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第四章
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「…無駄、なのでしょうか…」
ライの言葉に、サフィアは呆然とした。
「無駄であろう?其方は世話係を続けたいのか、辞めたいのか、どちらだ?」
サフィアの様子など気にせず、ライはまた古酒を口に流し込む。
「…続けたい、です。ルイ様のお側に、お仕えしていたい…。」
「ならば、結論は出ているではないか。其方は続けたい、余は認めている。何を悩む必要があるのだ?」
黙り込むサフィアに、ライは続ける。
「レノアール家では、余程其方のことが必要なのだろうな。生家に戻りたいと言うのなら、余が引き留めることはない。」
誰もサフィアを必要となんかしていない。両親も兄も。
両親と兄が望んでいるのは…
ああ、そうか。ただ、それだけの事だったのか…
彼等が必要としているのは、サフィアが彼等の言う事に従い続ける事、ただそれだけだ。
「生家に戻るか?」
「…いいえ。いいえ、戻りません。ここで、ルイ様にお仕えします。」
おどおどと怯えた様子だったサフィアの雰囲気が変わる。
それはサフィアの中で長年培われてきた何かが崩れ去った瞬間だった。
たった数刻の間で何があったのか。
サフィアの変化はライから見ても、明らかだ。
「このような姿でお話しすることではないかもしれませんが、ルイ王子の為に最善をお尽くしします。どうぞ、宜しくお願い致します。」
「いいだろう。ルイのためだけではなく、余の為にも最善を尽くす事だな。」
「はい。微力ではありますが、わたくしのできる限りの最善を、陛下のために。」
空になった杯へ、サフィアは慎重に酒を注ぐ。
それだけで酔いそうな芳醇な香りが鼻をつく。
今度はゆっくりと時間をかけて、ライは東国の、母の祖国の味を堪能した。
空になれば、また注ぐ。
ゆっくりと静かに時間だけが流れる。
夜風に乗って聞こえて来るのは、心地よい虫の音だけだ。
「…そろそろ戻るとするか。」
一瓶全てを飲み干すと、ライは漸く腰を上げた。
「はい。…あの、陛下、一つだけお聞きしても宜しいでしょうか?」
「…何だ?」
「どうして、わたくしを此処へ?」
寝巻き姿のままこの場所へ連れて来られた理由が、サフィアには分からなかった。
酌をさせる為だったのだろうか。
それならもっと、ライには相応しい相手がいるように思う。
尋ねられたライも、なぜサフィアを此処まで連れてきたのか、問われて初めて疑問を抱いた。
カリンも他の女たちも、誰一人この場所へ連れて来たことはない。
自分の行動に疑問を抱いたのは初めての経験だった。
「…やはり、愉快だな。」
「……陛下?」
ライは真上まで差し掛かった月に目を凝らす。
サフィアもつられて、夜空を見上げる。
「…月が、今宵の月が、美しかったから。だから、其方を連れてきたのだ。」
そう言って、ライはふっと笑った。
曖昧なその返答には、聞き覚えがある。
「…そうですね。本当に、とても…。」
ライがそう言うのならば、きっとその通りなのだ。
あれだけ強そうな酒を飲み干したにもかかわらず、しっかりとした足取りでライは橋を渡り始めた。
夢のような出来事だった。
前を歩く悠然としたその後ろ姿を、サフィアは追いかける。
この後ろ姿を追って行けば、何処へでも何処までも行けるような、そんな気がしてくる。
とても、不思議なお方だ。
「…酒は、飲めるのか?」
橋の袂が近づいた時、振り返ることのないまま、ライは問い掛けた。
「…恐らく、飲めるかと。ですが、実はまだ一度も嗜んだことがありません。」
「そうか、ならばいい酒が手に入ったら飲ませてやろう。」
心配そうに見守るエリクと、護衛たちの姿はもう間近だ。
「其方のその姿は、あの者たちにとって目の毒だ。次は寝巻き姿ではなく、服を纏って来ることだな。」
ライが振り返ると同時に、サフィアは頭からすっぽりと、絹の感触で包まれた。
煙草と香の混じり合った独特の匂い。
それはライの纏っていた、絹の羽織りだった。
ライの言葉に、サフィアは呆然とした。
「無駄であろう?其方は世話係を続けたいのか、辞めたいのか、どちらだ?」
サフィアの様子など気にせず、ライはまた古酒を口に流し込む。
「…続けたい、です。ルイ様のお側に、お仕えしていたい…。」
「ならば、結論は出ているではないか。其方は続けたい、余は認めている。何を悩む必要があるのだ?」
黙り込むサフィアに、ライは続ける。
「レノアール家では、余程其方のことが必要なのだろうな。生家に戻りたいと言うのなら、余が引き留めることはない。」
誰もサフィアを必要となんかしていない。両親も兄も。
両親と兄が望んでいるのは…
ああ、そうか。ただ、それだけの事だったのか…
彼等が必要としているのは、サフィアが彼等の言う事に従い続ける事、ただそれだけだ。
「生家に戻るか?」
「…いいえ。いいえ、戻りません。ここで、ルイ様にお仕えします。」
おどおどと怯えた様子だったサフィアの雰囲気が変わる。
それはサフィアの中で長年培われてきた何かが崩れ去った瞬間だった。
たった数刻の間で何があったのか。
サフィアの変化はライから見ても、明らかだ。
「このような姿でお話しすることではないかもしれませんが、ルイ王子の為に最善をお尽くしします。どうぞ、宜しくお願い致します。」
「いいだろう。ルイのためだけではなく、余の為にも最善を尽くす事だな。」
「はい。微力ではありますが、わたくしのできる限りの最善を、陛下のために。」
空になった杯へ、サフィアは慎重に酒を注ぐ。
それだけで酔いそうな芳醇な香りが鼻をつく。
今度はゆっくりと時間をかけて、ライは東国の、母の祖国の味を堪能した。
空になれば、また注ぐ。
ゆっくりと静かに時間だけが流れる。
夜風に乗って聞こえて来るのは、心地よい虫の音だけだ。
「…そろそろ戻るとするか。」
一瓶全てを飲み干すと、ライは漸く腰を上げた。
「はい。…あの、陛下、一つだけお聞きしても宜しいでしょうか?」
「…何だ?」
「どうして、わたくしを此処へ?」
寝巻き姿のままこの場所へ連れて来られた理由が、サフィアには分からなかった。
酌をさせる為だったのだろうか。
それならもっと、ライには相応しい相手がいるように思う。
尋ねられたライも、なぜサフィアを此処まで連れてきたのか、問われて初めて疑問を抱いた。
カリンも他の女たちも、誰一人この場所へ連れて来たことはない。
自分の行動に疑問を抱いたのは初めての経験だった。
「…やはり、愉快だな。」
「……陛下?」
ライは真上まで差し掛かった月に目を凝らす。
サフィアもつられて、夜空を見上げる。
「…月が、今宵の月が、美しかったから。だから、其方を連れてきたのだ。」
そう言って、ライはふっと笑った。
曖昧なその返答には、聞き覚えがある。
「…そうですね。本当に、とても…。」
ライがそう言うのならば、きっとその通りなのだ。
あれだけ強そうな酒を飲み干したにもかかわらず、しっかりとした足取りでライは橋を渡り始めた。
夢のような出来事だった。
前を歩く悠然としたその後ろ姿を、サフィアは追いかける。
この後ろ姿を追って行けば、何処へでも何処までも行けるような、そんな気がしてくる。
とても、不思議なお方だ。
「…酒は、飲めるのか?」
橋の袂が近づいた時、振り返ることのないまま、ライは問い掛けた。
「…恐らく、飲めるかと。ですが、実はまだ一度も嗜んだことがありません。」
「そうか、ならばいい酒が手に入ったら飲ませてやろう。」
心配そうに見守るエリクと、護衛たちの姿はもう間近だ。
「其方のその姿は、あの者たちにとって目の毒だ。次は寝巻き姿ではなく、服を纏って来ることだな。」
ライが振り返ると同時に、サフィアは頭からすっぽりと、絹の感触で包まれた。
煙草と香の混じり合った独特の匂い。
それはライの纏っていた、絹の羽織りだった。
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