βな俺は王太子に愛されてΩとなる

ふき

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βな俺は王太子に愛されてΩとなる

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あの一言で俺の人生はまるっと変わった。

「今日からお前は俺のΩで、――運命だ」

俺よりも随分と大きい姿。オーケストラの音が遠くに聞こえるのに、その声だけが耳に残る。月明かりに照らされて顔は良く見えなかった。どんな表情をしていたのだろうか。

あれから俺はずっと、ただ一人のためのΩであり続けている。――それしかないように。



「ルカ」

低くも高くもないけれど、しっかりと男だと分かるその声。耳に馴染んだ声が王宮の隅のガゼボにいる俺のもとへと届く。

「ユーリ、もう終わった?」
「ああ、兄上は無事に経たれた」

一息つき、隣へと座る。その顔には僅かな疲れが見えた。

「最近慌ただしかったから疲れた?」
「そうだな……あとは余計なことを押し付けられてルカとの時間が減ったからな」

そう言ってユーリは、俺の太ももへと頭を降ろした。所謂膝枕というやつだ。
さらりと黒檀のような美しい髪を撫でる。撫でられて目を閉じている姿は、彫像のようで凛々しく感じる。
けれど世間から見るとユーリの顔は、パッとしない顔…らしい。整っていないというわけではなく、地味なのだとか。
でも俺にとっては、この世の誰にも負けない整った造形だ。
本人に伝えても、ルカのが可愛いよ、などと言われて誤魔化されてしまう。それが少しだけ癪だった。

「少し寝る?」
「いや、ルカと話していたい。何か話してくれ」

休息を求めるように、目蓋が閉じられたままだ。
休んでいてほしいと思う。
王太子という地位は突然与えられたもので、王子時代とは比べ物にならない程の責任を求められている。だから、いつもより気を張っているのを知っていた。
でも俺と話したいと言ってくれる気持ちを否定したくなかった。
たいして頭を使わない話題の方がいいだろうと、探し始めた。

するとどこからか、ひそひそとしたご令嬢たちの話し声が聞こえてくる。聞こえないように話しているつもりなんだろうけど、耳がいいのでここまで届いてきた。

「まあ、ユリウス王太子殿下と奥方のルカ様よ」
「ご成婚されたけど、お子がいらっしゃらないわねえ。ルカ様はΩだって言うけど、本当かしら」
「Ωと言っても、男のΩは孕みにくいって聞くもの。それにルカ様はまだ発情期が来てないとか」
「あらまあ、それじゃあ本当にΩなのか分からないじゃないの。子ができない奥方に、殿下の寵愛がいつまで続くのかしらね」
「それを言ったら殿下だってαだというにねぇ」
「ふふ、それ以上は不敬になってしまうわ」

ふふふと姦しい声が耳障りに聞こえる。ああ、本当に、好き勝手言ってくれる。
ユーリが王太子になってからはこういうことが増えた。噂に陰口。
今までは、王位からは遠い第四王子なんて見向きもしなかった癖に。

さらりと撫でていた指が止まる。
今まで捨て置かれていたのだから、これからも捨て置いて欲しい。現実逃避だと分かっていても、そう願ってしまう。状況がそれを許しはしないというのに。
それよりも、俺のせいでユーリが軽んじられているのは我慢がならなかった。

「ルカ、気にするな」
「……別に気にはしてない…ユーリまで悪く言われるのが嫌なだけ」
「それは気にしているだろう。何を言われてもルカは俺のΩだよ」

不機嫌が漏れ出ていたのか。
するりと手が伸ばされて、指が軽く頬へと触れる。王族の嗜みと剣術を学んでいる指先は硬い。
硬くとも滑らかな指が俺は好きだった。

「……俺はユーリが望む限り、ユーリのΩであり続けるよ」
「なら、一生だ」

あの時から変わらない言葉。それは俺がΩでないと知っても。
だというのに、いつからか胸には言葉にならない不安がじわりと広がり始めていた。
…二人でいれればそれだけで良かったというのに。



―――――



今日は満月だ。
窓の大きいこの部屋は、この時期だけは明かりをつけずとも部屋が照らされる。
窓際に置いたテーブルに二人で並んでいた。

「お疲れ様だね」
「ああ、ようやく一息つける」

手元にあるグラスに酒を次ぐ。ユーリは飲めるので一杯いれ、俺は半分以下だ。
グラスを重ね、音が鳴る。

ここ一年ほどで王子たちが次々と継承権を放棄し、ユーリが王太子となった。
ユーリはそれの準備と根回しに奔走し、自身の仕事までもこなし、多忙な日々だった。

「俺はあんまりなにもしてないけど…」
「ルカはいてくれるだけでいい。俺の元にずっといてくれ」

甘い言葉が耳を擽る。
俺という存在が役に立つというならそれは喜びしかなかった。

グラスを持たない手が重なる。人目がないと必ずどこかくっつくのが習慣になっていた。
頭をユーリの肩に乗せる。成人したばかりでようやく飲めるようになった酒は、渋みが苦手で飲む度に顔をしかめてしまう。それでも同じものを味わいたいと少しだけ飲んでいた。

「やっぱりワインは苦手だな…」
「次は蜂蜜酒にするか?」
「…そうしようかな」

こうやって二人で話すときは、話題が尽きなかったり、全然話さなかったりする。
ただユーリとの沈黙は心地よく、世界に二人きりのようで気分が良かった。

誰もいない世界。
大きな窓は開けられ、夜の風が吹く。薄絹が揺れていた。バルコニーから見える月は大きく落ちてしまいそうだ。

「…こういう満月の日は、ルカが月を掴もうとした日を思い出すな」

昔を懐かしむような声が響いた。
横目で顔を見れば、月を見つめている。

「ふふ、ここに来たばかりの頃だね」

この離宮へと移り住んだのは随分と昔の話だ。それまでは、引き取られた王宮で暮らしていた。
王族の末席に並ぶようになって、随分経つというのに未だに慣れない。
それはきっと色んな人を騙しているからだ。

俺を運命だと、自身にとっての唯一のΩだと言う男のために。

平然と嘘をつける自分に驚きはしたが、騙していることを後悔したことはなかった。
それでも、背中に残るむず痒い感覚を捨てきれなかった。
Ωだと騙ることで、ユーリの隣に入れる。
その権利が得られるというならば、他に何もいらなかった。

けれど…、昼に聞いた会話が脳裏を過る。
今のままでは、ユーリの価値までをも貶めてしまう。
それだけは誰が許しても、俺には許せなかった。
だから、一緒にいられればそれだけでいいと思える時期は終わってしまった。

俺はきっと選ばないといけない。選びたくない気持ちに反して、その選択をしないといけない。
肩から伝わるぬくもり、もうずっと俺のもののはずなのに。
βである俺がいつまでも隣にいていいわけがなかった。

「…あのときは肝を冷やした。部屋に戻ったら、月に手を伸ばしてバランスを崩しているルカの姿があったんだから」
「月がすごく近く見えて…」
「……俺は月にルカを取られてしまうんじゃないかと思ったよ」

深い藍色の瞳がこちらを見つめる。
この瞳に映る俺はどう見えているだろうか。
…ユーリの求める俺でいられているだろうか。

「…だから、大きな声出したの?」
「ああ、月なんかに連れ去られてたまるものかと。強く引っ張ってしまった」

グラスがテーブルへと置かれる。するりと肩から回された手が髪に触れた。さらりと指をすり抜けていく。
頬に触れる感触がくすぐったい。

「俺はここから出られないのに」

漏れた声は小さく、本当に空気を震わせたかも分からなかった。

一人での外出は許されていない。欲しいものは全て侍女や家令を通して、許された茶会は王妃陛下主催のものだけだ。
それ以外の時間はほとんどこの離宮で過ごす。
離宮にいる全ての使用人が俺の行動を見張り、逃げ出さないようにしている。

この離宮に住み始めたころに、一度だけ街に降りようとしたことがあった。
ユーリへのプレゼントをサプライズで渡すためと、少しの好奇心。

侍女と練りに練った脱出プランは成功して街まで降りることが出来た。だが、そこで終わりだった。

「楽しかった?」

王宮にいるはずのユーリがそこにはいて、あっという間に連れ戻される。
昏い瞳に反していつもと変わらない顔。
なのに弁明も説明も何一つ受け入れられなかった。

「ユーリ、聞いて…おれは…」
「うん、知っているよ。俺のために街に降りたんだよね。それでプレゼント探してくれようとした」
「じゃあなんで」

責めるような物言いをしたと思う。
なんでそれを知っているかという疑問よりも、分かっているなら少しぐらいいいじゃんと。

「でもそれだけじゃないよね…俺には言わないであの女だけには言っていたことがあるよね」

ここから出てみたい。
逃げ出したいというよりは、本当に少しだけユーリのいないところでお気に入りの侍女と遊んでみたかった。

「……離宮から出ちゃだめなの?ちょっとの探検も?」
「駄目だよ。俺がいないところで、俺の知らないルカがいるなんて考えたくもない」

俺の方がひどいことをされたというのに。まるで俺が悪いかのような言い方だ。
ユーリの声も瞳も震えている。震える手を抑えるように俺へと伸びる。求めるように強く抱き締められた。

