追放された元・最強魔導士、辺境でスローライフを始めたらなぜか国ができました

黒川ねこ

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1章

第27話:交渉と刃と、火を囲む再会

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 夜の風が、フェンリース村の外れを撫でる。
 空には月も雲に隠れ、世界はまるで音を潜めていた。

 その中に、仮面の女が立っていた。
 黒のローブ。赤い魔眼。そして、ユリウスにとって最も因縁深い存在——

カレン=イシュタリア。

「……ご無沙汰ね、先生」

「仮面をつけたままでは、礼儀を欠くと思うが?」

「ふふっ、先生がそれを言うなんて。……でも、今日は“仕事”じゃないの。交渉のための訪問よ」

 仮面の下から覗く唇が、冷えた笑みを浮かべていた。

「帝国からの正式な使者か?」

「形式上はそう。でも、実質的には——“私の提案”として聞いてほしいの」

 二人は結界の中、村の外縁にある焚き火の前に座る。
 セラもリリアも気づいていない。今夜の“話し合い”は、あくまで“裏”のものだ。

 火を囲んで向かい合うのは、かつて師弟であり、今は敵同士の二人。

「帝国はまだ、あなたを“処分対象”として見てる。
 でも、あのラグナの報告書を見た上層部は、別の考えも持ち始めたの。
 つまり——“利用できるなら、利用したい”」

「……予想通りだな。腐敗した帝国らしい発想だ」

「ええ。でも私はそれを逆手に取った。“私が交渉するなら、引き伸ばせる”と」

 カレンは仮面を外し、赤い瞳でユリウスをまっすぐ見た。

「私は、あなたに聞きたいの。どうして……帝国を去ったの?」

 ユリウスの目が、わずかに揺れる。

「答えを聞いて、何になる」

「私の……過去の選択の、意味が変わるかもしれないから」

 焚き火の音だけが、二人の間の空白を埋める。

「……お前が、特務に選ばれたあの日。
 俺は気づいてしまった。“帝国が、お前の心を殺そうとしている”ことに」

「……!」

「お前は強く、賢かった。だが、感情を切り捨てすぎていた。俺が育てたのは、そういう魔導士じゃなかったはずだ」

「でも、それが“正しい強さ”だと思った。そう教えたのは、あなたじゃないの?」

「違う。“背負ったまま立て”と教えた。切り捨てるな、と。
 お前はそれを……帝国に歪められた」

 カレンは黙ったまま、焚き火を見つめる。

 火が揺れ、彼女の影も揺れる。

「……一度だけ、聞かせて。もし、あの時……私が“あの任務”を拒んでいたら、どうしてた?」

「守った。たとえ帝国を敵に回してでも」

「……馬鹿ね」

「そうだな」

 そしてカレンは立ち上がる。

「提案は三つ。
 一、帝国との交戦を一時停止。
 二、限定的な情報交換と境界共有。
 三、一定期間の“交渉延長”」

「……見返りは?」

「私が、ここに“滞在”する。あなたの監視役として。
 それで帝国も納得するし、私も……少しだけ、昔に戻れる気がしたの」

 ユリウスはしばらく黙り、やがて小さく呟く。

「……勝手にしろ。ただし、俺の村で動くなら、“俺の規則”に従ってもらう」

「ふふっ。そういうところ、変わってないわね」

 こうして、“影の女”は村に帰ってきた。
 それは再会か、火種か、あるいは——和解の兆しか。
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