黒獅子の愛でる花

なこ

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第五章

18

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…何のために訪ねて来たのだろう。

サフィアにもルイにも、結局ライの意図は分からなかった。

いつもと同じ時間に部屋に戻ると、壁に掛けられた羽織りが目を引く。

朝から降り続いていた雨は、ライの言う通り、すっかり止んでしまった。

一度立ち上がり、少し悩んで、また座り直す。

また立ち上がり、窓辺から外を伺って、うろうろとしては、座り直す。

ライははっきりと明言した訳ではない。

ただいい酒が手に入り、雨は止むだろうと、そう言っただけだ。

今度はすっと立ち上がり、羽織りの前で立ち止まる。

隣に飾ってある絵に触れ、それから羽織りにそっと触れる。

…まだ、羽織りのお礼をしていない。

…もし違っていたら、その時は引き返して来ればいいだけだ。

さっと身だしなみを整えると、サフィアは部屋を後にした。
  
雨上がりの、しっとりとした庭を進んで行く。

木々で囲まれた暗闇を、今晩も満月が照らしてくれる。

橋の袂では、エリクと数人の護衛が既に待機していた。

その先にライがいる証拠だ。

「ああ、やっと来たのですね!陛下がお待ちです!」

エリクから急かされ、次はないと思っていた真紅の橋を、サフィアはゆっくりと渡った。




「遅かったな。」

肘掛けに身体を預け、片膝を立てたライは、ゆったりと煙草の煙を燻らせている。

「…申し訳ございません。お呼びだてされていたのか、わたくしには判断し兼ねました。」

「其方が来なければ、これは池の水と化すところだった。」

ライが薄水色の陶器を持ち上げると、中からは、たぷんたぷんと音がした。

「貴重な酒だぞ。其方の為に取り寄せたのだ。」

サフィアが来なければ、ライは何の躊躇いもなく池の中へ注ぎ捨ててしまったのだろう。

貴重だと言うこの酒を。

「…本当に、用意して下さったのですね。」

「信じていなかったのか?心外だな。」

むくりと身体を起こしたライがサフィアと向き合う。

サフィアが手渡された小さな杯を受け取ると、乳白色の杯の中に、透明でさらさらとした液体が注ぎ込まれた。

「…頂戴いたします。」

さらさらと口当たりの良い液体が喉を過ぎる。

果実のような、花蜜のような、優しく甘い味わいだ。

「どうだ?」

「…とても、美味しいです。」

想像していた味とは全く違っていた。

すいすいといくらでも飲めそうな、後を引く味わいだ。

「初めて飲むには、丁度いいだろう。」

「はい。つい飲み過ぎてしまいそうです。」

ライの空の杯に、今度はサフィアが注ぎ込む。

ライは水のようにぐいっと一気に飲み干すと、少しだけ顔を歪めた。

「余には少し甘過ぎる。」

本当にサフィアのために用意してくれたのだろう。

「…なぜ、ですか。」

「ん?」

「なぜ、ここまでして下さるのですか。羽織りも、お酒も、わたくしには身に余るものばかり…」

雨上がりの庭はしっとりとしている。

酒のせいか、ほんのり熱くなったサフィアの肌は、薄らと汗ばんでいる。

「…さあな。余がそうしたいと思ったから、そうしただけだ。特に意味はない。」

「…ありがとうございます。」

ルイもライも、この父子が与えてくれるものは、何故にこうも心地いいものばかりなのだろう。

「ありがとうございます。陛下。」

もう一度、心をこめてそう伝える。

「そんな顔もできるのだな。」

「…え?」

手の甲で一瞬だけサフィアの目元を撫でると、何事もなかったかのように、ライは遠くに目をやった。

池の周りでは、月明かりの元で花々が咲き乱れている。

「…美しいな。」

ライの視線の先を辿り、サフィアも目を細める。

「…美しい景色ですね。」

甘く芳しいお酒と、匂い立つ花々と。

サフィアはふわふわとした初めて感じるこの感覚に、ゆっくりと酔いしれていた。

翌日、王妃から届いた贈り物を受け取るまでは。














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