「俺のルカ。俺だけの運命。お願いだからどこにもいかないで」

俺はなんと返事をしただろうか。ああ、そうだ。

「どこにもいかない――ユーリだけのおれだから」

恋をしていた気持ちに僅かな憐憫が混じり溶けていく。
俺がいないと呼吸も難しいのかと。
貴方が望む俺ではないと…Ωでないととうの昔から知っているのに、それでも望むのかと。
抱きつかれている身体に、そっと腕を回した。


「ルカ?」
「ごめん、ぼーっとしちゃった」

重なった手に力が入れられる。痛くはないけれど、逃がさないと体温から伝わるようだ。

「ユーリだけの俺だから…どこにもいけないよ」

風が吹いて薄絹が揺れるのが見えた。
目線が合い、ゆっくりと唇が近づき重なる。肩を押され、片手で支えるように押し倒される。
夜に溶けてしまいそうな髪の隙間から見える、濃い藍色が不安げに揺らめいていた。

「…寝台でしようよ」

煌々と輝く月に照らされながら、恥ずかしさを覚える。
受け付けないと主張するように、脚の皮膚を撫でていき手が侵入する。膝上まである緩やかな寝衣はあっという間に腹まで捲られてしまう。

「…っ、ユーリ」
「嫌だ。見えるところでさせて」

ねだるように甘く囁かれた。脚を持たれ、付け根を懇願するように唇を落とされる。
そういうねだり方をすれば、許されると分かっていてやっている。…許してしまうのだけど。

「んんっ…」
「明日、休みだからルカの好きなことしよう」
「…本当?」
「うん、何したい?」
「……庭園…っ、あ、散歩したい…せっかく綺麗にしてくれてるのに、…んっ、全然いっしょに見れてない」
「いいよ。誰にも邪魔されないで見よう」

顔がぐぐっと近づいて首元に埋まる。すんすんと犬のように嗅がれる。行為のときはいつもこれをされていた。

「ルカの匂いだ。甘いミルクみたいな香り」
「…そんなの、しないよ」

してもそれはクリームの匂いだ。なんとかの匂いとか侍女が言っていたが記憶になかった。
試しにと、嗅いだ記憶を思い出すがミルクのような匂いではなかった気がする。
じゃあミルクの匂いって?と考えていると、咎めるようにがぶりと首元を噛まれ、舐められた。
舌の感触がわずかに感じた痛みを塗り替えていく。

「…あぅ…、んっ」
「大丈夫、ルカも分かるようになるから」

溢れるように次々と与えられていく快楽に、その言葉を覚えていられなかった。


―――――


あれから少し経って王宮。
王妃陛下に呼ばれたお茶会も終わり、廊下を歩く。
人の少ない廊下は静謐さがあり、足音だけが響いた。

「王太子妃殿下」

後ろから声がかかる。振り向けば何度か見たことある顔だ。確か…宰相殿の補佐官。

「何か用でしょうか?」
「宰相閣下が殿下とお話されたいとのことでご足労頂けないでしょうか?」
「…分かりました、向かいます」
「ありがとうございます」

断る理由はいくらでもあるが、逃げたとしてもそのうちやってくる。ならばとっとと聞いて帰るのが得策だと軽く考えていた。



「あの…それでご用件は?」

王宮の一室。
執務室に置かれた深い赤のソファーに腰を掛ける。
目の前には、相変わらず年齢を一切感じさせない宰相殿の姿。腰まで伸ばされた銀糸は煌めいていて美しい。
俺から見て祖父…とまではいかないが、まあそのくらいの年齢であったはずだ。
派手すぎず質の良い調度品は、部屋の主の雰囲気に合っていた。

「…あまり長々とした前置きは好きではありません。単刀直入にお伝えします。ユリウス殿下にこれをお渡し下さい」

その硬い声は、たまに話をするときの声と変わらない。
スッと出されたいくつかの釣書。中身を見る気になれないが美しい女が並んでいるのだろう。

「私から愛妾を持てと伝えろと…?」

声が震える。覚悟していたはずなのに胸の奥がぎゅっと捕まれたように傷んだ。

成人しても発情期が来ないΩの正妃。
発情期を来るまでの間は、別の女やΩを愛妾として子でも作れという判断なんだろう。

いつか誰かに言われるだろうと思っていた。
隣にいられないと思ったくせに、心の準備が出来ていないことを咎められているようだ。
いくら宰相殿でも俺の心までは分からないのに。

「ええ。殿下も貴方からの言葉でしたら少しは聞いて貰えるかと。私から言っても流されてばかりで」
「……」
「ご存知の通りこの国では血を繋ぐということを重視しています。王太子となった今、既婚であるのに子供がいないなんて許されません…愚かしいとは思いますがね」
「……承知しております」

じくじくと治らない傷をいたぶられている気分で、鼓動が早くなるのを感じる。
宰相殿の顔には、同情も軽蔑もなかった。
ただ無表情でいてくれたことが、唯一の救いだった。

「…ルカ様が孕むことが出来るのであれば、私からは言うことはございません。殿下も貴方をΩだとおっしゃいますしね」
「私は……」

どうしてもこの先の言葉が出てこなかった。

俺は一体何なのだろうか。
Ωを騙るβ。孕むことなんて一生あるわけがない。
俺が隣にいれば、必ずユーリのことを貶める人が出てくる。
早まる鼓動に、呼吸が浅くなりそうなのを必死に堪える。

「あと、こちらも」

先程の釣書とは色違いのもの出される。

「こちらは?」
「ルカ様への釣書です。愛妾があっても殿下のルカ様への寵愛が揺るがなければ必要ございません。けれど、そうならないことも過去にはありましたので」
「………」
「Ωとして番が出来ないのお辛いでしょう」

先ほどまでの硬い声から打って変わって、不気味に感じる程優しい声だ。

最悪なことを言われている。広がった傷口に手を突っ込んで掻き回されているようで気分が悪い。
Ωであってもなくともこんなものは不要だ。
何を捨てても、他の誰かのための俺になるつもりなどなかった。

いらないと一蹴出来ればいいが、そんなことしても意味がない。ここで受け取らなければ別の誰かが持ってくるだけだ。

「…ユリウス殿下と…よく話してみます……」

いつの間にか唇を噛み締めていたようで、口の中には鉄の味が広がる。
誰にも譲りたくないと思っていた場所が、ぐらりと揺れているようだった。

―――――


どうやって戻ったか覚えていないが、気付いたら離宮にたどり着いていた。
出てきた家令が俺の顔を見てぎょっとしている。

「自室に戻る。誰も付かなくていい。ユーリにも言わなくていいから」

吐き捨てるように伝えて、部屋に入る。
薄い幕が幾重に覆われている天蓋を掻き分け、寝台へと釣書を投げた。
柔らかい寝台に倒れ込む。大したことはしていないのにどっと疲れが出たようで、これ以上動きたくない。

隅へと投げた釣書を見た。
ユーリはきっとすぐには選ばないだろう。けれど俺がβである限り、それはいつか必ず訪れる。
俺ではない誰かを選んで、子を作らないといけない。
この国で王になるということはそういうことだ。

いやだ。いやだ。
俺以外を選ばないでほしい。俺だけ見て欲しい。他の誰にも触らないで。俺がユーリのものであるなら、ユーリだって俺のものだ。

はらはらと涙が零れる。
第二次性などなければよかった。そうすれば、俺はただの男だ。愛人以上のものは求められなかった。けれどそれでは、最初から出会うこともなかった。

月夜の下に照らされた姿。
今と変わらない夜空に溶けそうな髪も、深海よりも深い藍色の瞳も、幼さが残る声で告げられたあの言葉を。

「今日からお前は俺のΩで、――運命だ」

他のなにも覚えていないのに、あの日のことだけは覚えている。
この先ずっと忘れないだろう。

「……運命だというなら…捨てないで…」




かさりと布の擦りきれる音。硬く滑らかな指先が頬に触れる感覚。
何を考えていたのか忘れてしまったが、あのまま寝てしまったようだ。

「ゆーり?」

寝台に腰かけるように座っている姿は、求めていた人だ。
天蓋の隙間から僅かに月明かりが見える。二人で話した夜よりも陰っているが、それでも姿が捉えられる程度の明かりがあった。

