制服の少年

東城

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16章 スマホ

+++++浮島

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頬にチュッとする音が聞こえて、びっくりして目を開けた。
「はあ?」
信次さんと目が合う。
にっこり笑って、チュッとまた頬にキスされた。
「え?」
「会えなくて、寂しかったよ。どうして俺のこと避けるんだよ」
ずっと会ってなかったから、さらに信次さんの何かに火をつけてしまったようだ。まずいなあ。そうだ。鶴見の話をして気を逸らそう!!
「鶴見っちにもこういうことしてるの?」
「するわけないじゃないか。朝日だけだよ」
髪にも軽くキスされた。
「鶴見っちにも絶対してる」
信次さんは肩を震わして笑いだした。
「鶴見弟にキスなんてしたら鶴見の兄貴に殺される」
世界名作劇場に出てくる可哀そうな子にすごく萌えるって、信次さん、前に言っていた。
「信次さんは可哀そうな子が好きなんでしょ? 鶴見っちのお父さん、刑務所だし、家は燃えちゃったし、お母さんいないし」
「鶴見弟は、そんなこと可哀そうだとか不幸だの思ってないよ。笑い飛ばしてるよ。あいつ、強いし。それに関東最強の兄がいるしな」
こないだ鶴見の家に遊びに行って鶴見の兄弟とは朝日は一回会っている。
たしかに最強の兄たち……特に長男は全身和彫りのヤクザで元総長。
「萌えない……の?」
「鶴見弟に? 全然、萌えない。しっかりしすぎて、それに可愛くないし」
「鶴見っち、顔はいいよね」
「だから、萌えないって。もしかして、鶴見弟と俺が仲良くしていたのが気に入らなくて、怒ってた?」
「ちがうよ」
「恥ずかしがらなくてもいいって。本当朝日は可愛いな」
むっちゅーとまたほっぺにキスされた。唇の感触がもろしてぞくぞくっとした。
「もうキスしないでよ」
「だって俺、朝日に萌え萌え」
「鶴見っちにもキスしてるんだろー!!『流星♡萌え萌え♡』とか言って」
「あのなー。あいつに世界名作劇場の悲壮感ある?」
鶴見だって、かなりかわいそうな境遇だ。でも世界名作劇場というよりか、ヒャッハー!!というノリのバリバリヤンキー漫画の世界の方が鶴見には合う。それか、マッド・マックスとかの世紀末映画……。
「ない。1ミリもない」
「あいつ、どんなことをしても生き延びるワイルドな奴だぞ。それに鶴見兄弟は伝説の地元最強のヤンキーだぞ」
「知ってる」
「1ミリも萌えない」
抱きしめられて髪を撫で撫でされる。信次さんのいつもつけてる甘い香水の匂いがした。
「一度、朝日の保護司にも会ってみたい」
「会ってどうするの?」抱きしめられながら聞いた。
「朝日に変なことをしてないか聞く」
「してないよ。そんなこと聞いてどうするの?」
どきどきする。
人になんてとても言えない。栄にすごいエロいことされてる。こないだなんて、全裸で抱き合って意識が飛びそうになるまで溺愛プレイ。体中にキスされて愛撫されて、お口でしてもらって。
ばれたらやばすぎる。

「それもそうだよな。本当のこと話すわけないし」
「信次さんだって、さっきキスした」
「頬ぐらいいいじゃん。スキンシップだよ。友達同士でもしないか?」
信次さんが朝日の頬に頬を擦りつける。髭を剃ったあとが、じょりじょりして少し気持ち悪い。サンドペーパーみたいで痛い。
「しないよ。もー、髭痛いよ」
スキンシップでキスするだろうか?
この人も少しおかしいと思う。もしかして、自分のこと好きなんだろうか。
「ドライブ行かないか?」
「うん」
この雰囲気で信次さんのマンションにずるずるいたら、もっとやばいことされるかもしれない。
とりあえず外に出た方がいい。

***

車の窓から多摩川の堤防が見える。
堤防の上のサイクリングコースに母子がいた。男の子は小1ぐらいで、元気よく自転車をこいで、お母さんはママチャリ。日曜日に親子でサイクリングなんて仲良さそうでいいなあ。
空は晴れているけど、寒々しくて。

「朝日、ちょっと寂しそうな顔してる」
「寂しくなんてないよ」
「どうかした?」

車の中は暖かくていつの間にか寝てしまった。
車が停まって、到着地に着いたらしい。
「眠いのならまだ寝てていいよ」と言われたけど、「だいじょうぶだよ」と答えた。

ドアを開けると、工場地帯で、灰色の堤防の目の前。
思わず「わあ、映画みたい」と声をあげた。
近未来のサイバーパンク映画みたい。
背後の大きな工場を朝日は見上げる。
「堤防に登ろうぜ」と言われて、よじ登ってコンクリートの堤防に上る。

