青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑2 羊飼い

お人好しの想い

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「こんなところか」

 全身を心地よい疲労が支配する。こんな風に全力で何かしたのは久しぶりだった。というか血を使いすぎて軽く貧血気味だった。
 芝生に夏輝は大の字になってごろんと転がっていた。
 全身汗まみれだ。別に身体を激しく動かしたわけじゃないのに度重なる緊張状態だとかで全身の筋肉はがたがただ。
 一方の瑞雪は涼しい顔で夏輝の隣に立っている。鍛え方が違うとはまさにこのことなのかもしれない。
 瑞雪も夏輝にお手本として魔法を見せてくれていた。最後の方は風の刃をしっかりマスターすることができたため、魔法と近接戦闘を交えた軽い手合わせなどもしてもらっていたのだ。

「み、瑞雪さんやっぱり強い……」
「当たり前だろうが。こんな碌に鍛えてもいないようなガキに負けるかよ。たとえ俺が後衛だとしてもな」

 そう、瑞雪は昨日の戦いを見ている限りでは純粋な後衛であろうことは見て取れた。
 舌打ちし見下ろす瑞雪はお世辞にも態度がよろしいとは言い難いが、その実教え方はとても丁寧だった。
 ぶっきらぼうで冷徹に見えてそうでもなく、面倒見が割といい。それが今日一日での夏輝の瑞雪に対する感想だった。

「しかしお前、本当に地球人か?って身体能力をしてるな……。それを考えるとというか、お前後衛向いてないな」

 芝生のちくちくが心地いい。そして、向いてないとはっきりと言われて少しがっくりと肩を落とす。

「間違いなく前衛のがあってるよ、お前。遠距離戦のセンスがなさ過ぎる。まあ戦い方の技術を身に着けてから前衛に出るべきだが、そこは頭の片隅に置いておくべきだろう。ラテアのほうは可もなく不可もなく後衛もこなせるはずだ。イオを送ってやればあいつもそれなりに強力な炎系魔法を使うことも出来ると思う」

 淡々と話す瑞雪は本当にお世辞とかなく事実のみを述べているのだろう。そっちの方がありがたいけども、敵を作りそうなタイプだなあとも思った。
 ラテアも今日何回唸っていたか。
 確かに彼はヒトなのだが、やっぱり動物っぽいところもあって可愛いあと夏輝はひそかに気に入っていた。

「だらしねえ顔……」

 ついでに彼は大層本来は口が悪いみたいだった。見られていたことに夏輝は思わず眉を八の字にし、困ったように笑った。
 そして暫しの沈黙。まあまあ気まずい沈黙に夏輝は何か声をかけるべきかと逡巡する。

「一つ聞きたいことがあった」

 意外にも沈黙を破ったのは瑞雪の方で会った。寝転がった状態から上半身だけを起こした状態へとシフトする。
 瑞雪の方を見てもやはり表情は1ミリも変わっていなかった。ただ、こちらを見ている。

「別にラテアとお前は元々交流があったわけでもなければお前はエデンについて知っていたわけでもない。それなのになぜお前は命を賭けようとする?組織も秋雨もお前たちを大して守っちゃくれないぞ。組織にとって羊飼いも使い捨ての駒に過ぎない。俺も、お前もな。これから先何度死にかけるかなんてわからない。死にかけるならまだいい方だ。死ぬ可能性も、死ぬよりひどい目に遭う可能性だって多々ある」

 脅すように、ではなくただひたすら淡々と。そして心底理解できないとでもいうように言葉を発する。
 夏輝だって、わかる。これは現実で、簡単に人は死ぬのだと。両親がそうだったように。でも。

「瑞雪さんの言う通りだと思います。でも……ラテアを見ていると弟たちのことを思い出しちゃって」

 手持無沙汰に、何度も何度も手を開いたり閉じたりを繰り返す。

「家族か」
「血は繋がってないですけどね」

 家族。夏輝を見下ろす瑞雪の表情が僅かにしかめられる。何故そんな顔をするのか夏輝にはわからなかった。

「俺、両親が小さいころに死んじゃってその後施設に入ったんです。職員の人たちは皆親切で優しかったし、八潮さんともそこで出会いました。俺より小さい子がたくさんいて、血は繋がってないけど本当の弟たちなんです。中学を卒業して今は一人暮らしを始めたけど、すごく仲がよくて……高校が始まって落ち着いたら会いに行かないと」

 引っ越しでばたばたしていて施設を出る日以来行けていなかったことを不意に思い出す。
 思い出せば少しだけ心臓が甘くきゅぅと締め付けられる。この歳にもなってホームシックなんてちょっと恥ずかしい。

「……そうか」

 気を紛らわせるように瑞雪を見れば、無表情を貫いていた。不機嫌でも苛立ちでもない本当の無だと夏輝は感じた。

「あ、すみません自分の事ばっかり話しちゃって……。瑞雪さんの家族はどうなんですか?危ない仕事だし、反対はされなかったんですか?」

 自分の事ばかり聞くのも申し訳ないと思い、夏輝は瑞雪にそう切り出す。

「……俺のことはいい。お前のことを聞いているんだ。理由はそれだけか?」

 真冬の怜悧な雪のように、瑞雪の声が底冷えするように低くなった。顔つきはいつも通りの無表情に見えたが、瞳の奥に分厚い氷の壁が幻視できた。
 いくら鈍感な夏輝だってそこまでされればわかる。拒絶されている。触れてはならない話題だったらしい。

「あっ……ごめんなさい。ラテアを見つけた時は朝だったんです」

 軽く咳払いし、夏輝は慌てて話題を変える。

「朝日が燦燦と輝いて、ラテアを照らしてて。傷だらけで、ぼろぼろで、泥だらけで。でも、泥にまみれた髪の毛に朝日が当たって反射して……それが、雨上がりの虹みたいで、目が離せなかったんです。ただ、今まで見たことがないくらい、とても綺麗だったんです」

 思い出す。ラテアを保護したときのことを。それは昨日のことで、勿論鮮明に思い出せる。
 あの時は死んでしまわないか、目が覚めないんじゃないかと心配だったっけ。

「それで、死んでほしくないなって。多分……理由としてはすごく軽いものに思えますよね。でも、俺はそう思ったんです」

 とても綺麗だったから。言葉と理由に瑞雪は鳩に豆鉄砲でも食らったかのような顔をしていた。
 何度かぱち、ぱち、とゆっくり瞬きをしたのち、我に返ったのか眉根を潜める。

「……俺には理解できないことだが、まあ……いいんじゃないか?」

 瑞雪の声音はやはり心底理解できないとばかりの戸惑うようなものだったが、そこに嘲笑はなかった。
 ここから先、瑞雪が認めてくれるかどうかは夏輝次第というところなのだろう。
 ただ、頭ごなしに否定されなかったことにほんの少し安堵する。否定されたからと言って夏輝が変わるわけではなかったけれど、それでも。

「そういえば瑞雪さんはなんで羊飼いになったんですか?」

 純粋な疑問だった。瑞雪のことを何も知らないと。夕陽に照らされる瑞雪はラテアとは異なる怜悧な美貌の持ち主だった。
 夏輝の問いに瑞雪の眉間に深い皺が寄せられる。

「……答える必要性を感じない。訓練も終わったし俺はそろそろ帰るぞ」

 弓に布をかぶせ縛り、アタッシュケースを手に持つ。これもまた、あまり聞かれたくないことだったらしい。
 夏輝は瑞雪の言葉に慌てて立ち上がる。草が尻や背中に張り付く。

「あっ!夕飯どうせなら一緒に食べていきませんか!」
「断る。訓練はラテアと一緒にしておけ。必要に応じて連絡する」

 にべもなく断られ、少しだけ残念に思う。決して冷たいだけの人ではないと思うのだが、いかんせんあまりにも愛想がないとは思った。
 そのまま振り返ることなく瑞雪はさっさと表の門から出ていく。

「ラテアとトロンのところに戻らなきゃ」

 暫く放心していた夏輝だったが、不意に我に返り草や葉をぱっぱと服から払い落とし庭を後にしたのだった。




 夜。金色と青色に輝く月がぼんやりと空に浮かぶ。切れかけなのか、街灯の一部がチカチカと明滅する。
 時計を見れば夜半をとうに過ぎていた。

 当然人通りなんて殆どない。歓楽街とは離れた位置に存在する、駅と住宅街を繋ぐ道をかつかつとヒールの音を響かせながら一人の女が歩いていた。
 カジュアルなパンツとトップスに白いカーディガンを纏った女はやや千鳥足で楽し気に、スキップするように歩みを進める。
 ピアスや指輪など、アクセサリー類にも気を遣い、おしゃれに気合を入れた彼女は所謂合コンの帰り道だった。
 今回の合コンは失敗だった。彼女のお眼鏡にかなう男はいなかったし、相手もこちらを選ばなかった。全く何たる連中か。
 そんな風に酒に浮かされた頭でふわふわと考える。ただ、酒と料理は美味しかったし、それでよしとするべきだろう。

 また今度、友人も誘って合コンでも企画しよう。
 次はもっと高学歴のイケメンを伝手を使って集めよう。そんなことを決意しながら彼女はふらふらと歩く。
 この辺りは幸いにもそこまで治安は悪くなかった。
 一人暮らしのマンションに向かう道は人通りこそ少ないものの、街灯はしっかり設置されていたからだ。

「ん?遠吠え?犬かなにかがいるのかしら」

 あおぅるうるるるう。そんな、犬の遠吠えのような、それよりももっと太く通る声のような。そんな吠え声が耳に届く。
 酒に毒された頭では深く考えることができず、首を傾げる。

「谿コ縺呻シ∫區?∵欠霈ェ?∵雰縲∵ョコ縺呎ョコ縺吶さ繝ュ繧ケ」

 吠え声はどんどん近くなってくる。言葉になっていない声が耳に届き、流石に酒で浮かれた女も不気味に感じてきた。
 さっさと帰ろう。そう決意し、女はかつっかつっと小気味いい音を響かせながら歩みを速めた。しかし。

「隕九▽縺代◆」

 数歩歩いたところで頭上から声が降ってくる。
 何事かと上を向く。視界がブレる。一気に視線が低くなり、女は首を傾げようとした。

「っげほ、がほ、がぼっ」

 息ができない。口からごぼりと垢が零れた。何故だろう。下なんて向いていなかったはずなのに、自分の脚が、お気に入りのハイヒールが見える。否、そもそも……目線がそれらと一緒だった。
 血の塊が口から零れる。血だまりに青ざめた、そして首と分かたれた自分の頭が映っていた。

「な、で」

 なんで、自分の頭が落ちているのだ?
 しかし、すぐに思考できなくなる。あとに残ったのは黒い靄だけ。
 死んだ女の頭を踏み潰す。殺さなければ、殺さなければ。頭が痛い。考えることが難しい。
 この身を焦がすのは怒りと憎しみだ。それしかわからない。だから、殺さなければ。

「蟶ー繧翫◆縺??∵ョコ縺吶?∝クー繧翫◆縺??∵ョコ縺」

 遠くでサイレンの音が響く。白く美しい、手入れされた手を踏み潰す。指輪ごと踏み砕く。丁寧に、丁寧に。そして荒々しく。
 女の身体は原形をとどめず、桃色の内臓と白い骨で装飾品かなにかのように肉が彩られていた。
 カーディガンが元々は白色だったと誰がわかるだろうか?
 黒い靄はただ一人、叫び散らしながら飛び上がる。けれど”彼女に”空は飛べない。建物の屋根に着地する。
 永遠に飛ぶことが出来ない。それすら今の彼女には理解が出来なかった。


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