夫より強い妻は邪魔だそうです【第一部完】

小平ニコ

文字の大きさ
88 / 89

第88話

しおりを挟む
 アランはマルグリットに敗れた後、道場から出て、路上生活者と共に生気の抜けた暮らしをしているそうだ。彼はそんな姿を私に見られたくないとは思うが、『よければ、アランにも会ってやってくれ』と言っていたお義父様の願いを酌み、一度だけ会うことにした。

 ボロをまとい、路上生活者の一員となったアランを発見すると、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気になって、目をそらしてしまう。

 ……まったく、何をやってるの私は。
 目をそらすくらいなら、初めから会いに来なければいい。

 来たのだから、しっかりと彼を直視しよう。
 堂々と相対するのが、かつての夫に対する礼儀というものだ。

 そして私は、アランを真正面からじっと見る。かつては筋骨隆々だった雄姿が、見る影もなくやせ細っており、私は思わずつぶやいた。

「アラン、痩せたわね……」

 馬鹿にしたつもりはないが、以前のアランなら、きっと怒っただろう。しかし、今のアランは力ない笑みを浮かべて、細くなった肩をすくめた。

「そういうお前は、まるで変わらないな。別れた頃のままだ」

「よく食べて、よく寝てるから。いつも通りにね」

「そうだったな。そんなお前を、俺はよく詰ったな。『女のくせに食いすぎだ』だの。『いつまで寝ている。妻は早起きして飯を炊くのが当然』だの。つまらんことで、よく腹を立てたものだ」

「まあ、確かにちょっと寝すぎではあったからね。今では反省してるわ」

「それでも、あのマルグリットとの暮らしよりは、お前と一緒にいた頃の方が楽しかったよ。奴は本性を見せる前から何を考えているかよく分からず、ニコニコと愛想は良いのに、得体の知れない不気味さがあったからな」

 アランの仕草を真似るわけでもないが、私は苦笑して肩をすくめた。

「私はその点、あなたへの愛想は悪かったけど、何を考えているのかだけは分かりやすかったものね。そのせいで、喧嘩ばっかりになっちゃったけど」

「気軽に喧嘩ができるというのも、今となっては、気安くて良い関係のようにも思えてくる」

「今だから、そう思うのよ。もしも昔に戻ったら、またムカムカしてくるわよ」

「ふっ、そうだな。……マルグリットを、追い払ってくれたそうだな。俺はもう剣術を捨て、道場を出た身だが、死んだ父に代わって礼を言う。ありがとう、ソフィア」

 アランはそう言って、深く深く頭を下げた。……本当に、私の知るアランとは別人である。彼はあまりにも多くのものを失った。『喪失』はこれほどまでに人を変えてしまうのか。

「よしてよ、アラン。マルグリットはいなくなったけど、お礼を言ってもらえるほどのことはできてないの。マルグリットの方が、一枚上手だったのよ」

「一枚上手?」

「あいつ、子供みたいなメンタルのくせに、土地の権利とか建物の登記関係とか、凄くしっかりしててね、お義父様との賭けで道場を手に入れた際、きっちり法的な手続きをして、完璧に自分のものにしてたの。だから、道場を取り返すことはできなかったわ」

「大したものだな。剣術しか知らない俺や父上が、到底太刀打ちできる相手ではなかったわけだ。もっとも、その剣術ですら惨めに敗北したわけだが」

「アラン……」

「終わった。すべてはもう、終わったんだ……」

 引き抜かれた道場生たちは、変わらずマルグリットに心酔し、彼女が戻るのを待ち続け、今は副長が指揮を執って金竜旅団は活動しているそうだ。アランが静かに呟いた通り、名実ともにアランの道場と流派は終わったと言っていいだろう。

 気を落とさないで。
 元気を出して。

 そう声をかけようとして、黙る。これほどどん底に落とされた人間に、軽々しくかけられるような言葉じゃないから。

 だがアランは、そんな私の様子を察し、逆に慰めの言葉をかけてくれた。

「そんな顔をしないでくれ。……人格を疑われるかもしれないが、俺は今、それほど悪い気分じゃないんだよ。俺の人生はずっと、あの道場と剣術に縛られていた。ある意味俺は、道場と剣術――そして父の奴隷だった」

「…………」

「それが今はどうだ。薄汚れた身なりで、路上に転がっててもいい、昼まで寝ててもいい。もう、朝から重たい木剣を振る必要もない。誇りもない。男としての見栄もない。女への侮蔑もない。自由だ。俺は、生まれて初めて自由になったんだよ」

「そう……」

 アランは本当に幸せそうに見えた。
 でも、同じくらい悲しそうでもあった。
 とても、痛々しい姿だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

居場所を奪われたので逆襲させていただきます~黒幕令嬢の華麗なる逆転劇~

つくも茄子
ファンタジー
旧題:伯爵夫人のお気に入り プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

子育ては難しい~廃嫡した息子が想像の斜め上にアホだった件~

つくも茄子
ファンタジー
リオン王国には、バークロッド公爵家、アーガイル公爵家、ミルトン公爵家の三大公爵家が存在する。 三年前に起きたとある事件によって多くの貴族子息が表舞台から姿を消した。 各家の方針に従った結果である。 その事件の主犯格の一人であるバークロッド公爵家の嫡男は、身分を剥奪され、市井へと放り出されていた。 親のであるバークロッド公爵は断腸の思いで決行したのだが、とうの本人は暢気なもので、「しばらくの辛抱だろう。ほとぼりが冷めれば元に戻る。父親たちの機嫌も直る」などと考えていた。 よりにもよって、元実家に来る始末だ。 縁切りの意味が理解できていない元息子に、バークロッド公爵は頭を抱えた。 頭は良いはずの元息子は、致命的なまでに想像力が乏しかった。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?

つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。 正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。 姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。 王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。 ふざけんな!!!   姉は、ただの公爵令嬢じゃない! 「精霊の愛し子」だ! 国を繁栄させる存在だ! 怒り狂っているのは精霊達も同じ。 特に王太子! お前は姉と「約束」してるだろ! 何を勝手に反故してる! 「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも? 他サイトにも公開中

処理中です...