この優しさには絶対に裏がある!~激甘待遇に転生幼女は混乱中~

たちばな立花

文字の大きさ
24 / 41

24.紫の魔法使い

しおりを挟む
「殿下、初めてお目にかかります。私はトリスティン・ヴァルニエルと申します」
「とりちゅ……」

 長すぎて復唱することは不可能だった。
 ただでさえ、三歳の私の舌はうまく回らないのだ。
 もっと簡単で呼びやすい名前に生まれてくれなくては困る。
 しかし、私はこの魔法使いの名をよく知っていた。

(紫の魔法使い――トリスティン・ヴァルニエル。まさかこんなところで会うなんて)

 前世、私が一度でも会いたいと思っていた魔法使いだ。
 どこに住んでいるのかもわからない。
 どうやって連絡を取るのかもわからない。
 ただ、知っているのは美しい紫の髪と、美しい紫の瞳を持っているということだけ。
 トリスティン本人が会いたいと思わない限り、会うことができないと聞いたことがある。
 前世の私は独学で魔法を覚えた。
 師はいない。
 ガルバトール帝国の魔法使いたちは個人主義だ。
 それはしかたないことだ。弱ければ死ぬだけのガルバトールにおいて、魔法使い同士の情報交換ですら、命取りだったのだから。
 トリスティンはジッと私のことを見つめ続ける。すべてを見透かしそうなその、紫の瞳で。

「レティシア。ヴァルニエル殿は魔法使いだ」
「ん」

 アランの説明に私は頷く。

「魔法を教えていただくことになった」
「……ん?」

 私は思わず首を傾げる。
 アランは今、誰に魔法を教えてもらうと言っただろうか。

「レティ、安心してね。ヴァルニエル様は世界でもっとも有名な魔法使いなのですって。ヴァルニエル様自ら希望してくださったのよ」

 シェリルが私の頭を撫でながら言う。

(お父様がお願いしたわけじゃなくて、トリスティンから希望したの?)

 私はトリスティンをジッと見つめる。
 しかし、彼はただ見つめ返してくるだけで、何も言わなかった。

「レティシアに魔法を教えるのに文句ない人物だと言っていい」

(有名なのは知っているけど。……本当に?)

 トリスティンは満面の笑みを私に向けた。

「よろしくお願いします」

 彼は笑みを崩さない。向けられているのは好意だろうか。
 私はたじろいだ。
 トリスティンはガルバトール帝国が何年かけても一度も連絡すら取れなかった人物だ。そんな人物がなぜ私に会いに来るのだろう。

(魔法を使う子どもが珍しいから?)

 魔法に目覚めるきっかけは様々だと言われている。しかし、わずか三歳で魔法に目覚めたという話は聞いたことがない。
 だから、物珍しさが勝ったのだろうか。
 しかし、それだけのこと。
 その程度で私に会いにくるはずがない。しかも魔法を教えるというのだ。
 魔法を教えるというのは一昼夜でできることではない。つまり、当分は私のことを監視するつもりなのだろう。

(絶対に、何かある……!)

 私はトリスティンを睨みつけた。
 すると、アランが私を抱き上げる。この腕に抱かれるとなぜかホッとしてしまう。トリスティンを睨むことも忘れ、アランを見上げた。

「レティシア。一つ確認したいことがある」
「ん」
「イズールを助けた日のことは覚えているか?」

 アランの言葉に私は思わず身体をこわばらせた。

(やっぱり、聞かれるよね)

 このメンバーが集まって、聞かれないわけがないと思ったのだ。
 さすがに「何も覚えていない」は難しいだろう。
 私は素直に頷いた。

「ん。イズー、みつけた」
「ああ、よくやった。レティシアのおかげでイズールは元気だ」
「ん」

 怪我がないことは確認済みだ。
 ただ寝不足のようだから、しっかりと眠ってほしいけれど。

「あの木の根はレティシアの魔法か?」

 私は目を何度か瞬かせる。
 都合の悪いことは全部知らないふりをしようと決めている。
 犯人たちを全員捕獲するために使った魔法について説明するのは難しい。
 私は誤魔化すために首を傾げた。

「あたち、イズー、みつけた」
「ああ。そのあと、犯人たちを捕まえただろう?」
「ない」

 私は胸を張って言った。
 私は魔法でイズールを見つけた。そのあとのことはまったく覚えていない。そういうことにしようと決めた。

「陛下、レティはまた無意識に使ったのではないかしら?」

 シェリルが最高の助け舟を出してくれる。
 思わず頬が緩みそうだったがどうにか我慢できた。
 すると、トリスティンが口をはさむ。

「現場を確認させていただきましたが、素晴らしい魔法でした」
「そうなのですか?」

 不思議そうにシェリルが尋ねる。
 シェリルはあまり魔法には詳しくないようだ。
 普通に王族として生活する分には、魔法の知識なんて必要ない。だから、これが普通なのだろう。
 証拠にアランや彼の補佐官もそこまで詳しい素振りは見せていなかった。
 トリスティンは大きく頷きながら言う。

「ええ。レティシア殿下は木の根の成長を促進させる魔法を使っておりました」
「成長を促進ですか……」

 シェリルはよくわかっていないような素振りで相槌を打つ。
 トリスティンは気にした様子もなく、説明を続けた。

「普通、敵を鎮圧するのであれば攻撃魔法を使います。それがマナの使用量を考えてもそれが一番効率的ですから」
「はあ……」
「レティシア殿下はわざわざ犯人を捕まえるために、面倒な成長促進魔法を使ったのです」

 全員の視線が私に向く。
 一人は興味深げに。
 一人は意味がわかていない様子で。
 一人は関心したように。
 そして一人は、どこか誇らしげに。
 三者三様の反応に私はたじろいだ。
 トリスティンの言うとおり、攻撃魔法のほうが効率はいい。あんな回りくどい方法を使わなければ、十日も眠らなくて済んだかもしれない。
 木々の成長を促進させるには、そのあいだずっとマナを流し続けないといけないから。

(別に攻撃魔法でもよかったんだけど、調整とか難しいことはできないし……)

 前世で磨いた魔法は戦争で勝ち残るための魔法。
「少し痛めつける」だとか、「死なないように」というような攻撃魔法は苦手だ。
 生かすことのメリットがなかった。生かせば必ず恨まれ、狙われるから。
 けれど、今回はそれができなかった。
 不思議だ。私自身は何も変わっていたないはずなのに。
 マナの量だけ考えれば前世よりも余裕がないというのに、私は攻撃魔法を使わなかった。

「あたち、ちらない」
「何も覚えていらっしゃいませんか?」

 紫色の瞳が私を見つめる。
 この目は苦手だ。
 何もかも見透かすような目をしている。
 私はアランの胸に顔を埋めた。

「ちらない」
「ヴァルニエル殿、娘は何も覚えていないようだ。突然敵陣に放り出され、必死だったのだろう」

 アランが私の背中を撫でながら言った。
 そういう話で進んでほしい。

「なるほど……。レティシア殿下は無意識にイズール殿下のもとまで行き、無意識に木の根を成長させ、敵を全員捕らえたと……」

 トリスティンは冷静に私の身に起こったできごとを羅列する。
 まるで「こんな奇跡の連続はあり得ない」と言われているようで居心地が悪かった。
 部屋が静まり返る中で、アランが真面目な声で言った。

「つまり、レティシアが天才ということだろう」

 私は思わずアランを見上げる。
 表情もいたって真面目。本気でそう思っているようだ。
 補佐官が少し後ろで苦笑をもらす。
 顔には大きく「また始まった」と書いてある。

「まあ! そうね、陛下。レティは魔法の天才なのね」

 シェリルは明るい声で言うと、私の頭を撫でる。
 結局私の優しい尋問は優しいまま終わった。

 **

 優しい尋問から数日。
 魔法のお勉強が始まった。
 王族の居住空間にいつのまにか、私の分の勉強部屋もできていたようだ。
 ルノーの勉強部屋の隣の隣。
 魔法を習うという特性上か、防御魔法や遮音魔法などが何重にもかけられている。
 私は辺りを見回した。
 きっとトリスティンがかけた魔法なのだろう。無駄のない美しい魔法だ。

(さすが天才魔法使いだけあるわね)

「では今日は初めてですから、少しお話しましょうね」

 トリスティンは目を細めて笑う。
 何を考えているのかわからない不気味な笑みだ。
 私は身構えた。

「ん」
「では、まず私から質問です。殿下はなぜ、何も知らないふりをするのですか?」

 トリスティンの紫色の瞳が不気味に光った。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

弟に前世を告白され、モブの私は悪役になると決めました

珂里
ファンタジー
第二王子である弟に、ある日突然告白されました。 「自分には前世の記憶がある」と。 弟が言うには、この世界は自分が大好きだったゲームの話にそっくりだとか。 腹違いの王太子の兄。側室の子である第二王子の弟と王女の私。 側室である母が王太子を失脚させようと企み、あの手この手で計画を実行しようとするらしい。ーーって、そんなの駄目に決まってるでしょ!! ……決めました。大好きな兄弟達を守る為、私は悪役になります!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...