目の前に広がるのは海だけど、青くない。どす黒いような変な色の海水。
空気もよどんでいて少し金属っぽい匂いがする。

「ここさ。俺、高校生の時さー、嫌なことあるとよく来たんだよね。原チャ飛ばしてさ」
「そうなんだ」
「浮島ってとこでさ。ま、工場しかねぇとこなんだけど」
「どうして、よく来たの?」
信次さんのネクタイが風に煽られて揺れる。
「海に飛び込んで死のうかと思ってさ。ここから汚い海に落ちたら溺れて死ねるかなって思ってさ」
「そんなのダメだよ」
「昔の話だよ。今はそんなこと考えてないよ」
ニッていつもみたいに笑って、ふふーんと足をぶらぶらさせている信次さん。
「俺さ、親いないって、前、教えたじゃん」
「うん」
「実は、施設出なんだよ。小六んときからずーっと児童養護施設」
「親は?」
「死んじゃった」
死んだってそんな軽く。
なんて言っていいのか分からない。
「朝日はどうして親いないの?」
「生まれてから、ずっとお母さんとは会ったことがなくて。お父さんは知らない。小五まで京都でじいちゃんとばあちゃんと住んでた。でも死んじゃって、お母さんと東京で住み始めて」
「そう」
「お母さんと仲良くなれなくて、それで家出して。いろいろあって、保護司の人と住んでるの」
「大変だったんだね」
余計なことは聞いてこない。
「相談できる大人がいないって心細いよな。俺で良かったら」
「どうして、そんなに気にかけてくれるの?」
「心配だから」
「僕なら大丈夫だよ」
「鶴見弟から聞いたけど、その保護司って人あまりいい人じゃなさそーじゃん。鶴見弟に『底辺』って言ったり、朝日のことを監視したり」
「嫌な人じゃないよ。優しいし」
「優しいって、どういうことで?」
悲しい時、寂しい時、ぎゅっとしてくれる。世界一大好きだって。そんなこと言えないから、適当に「色々と気にかけてくれるし、美味しいごはんを作ってくれるし」と言っておいた。

「朝日に変なことしたいから優しいだけじゃねーの?」
「違うよ!変なことなんてされてないよ」
「さっき、俺、キスしたけど、そんなに嫌がってなかったし。普通なら、きったねーって手でゴシゴシ拭くか、ワーワー大騒ぎするだろ」
「そ、それは!!」
「なに?」
「信次さんだから別に嫌だと思わなかったからだよ!!」
栄との秘密は死守しないと。絶対人にばれちゃいけないんだ。
信次さんがすっごく嬉しそうな顔をして、朝日の手を取る。
「こんなしけたとこ、もうやめにして、帰ろうぜ。いい物あげるよ」

***

帰り、県道沿いのケータイショップに信次さんは車を停め、十五分ぐらいで車に戻ってきた。
「これあげる」
朝日の右手にぽんと黒いスマホをのせる。
初めて出会ったときはお駄賃だったけど、今度はスマホ。
「俺に連絡するときこれ使って」
「もらえないよ。高いんでしょ。それに契約料とか」
「そんなの気にしなくていいよ。ラインも入ってるから、帰ったら俺に連絡して」
いつものイケメンスマイルで信次さんはニッと笑った。
「どうして?」
「ハローウィーンの日のことを憶えてる? 契約しただろ? 俺は朝日の魔導士。困ったことがあったらいつでも召喚してくれ」
そういえば、遊園地でオデコにキスされたっけ。

***

信次さんのマンションに戻って、ジュースを飲んだり、スマホの使い方を教えてもらう。
ダサい青のキッズケータイと大違い。アプリも沢山入ってるし、とにかく速い。
「で、塾どうしてるの?」
「まだ行ってるよ。でもご飯は家で食べてから行ってる」
「塾行く前に俺んち来てメシ食ってけよ。適当にピザとか注文しておいてあげるから」
「うん。でも栄に怒られる」
「保護司の人?」
「うー、怒ると怖いし」
「そんなのガン無視しちゃえよ。どうせ保護司なんて期間が決まってて、そのうち任期終わるんだからよ」
「え?ずっと一緒だって」
「たしか最長二年だと思ったよ。詳しいことは知らないけど、鶴見の兄さんに聞けば知ってるんじゃないかな?」

二年の期限付きなんて聞いてない。
栄は、ずっと一緒だって言っていた。もう離さないって。それって嘘なの?それとも知らないだけ?
ショックで頭がガンガンする。
去年の十一月、寒くて暗い雨の夜、道路脇に倒れていた自分を抱き起して家に連れて行ってくれて、温かいスープを作ってくれたのは何だったの?
クリスマスイブの日、はじめてキスしたのは何だったの?
心がずきずき痛くて、涙が止まらないとき、やさしく抱きしめて「愛してる。ずっとずっと朝日のそばにいるよ」って言ってくれたのは、嘘なの?
嘘じゃない。
きっと栄は知らないんだ。
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