青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑4 白と赤

調査結果

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「……」

 昼のカフェ”朱鷺”。暇そうな主婦や仕事の休憩にランチに来たもの等、一般人でごった返している店内の一席に瑞雪は座っていた。
 テーブルの上にはブラックコーヒーのみ、それも殆ど減ってはいない。
 ちらちらと腕時計を見ながら不機嫌そうに眉根を潜める瑞雪に対し、周囲の席はそこだけ穴が開いたかのように誰も座っていなかった。

「おまたせ、待った?」

 そんな近づきがたいオーラを纏った瑞雪に対し物おじせず、どこか楽し気に声をかけてくるものが一人。艶やかな黒髪にピンクのメッシュを揺らしつつ蠱惑的に笑う男ー淫魔のロセだった。

「別に」
「ならよかった。ウェイターさん、注文お願いします」

 きらきらと下手な宝石よりか輝いているんじゃないかと思える長いネイル、身につけたピアスや指輪などのアクセサリー。唇は乾燥などの荒れとは無縁そうで、リップが塗られ艶やか。どこまでも瑞雪とは正反対で、縁遠いものだった。
 テレビとかモデルとか。あまりそう言ったことに詳しくはない瑞雪はロセがモデルだと夏輝や八潮に言われてもイマイチピンとこない。
 誰でもいいし、どうでもいい。ただ淫魔が苦手で、そもそも性格だってこいつとは間違いなく合わないと確信していた。

「チョコレートパフェをお願いします。あ、お会計は彼で♡」

 愛嬌たっぷりに、あるいは妖艶に。上目遣いでそういえば注文を取りに来たバイトはどぎまぎとあからさまにぎこちない動きになった。
 いや、そんなことよりも聞き捨てならないことをこいつは言ってのけていた。

「は?」

 奢るなんて一言も言っていないが。言葉にせずともそう睨みつければロセはけらけらと愉快そうに笑う。

「いいじゃない、それくらい。こっちは君のリクエストに従って特急で情報をとってきたんだから。これくらいは、ね?」

 瑞雪の言葉なんて一つとして聞く必要はないと思っているのだろう。実際ロセの仕事ぶりは迅速だった。故に今ここに瑞雪が呼び出されている。
 閉口するしかなく、苦い顔をしている瑞雪に対しロセは満足そうだ。それがまたムカつく。反論の余地がないのが瑞雪にとっては何より頭に来た。
 ロセのニヤついた顔と不機嫌極まった瑞雪の視線がぶつかり合う。沈黙が続き、店の中にある種の緊張感が生まれる。そんなに広くない、八潮と数名のバイトからなっている店だからこそでもあった。

「ぱ、パフェお持ちしました」
「ありがと」

 沈黙を破ったのはウェイターだった。まあ、声は可哀そうなくらいに震えて引きつっていたが。
 しかし、夏輝やラテアがその場にいたならともかくこの場にいるのは残念ながら瑞雪とロセ。ウェイターの居心地とか恐怖心なんてどうでもいいのである。

「今日はお前のご主人様は一緒じゃないんだな」

 口からは自然と嫌味。どうせ吸血鬼に飼われている、虎の威を借る狐である。瑞雪は内心偏見だらけだな、とは思いつつもそう考えるのを止められなかった。

「ご主人様は仕事の準備してて忙しいの♡本当は私も手伝うはずだったんだけどねぇ。どこかの誰かさんが急に仕事を差し込むから手伝えなくなっちゃったんだよね。というわけでこっちも追加で」

 嫌味に対しても涼しい顔で、寧ろノってくるロセ。ここぞとばかりにさらに注文を増やす。

「はぁ……。で、その肝心の情報は?」

 言いあうだけ無駄だと判断。瑞雪はさっさと情報を貰うだけ貰って切り上げようとする。
 コーヒーはすっかり温くなってしまっていたが、元々味などどうでもよかったので問題ない。

「はいはい。黒間市に突如現れた連続猟奇殺人犯である竜についての情報だったね」

 やれやれ、と言った様子で笑われ青筋が浮くがぐっとこらえる。取り出したのはUSBメモリで、それを瑞雪へと渡した。

「この中に全て入っているし瑞雪ちゃんなら問題ないとは思うけど一応口頭でも説明させてもらうね」
「さっさとしろ」

 先ほどまで軽薄そうに微笑んでいたロセだったが、急に真面目な顔つきへと変わる。

「全て同一犯の犯行というのはそっちでも理解しているだろうから割愛するね。知りたいのは何故エデンでも屈指の上位種族である竜が狂ったような状態かつこんな場所にいるのかどうかってことだろうし」