「誰にいじめられた?」

頬を触れていた指が、睫毛に残っている涙を掬う。
いつもと変わらない声。それが染み渡るように広がる。

「…抱き締めて、ぎゅってして」
「いいよ、おいで」

伸ばされた腕にしがみつき身体が持ち上がる。
上半身だけ起き上がり、抱っこされているようだ。
胸に顔を埋めると、どくどくと脈打つ音が聴こえる。
布越しに伝わる体温が、冷えた心までも暖めてくれる気がした。

「……キスして…」
「仰せのままに」

もっと深く存在を感じさせてほしい。
旋毛に唇を落とされると、自然と顔が少しだけ上を向いてしまう。たくさん触れてほしい。抱き締めている腕に少し力が入る。
ふっと小さく声が聞こえると、おでこ、目蓋、鼻先、そして唇にと熱が触れた。

軽く触れられた唇が離れる。
名残惜しいような気がして、ねだるように頭を擦りつける。
ぐちゃぐちゃだった気持ちが凪いでいった。


どのくらいそのままだっただろうか。体感としてはそんなに長くなかった。

「あれ、何?」

落ち着いたところに声がかかる。
隅に投げた釣書のことを指しているのが分かった。
抱き締めていた身体を少し押し、離れる。
自分から離れたのに、すんなりほどけたことが少しだけ寂しかった。

「宰相殿が…ユーリにって…」
「へぇ、でもいらないから捨てていいよ」

興味もなさそうな平坦な声。
落ち着いた心に沸々とした何かが沸き上がる。自分の感情が制御できない感覚が気持ち悪かった。

「そんなわけないじゃん」
「ルカ?」
「…ユーリは王太子になっちゃったんだから、子供いるじゃん……」

他の誰かを選ばないと言ってくれて嬉しいと思う。
けれど同じぐらいそれではなにも解決しないだろうと思う冷静な自分がいる。

「ルカと作ればいいだろ」

何を当たり前のことをと続けられる。

「…作れない、……俺はΩじゃない!ずっと俺のことΩだって…運命だっていうけど、そうじゃないのはユーリがよく分かってるじゃん。なんで…なんでそういうこと言うの……」

いつもなら受け止められるその言葉が受け止められない。言葉遊びのような、祈りのような、真実のような、ユーリの言葉は色々な含みがあってそれを楽しめていたと言うのに。
俺も同じように返せていたものが返せなくなってしまった。

「ルカは俺のΩだよ。変わらない、ルカがなんと言ってもだ」

その響きは、そうなることを疑わないと確信めいたものだ。俺にはそれが信じられなかった。

「違う…なれない……俺はただのβで………」

少しだけ掴んだ服。ぽろぽろと涙が零れる。泣きながら寝てたからか、随分と涙腺が緩くなっている。こんなに泣いたのは初めてかもしれない。

「かわいい俺のルカ」

唇が近づいて涙を拭われる。

「…爺さんたちに乗せられるの癪だけど…まあ許容範囲か」

ぼそりと呟いた声が聞こえる。どういう意味だろうか。

「ルカが不安なら、そろそろΩになる?」

軽やかな声と表情。明日は街に降りてみようかと機嫌よく言われたときと同じだ。

「な、…りたくてなれるものじゃ…」

第二次性に特別詳しいわけではないけど、定まった第二次性は変わらないというのが一般的だ。
だからユーリの言うことはあり得ないことだ。

「ルカはなれるよ」
「…なんで…?」
「俺が望んだから」

そう言うとユーリは、寝台の横にあるチェストに置かれたベルを鳴らす。控えている使用人を呼ぶものだ。少しすると、ご用でしょうかと小さく家令の声が聞こえた。

「ルカに発情期が来た。宰相に報せておけ。後は指示通りに」

扉の向こうにいる家令に聞こえるように張り上げられた声に驚く。
まるで決まっていたかのように話すことにだ。

「ちがっ」
「静かに」

口元を手のひらで抑えられると声を上げられなくなってしまう。
話さないと分かるとそっと外された。

「発情期なんて来ないよ…」
「これから来るんだから一緒だよ」

その言葉と同時に、いつの日かのようにゆっくりと押し倒される。
ユーリの言っていることが何一つ理解できないままだった。


「…んっ、あ、……も…あぅ……」

気付けばそこには熱いそれが埋められている。
ずぷずぷと奥まで割られる感覚に、腰が勝手に跳ねる。ゆっくりなはずなのに、もどかしくて、もっと欲しいのに、うまく声が出せない。

