黒獅子の愛でる花

なこ

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第一章

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リヒトと公爵家の一人娘マリアの婚礼は盛大に行われた。

レノアール家にも招待の案内が届き、いつもなら誘うことなど一切してこないジェラルドが、執拗にサフィアも出席するよう促してきた。

どんな顔をして祝えばいいのか、笑顔で祝うことなどできるのだろうか。

体調不良を理由に、サフィアは欠席した。

ジェラルドは残念そうだったが、両親は相変わらずサフィアには無関心だ。

サフィアとリヒトより二つ歳上のマリアが、学園でリヒトに一目惚れしたという。

リヒトを懸想する余り体調に異変を生じてしまった一人娘を憂い、侯爵家へ婚姻の打診をしてきたのは公爵本人だったらしいと、帰宅するなりジェラルドは饒舌に語った。

あまり器量が良くないマリアだが、公爵家の一人娘と言う肩書きは絶大で、リヒトは上手くやったと誰もがそう話していたと言う。

緊張するマリアを、歳下のリヒトが完璧にエスコートする過ごす姿が印象的だったと母は興奮した様子で話していたし、父も久しぶりにいい式だったと感心した様子だった。

サフィアの複雑な想いに心を寄せてくれる人物など、誰一人いない。

聞きたくない話しを、今日に限ってサフィアを退席させることなく語り続ける家族の横で、サフィアは曖昧に微笑むしかなかった。

リヒトの未来は、きっとずっと輝きに満ちたものになるだろう。

サフィアが夢みた未来よりも。

サフィアは何度も自分にそう言い聞かせ、眠れぬ夜を幾夜も重ねて、燻る気持ちと現実に折り合いをつけていくしかなかった。




伯爵となったジェラルドは何かと外出することが多く、その仕事の殆どをサフィアが担うことが日課だ。

一月ほど家に引き篭もったまま積み重なる書類の山を整理し終えると、鏡に映る自分の姿にサフィアはぞっとした。

リヒトが好きだと言っていた泣きぼくろのある目元は窪み、真っ黒なくまが浮かび上がっている。

この先永遠にこんな日が続くのだ。

さっと顔を洗うと、一括りに結びあげた髪を解いて、サフィアはようやく一息をついた。

父も母も家にいるはずだが、サフィアのすることには興味がないのか、全く寄りつくことはない。

漸く一息ついていた所に、ガタンと乱暴な音をたてて、ジェラルドが帰ってきた。

「おい!お前は一体どれほど俺を愚弄すれば気が済むのだ?!」

帰ってきた途端、訳の分からない怒声をあげながら、ジェラルドは驚いて立ち上がったサフィアの胸元を掴んだ。

「兄様、一体、何が…」

サフィアには全く思い当たる節がない。

「とぼけやがって!」

そのまま壁に押し付けられ、頬を打たれると、サフィアは崩れ落ちた。

あの時と同じだ。

本人には全く心当たりがないのに、彼等はこうして身に覚えのない怒りをサフィアにぶつけてくる。

唇からは微かに血の味がする。

「これを見てもしらを切るつもりか?!」

ジェラルドが差し出した封書には、王宮の封蝋が施されている。

サフィア宛のそれを、ジェラルドはまた勝手に開封したのだ。

「…本当に、心当たりがございません。」

「はっ!」

騒ぎを聞きつた父母も駆けつけて来た。

「一体何事だ?」

崩れ落ちるサフィアを心配する様子は微塵もない。

「王宮から、サフィアの元へこれが届きました。ルイ王太子の世話係を命ずるものです。従順にわたしに従うふりをしながら、こいつはまたこの家から出ていこうと、策を練っていたに違いありません!」

ジェラルドの話す内容は、本当にサフィアには全く心当たりがないものだった。

ルイ王太子?

面識などないし、子どもの世話などこれまで一度もしたことはない。

ジェラルドだって、それは知っている筈だ。

興奮したジェラルドの横で、父親が冷静に書状に目を通す。

「王太子の世話係がなかなか決まらないと、噂では聞いていたが…。サフィアを特定してという訳ではないだろう。とりあえず、指示通り一度登城しなさい。お前に王太子の世話係など務まる訳がない。向こうから断ってくることだろう。」

倒れ込むサフィアではなく、興奮したジェラルドに母親は寄り添っている。

「この子に務まる訳がないわ。どうせ此処に戻ってくるしかないのだから、落ち着きなさい、ジェラルド。」

口元から血を流したサフィアがゆっくりと起き上がると、食い入るようにサフィアを見つめていたジェラルドと目が合う。

ふいっとそっぽを向くと、ジェラルドは漸く落ち着いた様子で、長椅子に腰を下ろした。

「あなた、それは何時ですの?」

「うむ。明後日には登城するよう記されているな。」

「嫌だわ、怪我をしたまま登城なんてさせたら、なんて言われるか…。サフィア、おとなしく過ごしてちょうだい。」

怪我をさせたジェラルドではなく、母はサフィアのことを一瞥してそう咎めた。














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