 小声でひっそりと。けれど聞き取りやすい声だった。
 周囲の喧騒からこの1テーブルだけ切り取られたかのよう。

「……そうだな」

 いつもの癖で口元に指をあて小さくため息をつく。その様子を見てロセが目を細めた。

「まず、御絡流の会の実験体のデータの中に竜は存在しなかった。まあ、私が調べられるところまでを調べただけだけれど。とはいっても瑞雪ちゃんが調べられるものよりは遥かに色々調べたよ。各地に研究施設があるけれど、どこもそんな竜なんてクラスの実験体を収容していた記録は存在しない」

 もし、存在していたとしたらもっともっと深い、組織の中心部だろう。そして、中心部だったとして、むざむざと狂った竜を逃すような真似は決してしないだろう。わざとでなければ、という注釈がつくが。
 ”瑞雪の知るあの男であるならば。”
 
「しかし、意外だね。飼い犬である瑞雪ちゃんが飼い主のことを疑って噛みつくなんてね」

 面倒くさい。ロセの言葉を聞いて真っ先に頭に浮かんだのはこの言葉だ。
 睨んだところでロセには効果はなく、リップの塗られた形の良い唇が弧を描く。

「飼い犬になった覚えはない。話を逸らすな」
「おっといけないいけない」

 いちいちロセの言動や仕草に腹が立つ。しかし、ここで掴みかかっても何の解決にもならないことは瑞雪にもわかっているので黙っているしかない。

「まあ、だから御絡流の会以外のところで何かがあった、とする方が今回は可能性は高いと思うね。少なくとも竜の行動範囲は被害状況を見る限りこの黒間市一帯で、行動範囲内に御絡流の会の研究所は存在しない。重要な私の調べることができない施設があるにせよ、それはK県ではなく本部のあるT都の方だろうからね」

 御絡流の会が原因では恐らくない。それは吉報であり、それと同時に凶報でもあった。

「……黒間市に御絡流の会とは別の勢力があるかもしれないということか。竜を捕えておかしくできるくらいの」

 頭が痛くなる。思わず米神を手で押さえ、軽く揉む。

「そうだね。一応傭兵組織なんかがあることは君も知っているだろうけど、そこにそんな資金も伝手も技術もないし。私たちの知らない別の勢力がこの街にある可能性は大いにあるだろうね。なにせエデンに関して知っている地球人はごくごく少数だ。おまけに利権を御絡流の会が独占している。対抗できるような存在は少なくとも現状私は知らないし、そこは依頼内容に含まれていないからね」

 涼しい顔でパフェを口の中に運び続けるロセ。頭の痛い事態は増えるばかりだ。間違いなく鏡を見れば苦虫を噛み潰したような顔だろう。

「あと、調べているうちに少し面白いことがわかったよ。面白いかどうかは諸説あるけれど……」

 パフェを掬っていたスプーンを皿に置き、勿体ぶって唇に人差し指を当て、ロセはにんまりと妖艶にほほ笑んだ。

「お前の言う面白いは碌でもないことだろうな。さっさと話せ」

 聞かないより聞くほうがマシだと先を促す。

「ラテア君が逃げ出したと思しき研究所なんだけど、壊滅してるんだよね。まあだから逃げ出せたっていうのはあるだろうけれど。その研究所は御絡流の会のものでね。生存者は地球人の職員はその日いなかった人間を除いて0。地上部分の建物は見事に瓦礫の山。生き残った自我の残っている実験体の証言では黒竜がやったって」

 黒竜。それは瑞雪達を襲ったあの猟奇殺人犯だ。

「俺たちが見たのは翼も尾も、全身ボロボロで狂気に身を浸しているようなやつだったが……そもそも竜みたいな大物が複数この辺りをうろついているとは思いたくないんだが」

 エデンは絶対的な種族間の力量差が存在する。竜族と言えば上位種の中でもトップクラスだ。少なくとも瑞雪はそう認識している。
 故に地球に拉致した例はないはず。そもそも、竜と正面切って戦えるような猛者はそう多くはないはずだし、有象無象の羊飼いをけしかけても纏めて消し炭にされるだけだ。

「ラテア君が脱出した日の翌日に瑞雪ちゃん達と出会って竜に襲われたとして、その1日の間に何かそこまでおかしくなることはまずありえないと思うかな。別個体だと考えるほうが順当だと思うよ」

 問題だらけだ。あのぼろぼろの竜の他にもう一体竜がいるだと?
 腹の底からうめき声が溢れそうになるのを寸でで堪える。呻いたところで解決するわけもない。筵の目の前の淫魔は大笑いするだろう。

「とはいえ、関係性がないわけはないんじゃないかな。竜という種族は強いが故に生殖能力が著しく低いし、鱗の色が同じものは血縁関係があるとか聞いたことがあるし。まあこれは確かじゃないけれど……。でも、希少種かつこっちの世界に安易に連れてくることが出来ない分、関係性がないと考えるほうが不自然じゃないかな」

 ロセの言葉は最もだった。

「……それなら、まともな方の竜がボロボロの竜を探しに来たと考える方が順当か。そもそもどこのどいつが竜を拉致しやがった?面倒くせえ」

 思わずぽろりと本音が漏れる。冷めたコーヒーを再びひと口啜る。酷い味だ。

「それと、もう二つ。一つはラテア君についてなんだけど……」

 瑞雪の眉根がぴくりと動く。

「ラテアがどうかしたのか」

 ラテアはここまで見ている限り特筆すべき点は特にないと瑞雪は判断していた。
 確かに猟犬としての実力はあまりないが、夏輝に非常に協力的で扱いやすい。強いが変に癖のある猟犬よりはよっぽどいい。
 調べるとしたら研究所時代のことだろうか。瑞雪はロセに先を促す。

「戦いの最中に夢を見た、って聞いたけどさ。あれって共鳴現象っていうみたいだね。魂と魂が混ざり合って経験などの記憶を垣間見てしまう現象らしい。基本的には起こらないと言い切れるくらい低確率で起こるものらしいけど……。魂がリンクしてしまうわけだしラテア君に何かしらの影響が起こってたりしてない?」

 共鳴現象。勅使河原が何か少し言っていたような。記憶の糸を手繰り寄せるが、不明瞭だ。
 瑞雪自身あまり興味がなかったのかもしれない。

「特に起こってはいないと思うが……ここ一週間は平和だったしな」

 パフェをパクつくロセは少しつまらなそうに唇を尖らせる。

「ふぅん。共鳴現象については御絡流の会のデータベースより過去の文献を漁った方が断片的ながらも情報が出てきたよ。瑞雪ちゃんなら知ってるでしょ?そもそも初めて地球に来たエデン人は御絡流の会が拉致したエデン人ではないことを」

 ロセの言い方は多少なり引っかかる点があるものの、否定することもない。瑞雪は首を縦に振る。

「ああ。日本だけでなく世界各地に過去迷い込んだエデン人は存在する。それらはおとぎ話だったり、妖怪だったり、都市伝説だったりと様々な形で伝承に残っている。日本で言うなら河童や人魚、鬼、まあ色々いるな」

 超常的な力を扱うものたちを昔の日本人は妖怪と言って恐れたのだ。
 つまり、御絡流の会が開いたゲート以外にもちらほらとエデンと地球をつなぐゲートは現れていたということ。

「その通り。さっすが瑞雪ちゃんだね」
「うぜぇ……」

 からからと悪びれなく笑うロセに嫌気がさす。様々なことを抜きにしても瑞雪はロセがやっぱり心の底から苦手だった。

「で、エデン人が地球にやってくるってことはゲートが昔からちらほらと存在していたわけ。ただそれらは基本不安定ですぐにゲートは消滅してしまう。地球からエデンへのゲートも同様に存在したけど同じ。だからお互いの世界に気づく人たちは殆どいなかったんだよね」

 パフェをスプーンですくいながらロセは話を続ける。

「だからエデンの文献ってわけじゃないけど、日本の各地には妖怪に関する伝承が残ってる。その中に共鳴現象と思しきものがあった。魂と魂が何らかのきっかけで混ざり合い、互いの記憶や経験を垣間見てしまう。ラテア君と竜がなぜ共鳴現象を起こしてしまったのかは不明だけど、文献の中には夢遊病患者の話があってね。寝ている間に共鳴現象を起こしたもののところに無意識のうちに向かってしまったって話があったんだ。ラテア君にはしっかりとした自我、意識があるからこそこういうことはないんだろうけど、相手はどうなんだろうって」

 くすくすと笑う。不愉快な笑い方だ。
 つまり、ラテアを狙って竜が動く可能性があると、そういいたいのだろう。それならさっさとラテアの下に行かなければならない。
 
「言いたいことはくみ取ってもらえたみたいだね。ただ、基本的に一度共鳴現象が起こるとクールダウンみたいなものが発生するらしいから、緊急性はないかな」

 何が緊急性はない、だ。ロセはわざと言っている。だが、一応聞かなければならない。

「大体その期間はどの程度なんだ?」
「ざっと見積もって一週間程度かな。どの文献も古いから正確性はない。だから監視下に置いておいた方がいいとは思うよ」

 ため息をつく。前回の共鳴現象から今日でちょうど一週間だった。
 ロセはわざと一週間たった時に報告に来たわけではないのだろう。しかし、なんとも間が悪い。
 背筋が冷たくなる。さぁっと瑞雪の顔が青ざめる。今すぐ舌打ちしたい気分だった。
 とはいえ、竜の接近はトロンが感知できるはず。夏輝とラテアなら逃げおおせることくらいはできるはずだった。
 とにかく急がなければならない。二人は確か今日ー。
 ロセの言葉が途中から入ってこなくなる。
 席を立つ。
 
「ん?瑞雪ちゃん?あと一つ情報があるんだよね。最後ね被害者に一応共通点を見つけたよ」

 共通点。確かに現在はそちらのほうが瑞雪にとってはありがたい話だった。しかし聞いている暇はないに等しい。

「おい、こっちは急いでる。言うならさっさとしてくれ!」

 財布から乱暴に万札を取り出し、テーブルに叩きつける。
 今日、夏輝とラテアはどこに行っている?結婚式だ。

「白い服に指輪をつけた人間。男女は問わず。まあこの条件になるとだいたい女性だと思うけどね。恐らくは研究所の白衣と指輪かな。どこかの研究施設で惨いことをされていたんだろう」

 再びスプーンを手に取り、パフェをゆっくりと優雅に口に運びつつ、咀嚼し、飲み込むロセ。ぺろりと唇についたパフェを舐めとってから口を開く。

「白いコートとか身に着けるのは大抵女性だからね。まあ私は似合うから着るけど。あと、君たちが2回目に襲われたときを境に行動範囲がおかしなことになっているようでね」
「……最悪だ。それで好きに食っとけ。仕事の金は振り込んでおく」

 夏輝がマメだからか、瑞雪は幸いにも黒間市のどこの式場で結婚式を挙げるか知っていた。
 これ以上聞いている暇はない。急がなければ。

(……杞憂ならいいが)

 杞憂であればそれでいい。とにかく確認しよう。生存確認をしよう。
 心の中で杞憂であることを願いながら瑞雪は席を立つ。駐車場まで走り、車に乗り込み扉を乱暴に閉める。
 夏輝のスマホに電話をかける。つー、つー、つー、と無慈悲なコール音がいくらかなった後、留守番電話になる。

「ほんっとうに最悪だ……!」
 
 普段ならばすぐに出るのに今日に限って出やがらない。
 交通規則なんてくそくらえだ。御絡流の会のおかげでぶっ飛ばしても捕まることはない。そもそも命の危機に際して交通規則を守る方が馬鹿だと瑞雪は思う。
 式場の近くまで来たところで、遠くで轟音。ガラガラとビルの崩れるさまが視界を掠めた。

「糞ったれめ……」

 思わず吐き捨てるように毒づき、矢を一本取り出し握りしめる。ポケットから小瓶を取り出し、タブレットをいくつも口の中へと放り込み、がりごりとかみ砕く。
 共鳴現象のクールダウンと、被害者の共通点。あまりにも嫌な事象が重なってしまった。

「強く、強く、強く(オリド オリド オリド)」

 雷の元素とマナ、自らの血を混ぜ合わせる。詠唱する暇がないのなら、予め詠唱しておけばいい。
 最も、一発限りだけれど。魔法を宿した矢を保管することは瑞雪の装備では出来ないからだ。

(消し炭になって死んでるなんて阿呆なことになるんじゃねえぞ、ガキども……!)

 
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