香の匂いとは違う…なんの匂いだろう。
あの日嗅いだ薔薇に混じった、ハーブのような匂いがふっと鼻を抜けて、頭がくらくらする。

「ルカは気付いてた? βの男はちゃんと丁寧に慣らさないといけないのに…ルカはすぐ挿っちゃうね」
「…ふぁ、……んゃ、あっ、あっ、」

ぬるぬると擦られるたび、きゅうっと中が勝手に掴んで離さない。
いやなのに、いやじゃない。

「聞いてる?」
「……んんっ、ぁ、わかんっない、あ、…ん」
「はは、かわいい。ほら、ここの奥に子宮があるんだよ」
「なぁ…い、…ないもん…っひぁ、ゃだ、…んんぁ」

ぐっちゅぐっちゅ音立てて奥まで突かれる。
息が荒くて、喉の奥から勝手に声がこぼれる。
何がどうなってるか分からないのに、熱いのだけははっきり分かる。

「あとちょっとでお口が空くから」
「…そこっ、…やだっ、あっ、ん…あっ」
「ほら俺の匂いにルカの匂いが溶けてきてる」

薔薇の甘さとハーブの匂いが、ミルクみたいなやわらかさにバターのようにゆっくりと溶け出す。
少しずつ世界を塗り替えるように匂いが少しずつ身体の奥へと染みていく。
奥を突かれるたび頭が霞んでいくのに、ユーリの声だけは、やけに鮮やかに響いた。

「…に、おい?」
「そう、俺の匂い。ルカもそろそろ分かると思うよ」

ほのかに薫る匂い。薔薇の甘さに混じって、きりっとした涼やかなハーブの匂い。
それだけで身体の…腹の奥がぞわっと熱くなる。

「…ばらが少しだけ…あとでハーブみたいな…」
「ルカにはそう匂うんだ」
「んぐっあ、んっ、や、あっ、あっ…おく、」
「もっと溶けて、何にも考えなくなって。俺だけで満たして」

奥を突かれるたびに中身がぐちゃぐちゃになって、涙も唾も零れて止まらない。
熱くて、苦しいのに、気持ちよくてどうしようもない。
噛んでほしい。腹の底と同じぐらい熱くなる項を。

「あつ、い…ゆーり、ゆーりっあ、んあ」
「ルカ」
「…ゆーり、かんで…っ、あつい、もう、かんで」

そこを噛んで、揺さぶって、中に出して。俺が誰のものか、はっきり示してほしい。

「……っ!」

かぷりと肉を裂く感触。  
呼吸が止まる。  
痛みと熱が同時に弾けて――  

「ひっ、ああぁ……っ!」

項に歯が沈んだ瞬間、激しい痛み。チカチカと花火が散って、びりっと痺れる熱が全身を駆け抜ける。ユーリの匂いと迸る熱が俺のなかを満たしていく。俺の全てを支配できるのはただ一人なのだと、身体に知らしめていく。

残った理性でユーリの瞳を見る。美しい深海の藍色に俺しか写っていない。俺だけを欲しているように爛々と欲にまみれていた。

抜かれた犬歯に滲む紅がちらりと浮いている。
べろりと舌でなぞると、鉄くさい味が口に広がった。

「美味しくないね…」

言葉を遮るように、唇が塞がれる。
燃えてしまいそうな熱が入り込んで、なかを焦がしていく。
ああ、まだ終わらないのだと歓喜に震えた。



ーーーーー



目が覚めるというよりは、匂いに誘われて意識が引っ張られていく。
ぼやけた視界が徐々に輪郭を取り戻していく。
項を噛まれて、その後も続いた行為を思い出すと顔に熱が集まるようだ。

「起きた…?」

この世で俺しか聞いたことないであろう、俺だけに向けられた柔い声が耳を擽る。
後ろから抱き締められ、ユーリの股の間に座っている。
なぜこの体勢?と思うが多分聞いても、記憶を掘り起こしても出てこないことだけはなんとなく分かっていた。 

