この優しさには絶対に裏がある!~激甘待遇に転生幼女は混乱中~

たちばな立花

文字の大きさ
36 / 41

36.イズールの提案

しおりを挟む
 イズールの心臓が早歩きになる。
 この提案が正解なのかはわからなかった。
 本当のところ、囮になってまで犯人を捜そうなどと思ったことはない。
 犯人はわかっているのだ。――継母の手の者だと。継母にとってイズールは邪魔存在だ。
 いなくなればいいと思っているのは知っている。
 何度も命の危険に晒されてきた。
 王宮にいる継母の手の者を捕まえても、本当の解決にはならない。
 だから、イズールは諦めていた。
 けれど、レティシアがどうにか切実に解決を望んでいると知ったとき、こうするのが一番だと思ったのだ。

「君はまだ子どもだ。とても囮などさせられない」
「そうよ。あなたを含め子どもたちは私たちが守るわ。一度安全な場所に避難させる計画をしていたところなのよ?」

 アランとシェリルが反対する。
 彼らはレティシアやルノーと同じように、イズールのことを扱ってくれているようだ。少しだけ胸がキュッと締めつけられた。
 自国での扱いを考えるとあまりにも違い過ぎて、息をするのも苦しくなる。
 レティシアもルノーもそうだ。
 彼らは分け隔てなくイズールを受け入れてくれる。
 イズールにとって、この場所はどこよりも穏やかでいられる場所だった。

(私にできることがあるのに、逃げるなんてできないよ)

 今までずっと、諦めて生きてきた。
 継母に逆らうことはできなかった。
 けれど、ここで暮らすようになって少しだけ抵抗したいと思ったのだ。
 イズールは拳を握り締める。

「レティシア姫は魔法が使えます。どこにいても、何かあれば一瞬ですよね?」
「そう、なのよね……」

 シェリルが困ったように眉尻を下げた。
 みんながため息をつく。

「魔法の檻を作ることはできますが、マナの消費が激しいものなので長期間は難しいですねぇ」

 トリスティンは肩をすくめた。
 興味深げに補佐官のクロッツが問う。

「そんなに難しいものなのですか?」
「ええ。持続性のある魔法はマナをずーっと消費するのですよ。火の球を千個投げるほうがよっぽど楽です」
「なるほど……」
「それに、殿下は無邪気な天才ですから。殿下に破られない檻となると……」

 トリスティンは困ったように笑った。

「なので、私が囮になって捕まえるのが現実的だと思ったんです!」
「一理ありますね」

 イズールの提案にトリスティンだけが頷く。
 彼には王族や子どもといった括りはないのだろう。実にフラットだ。

「それに、私を狙ったということは、おそらく継母(はは)の関係者だと思うので……」

 イズールの言葉は尻すぼみになっていく。
 アランやシェリルはある程度事情を知っているはずだ。
 イズールは深く頭を下げた。

「私に力を貸してください」

 部屋に静寂が訪れる。
 イズールは頭を下げたまま唇を噛みしめた。

「そんなふうに言わなくてもいいのよ?」
「そうだ。この王宮で起きたということは、わが国の問題でもある」

 シェリルとアランの言葉にイズールは顔を上げた。

「囮なんてさせるのは心配だけれど……」

 シェリルは眉尻を下げたままだ。
 母親が生きていたら、こんなふうにあたたかい存在だっただろうか。

「それでしたら、私がひと肌脱ぎましょう」

 トリスティンが弾んだ声を上げる。
 みんなの視線が集まると、彼は嬉しそうに笑った。

「イズー殿下が囮になる日は、私が防御魔法を使うことで解決です」
「でも、持続性のある魔法はマナの消費が激しいんですよね?」
「イズー殿下は鋭いですねぇ。でも、心配ありませんよ。イズー殿下一人、数時間であれば」

 トリスティンはイズールの頭を撫でる。少し乱暴な手にイズールはギュッと目を閉じた。

「ヴァルニエル様が手助けしてくださるなら安心ね」

 シェリルは安心したような表情でアランを見上げる。
 彼は神妙な面持ちで頷いた。いや、もとからそういう顔なのかもしれない。
 そこから感情を読み取るのは難しそうだ。

「それにしても、レティの興味をどうやって引こうかしら?」

 シェリルが困ったように言った。
 それについてはイズールも悩んでいた。今日はうまくいった。しかし、レティシアに子ども騙しは何度も効かないだろう。

「それに関しても、私にお任せください」

 トリスティンが胸を張って自信ありげに言う。
 再び全員の視線を浴びたトリスティンが嬉しそうに笑った。

「犯人捜しなんて考えられないほど、たくさん遊べばいいのです」

 トリスティンの不気味な笑い声が部屋中に響いた。

 **

 犯人捜しを始めてから数日、私は毎日王宮の端にある練習場にいる。
 ともにいるのはトリスティン一人だ。

「さあ、もう一度やってみましょうね」

 トリスティンは私の隣にしゃがむと、うたうように言った。

(こんなことしてる暇ないのに……)

 私は頬を膨らませる。
 数日前から突然、トリスティンが本気を出してきたのだ。
 私の体調を考慮して数日に一回だった魔法の勉強が、最近は毎日ある。
 私は言われたとおり、桶の水に魔法をかけた。
 魔法がかけられた水は桶を飛び出し形を変える。

「おやおや、うさぎさんですか~。お上手ですねぇ」

 トリスティンから拍手を送られた。

「……いぬ」
「おや、犬さんでしたか。お耳が長いので、うさぎさんかと思いました」

 私は威力調整がとにかく下手らしい。
 それを改善するための練習だ。
 前世では威力を調整する必要はなかった。いや、そんな効率的な方法を知らなかったのだ。
 魔法の何もかもを知ったつもりでいたけれど、本当は何もわかっていなかったのかもしれない。

(犬の次は……)

 私は水の形を変えていく。
 この訓練になんの意味があるのかはわからないが、つまらなくはない。

「おおっ! 次のこれは……くまさんですかね?」
「……ねこ」
「おやおや、少し独創的な形をしていたので、間違えてしまいましたね」

 トリスティンは「愉快、愉快」と笑う。

「随分魔力の調整がお上手になりましたね」
「ん」

 連日練習しているのだから当たり前なのだが、褒められて悪い気はしない。

「では、次は久しぶりに攻撃魔法を試してみましょうね」

 トリスティンが指をパチンッと鳴らすと、練習場の真ん中に藁の人形が現れた。
 最初のころ練習場にあった人形と同じものだ。木の棒にくくりつけられた藁の人形が佇んでいる。

「前回と同じ雷の魔法がいいかと思いますよ」
「ん」

 私は藁の人形に向けて腕を伸ばす。
 遠くて小さい。
 けれど、連日魔法を使っているせいか、不安はなかった。
 私は小さな声で呪文を唱える。
 瞬間、空から強い光が藁の人形の上に落ちた。

 ズガンッ。

 非常に大きな音だ。そして、激しく地面が揺れる。
 私はゆらゆらと揺れたあと、ペタンと地面に転んで尻もちをつく。
 藁の人形は木の棒とともに姿を消し、地面にぽっかりと大きな穴が空いて、煙が立ち上っていた。
 この光景には既視感があった。

「おやおやおやおや」

 トリスティンが藁人形があった場所を凝視した。
 そして、目を細め笑う。

(やっちゃったかも)

 前回よりも上手く調節できたと思ったのだが。
 藁の人形は跡形もなく消えている。
 トリスティンは私を抱き上げると、消えた藁人形のもとへと連れて行った。
 大きな穴だけがある。

「よーくわかりました。殿下は攻撃魔法がお下手なのですねぇ」
「むう……」

(攻撃魔法が一番得意だと思っていたのに?)

 前世で一番使ってきた魔法が攻撃魔法だ。
 それを「下手」と言われるのはなんだか悔しい。

「もっかい」
「もう一回ですか? しかたありませんね」

 トリスティンは魔法で藁人形をもとの姿に戻すと、私をもとの位置に下ろす。
 私は再び藁人形に向けて雷を落としたけれど、結果は変わらなかった。
 ズガンッ。と大きな音を立てて消える藁人形。
 トリスティンは「やっぱりお下手ですねぇ」と苦笑をもらした。
 私は頬を膨らませる。
 そんなはずはない。私は攻撃魔法で生き抜いてきたのだ。

「もっかい!」
「おやおや~。しかたないですね~。もう一回だけですよ?」

 トリスティンはにこにこと笑いながら、準備をする。
 けれど、結果は同じ。
 何度やっても雷は地に穴を空け、大地を揺らした。
 私は座り込む。

「なんで……」
「慌ててはいけませんよ。威力調整がお下手なだけで、魔法が使えないわけではありませんからね」

 トリスティンは慰めるように私の頭を撫でた。
 しかし、そんな言葉は慰めにはならない。

「ゆっくりゆっくり覚えていきましょうねぇ」

 まるで子どもを諭すような口調に腹が立つ。
 私は八つ当たりとばかりにトリスティンの手を叩いた。
 すると、練習場の扉がガタガタと揺れる。

「レティーッ!」

 ルノーの叫び声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

弟に前世を告白され、モブの私は悪役になると決めました

珂里
ファンタジー
第二王子である弟に、ある日突然告白されました。 「自分には前世の記憶がある」と。 弟が言うには、この世界は自分が大好きだったゲームの話にそっくりだとか。 腹違いの王太子の兄。側室の子である第二王子の弟と王女の私。 側室である母が王太子を失脚させようと企み、あの手この手で計画を実行しようとするらしい。ーーって、そんなの駄目に決まってるでしょ!! ……決めました。大好きな兄弟達を守る為、私は悪役になります!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...