【完結】捨てられ令嬢の冒険譚 〜婚約破棄されたので、伝説の精霊女王として生きていきます〜

きゅちゃん

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第25話 「未決房」

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「父上のことも、北の騎士団と私に叛意があるというのも、全てはいわれなき冤罪です」

ムーン公は何も言わなかったが、瞳の奥に苦しげな光が宿っているのはわかった。
それを見て、この人は少なくとも敵ではないと改めて確信する。

「...王国貴族法典第48条には『貴族に対する重罪の告発、爵位の継承に関わる紛争、名誉の剥奪に関わる一切の審理は、宮廷裁判において国王陛下御自らの臨席の下に執り行われなければならない』...そのように規定されているはずです」

勉強だけは真面目にやってきた私は、王国貴族法典という古めかしい...というよりはほとんど忘れ去られたに等しい法令の存在をなんとか思い出していた。
魔法の取り柄がないと思っていたからこそ、半ば逃避のように勉学に打ち込んだ時期もあった。
それがこのように役に立つ日が来るとは夢にも思わなかったが...
とにかく、私の王都帰還はこのかび臭い古代の法令だが、今日も法的には有効のはずだ。
蜘蛛の糸よりも細い道筋かもしれないが、この条文を手がかりにして活路を開かねばならない。

「王国貴族法典...あーちょっとお待ちを...」

ムーン公は気まずそうに立ち上がると、執務机の背後に整然と並んだ法典からどうにか王国貴族法典を探し出してきた。基本的には、細かい条文の調査などは部下たちがやっているのだろう。
しかし今回は政治的な問題であることと、彼個人のエルヴェスタ子爵令嬢への思い入れから生じた個別案件だ。
ゆえに部下を使うことを控えているようだった。

しかし、自分の目で条文を確かめて彼なりにどうにか対処しようとする姿勢には好感が持てた。
やはり、悪い人間ではない...むしろ名門貴族にしては珍しい誠実さが備わっているようだ。

「48条...48条...なるほど...まさに貴女のおっしゃる通りですな...」

私の訴えた条文を見つけたムーン公は、困ったというように腕組みをする。
つまりそれは、道理が通じる相手だという証左でもあった。

「閣下には決してご迷惑をおかけいたしません。私が求めるのはあくまでも手続きそのもの。そこで下された判断にはもちろん従いますので、どうかなにとぞ...」

ムーン公は眉を顰めて考え込んでいたが、やがて顔を上げてきっぱりと宣言するように言った。

「ふぅむ...いや、貴女の訴えはもっともだ。アイアンメイデンのミリア副長...とかいったかな、彼女の申し入れは随分乱暴なものでした。王都警備隊からも厳重な抗議が来ていましたし...私の職権において宮廷裁判を召集し、陛下のご決裁を仰ぐことにしましょう」

「ありがとうございます...!」

「いや、無理が通れば道理が引っ込むと言います。私もお飾りとはいえ法務大臣だ...そして貴女の主張は筋が通っている。そして、単身私のところに乗り込んできた。何よりその勇気に敬意を表さねばなりません」

私は何度もムーン公に頭を下げた。
レインやムーン公のように、誠意が通じ私に手を差し伸べてくれる人たちがいる。
その事実が何よりも胸に沁みた。

「これから手続きを進めます。...大変申し訳ないが、貴女には未決房にてお待ちいただきたい。快適なところではないのですが、貴女のためにもできるだけきちんと法に則って処置したいのです」

ムーン公の言うことはもっともだった。
気弱そうな外見とは裏腹に、内心は結構筋の通ったところもあるようだ。
まんざらお飾りだけの大臣というわけでもないのかもしれなかった。
彼が本来のポテンシャルを発揮したら、エルヴェスタ子爵令嬢との交際も夢ではないかもしれない...。

「ごもっともなことです。私はどこでも大丈夫ですので...」

「では、武官に案内させます。...それと、これは法務大臣としてではなく、一個人としての発言になりますが...お父上のことは残念でした」

「...そのお言葉だけで、十分です...」

ムーン公の思いやりに溢れた言葉を聞いて、張り詰めていた心に緩みが生じる。
思わず込み上げてきそうになる涙を堪えながら、再び影のように現れた武官に促されて大臣室を出た。

「まだ我らの運は尽きていないようだな」

無言の武官たちに案内された未決房の中で、私たちだけになるとアキュラが少しほっとしたような口調で言う。
もちろん外には見張りが立っているので、彼らには聞こえないようにしている。

「そうね...でもここからが本番だわ」

「ああ...だが、いざという時は強硬な手段で脱出することも考えておかねばならないね」

「...たしかに」

この宮廷裁判はあくまで時間稼ぎだ。
ミリアの影響力がどこまで及んでいるかは掴みかねている。
アイアンメイデンは掌握されているようだったが、王都警備隊にまでは及んでいなかった。
しかし私の存在を認知した今、彼女がどんな手を打ってくるかはわからない。
ムーン公のおかげで裁判の開廷はなんとか勝ち取ったものの、その過程や結果は国王次第だ。
ミリアが無策のままでいるはずがない。

「いくつか攻撃的な精霊術を事前に詠唱しておいて、いつでも発動できるように私が蓄積しておこう」

「わかった...本当に、それは奥の手にしたいところね」

ミリアはともかく、周囲の人たちは騙されたり操られているだけのはずだ。
だが、殺されてしまっては元も子もないから、アキュラの主張は当然のものと言えた。
とはいえ、元はと言えば罪もない彼らをできるだけ武力衝突に巻き込みたくはなかった。
操られているといえば...かつての婚約者、レオンの顔がふと浮かぶ。
彼もまたミリアに何かされているのか、それとも婚約破棄を含め彼自身の選択だったのか...
忘れようと努めたはずの胸の痛みが、再びきりりと疼く。

その面影を振り切るように、アキュラとの事前準備に取り掛かった。
薄暗く、快適とは言えない未決房の堅い寝台の上で、外の見張りに魔力を検知されないように、細心の注意を図りながら少しずつ周囲の魔力を集めて、アキュラの中に蓄積していく。
神経を削るその作業をようやく終えた頃に、外からノックの音がした。

「お食事です」

無表情な武官が食事を運んできたようだった。
お世辞にも美味しそうとは言えないし、食欲などあるはずもない。
が、粗末な食事が載った盆の上に、それだけ不釣り合いな華やかさの砂糖菓子が添えられている。
よく見れば、小さな紙が添えらえれていて「エルヴェスタ子爵令嬢より心を込めて」と記されていた。
どうやら、エルヴェスタ子爵令嬢がどのような手段を使ったかはわからないが、私を励ますためにこっそりと差し入れてくれたようだ。賄賂でも握らされたのか、食事を運ぶ武官も見て見ぬ振りをしてくれたらしい。
その心遣いを無駄にはできない。
それに、腹が減っては戦はできぬとも言う。
私は半ば無理やり飲み込むようにして食事を流し込み、砂糖菓子もありがたく頂くことにした。
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