新緑の少年

東城

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十一月のある夜の日

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外はどしゃぶりだった。雨降る夜の運転は視界が悪くて、あまり好きではない。
もう十一時を過ぎているので交通量は少なかった。川崎市から東京に続く世田谷街道、朝の通勤時はおそろしいほど渋滞する。

運転しながら笑みがこぼれる。
二週間の休み。 ──そんな長期休暇は医大以来だ。

自宅養生を医局長に言い渡された。
ちょっと職場で倒れたぐらいでおおげさな。
確かに月の残業時間は百時間を超えていたが自分は精神科勤務なので割と楽なほうだ。

外科なんて月二百時間以上ゆうに時間外労働をし、十八時間ぶっとうしのオペもこなすドクターもいる。

そうそう、僕が倒れた理由。
最近、不眠症気味だったので、ふらっと立ち眩みがして、ぱたりと倒れただけなんだ。
医局長は卒倒しそうなほど蒼白になって、僕に頼んだ。
「桐野くん、二週間休んでください。お願いだから」
なぜかは分かっている。
院長は父の知り合いだ。選挙がらみだか、なんだか知らないけどね。
まさか賄賂送ってたりして。まあ、それはないだろう。
医局長は院長にはさからえない。政治家の息子を過労死させたりしたら、自分のクビがとぶからだ。
うちの病院では過労死した医師はいないが、ほかの病院ではちらほらいるらしい。

雨がひどくなってきたので車のスピードを落とす。
前方の路肩に何か大きなものが落ちているのが見えた。
ブレーキを踏んで、さらに速度を落とす。
目を凝らすと、それが何か分かった。
人だ。
交通事故? それとも酔っ払い?
あんなところに倒れていたら車に轢かれてしまうよ。
車を路肩に寄せて停める。ライトはつけっぱなしで車から降りた。
雨でぐしょぐしょに濡れた子供が倒れていた。
ちょっと、この子、大丈夫? 
髪を肩まで伸ばした華奢な体つきの女の子だった。
とりあえず警察を呼ぼうか。
「大丈夫?」声をかけて抱き起こす。
意識はあるらしい。
「う……」と、くぐもった声がした。
「どうしたの? 車に轢かれたの?」
「違う」その子は元気なく答えた。
身体が冷え切って体力も相当消耗しているみたいだ。
やだな……もしかして性犯罪にあったとか、誘拐されて逃げてきたとかじゃないよね? 
最近多いらしい。
性犯罪に巻き込まれた中学生や小学生が母親同伴でうちの病院にもたまに来る。
殴られたとか妊娠とか体へのダメージもあるけど、精神的ダメージがひどい。
心が死ぬ。
ずたずた、ぼろぼろになって精神科に通院している女の子も数人知ってる。
被害に遭った子たちは、男性を怖がるから、性犯罪のケースは女医が担当する。
男性スタッフは性犯罪関係の治療からは外される。

とりあえず、自分のアパートに連れて行って話を聞こう。
警察を呼ぶのはそれからだ。


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