18 / 29
十八 利之進どのの母上の危機?
しおりを挟む
翌日はお熊とともに探索することになった。
二人して竹富の見張りを続けている。
(お熊どのの行く末を考えれば、何不自由ない奥さま暮らしも良いかもしれぬ)
塗笠の下の横顔を見ているうちに、あれこれ悶々と考え始めた。
(利之進どのは良きお方ゆえ、利之進どのに合力すべきだろうが)
考えれば考えるほど、心は嵐の中の小舟のごとく揺れるばかりで定まらなかった。
午を過ぎても何ら得るものがなかった。
「お熊どの、家に戻って昼餉をとってから出直しましょう」
二人して薬研堀あたりまで戻ったときだった。
武家屋敷が立ち並んだ通りを曲がろうとすると、目の前の辻をお忍び駕籠らしき女物の駕籠が静々と通り過ぎた。
ほのかにかぐわしい香りが鼻腔をくすぐった。
(あの紋所は、確か……)
違い枝桔梗の紋に見覚えがあった。
「お熊どの、あれは利之進どののご実家の駕籠に相違ありませぬ」
小声でお熊に告げた。
「え? それがどうかしたのですか」
腑に落ちぬ顔のお熊に、
「先日、利之進どのから気になる子細を聞きましたもので……」
言いかけてから言葉を濁した。
「けしからぬ道場破りがいかがいたしたというのです」
お熊が顔色を変えた。
目尻がきっとつり上がる。
「あの折、守り袋を落としていかれたゆえ、先日、届けに参ったのです」
「何と! 静馬どのの人の良さには、ほとほと感服いたします。わざわざ道場破りの住み処まで届けに参ったというのですか」
お熊は呆れ顔を見せた。
「すっかり意気投合いたしまして、向後、友となると約しました」
きっぱりと言い切ると、お熊は不満そうに口を尖らせ、
「静馬どのがわが蟻通家に迷惑をかけぬ限り、どこのどなたと仲良くしようが勝手ですが、よりにもよって道場破りと知己を結ぶとは呆れ果てました」
憎々しげな顔つきで話題を断ち切った。
(このぶんなら、縁組みが持ち込まれてもきっぱり断るに相違ない。拙者があれこれ悩む必要もなさそうだ)
拍子抜けした気がした。
(ともあれ……)
駕籠には供が一人しか付いていなかった。
余人に知られたくない微行である。
利之進の母牧惠が、件の人物に会いに行くに違いなかった。
(もしも牧惠さまが逢い引きしておられるのなら、事が露見せぬうちに利之進どのから諫めていただこう。逆に、潔白であれば利之進どのを安心させられる)
信頼して秘密を明かしてくれた利之進の心に報いたい。
友として力になりたい。
「少々、気になるので跡を追ってみます。実は……」
経緯を有り体に語った。
「分かりました。それは面白そうな話です。わたくしも参ります」
お熊も首を突っ込みたくなったらしかった。
駕籠の跡を追った。
両国西小路のにぎわいを抜けて柳橋を渡ると、駕籠は『かわぐち』という料亭の前で止まった。
「お連れさまがお待ちでございます」
美々しい立ち居振る舞いの女将と女中が現れ、牧惠は暖簾の内に入っていった。
「静馬どの、裏に回ってみましょう」
料亭は川に面していて、小座敷が河原に突き出すように並んでいる。
「お熊どのはそこで待っていてください」
袴の股立ちを大きく取って川に入ると、浅瀬伝いに近づいた。
「ささ、こちらです」
案内の女中の声が聞こえ、牧惠は一番、西端の部屋に通された。
静馬は、部屋の張り出し部分の真下に身を潜め、牧惠と相手の会話に耳を傾ける。
牧惠を呼び出した相手は庄右衛門と名乗る男で、立派な身なりの町人だった。
顔立ちも整って物言いも上品である。
教養もあり落ち着いたお大尽といった風情だった。
(なるほど、利之進どのが二人の仲を危惧されるのも無理はない)
牧惠はわずかに横顔を向けているものの、逆光で顔形が定かでなかった。
「先方さまもこの縁談に乗り気になっておられますゆえ、あと一押しでございます。今少々のご辛抱で大願が成就されましょう」
肝心のところは要領を得ない言葉ではぐらかしながら、言葉巧みにおだて上げて金子を無心するさまが聞き取れた。
(もしや……。いや、言葉遣いはまったく違うものの間違いない)
先日の虚無僧の声だと気づいた。
さまざまなことがつながってくる。
(牧惠どのが操まで差し出すとあれば……)
踏み込むべく機会をうかがっていると、牧惠がほんの少しこちらのほうに身体の向きを変えた。
(こ、これは……。庄右衛門がよほどの物好きか、女なら何でもよい好き者でない限りとても食指が動くまい)
牧惠の目は金壺眼で、鼻はあぐらをかいていた。
頬がこけて険のある顔立ちな上に色も黒く、女らしさのかけらも感じられない牛蒡のような女だった。
気位の高さが嫌味となって顔に出ていて、あまりの取り得のなさに驚くしかなかった。
(利之進どのは身びいきもあろうし、見慣れておられるからだろうが、不貞を疑うなど、とんだ取り越し苦労だな)
思わず噴き出しそうになるのを懸命にこらえた。
「では何とぞよしなに」
牧惠は金子の包みを差し出すなり、あっさりと座敷を後にした。
しばらくしてから庄右衛門が座敷を出る気配に、お熊とともに店の表に回った。
《かわぐち》が手配した町駕籠がすぐにやってきて庄右衛門は駕籠に乗り込んだ。
「静馬どの、跡を追いましょう」
笠の縁を掲げて頷き合いながら、駕籠の跡をつけることにした。
二人して竹富の見張りを続けている。
(お熊どのの行く末を考えれば、何不自由ない奥さま暮らしも良いかもしれぬ)
塗笠の下の横顔を見ているうちに、あれこれ悶々と考え始めた。
(利之進どのは良きお方ゆえ、利之進どのに合力すべきだろうが)
考えれば考えるほど、心は嵐の中の小舟のごとく揺れるばかりで定まらなかった。
午を過ぎても何ら得るものがなかった。
「お熊どの、家に戻って昼餉をとってから出直しましょう」
二人して薬研堀あたりまで戻ったときだった。
武家屋敷が立ち並んだ通りを曲がろうとすると、目の前の辻をお忍び駕籠らしき女物の駕籠が静々と通り過ぎた。
ほのかにかぐわしい香りが鼻腔をくすぐった。
(あの紋所は、確か……)
違い枝桔梗の紋に見覚えがあった。
「お熊どの、あれは利之進どののご実家の駕籠に相違ありませぬ」
小声でお熊に告げた。
「え? それがどうかしたのですか」
腑に落ちぬ顔のお熊に、
「先日、利之進どのから気になる子細を聞きましたもので……」
言いかけてから言葉を濁した。
「けしからぬ道場破りがいかがいたしたというのです」
お熊が顔色を変えた。
目尻がきっとつり上がる。
「あの折、守り袋を落としていかれたゆえ、先日、届けに参ったのです」
「何と! 静馬どのの人の良さには、ほとほと感服いたします。わざわざ道場破りの住み処まで届けに参ったというのですか」
お熊は呆れ顔を見せた。
「すっかり意気投合いたしまして、向後、友となると約しました」
きっぱりと言い切ると、お熊は不満そうに口を尖らせ、
「静馬どのがわが蟻通家に迷惑をかけぬ限り、どこのどなたと仲良くしようが勝手ですが、よりにもよって道場破りと知己を結ぶとは呆れ果てました」
憎々しげな顔つきで話題を断ち切った。
(このぶんなら、縁組みが持ち込まれてもきっぱり断るに相違ない。拙者があれこれ悩む必要もなさそうだ)
拍子抜けした気がした。
(ともあれ……)
駕籠には供が一人しか付いていなかった。
余人に知られたくない微行である。
利之進の母牧惠が、件の人物に会いに行くに違いなかった。
(もしも牧惠さまが逢い引きしておられるのなら、事が露見せぬうちに利之進どのから諫めていただこう。逆に、潔白であれば利之進どのを安心させられる)
信頼して秘密を明かしてくれた利之進の心に報いたい。
友として力になりたい。
「少々、気になるので跡を追ってみます。実は……」
経緯を有り体に語った。
「分かりました。それは面白そうな話です。わたくしも参ります」
お熊も首を突っ込みたくなったらしかった。
駕籠の跡を追った。
両国西小路のにぎわいを抜けて柳橋を渡ると、駕籠は『かわぐち』という料亭の前で止まった。
「お連れさまがお待ちでございます」
美々しい立ち居振る舞いの女将と女中が現れ、牧惠は暖簾の内に入っていった。
「静馬どの、裏に回ってみましょう」
料亭は川に面していて、小座敷が河原に突き出すように並んでいる。
「お熊どのはそこで待っていてください」
袴の股立ちを大きく取って川に入ると、浅瀬伝いに近づいた。
「ささ、こちらです」
案内の女中の声が聞こえ、牧惠は一番、西端の部屋に通された。
静馬は、部屋の張り出し部分の真下に身を潜め、牧惠と相手の会話に耳を傾ける。
牧惠を呼び出した相手は庄右衛門と名乗る男で、立派な身なりの町人だった。
顔立ちも整って物言いも上品である。
教養もあり落ち着いたお大尽といった風情だった。
(なるほど、利之進どのが二人の仲を危惧されるのも無理はない)
牧惠はわずかに横顔を向けているものの、逆光で顔形が定かでなかった。
「先方さまもこの縁談に乗り気になっておられますゆえ、あと一押しでございます。今少々のご辛抱で大願が成就されましょう」
肝心のところは要領を得ない言葉ではぐらかしながら、言葉巧みにおだて上げて金子を無心するさまが聞き取れた。
(もしや……。いや、言葉遣いはまったく違うものの間違いない)
先日の虚無僧の声だと気づいた。
さまざまなことがつながってくる。
(牧惠どのが操まで差し出すとあれば……)
踏み込むべく機会をうかがっていると、牧惠がほんの少しこちらのほうに身体の向きを変えた。
(こ、これは……。庄右衛門がよほどの物好きか、女なら何でもよい好き者でない限りとても食指が動くまい)
牧惠の目は金壺眼で、鼻はあぐらをかいていた。
頬がこけて険のある顔立ちな上に色も黒く、女らしさのかけらも感じられない牛蒡のような女だった。
気位の高さが嫌味となって顔に出ていて、あまりの取り得のなさに驚くしかなかった。
(利之進どのは身びいきもあろうし、見慣れておられるからだろうが、不貞を疑うなど、とんだ取り越し苦労だな)
思わず噴き出しそうになるのを懸命にこらえた。
「では何とぞよしなに」
牧惠は金子の包みを差し出すなり、あっさりと座敷を後にした。
しばらくしてから庄右衛門が座敷を出る気配に、お熊とともに店の表に回った。
《かわぐち》が手配した町駕籠がすぐにやってきて庄右衛門は駕籠に乗り込んだ。
「静馬どの、跡を追いましょう」
笠の縁を掲げて頷き合いながら、駕籠の跡をつけることにした。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる