26 / 31
第七章
25
しおりを挟む
リヒトに並ぶマリアからは、夫への想いが溢れている。
リヒトを見上げる視線は未だ恋する少女のように潤み、頬は薔薇色にほんのりと色めく。
エスコートする手が腰に回される度、マリアはぴくりと震え、それからはにかんだような笑みを夫に向けた。
初めて目にするマリアの姿は、細身の女性が目立つ貴族たちの中では少しだけふっくらとし、柔和な面持ちをしている。
爵位も、子も、温かな家庭も、この先サフィアが与えることのできない全てを、マリアはリヒトに与えることができるだろう。
…これで、良かったんだ。
リヒトの急な心変わりの訳を知りたくないと言えば、嘘になる。
ただもう、それを知ったところで、何も変わることはない。
サフィアはルイへと視線を向けた。
背筋を伸ばし、向けられる祝詞に一人一人真摯に応えている。
頷くたびにさらさらと揺れる黒髪は、今朝方サフィアが何度も櫛を通した。
今晩は寝付くまでお側にいよう。
今サフィアが生きている理由は、ルイのため、ただそれだけだ。
王族から少し離れた場所に控えるサフィアの姿は、ある意味王族以上に人々の目を引いた。
すらりと伸びた手足に、緩くまとめただけの銀糸と碧眼、着飾る貴族たちの中でも従者として控えめな出立ちだが、かえってサフィア本来の美しさを引き立てているように見える。
ちらちらと送られる視線に、サフィア自身は気がついていない。
それどころではなかった。
続いて現れた三人の姿に身体がびくりと強張る。
父と母、そして兄のジェラルドだ。
こんな姿を見られたらと慄いた後、長年染みついたこの習性を振り払おうと、首を振る。
珍しく王妃の方から彼等に何かを話しかけると、王妃は特にジェラルドと意気投合したようで、会話を弾ませている。
ジェラルドもサフィアには見せないような笑みを浮かべており、二人の様子にサフィアは落ち着かない気持ちがした。
立ち去るジェラルドから刺すような視線を向けられるのを、気が付かないふりをしてやり過ごす。
今のサフィアにはそれが精一杯だ。
一通り祝詞が告げられると、そこからは漸くサフィアの出番だ。
ライも王妃も、それぞれが訪れた来賓たちの相手を始める。
サフィアはルイに付き従い、少し疲れた様子のルイのために飲み物や軽食を用意した。
「よく頑張られましたね。堂々として、とても素晴らしかったです。」
にこりと微笑むと、ルイは小さな口で甘い果実の飲み物を口にした。
こくこくと静かに飲み干す。
余程喉が渇いていたのだろう。
そこにすっと近づいてきた人物に、サフィアは慌てて身なりを正した。
「お前が元気そうで良かったよ、ルイ。」
王太子のことを呼び捨てにできる人物は限られている。
「…おじいさま。ルイもお会いできて嬉しいです。」
おじいさまとルイが呼ぶのは、ライの母の兄、東国の大貴族であるサリエル閣下だ。
ルイが東国の言葉で返答したため、サリエルは一度目を丸くすると、それから嬉しそうにルイを抱え上げた。
ライとサリエルはよく似ている。
サリエルは年老いてもなお、精悍で隆々としている。
急に目線が高くなり、ルイは小さく声を上げ、嬉しそうにサリエルに抱きついた。
ライや王妃といるときよりも、そこにはくだけた雰囲気が漂う。
ルイはサリエルのことを慕っているようだし、サリエルもルイのことを可愛がっているようだ。
「君が教えたのか?」
東国の言葉で話しかけられ、サフィアは頷いた。
「ルイの発音は美しいな。」
「それはルイ様が努力されましたので。」
「君の発音も流暢だ。」
「…ありがとうございます。」
サリエルといるルイは、年相応の無邪気な子どもに見える。
ルイにこんな顔をさせるサリエルのことを、サフィアも好ましく感じた。
従者たちに急かされても、サリエルはなかなかルイから離れようとしない。
終いにはルイから促され、渋々待ち受ける人々の元へ足を向けた。
大きなその背をサフィアとルイが見送っていると、くるりとサリエルが振り返る。
「せっかく来たのだから、今回は少し長めに滞在する予定だ。長年の友人がいて、そこで世話になる予定だが、二人で訪ねて来るといい。友人にも許可は得ている。」
ほとんど外出をしないルイがサフィアを見上げる。
「陛下に確認してみましょう。」
うんうんとルイが頷く。余程訪れたいのだろう。
「ライに拒否はさせん。おっと、ライなどと呼び捨てにしてはならんな。この国の王だ。」
はははっと、豪快に笑う姿に二人もつられて笑顔になる。
「必ず来るのだぞ。ここで会うのは堅苦しくてかなわんからな。」
「はい、おじいさま。」
サリエルは大きな手で、ルイの頭を優しく撫でる。
ルイは少し照れたような表情を浮かべながらも嬉しそうだ。
「君も一緒に来るのだぞ。これだけ東国の言葉を操れるのだから、色々話しをしてみたい。」
「はい。是非。」
うんうんとサリエルは頷く。
「滞在先は、グレファム公爵邸だ。ではな。」
サフィアは耳を疑った。
グレファム…
そこは、先程目にしたばかりの、リヒトの婿入り先だ。
