【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜

文字の大きさ
1 / 51

001 これが幸せな日常だった(前編)

しおりを挟む
  ここは街から離れた森の中。ポツンと一軒の可愛らしいログハウスが建っている。そこには、この場所に似つかわしくない貴族の令嬢リリーとその息子アレン。そして、令嬢の侍女バーバラが住んでいた。
 三人は、何かから隠れるようにひっそりと暮らす。

「お母様ー」

 金髪で天使のように可愛いアレンが、自分に向かって手を振りながら走ってくる。まだ四歳になったばかりだから危なっかしい。外で洗濯物を干していたリリーは、手を止めて優しくアレンに声をかけた。

「アレン、転ぶから走らないで」

 さっきまで木のおもちゃを使って、一人で夢中になって遊んでいたのに。もう飽きてしまったのか、母親の元に走って来たアレンは、そのままリリーの膝にタックルしてギュっとしがみついた。

「お母様ー、お散歩に行こうー」

 アレンは、上を向いて目をキラキラさせて誘う。

「だって、まだお洗濯終わらないもの」

 リリーは、アレンを見て残念そうに言う。

「つまんないよー」

 アレンが、リリーの膝元で駄々をこねて洗濯の邪魔をする。すると、遠くの方からカタカタという馬車の音が聞こえてきた。

「あらっ、お父様がいらっしゃったみたいね」

 リリーは、笑顔で微笑む。

「わーい。僕、お父様に遊んでもらう!」

 リリーの足にしがみついて離れなかったアレンは、家の玄関に走って行く。リリーは、そんな息子の姿を見て現金な子ねと微笑ましく思う。
 アレンが、父親に会えるのは週に一度だけ。だからアレンは、父親の帰りをいつも楽しみに待っている。もちろんリリーも、アレンと同じように楽しみにしている。自然と、洗濯物を干す手が早まる。

 遠くに見えていた馬車が、ログハウスの前に着き止まった。従者が馬車の扉を開けると、中からアレンにそっくりな金髪の紳士が降りてきた。

「アレン、元気にしていたかい?」

 きちんと玄関の前で待っていたアレンに、その男性はニコリと微笑む。アレンは、飛び跳ねるように男性の足元にしがみ付いた。

「お父様、こんにちは。僕、元気にしていたよ」

 アレンは、父親の顔を見て嬉しそうにニコニコ笑っている。

「そうか。お母様は、どこかな?」

 父親は、アレンの頭を優しく撫でて訊ねた。

「お母様は、今洗濯中だよ。先に中に入って待ってよう」

 アレンが、父親の手を引いて玄関の扉に手をかけた。

「アレン、お父様はお母様に声をかけてくるから、先にお部屋に入って待っていてくれるかい? バーバラに、お父様来たよーって伝えて来て欲しいんだ」

 父親は、アレンに引かれた手を解いて同じ目線で話して聞かせる。

「わかった。早く来てね」

 アレンは、玄関の扉を自分で開けてあっという間にいなくなる。それを見届けた父親は、ログハウスの裏手に回ってリリーを探した。すぐに見つかり洗濯物を干しながら、汗を拭っているリリーがいた。
 彼は、足を止めてリリーの姿を垣間見る。本来なら貴族令嬢として育ったリリーは、こんな所で暮らしているような女性ではない。自分の我儘で、こんな不自由な生活を送らせてしまっている。
 悪いという気持ちは勿論ある。でも、どうしてもリリーを自由にはしてやれない。愛しているから、リリーを離してやることはできない。

 彼は、止めていた足を動かしリリーの元に向かった。

「リリー!」

 リリーは、声のした方を向いた。大好きな男性が、嬉しそうに自分に笑顔を向けている。

「グレン様、お帰りなさい」

 リリーは、嬉しそうに笑顔の花を溢す。グレンは、リリーを抱き締めて額にキスを落とした。

「会いたかったよ。僕が、愛しているのはリリーだけなんだ」

 そう言って、グレンはリリーをもう一度抱き締める。グレンは、自分の中の罪悪感を払拭するかのように、いつも同じセリフを口にする。それに応えるように、リリーもグレンを強く抱きしめた。

 二人で仲良く家の中に戻ると、アレンとバーバラがお茶の準備をしていた。アレンは、バーバラのお手伝いをしているのかお皿にクッキーを並べている。

「アレン、ちゃんとお手伝いして偉いじゃないか」

 グレンが、アレンに優しい眼差しを向けて褒める。

「僕、もう四歳だから。ちゃんとお手伝いもできるんだ!」

 アレンは、誇らしげに胸を張る。きっと父親に褒められて嬉しいのだろう。その姿が可愛くて、グレンもリリーも見つめ合って笑っている。
 一見すると、どこにでもある幸せな家族の一幕。だけど、バーバラだけはこの環境が良いことだとは思っていなかった。

「お帰りなさいませ」

 バーバラは、深く頭を下げてグレンに向かって挨拶をした。これは、使用人が主人に向けるごく一般的な態度だ。だけどバーバラは、グレンが主人だとは一度だって思ったことはなかった。

「ああ。いつも苦労をかけてすまないね。何も変わりはなかったかな?」

 グレンは、決まって最初にバーバラにこの言葉を言う。そう言えば、許されると思っているからなのだろうか? バーバラの心の中には、嫌悪感しかないのに……。

「いえ、いつもご配慮頂きありがとうございます。特に変わりなく、三人で楽しく暮らしておりました」

 バーバラも、いつも同じ返事を返す。これが、この屋敷での日常風景だった。それから三人は、貴族が口にするような豪華な食事ではないけれど食卓を囲って食事をする。
 グレンがやって来た日は、リリーもアレンもそれは嬉しそうにしている。いつもとは違った賑やかな食事風景を、端で控えて見るバーバラ。

 この時のバーバラが、切なくて悲しい思いを胸に抱いているなんて、きっと誰も気づいていない。いつまでこんな生活が続くのだろうと、バーバラは誰にも言えない気持ちを胸の中に深く押し込めている。
 そうしないと、小さい頃から仕えるお嬢様を見ていられなくなる。リリーを支えるのは、もうバーバラしかいないのだから……。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

再会の約束の場所に彼は現れなかった

四折 柊
恋愛
 ロジェはジゼルに言った。「ジゼル。三年後にここに来てほしい。僕は君に正式に婚約を申し込みたい」と。平民のロジェは男爵令嬢であるジゼルにプロポーズするために博士号を得たいと考えていた。彼は能力を見込まれ、隣国の研究室に招待されたのだ。  そして三年後、ジゼルは約束の場所でロジェを待った。ところが彼は現れない。代わりにそこに来たのは見知らぬ美しい女性だった。彼女はジゼルに残酷な言葉を放つ。「彼は私と結婚することになりました」とーーーー。(全5話)

数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました

鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。 エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。 小説家になろうさんにも投稿しています。

婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに? 

四折 柊
恋愛
 結婚式を三か月後に控えたある日、婚約者である侯爵子息スコットに「セシル……君のことを好きになれなかった」と言われた。私は驚きそして耳を疑った。(だってあなたが私に告白をして婚約を申し込んだのですよ?)  スコットに理由を問えば告白は人違いだったらしい。ショックを受けながらも新しい婚約者を探そうと気持ちを切り替えたセシルに、美貌の公爵子息から縁談の申し込みが来た。引く手数多な人がなぜ私にと思いながら会ってみると、どうやら彼はシスコンのようだ。でも嫌な感じはしない。セシルは彼と婚約することにした――。全40話。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

処理中です...