青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比3 すれ違いと思春期

兄弟仲は最悪でして

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「近づいたら殺す」

「相変わらず物騒だな。昔のお前はもっと素直でマシだった」

「何も知らなかったからな」

 國雪が去った後、瑞雪と吹雪は互いに睨みあっていた。
 場の空気は真冬の吹雪の中のように冷え切り、瑞雪の胃をきりきりと締め上げる。
 
「デザートをお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、頼むよ」

 程なくして店員がやってくる。
 伺うような店員の様子に対し、吹雪は軽く目配せする。
 他に客はどうやらいないようで、國雪が貸し切りにしたようだ。
 全く手の込んだ真似をしてくれる。
 とはいえ祖父がいなくなればこれ以上茶番に付き合う必要などない。
 
(いや、そもそもあいつがいようと無視してしまえばいいだけ……頭ではわかっているんだ。だが、あいつの前だと身体がどうしても動かなくなる)

 心身共に刻まれたものを払拭するというのはとても困難なことだ。
 小さく息をつく。
 過去を彩る多くの思い出は全てが瑞雪を傷つけるものだった。
 祖父と、父と、兄。そして母。

(親が死んでも祖父も兄もいる。全員……いや、そんなことを考えるのはあまりに愚かだ)

 しかし、目の前にいるのは祖父ではなく兄だ。
 店員がデザートの氷菓を持ってくる。上品な柚子のシャーベット。
 腹を決め、そんなものには見向きもせず瑞雪は立ち上がる。

(絶対にデザートに何か仕込んでる。祖父はあえて途中で抜けたんだ。あいつが俺に何か仕掛ける時間を与えたんだ)

 そしてそう瑞雪が予測してくることもまた、祖父はわかっているに違いなかった。
 何故こんな手の込んだ嫌がらせをしてくるのか。
 それはきっと、瑞雪がK県に逃れてなお祖父の思うままであるとわからせるためだ。
 ここ数年、瑞雪はより反抗的になったことは間違いないのだから。

(死んでほしいのか、支配したいのか、何が目的なのかさっぱりわからない)

 兄はともかく祖父の目的がわからず、ただただ気持ち悪い。
 この胸の奥で吐き気がするような気持ちの悪さは祖父の本性を知ったときから瑞雪がずっと抱えているものだった。

「出されたものをちゃんと食べる事すらお前にはできないのか?相変わらずの愚弟っぷりだな」

「何か仕込まれている可能性が高いものをわざわざ口にできるような被虐趣味はないからな」

 背後に気を配りつつ、扉に手をかけさっさと退室しようとする。
 が。

「行くことは許さない。おじい様も愚かだな。ここまで付け上がってなおお前を放置しようとするとは」

 吹雪もまた立ち上がる。

(……逃げるよりあっちが動く方が早い)

 そのまま退室するよりも先に吹雪が何かしら仕掛けてくる。
 瑞雪は吹雪の手の内をある程度知っていたからわかる。
 振り返り、懐の小瓶に手を伸ばす。

(流石に杖を持ち込んでいるとは考え難いが、それは問題じゃねえな……)

 彼の杖は銃ということを瑞雪は知っている。
 流石に弓と同じくこんな場所には持ってこれない。
 しかし、メインの銃とは別にもう一つ吹雪には得物があるのだ。

「愚弟を躾しなおすのも兄としての役目か」

「躾ですらない虐待だろうが……っ!」

 振り返る。
 兄の手には真っ黒な球体があった。
 忌々しい。瑞雪を幼いころからずっと苦しめてきた、祖父が兄に与えた魔法だった。
 氷菓を運んできた店員はそそくさと逃げ出した。
 祖父御用達の店ということもあり、組織の事を知っているのだろう。
 何とか小瓶の蓋をあけ、口の中にタブレットを放り込む。
 
「相変わらず学習能力がないな、瑞雪。これがある限り私に逆らえないという事を覚えない駄犬め。そうだろう、冬城瑞雪」

 しかし、それと同時に首元に衝撃。
 黒い球体は変幻自在にぐねぐねと動き、質量を増し、瑞雪を拘束しにかかったのだ。

「っぁ、ぐ……!?」

 瞬間的に首元に現れたそれを即座に避けることは瑞雪の身体能力では不可能。
 首元にべったりと張り付く黒い物体。
 息が出来ず、呻く。
 
「このまま家に帰るぞ。お前の帰る場所はK県ではない。おじい様はお前を自由にしておけと言っていたが、我慢ならん。我儘も大概にしておけ」

「サンドバッグが、っぐ……恋しく、なったか?」

 指輪は動く。そして祖父の意思ではないことに心底ホっとする。
 テーブルがひっくり返り、続いて両手両足首を拘束される。
 全く身動きが取れないが、そんな状況でも口は回る。

「恋しい?俺が?あるわけないだろう」

「なら、わざ、わざ……俺に、かまうな、よっ」

 そんな自分が嫌でたまらないが、今は自己嫌悪に陥っている暇はない。
 吹雪の宣言通り、このままであれば間違いなく実家に連れていかれる。
 そうなれば未来はない。

(……昔に戻るわけにはいかないし、ラテア達の問題も解決していない)

 予測していた。だからこそ準備はしていたのだ。
 歯を食いしばり、意識が遠のきそうになるのを爪を手のひらに突き立てて防ぐ。
 僅かばかりのイオを練り上げ、口を開く。

「瞬き、引き寄せよ、十束剣……っ(ブリーク トライルミ トツカノツルギ)」

 練り上げたマナは雷。
 バチバチと稲妻が走り、見慣れた魔法陣が現れる。
 刹那、現れたのは刀を持った大男。

「拘束、を、斬って、くれ」

 最期の力を振り絞り、瑞雪は男-トツカに命じる。

「おじい様が与えた猟犬か?手を出すな、これは兄弟の問題だ」

 トツカは一瞬ジっと吹雪を見つめる。
 冷や汗が背中を伝う。
 もしもトツカが兄の命令に従ったらどうしよう。
 瑞雪はトツカを信じ切れてはいなかった。

「承知した」

 トツカは瑞雪の首元に纏わりついていた黒い物体を切り刻む。
 そのまま恐れず手で掴み、ぽいっと吹雪の方へと放り投げた。

「……ほう。瑞雪の命令に従うのか」

「俺は瑞雪の猟犬だからな」

 黒い球体はすぐさま吹雪の元へと戻る。
 水と呪いの魔法の中間。
 仕組みはわからないが、その魔法は『対象の情報を持っていれば持っているほど強力な拘束になる』性質を持っており、ようするに瑞雪単体では羊飼いとしての実力云々ではなく絶対に勝てないのだ。

「っげほ、がほっ……!」

 急に息ができるようになり、身体を丸め咽る。
 実家から出るまでの間、この魔法によって散々辛酸を舐めさせられた。
 故に対策を考えたのだ。

(やはり、兄貴はトツカの事を殆ど知らない)

 瑞雪が散々苦手としたからこそ練習し続けた杖を召喚する魔法。
 これを応用し、トツカを呼び寄せた。
 トツカが兄の命令に従えばご破算という穴だらけの対抗策だったが、トツカは祖父の次に瑞雪を重んじているらしい。
 そのことに心底ホっとし、そして信じ切れなかったことを恥じた。

「ここ、からで、るぞ……っがほ、肩を、貸してくれ」

「わかった」

 吹雪が動く気配がするが、杖も猟犬も今の吹雪の元には存在しない。
 最早その魔法だけでトツカをどうにかすることはできない。
 綺麗な舌打ちの音が部屋に響く。
 トツカの肩を借り、何とか料亭から脱出することに成功したのだった。
 
 
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