リヒトを見上げる視線は未だ恋する少女のように潤み、頬は薔薇色にほんのりと色めく。
エスコートする手が腰に回される度、マリアはぴくりと震え、それからはにかんだような笑みを夫に向けた。
初めて目にするマリアの姿は、細身の女性が目立つ貴族たちの中では少しだけふっくらとし、柔和な面持ちをしている。
爵位も、子も、温かな家庭も、この先サフィアが与えることのできない全てを、マリアはリヒトに与えることができるだろう。
…これで、良かったんだ。
リヒトの急な心変わりの訳を知りたくないと言えば、嘘になる。
ただもう、それを知ったところで、何も変わることはない。
サフィアはルイへと視線を向けた。
背筋を伸ばし、向けられる祝詞に一人一人真摯に応えている。
頷くたびにさらさらと揺れる黒髪は、今朝方サフィアが何度も櫛を通した。
今晩は寝付くまでお側にいよう。
今サフィアが生きている理由は、ルイのため、ただそれだけだ。
王族から少し離れた場所に控えるサフィアの姿は、ある意味王族以上に人々の目を引いた。
すらりと伸びた手足に、緩くまとめただけの銀糸と碧眼、着飾る貴族たちの中でも従者として控えめな出立ちだが、かえってサフィア本来の美しさを引き立てているように見える。
ちらちらと送られる視線に、サフィア自身は気がついていない。
それどころではなかった。
続いて現れた三人の姿に身体がびくりと強張る。
父と母、そして兄のジェラルドだ。
こんな姿を見られたらと慄いた後、長年染みついたこの習性を振り払おうと、首を振る。
珍しく王妃の方から彼等に何かを話しかけると、王妃は特にジェラルドと意気投合したようで、会話を弾ませている。
ジェラルドもサフィアには見せないような笑みを浮かべており、二人の様子にサフィアは落ち着かない気持ちがした。
立ち去るジェラルドから刺すような視線を向けられるのを、気が付かないふりをしてやり過ごす。
今のサフィアにはそれが精一杯だ。
一通り祝詞が告げられると、そこからは漸くサフィアの出番だ。
ライも王妃も、それぞれが訪れた来賓たちの相手を始める。
サフィアはルイに付き従い、少し疲れた様子のルイのために飲み物や軽食を用意した。
「よく頑張られましたね。堂々として、とても素晴らしかったです。」
にこりと微笑むと、ルイは小さな口で甘い果実の飲み物を口にした。
こくこくと静かに飲み干す。
余程喉が渇いていたのだろう。
そこにすっと近づいてきた人物に、サフィアは慌てて身なりを正した。
「お前が元気そうで良かったよ、ルイ。」
王太子のことを呼び捨てにできる人物は限られている。
「…おじいさま。ルイもお会いできて嬉しいです。」
おじいさまとルイが呼ぶのは、ライの母の兄、東国の大貴族であるサリエル閣下だ。
ルイが東国の言葉で返答したため、サリエルは一度目を丸くすると、それから嬉しそうにルイを抱え上げた。
ライとサリエルはよく似ている。
サリエルは年老いてもなお、精悍で隆々としている。
急に目線が高くなり、ルイは小さく声を上げ、嬉しそうにサリエルに抱きついた。
ライや王妃といるときよりも、そこにはくだけた雰囲気が漂う。
ルイはサリエルのことを慕っているようだし、サリエルもルイのことを可愛がっているようだ。
「君が教えたのか?」
東国の言葉で話しかけられ、サフィアは頷いた。
「ルイの発音は美しいな。」
「それはルイ様が努力されましたので。」
「君の発音も流暢だ。」
「…ありがとうございます。」
サリエルといるルイは、年相応の無邪気な子どもに見える。
ルイにこんな顔をさせるサリエルのことを、サフィアも好ましく感じた。
従者たちに急かされても、サリエルはなかなかルイから離れようとしない。
終いにはルイから促され、渋々待ち受ける人々の元へ足を向けた。
大きなその背をサフィアとルイが見送っていると、くるりとサリエルが振り返る。
「せっかく来たのだから、今回は少し長めに滞在する予定だ。長年の友人がいて、そこで世話になる予定だが、二人で訪ねて来るといい。友人にも許可は得ている。」
ほとんど外出をしないルイがサフィアを見上げる。
「陛下に確認してみましょう。」
うんうんとルイが頷く。余程訪れたいのだろう。
「ライに拒否はさせん。おっと、ライなどと呼び捨てにしてはならんな。この国の王だ。」
はははっと、豪快に笑う姿に二人もつられて笑顔になる。
「必ず来るのだぞ。ここで会うのは堅苦しくてかなわんからな。」
「はい、おじいさま。」
サリエルは大きな手で、ルイの頭を優しく撫でる。
ルイは少し照れたような表情を浮かべながらも嬉しそうだ。
「君も一緒に来るのだぞ。これだけ東国の言葉を操れるのだから、色々話しをしてみたい。」
「はい。是非。」
うんうんとサリエルは頷く。
「滞在先は、グレファム公爵邸だ。ではな。」
サフィアは耳を疑った。
グレファム…
そこは、先程目にしたばかりの、リヒトの婿入り先だ。
70
あなたにおすすめの小説
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる