた。
「和真。あなたの服は自分で払いなさい」
「はあ? 何でだよ」
「領収書を宮田さんに送れば後でお金は振り込んでくれるでしょ? 必要経費よ」
宮田とは、真宮蓮の秘書の一人だ。蓮と和真との間での連絡係兼、お目付け役だった。
「この店へ強引に連れて来たのは誰だ? これって押し売りじゃないか」
「私が作った服以上にいい服を用意できるのね?」
「……」
ふんと鼻で笑う梨紗の姿を見て、汐音は目を細めた。
「本当に、不器用な方だ」
言い合う和真と梨紗の姿を少し離れた場所で見守りながら汐音は呟いた。
「いいわね。気に入ったわ」
汐音のネクタイを整え満足そうに微笑んだのは、年齢不詳の美しい女だった。艶やかな長い黒髪をかき上げながら汐音から少し離れ、全身を眺める。
「ねえ、私のブランドの専属モデルにならない?」
細い腰に手を当て、不適な笑みを浮かべているのは、和真の母の相澤梨紗だ。どうやら気に入ったのは、服ではなく汐音自身だったようだ。
「有難いお誘いですが、お断りいたします」
汐音は爽やかな笑みを浮かべて梨紗の誘いをやんわりと断った。いつもこの調子で女達の誘いも断っている。有難いと口では言っているが、本当にそう思っているかどうかも不明だ。
一方の梨紗は、誘いを断わられたことなど今までになかったのだろう、僅かに瞠目している。
「……あら、若い時はどんなチャンスも掴みにいくものよ。チャンスの神様は前髪しかないんだから」
「見たのかよ。っていうか、前髪しかないって……」
『どんな髪型だよ』とボヤキながら和真は窮屈そうにネクタイを緩める。不機嫌な事を隠そうともしない和真へ梨紗は視線を向けた。
「……ヨーロッパのことわざよ。チャンスは通り過ぎてから掴もうとしても、掴めないって事」
「なるほど……」
妙に納得しているのは汐音だった。
「気が変わったら、いつでも連絡をくれたらいいわ」
再び汐音に視線を戻した梨紗は、自分の名刺を強引に持たせる。
「ありがとうございます」
意外な事に、汐音は梨紗の名刺を素直に受け取っていた。
「君は何を着ても見栄えがするけれど、このスーツが一番似合っているわね。ネクタイもこれでいいわ」
「本当に良いスーツですね。ですが、僕には高価すぎます」
「あら、心配しないで、君が着ている物全部をプレゼントするわ。さっきからずっと不貞腐れている愚息に付き添ってパーティーに行ってくれるのだもの」
「貰っておけよ」
和真の声に、汐音が顔を向ける。
「……おまえに、似合ってる」
それだけ言うと、和真は汐音に背を向け、店内の隅に置かれている椅子に腰を下ろした。汐音は微笑む。
「では、お言葉に甘えて、有難く頂戴いたします。ありがとうございます」
汐音は梨紗に向き直り、深々と頭を下げた。あれほど不敵にさえ見えていた梨紗の表情が打って変わって神妙なものに変わる。
「……和真をお願いね」
その声は小さく汐音にしか聞こえない。汐音が顔を上げた。綺麗にアイラインで縁取られた目が薄茶色の瞳をまっすぐに見つめていた。
「何があっても和真さんのお側におります」
汐音は誓うように梨紗に告げる。梨紗は頷くと、自分の息子のところへと向かった。すでに彼女の表情は元の自信に満ちたものに戻っていた。
「和真。あなたの服は自分で払いなさい」
「はあ? 何でだよ」
「領収書を宮田さんに送れば後でお金は振り込んでくれるでしょ? 必要経費よ」
宮田とは、真宮蓮の秘書の一人だ。蓮と和真との間での連絡係兼、お目付け役だった。
「この店へ強引に連れて来たのは誰だ? これって押し売りじゃないか」
「私が作った服以上にいい服を用意できるのね?」
「……」
ふんと鼻で笑う梨紗の姿を見て、汐音は目を細めた。
「本当に、不器用な方だ」
言い合う和真と梨紗の姿を少し離れた場所で見守りながら汐音は呟いた。
10
あなたにおすすめの小説
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
ノエルの結婚
仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。
お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。
生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。
無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ
過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。
J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。
詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる