この優しさには絶対に裏がある!~激甘待遇に転生幼女は混乱中~

たちばな立花

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01.転生幼女

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 稀代の悪女──ミレーユが死んだ。
 死の目前までけっして涙を流さなかった、赤き魔女が死んだ。
 そう誰もが騒ぎ立てる中、私は目を閉じた。

(あー、残念。もう少しで全部落とせたのに……)

 私は燃え盛る炎の中、最後まで征服することができなかった国を思い浮かべた。

(もっと生きたかった……)

 **

 私は眩い光を浴び、瞼をわずかに上げた。
 私の最後の記憶は炎の中だ。嬉々として私を見つめる民衆と怒号。
 しかし、今は静けさの中にいた。

「うー」

 私の口から言葉にならない声がもれる。
 私の声はこんなに高かっただろうか。そんな無駄なことを考える。
 そうこうしているうちに、人影が現われた。

「あらあら、目が覚めちゃったのね」
「あーうー」

(どういうこと?)

 言葉がうまく出せない。目も霞んでよく見えなかった。
 ただ、私を抱きしめる柔らかくてあたたかな存在を感じる。
 ここは天国という場所だろうか。

「おはよう、レティシア」

(レティシア?)

 それは私の名前ではない。
 私の名前はミレーユ。ガルバトール帝国の皇女、ミレーユだ。

「うーうー!」
「あらあら。突然怒っちゃってどうしたの?」

 私に声を掛ける女は、優しく笑った。

(どういうこと? ここは、どこ?)

 私は炎の中で死んだはずだ。

(もしかして、私、生まれ変ったの?)

「うー?」
「うふふ、かわいい」

 女は私の頬を指先で突くばかりで、私の問いには答えない。
 しかし、それもどうでもよくなった。
 だって、彼女の胸がとても温かかったからだ。

 眠い……。

 私はゆっくり瞼を落とす。
 生まれ変ったということは、まだ赤子。今の私にできることは寝ることくらいだろう。

 **

 生まれ変ったことを知ってから三ヶ月。
 ようやく情報が揃ってきた。
 赤子の身体ではまだ自由にできないため、噂話頼りだからだ。

(赤ん坊って本当に不便。言葉も使えないし)

 私の名前はレティシア・リオーク。リオーク王国の王女として生まれた。
 この王国にはいい思い出はない。
 前世であるガルバトール帝国よりも南にある大きな国で、私の計画の邪魔ばかりしてきた国だった。
 大陸の征服を試みていたガルバトール帝国が、唯一落とせなかった国でもある。

(まさか、そこの王女に生まれ変るなんてね)

 私は小さくため息をつく。

(しかも、まさか大陸の征服を始める前まで戻っているなんて)

 私は再びため息をつく。二度目は少し大きいため息になってしまった。
 三ヶ月で得た情報からすると、私は時を戻って生まれ変ったらしい。
 因果関係はわからない。
 魔法を極めた私でも、わからないことはこの世にたくさんあるようだ。

(わざわざ過去に戻ってまで生まれ変わらせたということは、天は私に「生きよ」と言っているに違いないわ)

 前世、私は皇族の中で生き残るために必死だった。国のために身を粉にして働いたのだ。
 そして私は魔女として処刑されてしまった。
 天は私に言っているに違いない。今度こそ長く生きよ、と。
 しかし、今は赤子の身。まずは自分の力で立てるようになるまで身を守らなければならない。

(それにしても、暇だわ)

 私はベビーベッドの上で転がった。
 今のところ、寝るか食べるか考え事をするかしかできることがない。
 しかも、赤子の身体はマナの量が少ないため、魔法もうまく使うことができなかった。
 何をするにも人の手を借りなければならない。しかし、言葉すらうまく発せない。

「うーうーあー」

 赤子というのは不便だ。
 発声練習をしていると、黒い陰がぬっと現われる。
 そして、私をひょいっと抱き上げた。
 黒い影はリオーク王国の国王──アラン・リオークだ。つまり、今世の私の父親に当たる人ということ。
 しかし、私はこの男が大の苦手だった。

「また歌っているのか?」

 アランは無表情のまま私を見下ろす。
 私は眩い黄金の髪に目を細めた。
 彼はリオーク王国の王族の特徴である紫色の瞳に私を映した。

(歌じゃなくて発声練習なんだけど)

「うー」

 反論しようにも、まだ言葉にはならない。
 私はこの男が苦手だ。なぜなら、前世の私にとって最大の敵の一人だったから。
 何度のこの男に苦しめられてきただろうか。
 そして、もう一人私の天敵がいる。

「父上っ! 僕にも抱っこさせてください!」

 アランの隣で私を見上げる少年──ルノーだ。
 キラキラと輝かんばかりの紫の瞳。
 私は思わずアランにしがみついた。

「だめだ。落としたら怪我をする」
「絶対落としませんから!」
「うー」
「レティシアも怖いと言っている」
「……わかりました」

 ルノーは素直に頷く。そして、眉尻と肩を落とした。
 私はホッと安堵のため息をもらす。子どもは苦手だ。アランも苦手だが、アランのほうが大人というだけで幾分かマシだと思えた。

「父上。僕、早く大きくなってレティシアを守れるくらい強くなります!」
「そうか」

(守ってもらう必要なんてないんだけど……)

 私は世界最悪と呼ばれた魔女。
 今はこの身体が小さいせいで魔法も使えないけれど、少し成長すれば自分の身は簡単に守れる。
 だから、放っておいてほしい。
 ルノーは苦手だ。
 彼は前世で私と何度もやり合った。
『光の剣士』と呼ばれた彼は、リオーク王国の王太子でありながら何度も最前線に現れ、戦局を覆していく。
 そのせいで私がどれほど苦労したことか。

(思い出したらムカついてきた!)

 私はルノーをキッと睨む。
 しかし、彼は目が合った瞬間、ふにゃりと笑った。
 まだ十歳にも満たない少年だが、ルノーは私の記憶の中にある『光の剣士』の面影が残っている。
 父親譲りの金の髪と紫色の瞳。

「父上、レティシアが僕のこと見ました」
「ああ」
「可愛いなぁ~」
「あーうー」

(そうやって懐柔しようとしても無駄よ。私は簡単に騙されないんだから)

 兄妹とはいえ、信用できない。
 家族とは一番に警戒しなければならない存在だ。
 それは前世で身をもって知っている。
 数多くいたきょうだいたちは、みんな私の足を引っ張ろうと必死だった。
 きょうだいに命を狙われたこともある。
 だから、ルノーのことは用心しなければならないだろう。
 私は考えながらふわりとあくびをした。
 赤子の身体は不便だ。少し動いただけですぐに眠くなる。

「父上、僕が子守歌を歌います!」

 ルノーの声が遠くに聞こえる。アランが何と返事をしたのかは覚えていない。

 子守歌というものを初めて聴いた。これは洗脳の一種なのだろうか。

(まあ、最強の魔女の私にはそんな洗脳効かないけど)

 まだ少女と変わらない高い声でルノーが歌う。
 私はルノーの子守歌を聴きながら、眠りについた。

 **

 眠っては食べ、そして家族の監視を受けながら、私はすくすくと成長した。
 三歳という年齢は自由が利かないことが多く、やきもきすることが多々ある。
 しかし、人との意思疎通も可能になっていい感じだ。
 まだまだマナは安定しないけれど、一日に一回、簡単な魔法ならば使うこともできるようになった。
 今は与えられた玩具を使って身体を鍛えている。
 赤子の身体はもろい上に、バランス感覚が悪い。なので、日々鍛錬は欠かせない。子ども用の玩具であることが誠に遺憾ではあるが。

「レティ」
「にーたま」

 部屋で積み木を積み上げていたころ、兄のルノーが顔を出した。
 彼はこうやって一日に数度、私を監視に来る。
 いつも数名のメイドが私を監視しているが、彼女たちの報告が信用できないのだろう。
 前世のきょうだいたちもそうだった。
 メイドがいつ裏切るかわからない。だから、ときどきこうやって抜き打ちで確認にくるのだろう。

「今日は何をしていたんだい?」
「ちゅみき」

 私は持っていた円錐の形をした積み木を天にかかげた。
 無害な赤子を演じなければ、大人になる前に殺されてしまうかもしれない。
 前世でも、優秀なきょうだい達は兄に目をつけられていた。
 しかし、ルノーは目を見開くと慌てた様子で私のもとに走ってきた。そして、勢いよく私の手から積み木を奪い取る。
 あまりの素早さに、私は呆気にとられた。

(まだ八歳なのに……早いわ。さすが『光の剣士』ね)

 ルノーは柔和な笑みを見せた。
 この笑顔に騙されてはいけない。だって、相手は『光の剣士』だ。どんな策略を練っているのかわからない。
 私は身構えた。

「これは、お兄様にちょうだい」
「ん」

 八歳にもなって積み木など欲しがるなんておかしな話だ。
 しかし、絶対にこれがないといけないというものでもなかったので、私は素直に頷く。
 彼は笑みを深めると、私の頭を優しく撫でた。
 そして、メイドを睨みつける。

「この形は危ない。レティシアが怪我をしたらどうするんだ?」
「申し訳ございません……! 気づきませんでした」

 ルノーの言葉にメイドは深々と頭を下げた。

「レティシアの玩具は全部点検するように」
「かしこまりました」

 厳しい声に私は目を瞬かせた。どうしてそんなに怒っているのだろうか。

(もしかして、これを凶器にすると思ったの?)

 たしかに円錐の積み木は先端が尖っている。しかし、尖っているといっても、丸くてそのままでは得物としては使えないのだが。
 しかし、やりようによっては攻撃も可能なのではないか。

(それならこれは角で頭を殴れそうだけど)

 私は四角い積み木を拾い上げ、素振りをする。角に当たったら痛そうだ。
 何度か素振りをしていると、積み木が手から滑り落ち、床に転がった。

「そうだ、レティ。実は美味しいブルーベリーをもらったんだ。一緒に食べよう」

 ルノーは籠からベリーを取り出して見せた。
 艶々とした上等なブルーベリーだ。

(自分の戦利品を分け与えるなんて、何か裏があるんじゃ……)

 私はブルーベリーを睨みつける。
 自分の取り分を分け与えるということは、相応の交換条件があるはずだ。
 しかし、彼は私に何をしてほしいか、なかなか言わない。

「ブルーベリー好きだろう? いや?」
「んーん。たべゆ」
「ほら、あーん」

 その代わり、優しい笑顔で私の口元にブルーベリーを近づける。
 反射的に私は口を開けた。
 まだ、交換条件も聞いていないのに。無理難題を頼まれるかもしれないのに、だ。
 しかし、ブルーベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった瞬間、どうでもよくなった。

(おいしい~)

 私は思わず頬を押さえる。
 甘さと酸っぱさの絶妙なバランス。甘いだけではない、この酸っぱさが癖になる。
 そうとう上等なものなのだろう。

(ルノーは対価に何が欲しいのかしら?)

 すると、廊下からバタバタと足音が聞こえてきた。
 だんだんと近づいてくる。
 そして、勢いよく扉が開かれた。

「殿下! また抜け出して……!」

 肩で息をする男が一人。きっちりとネクタイを締め、眼鏡をかけた男を見て、私はすぐに合点がいった。

(なるほど! これね!)

 私はすぐに立ち上がり、ルノーの前に立った。
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