青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意5 ウサギ

5-3

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 夕方。陽が落ちかけた頃夏輝と瑞雪がそれぞれカフェにやってきたタイミングで合流する。
 そのまま俺たちは最初に見たスーパーの付近へと移動した。
 周囲には学校帰りの学生や夕飯の買い物に来た主婦でごった返していた。
 いつも夏輝と来るスーパーであり、見慣れた光景なはずなのに事態が事態であるために少し違った風景に見えた。 スーパーの裏手で瑞雪が結界を小さく貼る。そうすれば堂々と話していても一般人たちには聞こえないから安心だ。
 
「この間見たのは夕方手前くらいだったな。あと昼間ここに朝陽の猟犬が偵察に来てたっぽい。俺が見つけた訳じゃなくてロセが見つけたんだけどさ。……でも、この間瑞雪の家から戻るときに嫌な感じがした気がしたんだよな。あの時も偵察されてたのかも」

 昼間あったことを報告すると、瑞雪は鼻頭に皺を寄せてあからさまに不快だと言わんばかりの顔をしている。

「あの糞チビ……」

 地を這うような声音。

「まあいい……。淫魔に調査を頼んでおいたが、いくつか追加で判明したことがある。まず、チョコエッグを販売している食品メーカーの大株主が勅使河原だ。確定ではないが裏で手を引いている可能性が高いと思われる。病院の地下に関する調査はもう暫くかかるとのことだ。市販品は問題ないのは確認しているが、勅使河原の指示次第でテロが引きこされる可能性もある。勅使河原がクロなのはほぼ確実だが、あいつは何を考えているんだ?」

 気を取り直し、瑞雪の話を聞く。

「勅使河原さん……。御絡流の会の転覆とか、乗っ取りとか?」
「確かに。提携してるし、エデンの魔法の力は知ってるわけだし」

 夏輝の言葉に俺は同調する。

「わからん。金も地位もある上にこれ以上何を望む?」

 瑞雪の言うことも然りである。

「一番じゃないと我慢できない、とか?」

 夏輝の言葉の後にしばしの沈黙。結局答えは出ないままだ。ほとんど知らない他人の心情なんてわかるわけがない。

「勅使河原さんがクロだって言う確かな証拠があったら、捕まえることって出来るんですか?」

 夏輝の問いに瑞雪は眉根を潜める。あまり芳しい答えは聞けなさそうだ。

「……わからん。それは組織が見逃すとかそういう意味でなく、相手がどの程度の規模の兵力を保有しているかが謎だからだ。竜を捕獲したのが勅使河原だというのなら、相当な力を持つとみて間違いない。そうなれば御絡流の会と言えど一筋縄ではいかないし、俺たちもまた面倒ごとに駆り出される。そもそも本部からの支援があるのかすら謎だ。勅使河原の爺さんのことはあいつが……組織のボスが一番よく知っているはずだ。あいつとは旧知の仲だという話は以前聞いたからな」

 弓の確認をしつつ話す瑞雪。確かに、竜をおかしくした犯人が勅使河原だとしたらその力はとんでもないとみて間違いない。
 おまけにエデンに行く方法をあいつは知っているのだ。

「まあ、今はそれより卵の事に専念するべきだ。四月十一日の事も、そのウサギをとっ捕まえて聞けば判明するだろう」
「ああ。任せておけ」

 トツカが口を開くとまたも瑞雪が嫌な顔をする。

「斬り殺すなよ。……それだけじゃないが。俺の血を奪いすぎるな」

 脅すように、低く唸るような声で凄む瑞雪。しかしトツカには全く効いていないようだった。

「?斬り殺さないのは承知した。峰内にとどめる。そもそも血はそんなに奪っていない」

 トツカの言い分に瑞雪は一瞬固まる。

「……どうやって説明すればいい?医者に連れていけばいいか?……よりによって医者に連れていけないんだが」

 一人でぶつぶつと呟いている瑞雪はあまりにも哀れだった。

「ふ、普通のお医者さんじゃダメなんですか?」
「そうだな……この際普通の医者で構わないか。時間があればな。ないんだよな……」

 瑞雪は右手のグローブを外し、指輪を忌々し気に見つめる。

「古い指輪を使えば?いっそ」

 我ながらナイスアイディアだと思う。出力に関しては弱くなるけど、勝手に血を奪われるよりはましだと思う。
 しかし、俺の提案に瑞雪は緩く頭を横に振った。

「あいつに回収された。まさか前装備していた指輪以上にポンコツを渡されると思っていなかったんだ……」
「そ、そりゃそうだよな。あれも酷かったもん」

 ぼろぼろの新人よりも扱いの酷い装備。果たしてどちらがましなのか。

「と、とりあえず白ウサギを探しますか?」

 夏輝の言葉に全員が頷く。答えのない問題ばかりだ。それならさっさと白ウサギを捕まえるべきだろう。
 夏輝と瑞雪が同時にスマホを取り出す。

「カマイタチ、マナ反応を調べろ。あとは足だな……」
「トロンもお願い!」

 二人の命令にトロンとカマイタチは同時にレーダーを展開する。

『近くにマナ反応あり。でも複数あるわよ……?一つじゃないわ。大きめのマナ反応が一つ、小規模なマナ反応が数個ね』

 トロンの言葉に瑞雪が訝し気な顔をした。

「……複数?具体的にいくつだ?」
『三つよ』

 三つ。しかも大きさに違いがある。何故?考えていると、瑞雪がマナ反応のあった範囲内に結界を張っていく。

「ラテア、前に魔物化したときのマナ反応ってどうだったの?」

 夏輝が問う。口元に手をあてしばし考える。そういえば、どうだったっけと。

「確か、ほんのり小さな反応があったくらいだったはず……。あんまり大きさとかについては意識していなかったから確かじゃないけど、きっと多分そう」
「つまり、卵が三つに他の何かが一つってことか……。でも、卵って食べられたら魔物化するんじゃ……!」

 夏輝が拳を握り締める。居ても立っても居られないようで、走り出そうとする。しかし。

「落ち着け。止めろトツカ。マナ反応に動きはあるか?あとは屋内か屋外かもだ」

 トツカの腕が夏輝の腕をぐわりと掴む。当然夏輝は一歩も動けない。とはいえ落ち着けと言われてすぐに走り出そうとするのをやめたのだが。

「い、痛いよトツカ!折れちゃうよ!」
「すまない、加減がイマイチよくわからない。地球人は脆いな」

 肩をすくめるトツカ。腕を放す。

「大体のエデン人でも折れるわ!」

 俺が思わず突っ込むと、トツカはなるほど、と納得したようだった。そんなやり取りを瑞雪がジト目で見ている。
 遊んでいる場合ではないと、その冬のように冷たい目が訴えてきている。

『全て屋外の物ね。うち二つは動いていないけれど、一つは微妙にじりじり……いえ、ふらふらかしら。動いているわね。指向性がないわ……。大きな反応もゆっくり動いているわね』

 ようするに、結界内の一般人は気絶する。気絶するということは動けなくなるはずだ。そう、何かおかしな事態が起こっていなければ。

「わかった。夏輝、ラテアは動いている小さな反応へ向かえ。俺とトツカでデカい方の反応を追いかける」
「了解です!」

 瑞雪の命令に夏輝は元気よくはきはきと答え、短剣をカバンから取り出す。俺も頷き、耳と尾っぽを出す。結界内であれば地球人に見られることもない。
 思い切り伸びをする。遠慮などいらないというものだ。
 家ではばっちりブラッシングもしているので、毛並みはつやつやである。自慢の毛並みだ。

「小さな反応は既にチョコを摂取済みの可能性が高い。……気をつけろよ」

 瑞雪の言葉に俺たちは頷く。俺達としては、瑞雪の事も心配だった。

「瑞雪の方は俺がいるから問題ない。敵は須らく蹴散らす」
「あ、うん……」

 トツカの言葉に夏輝は何とも言えない微妙な表情を浮かべつつも頷く。夏輝だけでなくトロン、カマイタチも同じような顔をしていた。

「俺のことはいい。さっさと行け……おい、お前は俺が命令する前に行くんじゃねえよ!」

 先にトツカが勝手に走り出し、それを追うように弓を担ぎながら瑞雪が走り出す。

「ホ、本当に大丈夫かなあ?」
「まあ、うん。大丈夫と信じて俺たちは俺たちの仕事をするぞ」

 心配しかないが、信じるしかない。俺たちも自分たちの仕事をこなすべく夕陽が眩しい街へと駆け出した。




(ああ……大丈夫かな、冬城先生)

 学校帰り、人面瘡にそそのかされ奏太は瑞雪の後をツけていた。何故素人の奏太に尾行が出来たかと言えばひとえに人面瘡の力だった。
 俺に全部任せておけは伊達ではなかった。身体は同じはずなのに、とにかく魔法を奏太とは比べ物にならないくらいうまく使うのだ。
 人面瘡曰く、息を吸っているのと同じで自然と使えるらしい。人面瘡は結局猟犬のようなものなのだろうか?

(なんでこんなに冬城先生のことが気になるんだろう)

 あの人のことを考えるとドキドキする。自分にはないものをたくさん持っている人だから。
 独りでも強くて、何でも出来て。
 勝手な奏太の思い込みに過ぎないが、誰も彼のことを訂正する者はいない。
 冬城は今日も今日とて放課後は組織の仕事をするようだ。それも今日は大捕り物らしい。

(戦っているところを見たい……でも、バレたら)

 奏太は冬城や夏輝達と敵対する相手とつながっている。繋がっているというにはあまりにも細い縁に過ぎないが。奏太のカバンの中には『選ばれし者を選別する卵』が入っている。
 仲間を増やしてもいい、気に入らない雑魚に与えて殺してもいいとグリズと杖と一緒に渡されたものだ。
 奏太に卵を渡したのは勅使河原だ。
 ほんの少し、奏太はバレてもいいのではないかと思っていた。
 だって、きっと自分のことを大切にしてくれる冬城だったら自分のことを仕方ないなと悪態をつきつつも受け入れてくれるかもしれない。
 組織の庇護を受けることが出来れば勅使河原のことを裏切ってもきっと何とかなる。そもそも自分は渡されただけで、何かしろなどの命令は一切受けていない。
 それなら組織側について、自分も組織の羊飼いになって、それで……。
 傍から見ればただの妄想だ。人を殺しておいて、そう都合よくうまくいくはずなどない。
 けれど、生まれて初めて間近に生まれた希望に奏太は目が眩んでいた。

『あいつ、欲しいよなあ』
「うん……。ほ、ほしいっていうか、僕のことを見て欲しい。もっと、もっと……」

 孤独だからこそ誰にも相談することもなく、恋だと勝手に思い込む。
 その熱の苛烈さが心地よくて、奏太は脳内で鳴らされる警鐘を無視していた。

 




 

 

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