【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん

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第三話 魔法省の空気が、初日から重い

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 一週間後、わたしはヴァルナ公爵邸の応接室にいた。

 名刺に書かれた住所を訪ねると、門番がすでにわたしの名前を把握していて、すんなり通された。準備がいい。そういう人なのだろう。

「お返事を聞かせてください」

 向かいのソファに座ったカイル公爵が、前置きなしに言った。

「お受けします」

「理由を聞かせてもらえますか」

 少し意外だった。理由を聞く人は多くない。普通は「ありがとうございます」で終わる。

「条件が納得できるものでした。それから」

 少し間を置いた。

「弱点を強みに変える視点が必要だと、おっしゃっていましたよね。わたしも、同じことを思っていたので」

 公爵は何も言わなかった。ただ、かすかに頷いた。

「では、来週月曜から」

「はい」

 こうして、モブ令嬢の魔法省勤務が始まった。

---

 魔法省は王都の中心部、王城に隣接した石造りの大きな建物だ。外観は荘厳だが、中に入ると書類の山と、くたびれた顔の職員たちが出迎えてくれた。前世の会社に、少し似ている。

 案内されたのは地下二階の研究室だった。

「詠唱補助式プロジェクトチームです」

 扉を開けると、室内にいた三人がこちらを見た。

 ひとりは四十代と思われる眼鏡の男性、ひとりは二十代後半の女性、もうひとりは三十前後の男性だ。三人とも、わたしを見た瞬間に顔が「あ、また余計な人員が増えた」という顔になった。前世で何度も見た顔だ。分かりやすい。

「ランドール、です。よろしくお願いします」

 頭を下げると、三人はそれぞれ名乗った。眼鏡の男性がトルヴェン主任研究員、女性がミラ研究員二等、若い男性がデニス研究員三等。

「まあ、とりあえず資料から読んでいてください」

 トルヴェン主任がぞんざいに言って、積み上げた書類の束をわたしの机に置いた。

 どさり、と音がした。

 束を確認すると、三年分の研究記録だった。かなりの量だ。これを「とりあえず」で渡してくる。嫌がらせか試しているのか、どちらかだろう。

「分かりました。いつまでに読めばいいですか」

「……は?」

「期限を教えていただければ、そこから逆算して読み進めます」

 トルヴェン主任が少し面食らった顔をした。

「……一週間、もらえれば」

「では三日でお返しします」

 室内が静かになった。

 わたしは机に着いて、一枚目を開いた。

---

 三日後、わたしはトルヴェン主任の机に書類を返した。

「読み終わりました」

「……速いな」

「付箋を貼ってあります。気になった点がいくつかあったので」

 主任が束を手に取ると、各所に色分けされた付箋が貼られていた。

「黄色は疑問点、青は別のアプローチが取れそうな箇所、赤は計算に誤りがあると思われる箇所です」

「誤り?」

 主任の眉が寄った。

「第七研究記録の四十二ページ、補助式の共鳴係数の計算です。基礎魔法理論の第三式を使っていますが、ここは低魔力域では第三式が成立しないので、第五式で計算し直す必要があります。そこがずれているために、実験結果が毎回ばらつく原因になっているのではないかと」

 しばらく沈黙があった。

 主任が四十二ページを開いて、じっと見た。横からミラ研究員ものぞき込んで、数秒後に「……あ」と小さな声を上げた。

「三年間、誰も気づかなかったのですか」

 わたしが聞くと、主任は複雑な顔をした。

「……第三式で計算するのが、この分野の慣例だったからな」

「慣例が間違っていることもあります」

 言い方がきつかっただろうか、と思った。が、嘘をつくよりましだ。

 主任は長い沈黙のあと、眼鏡を押し上げてわたしを見た。

「……検証してみよう」

 それがトルヴェン主任の、わたしへの最初の評価だった。

---

 夕方、廊下を歩いていると、後ろからデニス研究員に呼び止められた。

「ランドールさん」

 振り返ると、彼は少しばつの悪そうな顔をしていた。

「さっきの件、主任は助かったと思ってると思います。言い方は難しい人なので、素直に言わないですけど」

「そうですか」

「あなた、魔法学校、主席だったんですね」

「はい。魔力量が低いので、理論で補うしかなかっただけです」

 デニスは少し考えるように黙ってから、「なるほど」と言った。

「……さっき言ってたこと、カイル公爵閣下が三年で解決できなかった問題に別角度で回答を出したって言ってました。本当だったんですね」

「公爵閣下がそう言っていたんですか」

「採用を通知するときに、一言だけ」

 わたしは少し黙った。

 一週間前、応接室でわたしが「弱点を強みに変える視点が必要だとおっしゃっていた」と言ったとき、公爵は何も言わなかった。ただ頷いただけだった。

 でも、それ以前に、職員に向けてすでに同じことを言っていた。

 言葉が少ない人だと思っていたが、必要なことはきちんと伝えている人らしかった。

「……なるほど」

 今度はわたしが同じ言葉を返す番だった。

 廊下の窓の外、夕暮れの空が橙色に染まっていた。前世と今世、どちらでも夕方の空はきれいだな、とぼんやり思った。

 明日もここに来て、仕事をする。研究を続ける。それが今のわたしに与えられた場所だ。

 悪くない、とわたしは思った。
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