「…起きた」
「そう」

少し癖のある髪を撫でられ、くるくると弄んでいる。
このまま遊ばせててもいいけれど、気になることがあった。

「本当にΩに…?」
「俺の匂い分かるんだからそうでしょ」

ふわりと柔らかく香る薔薇の甘さのあとにレモングラスの涼やかな草の香り。
これがユーリの匂い…。
後を引かない匂いだというのに身体中を満たされて、その匂いだけでくらくらとした。

不意に項に触れる。
傷痕しか残らなかったそこには凹凸していた。
今までみたいに数日したら消えたりしないのかな。
戯れに噛まれては、消えていった傷痕を思い出す。
朧気に残る記憶と噛まれたときの感覚がΩになったと知らせている。なのに、そうでなかった場合を考えるとすべてを信じるのが怖かった。

すんすんといつものように、首筋に鼻を埋め匂いを嗅がれる。

「心配?」
「だって…そうじゃなかったら…」
「俺はね、ルカがΩでもβでもなんでもいい。でもやっぱりルカは俺だけのΩだとも思ってる」
「………俺は…」

街に降りれなかった日を思い出す。
死人のような顔で抱き締められたあの感覚を。
恋に浮かれていた気持ちに、憐憫が混じったあの日を。
俺がいないと呼吸もできない可哀想な人。
大概のものは手に入れられるというのに、俺がいないと意味がないという。

「俺はユーリのΩ…運命でありたいよ」

結果的に俺が選べたのはこれだけだとは思う。
けれど、俺が差し出せるものを差し出そうと決めた。
この世で唯一俺だけを求める人が、望むままの俺でいたいと思ったのだ。

「俺もルカの運命でいたい」

項に唇が落ちる。その甘い響きがより一層愛おしく感じる。
これだけがあればそれでいいのだと思えた。


「そういえばこっちの色違いは?」

ふと思い出したように、隅に追いやった釣書に視線が向かれる。思い出さなくていいのに。

「……それは俺の…」
「は?ルカの?」

ビリリと空気が震える感覚。これがαの威圧というやつなのかもしれない。はじめての感覚に本当にΩになったのかもしれない、と少しだけ実感が沸いてくる。高揚感が胸に広がって思わず顔が緩んでしまう。αが放つそれをβは感じることが出来ないのだから。

「…なんで急にご機嫌なの」
「え、ユーリの威圧?を感じれたから…Ωになれたんだって思ったら…嬉しくて」
「………はぁ、ルカは俺を嫉妬させるのも喜ばすのも上手いね」

後ろから抱き締められる力が強まったかと思うと、片手は俺の内腿を撫ではじめる。

「…ん、ユーリ…」
「ルカの匂いまだするから、もうちょっと治まるまでしよう」

レモングラスの香りと甘いミルクの匂いが交じり溶け合う。

「したいだけでは?」
「それはもちろん。俺のかわいい番、最後まで愛させて」
「……骨も残さず愛してくれるなら」

言葉もなく愛しい人の匂いに包まれる。
これでよかったのだと実感した。
まだ続くこの日々のすべてが俺の喜びになる。

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これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。

N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。 味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい) ※無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3) 表紙絵 ⇨うつやすみ 様(X:@N6eR2) 『下』挿絵 ⇨暇テラス 様(X:Bj_k_gm0z) ※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。 ※素人作品、ふんわり設定許してください。

婚活アプリのテスト版に登録させられたら何故か自社の社長としかマッチング出来ないのですが?

こたま
BL
オメガ男子の小島史(ふみ)は、ネットを中心に展開している中小広告代理店の経理部に勤めている。会社が国の補助金が入る婚活アプリ開発に関わる事になった。テスト版には、自社の未婚で番のいないアルファとオメガはもちろん未婚のベータも必ず登録して動作確認をするようにと業務命令が下された。史が仕方なく登録すると社長の辰巳皇成(こうせい)からマッチング希望が…

番を囲って逃さない

ネコフク
BL
高校入学前に見つけた番になるΩ。もうこれは囲うしかない!根回しをしはじめましてで理性?何ソレ?即襲ってINしても仕方ないよね?大丈夫、次のヒートで項噛むから。 『番に囲われ逃げられない』の攻めである颯人が受けである奏を見つけ番にするまでのお話。ヤベェα爆誕話。オメガバース。 この話だけでも読めるようになっていますが先に『番に囲われ逃げられない』を読んで頂いた方が楽しめるかな、と思います。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

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